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千夜文庫創刊! 白川紺子×アンティークミステリー『雪華邸美術館の魔女』冒頭一万字大公開
一 子爵夫人の再婚
「あなたは強運の持ち主ですよ」
これまで幾度となくくり返したその言葉を、弁護士はまた口にした。小百合はもう相槌を打つのも面倒になって、黙って車窓を眺める。窓の外には森がつづいていた。
「このあたりは神社の森ですよ。つきあたりに二の岡神社という神社があるんです。明治のころから、ここ御殿場は別荘地でしてね。夏になると華族や実業家、政治家といったそうそうたる面々が避暑におみえにな
【試し読み】朝倉かすみさん短編『みんな夢の中』
1
蟹江立夏は児童公園の入り口で足を止めた。後ろの二人も立ち止まった。小学校低学年の男児と、猫背の中年男性だ。立夏に連なり歩いてきていた。
立夏は二人を振り向いて、ジャングルジムを指差した。飛行機のかたちをしていて、その児童公園のシンボリックな遊具である。テニスコート三面ほどの敷地の真ん中に位置している。
「なんかびっくりした!」
男児が声をあげた。目を丸くして中年男性を振り向き、
【試し読み】『The Living Dead』ジョージ・A・ロメロ&ダニエル・クラウス著/阿部清美訳 ⑦
流産
その首がねじれた。ルイスの指は瞬時に汗ばみ、イヤホンの録音ボタンから滑ってバインダーの上に落ちた。バインダーは、これまでの事実を書き留めた記録でいっぱいになっていたが、そんな事実など、全て意味がないも同然だった。
死体の首は、シャーリーンが入れた切り込みからの凝血で縞模様になっている。医学書では胸鎖乳突筋と書かれている右頸部の細長い筋が、吊り橋のケーブルのごとくピンと張り詰めていた。
【試し読み】『The Living Dead』ジョージ・A・ロメロ&ダニエル・クラウス著/阿部清美訳 ⑥
見えない手
午後九時一七分、シャーリーンはメスを入れ、切開を開始。とりあえず全ての銃創を無視し、左耳の後ろから切り始め、自分のPM40メスを胸骨に向かってゆっくりと引いていく。身元不明遺体の肉がパン生地のように分かれた。右側も左側と同じように耳の後ろからメスを入れ、V字形に切り込む。次に、Y字カットを完成させるため、メスは腹部へと進んだ。フェイントをかけるかのごとく急に右に曲がってヘソを
【試し読み】『The Living Dead』ジョージ・A・ロメロ&ダニエル・クラウス著/阿部清美訳 ⑤
最後に笑うのは誰?
午後八時四二分、届け物の到着を知らせるベルが鳴った。それは、シャーリーンが通う美容院のチャイムと同じ、デジタル音の呼び鈴だった。それを聞いた彼女の本能的な反応も同じ。鏡で自分をチェックしようとするのだ。手洗いにあるトイレットペーパーでできる限りマスカラを拭き、体裁を整えてみたが、多少のインクは毛穴の奥に入り込んでしまったに違いない。彼女の肌はくすみ、クマができて目の下が凹ん
【試し読み】『The Living Dead』ジョージ・A・ロメロ&ダニエル・クラウス著/阿部清美訳 ③
ここがその場所
その飾り額は、かなり長いことルイスのオフィスに掛かっていたのだから、とっくに見るのをやめているべきだった。読み手の不安を煽る人騒がせな政治的投稿を拾い読みして時間を潰す、全く記憶にも残らない退屈なランチタイムが、平然と同じ場所に佇むその存在のせいで、一体何度邪魔されたことか。それには彼もうんざりしていた。飾り額の文言は、ソーシャルメディアで更新されるほとんどのコメントより















