あの春から5年間【マスク】を本気で作ったら54個の金メダルをもらった
5年前、政府の人に突然言われた。
「シャープさん、マスク作ってくれませんか?」
え?ウチ、電機メーカーですよ?ね?
2020年が明けたばかりの世の中は、
新型ウイルス感染症が広がり始めて、マスクが全然足りなくて、
うちの当時の会長が「社会のためにシャープがやるべきだ!」って決断した。
だな。誰かがやんなきゃ、だな。
気づいたら私、工場で、液晶パネルじゃなくて、マスクを作ってた。
まだ肌寒い春先なのに汗かいて、
必死に作って納品したら、政府の人がすっごい喜んでくれて、
「国産のマスクを一般の人にも販売してもらえませんか」ってお願いされて。
で、シャープのECサイトで売り出したら、
予想以上のアクセス集中で、サーバーが落ちた。
たぶん数百万人近く、アクセス殺到。つながんねぇぞ!ってクレーム殺到。
工場にいても、胃がキュッとなった、あの春の日々。
みんなマスクを待っている。絶対、工場は止められない。
しんどかった。どっちかというと心より、体。毎日が戦いだった。
でもね、あれからマスクを作りに作り、売り続け、2024年11月をもって抽選販売を終了し、いつでもみなさんが欲しい時にお届けできるように「一般販売します!」ってお知らせしたら、
「ありがとう」
「あの辛い日々にマスクを作ってくれてありがとう」
って、54通もの感謝のメールをいただいた。
どれも長文。たまに短歌みたいな短い1文。
行間まで読みこんでたら、胸の奥がキューッとなって、なんかもうだめ、PCの画面がにじむ。
泣くもんか、ってこらえながら、メールを全部印刷して、工場のクリーンルームの入口に貼り出した。

「あの感染症禍に、国産マスクの生産を決断してくれたシャープに、あの時、伝えられなかったお礼を一言申し上げたくて」
お礼を言いたいのは、私だった。私たちだった。
シャープの想いは、ちゃんと誰かに届いてた。
シャープグループが総出で取り組んだ
「マスクの開発&販売 疾風怒涛の5年間」。
あの日から今日までの話。ちょっと長いけど、ここに書き留めておこうと思う。
シャープがマスクを作ることになった理由
あれは2020年の2月中旬だった。私はシャープグループ会社の社員で、三重県多気郡にある工場で液晶パネルを生産していた。

そこへ妙な噂が流れてきた。
「シャープがマスクを作るらしい」
シャープの工場にはクリーンルームがある。液晶パネルなどの精密機械を作るため、チリやホコリを極力持ち込まないようにした特別に清らかな空間。
そのクリーンルームがあるから、マスクの製造を政府から要請されたとか。この噂、嘘かマジか幻聴か。
脳内で5W1Hがグルグル回る。
When(いつから始める?)
Where(どこの工場で?三重の多気か亀山か?大阪、奈良、広島か?)
Who(誰が?経験者いないよね?)
What(何を?あ、マスクか)
Why(なぜシャープが?あ、クリーンルームか)
How(どうやって作る?無理無理無理ぃぃ!)
グルグルしてたら、2/28、生産決定。噂が現実になった。
「多気の4工場で生産します」
「最初の納品は12万枚。納期は3/31です」
私がいる第4番目の工場で? 1枚も作ったことないのに12万枚? あと1カ月で納品だ? サプラーーイズ!
心の準備はゼロだけど、決まったからには、やるしかないのが大人ってやつ。だって世の中、マスクが足りない。シャープがやらねば、誰がやる!
てなわけで、マスク製造装置どうする?って探してみたけど、どれも納期がだいぶ先。親会社が見つけた製造装置を台湾から日本へ持ってきた。ひとまず解決、心の中でガッツポーズ(小さめ)。
機械と一緒に、装置のオペレーターさんも来日して、操作やメンテナンスの方法を教えてくれた。
……んだけどさ。
オペレーターさんが話す言葉は、中国語。
装置の表記も、説明書も、中国語。
私に中国語がわかるかって?んなわけない。日本語オンリー。テンパりすぎて記憶はオボロゲだけど、通訳さんもいなかった(ような気がする)。だから詳しい説明が理解できない。
でもやるしかない。マスクの材料をイチから集めて、技術部門がマスクの形状や仕様を決めて、その他ありとあらゆる部門がグループの垣根を越えて集まり準備を整えた。装置も、もう1台導入した。
あの時、生産現場で起こっていたこと
準備はできた。これでやっと生産を始められる。時はすでに3/24。納期まで1週間。マスク製造装置、スイッチオン!
……したんだけどさ。
この装置、自由なのよ。のびのびと自分らしく独創的なマスクを作るのよ。
ここから愚痴タイムに入る。
【読み飛ばし可】

