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マガジン一覧

関係性のホラー

恋人、家族、友人ー。近しい関係の中に静かに潜む恐怖を読み解くシリーズ。やさしさに擬態した支配、共依存、嘘と沈黙。壊れていく関係の過程を〝ホラー的感性〟で描きだします。

ポテトと加害と被害と、唾液の記憶。

朝起きたら、台所がくさい。 鼻の奥をかすかに刺す、腐敗臭。食器棚の上に置いた、100均のプラスチックケースが怪しい。 ずっしり重いその箱を下ろしてみると、果たしてにおいの根源なのであった。中身は腐った大量のジャガイモ。皮を突き破ってツノのような芽がのび、所々にワタのような白いカビ。表面はぶよぶよと崩れて茶色く濁った液体が浮いている。 その異形は、もともとは母が畑で育てた新鮮な野菜なのだった。夏に帰省した際に土産として持たせてくれたもので、だけど私はそれを調理することなくビニ

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ほのかな加虐心、おひとつどうぞ──谷崎潤一郎・岡本綺堂・江戸川乱歩『眼球文学』三選

耽美で蠱惑的な、球体の奥底  スーパーマーケットの盆菓子売り場に、カラフルな玉羊羹が並んでいる。練り羊羹をゴムチューブに充填した球形のお菓子。爪楊枝で刺せば薄い皮がはじけ、中身がつるんと現れる。  その瞬間、心の奥の加虐心がそっと目をさますーーだって、なんだか『春琴抄』の気持ち。  お盆と銘菓に敬意を表して、今回は「眼球」にまつわる小説3作を紹介する。  それは眼窩に囲まれた空間にすっぽりと収まる、視覚を司る人体の器官。光を取り込み、外界の情報を脳に伝達する役割を持つ。

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腐る/枯れる/発酵する─女子会ホラー考

季節の変わり目やイベントシーズンになると、数年間誰も返信していないグループLINEに、ひとりの女性から定期的にメッセージが届く。 ──「お元気ですか?女子会、そろそろいかがでしょうか?」 通知を確認して、私はスマホの画面を静かに閉じる。 ①:始まりと、ゆるやかな衰退メッセージの送り主であるAさんとの出会いは20年ほど前、私が社会人1年目のころに参加した異業種交流会だった。 当時はそういった集まりが頻繁に開かれており、名刺交換をきっかけに、Aさんと時折お茶をするようになっ

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軽蔑という処刑法—山田詠美『風葬の教室』と思春期ホラー

 不合理で不条理ーーそれが世界の本質です。  だからこそ、与えられた生をできるだけ愉快に全うするために、すべての子どもは強力な「護身術」を体得しなければいけません。  山田詠美さんの小説『風葬の教室』は、教室でいじめを受ける少女が、心の内側に「護身術としての武器」を持つことで再生していく成長譚です。  護身術としての武器。  個人の尊厳を侵そうとする他者と自分との間に、静かに明確に境界線を引くスキル。そして境界線を踏み越えようとする愚鈍なものがいた場合、誠実に確実に「処刑」

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ホラーの小骨(ゆるく怖いコラム)🦐☀️

ホラーというジャンルの〝余白〟を拾い集めるコラムシリーズ。文学や日常にひそむ微細な違和感、感情のざらつき、ひと口では呑み込めない「小骨のような恐怖」を綴ります。

不快指数100%、伊藤潤二『グリセリド』と〝脂の滝〟

8月も最終日。不快指数100%のホラー漫画で狂気じみた夏を締めくくりたい。生理的な気持ち悪さを32頁にぎゅっと詰め込んだ、鬼才・伊藤潤二さんの名作『グリセリド』をどうぞ。 初出は2003年発行の雑誌『ネムキ』3月号。1話完結の電子書籍で読めるほか、『伊藤潤二傑作集11 潰談(かいだん)』にも収録されている。 【あらすじ】サラダ油を飲む、奇妙な兄の嗜癖富士山が見える街で暮らす少女、唯。雄大で美しく爽やかな富士山とは裏腹に、彼女の家は薄暗く脂にまみれていた。父親は自宅の一階で

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遺品は、ときに凶器になる──私の「捨てたい欲求」の原点

お盆が近いので、過剰ともいえる私の「捨てたい欲求」の原点について追記してみたいと思う。 2020年から約5年半、「ミニマリスト」カテゴリで片付けをテーマにしたブログを運営していた。持ち物を減らすことがなかば強迫観念のようになっている怪しい人生ではある。 所有物が増えれば、それに比例して維持管理の手間も増える。 物量が持ち主の維持管理のキャパシティを超えたとき、あるいは持ち主が維持管理の能力を失ったとき、モノはさまざまなものを破損する「凶器」となりうる。 私が中学に上がっ