・まずね、装置にセットした不織布ロールが減ってくると、マスクの幅がめちゃくちゃ細くなる。
・不織布を折ったら、プリーツの幅が広かったり狭かったりする。
・不織布をカッターで裁断するはずが、切れずに延々とつながってる。
・まっすぐ流れるはずのライン上で、マスクがあっちこっち勝手に移動する。
・鼻にフィットさせる樹脂製ノーズフィッターが、急にポーンと抜けて飛ぶ。
・ノーズフィッターが右へ左へずれるのは、いつものこと。
・耳ひもの長さが変わるのも、よくあること。
不良がいっぱい。不良は自由。こっちは真面目な人間だから、ここまでカオスな不良品に出会ったことがない。
液晶パネルの不良品と比べてみよう。
液晶パネルは、何百万個の小さい点が集まってできている。その点がチカチカ光ったり、色を変えたりして、映像や画像を見せている。
ところが、真っ黒な映像を表示した時、たまにポツンと白く光る点がある。これが「輝点」。名前がカッコいい不良。
検査では、この輝点が「◯個以下なら合格!それ以上はダメ」「◯ミクロン以下なら合格!それ以上はダメ」って、めちゃくちゃ細かく基準が決まってる。ミクロンは、1ミリの1000分の1、もはや見えない。さらに呪文も唱えておく。
「液晶は 異物も無きこと ムラも無きこと」
掛け軸にして飾りたい。液晶パネルは異物もムラも、あったらアウト。ないことが大前提。
で、例の装置。自由すぎる。今なら笑えるくらいバリエーション豊か。でも、あの時は全く笑えなかった。
不良を更生するために、設備グループにも来てもらった。我らが誇る職人集団。だけど当然、マスクは専門外。「こんな謎マスクできたんですけど」ってなったら、みんなで「なんでだろう?」って一から原因を探して調整した。
職人技のおかげで装置の調整がだんだんうまくなって品質が上がっても、「1ミリずれた。これ、お客様に出していい製品?」の判断が難しい。専門外の製品なので、完成品のOKラインをバシッと決めるのが一苦労だった。だってスタートは「耳ひも、ちゃんと付いてる?」だったから。耳ひもがないと・・・使えないですね、そうですねレベル。
数ミクロンの世界で勝負してきた元・液晶担当の私としては、1ミリのずれで心が沈む。
だから、そこからはもう、こだわり全開。理想とする生産基準を少しずつ固めながら、装置を調整してくれる設備グループにも、ずいぶんと無茶を言った。
「ノーズの長さ、あとちょっと長くしたいっす!」
「ギャザーの高さ、きっちり揃えたいっす!」
「耳ひもと不織布の接着は、この位置でピタッと調整してほしいっす!」
こだわりが細かすぎてバトル勃発。意見ぶつかる。納期は迫る。それでも品質にはこだわり抜いた。だって、そこがシャープの、シャープたるゆえんだから。
不良品を減らす工夫や装置の改良もずっと続けた。
耳ひもは、束になって箱にぎゅうぎゅう詰められている。それを引っ張り上げて、機械に通すんだけど、すぐ絡まる、グチャる。で、どうしたか。
箱の中にピンポン玉、投入。軽い重みが耳ひもを押さえてくれて、ひもをスムーズに引き出せる。これ、耳ひも業者さんの発明。天才。拍手。

それでも時々やっぱり絡まる。
そこへ登場するのが、設備グループが開発してくれた「耳ひもはたき」。パタパタ動いて、絡まってる耳ひもをはたいて、揺らして、ほぐす。地味だけど効く。天才。スタンディングオベーション。

できた完成品のマスクは、抜き取り検査じゃなくて、全数検査。手抜きなし。これは昔も今も変わらない。
それだけじゃない。業界団体の全国マスク工業会に加盟して、認定もちゃんと取った。品質や製造、衛生管理など、厳しい基準を守ったマスクは、ここの会員マークを表示できる。もしもマスク迷子になったなら、パッケージに「JHPIA 全国マスク工業会会員」ってマークのある商品を探せばいい。

そうやって品質にこだわりまくってたら、やばい、時間が溶けていく。このままじゃ納期に間に合わん!
生産開始から初出荷までの1週間
マスク製造装置からは1秒に1枚、完成品がポンッと出てくる。その数を2時間ごとに上長に報告する。
上長は「もし独創マスク激誕トラブルが発生したら、俺が家で寝てても、夜中の何時になってても、電話をかけてこい」と頼もしい。
実際トラブって電話したら、うちの上長、すぐに設備グループの上長に連絡してくれて、「なぁ頼むよ〜誰か行ってあげてよ〜助けてあげてよ〜」って、ほぼ哀願。深夜の人間ドラマが開幕する。

今は機械で自動化したけど、最初はマスクの全数検査も、ぺったんこに折り畳まれた紙箱を立体に組み立てるのも、マスクを袋詰めするのも、それを紙箱に入れるのも、ぜーんぶ手作業。
さっき鼻高々に紹介した全国マスク工業会のマークは、申請から認定までの時間がなさすぎて、初期納品のパッケージ印刷に間に合わなかった。シールにして貼るしかない。ぜーんぶ手作業。
そもそも自動化に必要な機械だってネットの動画サイトで探すという原始的荒技。機械メーカーが公開している動画を見て「マスクを検査する自動光学検査装置、いいの、ないかな?」「束ねたマスクを個装する自動包装機、いいの、ないかな?」って探す人力作戦。
作業を自動化する前は、座るヒマなんてなかった。よそ見するヒマもなかった。唯一、手を止められるのは、例の装置がトラブった時だけ。でも、その時は「直さなきゃ」だから、やっぱり座れない。永遠に座れない。
人が足りない。全然足りない。だから人海戦術でいく。
多気の4工場だけじゃなく、1・2・3工場からも人を動員。工場以外の部門からも、他のエリアからも、シャープグループの人を総動員。立ち上げの時は60人体制で稼働して、結局、生産に関わった人は総勢300名。
毎日、何十人と日替わりでヘルプに来てくれた。毎日、抗原検査をやって、少しでもあやしい人や濃厚接触者には「ごめんなさい」って帰ってもらった。
応援部隊から「どこ行けばいいんですか!」「なんで決まってないんですか!」「要領が悪いんですか!」って怒られながらもペコペコして、拡声器で指示を飛ばした。
生産ラインで作業しながら、隣のおじさんと「しんどいなぁ」「しんどいっすねぇ」って話してたら、後でわかった。どっかの偉い部長だった。

パソコンの確認表には毎日、完成した数を記録した。
一人のスタッフが
「残り 段ボール15箱」
「出荷 間に合わす!絶対やりきる!!」
って書いていた。なんだ、この青春。文化祭かよ。

で、初出荷の前日、3/30、夜8時。
ほんとなら出荷分が全部揃ってるはずなのに、まだ終わらない!
あわてて別工場の液晶パネル生産ラインを止めてもらって、夜勤の人たちもみんな呼び寄せて、全員で必死の追い込み。気づいたら日付をまたいでた。
……頑張ったけど、もう無理なんだろうな。
街の店頭からはマスクが消えて、高額転売が問題になって、政府もマスクを待ち望んでいるのに、もう間に合わないんだろうな。
って重い空気が流れた3/31、夜中の3時。
できた。
12万4千枚。
50枚入り2480ケース。
段ボールで62箱。
どーんと積み上がった段ボールの山を見て「……あ、できたんだ」。信じられないけど、できたんだ。
政府の人が工場へ受け取りに来た。次の納品に向けて例の装置はゴリゴリ稼働中。手が空いてる人だけ、工場の真ん中に集まった。政府の人が「ありがとうございました!!」って言ってくれて、その言葉が、なんかもうね、胸にズドンと響いた。