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世界であなただけが、傷つきやすいのですか?〜被害者ポジションの椅子取りゲームと自己憐憫ホラー

鉄板の上で焼かれる海老の気分で生きている、夏。 午前9時のアスファルトは既に陽炎が立ち、日傘を忘れたことすら誰かのせいにしたくなる。 アイスコーヒーを買おうと立ち寄ったドトールのレジが混んでいることも、汗ばむ背中にキャミソールが張り付くことも、スマホの充電が切れかけていることもー。不都合はすべて、自分以外の他者のせい。だって、社会は「被害者ポジション」の椅子取りゲームだから。 大学時代の友人から、「会社を辞める」と連絡があった。 「後輩が指導に従わない」「上司に相談しても

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「1時間で死ぬよ」と、祖母は言った—記憶の奥から降ってくる、死の予告

「1時間で死ぬよ」と、祖母は昼寝のまま言った。 あの日、私は静かに、人生で最初の〝死ぬ準備〟をはじめた。 いまよりもいくらか死が近い場所にあったような気がする、子どものころの記憶を残しておきたい。死は、呑気なゲームのカードみたいに「第三者から配られるもの」というイメージがある。本人の意思とは無関係に渡される、取り替えのきかない運命のようなもの。そういうカードが、配られただけ。 夏で、蝉が鳴いていた。 わたしは子どもで、いつでも暇だった。 祖母が、居間の畳に転がって昼寝をして

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ホラー×社会構造

差別、階級、承認欲求ー。社会の構造そのものが生み出す不条理や暴力を、ホラーの視点で読み解くシリーズ。文学作品を通じて、見えづらい抑圧や呪いの形を可視化します。

犬木加奈子と90年代少女ホラー──「失われた時代」の断片

『サスペンス&ホラー』1994年春号の衝撃 人生で初めて、お小遣いで買ったホラー漫画雑誌を覚えている。1994(平成6)年4月発売の『サスペンス&ホラー』。小学4年の春、私は10歳だった。『サスホラ』は月刊少女フレンド増刊として講談社が発行していた季刊誌で、巻頭を飾っていたのは犬木加奈子の100ページ長編『口裂け女伝説』。  平成初期、1990年代は〝少女ホラーブーム〟の真っ只中。りぼん、なかよし、ちゃおといった正統派少女漫画雑誌の並びに、異様に分厚いホラー誌が平積みされてい

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「夜の貨物列車」が、怖い理由。

苦手なものがあって、それは夜の貨物列車。 自宅から最寄り駅までは、線路沿いの道を歩いて10分ほどの距離がある。 貨物列車の通過時間と私の帰宅時間がかぶるのは、月曜日の夜。 終業後にトレーニングスタジオに寄ってから電車に乗るので、帰りがいつもより遅くなる。 ターミナルではない地方都市の無人駅。帰宅時間帯を過ぎた夜間に降車する乗客は多くない。夏の夜の、ぬるい風。立ち並ぶ単身アパートの窓から、カーテン越しの蛍光灯が透ける。 ウエアが入ったかばんを肩からぶら下げ、暗い沿線をひとり

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祟りのインフレ──幽霊屋敷のコンビニ化と人口減少のホラー

怪異を「怪異」たらしめているもの、あるいは怪異から派生する恐怖を「恐怖」たらしめているもの。それは、恐怖を知覚する受容体としての人間だ。 人間不在の怪異は、スクリーンのない映画館のようなもの。怪異を受容し、恐怖という感情を映し出す人間がいなければ、怪異は単なる概念でしかない。 実話に基づく怪談も、口承で受け継がれた迷信も、SNSで拡散される都市伝説も、小説や漫画といったあらゆるホラーな創作物も── それを知覚し、意味づける人間がいなければ、怪異も恐怖も物語にならない。

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太宰治『恥』と自意識ホラー。SNS時代、見られている私を、私が見ている

 いまや、一億総メディア時代。  義憤も激昂も悲嘆も、もれなく手元のスマホから発信され、匿名の民に拡散されていく。  かつて、言葉を発することは「選ばれた才能ある一部の人間」あるいはマスメディアの特権だった。SNSの恩恵により、現代では誰もが〝発信者〟になり、誰もが〝観客〟になった。  発信者と受信者の序列は崩れ、「見られる側」と「見る側」の境界は曖昧になった。誰もが、誰かの視線の中で生きている。そして誰かに見られている自分の姿を、常に見ている自分がいる。    誹謗中傷、虚

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