マスクの段ボールを1個1個手で運んで、トラックの荷台いっぱいに詰め込んだ。

荷台の扉を閉め、トラックが工場から街へ出ていくのを見送った。(気づいたら動画まで撮っていた)空はうっすらと白んでいて、夜明けの気配が満ちていた。
パソコンの確認表に誰かが「やったー!」って書き残してた。そう、私たち、やったんだよ。でも、これ、今日が初出荷。これがずっと続くんだ。戦いは始まったばかりだった。
あの時、ECサイトの現場で起こっていたこと
政府に頼まれたマスクを全て納品後、2020年春から、シャープグループ会社のECサイト「COCORO STORE(ココロストア)」でマスクを販売することにした。
準備期間は1カ月弱。よし、先着順で販売しよう!アクセスは数万件程度かな?
そして迎えた4/21。
緊急事態発生!サイトに全くアクセスできない!
想像以上の人が殺到してサーバーが過負荷状態。
しかも、そのあおりを受け、同じネットワークでつながっていたシャープ家電製品のAIoT機能にも影響が出て、クラウドサービスまで使えなくなってしまった。
「終わった……」
ECサイトチームの面々は、えらいことになったと青ざめた。復旧しようとしたが、システムは全く動かない。急いでシステムを変更し、マスク販売用のネットワークを独立させ、抽選販売に切り替えることにした。
そして迎えた4/28。
週1回の抽選販売、スタート。初回は約470万人の応募があり、4万人の方に当選メールをお送りした。当選倍率は約118倍になっていた。
思えば先週、サーバーがダウンした時は、きっとこれ以上の人がアクセスしてくださったのだろう。数万件の予想に対し、フタを開けたら数百万件。甘く見てた。本当に申し訳なかった。
それでも、マスクを購入されたお客様から届く感想は、おおむね好評でありがたかった。
たまにストレートパンチも飛んできて、肋骨にメキッとめりこんだ。最初なんて「耳ちぎれそう」とまで言われたこともある。コメントを読んで落ち込んで数日引きずる。メンタル豆腐。今はフワッフワの耳ひもに変えた。メンタル無限ポジティブ。

「COCORO STORE」のお問い合わせ窓口に届くクレームや要望は、開発・生産部門にもフィードバックされる。
「耳ひもが短すぎる・長すぎる」「マスクの幅が狭すぎる・広すぎる」といったお客様のガチな声をヒントに、私たちはマスクを細かいところまで直して、直して、また直して、ブラッシュアップして今の基準を作りあげた。

COCORO STOREチームも、生産チームに負けず劣らず、頑張った。
「定期便、やっちゃいましょう!」って新サービスを立ち上げるし、「プリーツ型マスクだけじゃなくて、立体形状のマスクも作っちゃいましょう!」って「シャープクリスタルマスク」の商品化にもガッツリ参加。

今じゃマスクのラインアップも充実した。
プリーツ型マスクは、ふつうサイズ・小さめサイズ。
シャープクリスタルマスクは、大きめ・ふつう・こどもサイズまで勢揃い。ベージュ系・ピンク系のバイカラータイプも登場してテンション上がる。

あの春の日から5年たった今日まで、みんながマスクのことばっかり考えて、知恵も愛情も全部マスクに注ぎこんだ。
そういえば当時、シャープと同時期にマスクの生産を始めた他社さんは、あっという間に市場からいなくなった。
「え、シャープ、まだマスク作ってたの?」と思われる人もたぶん大勢いる。その中で、シャープのマスクを気に入って、ずっと使い続けてくださっている人たちも大勢いる。
お問い合わせ窓口や商品レビューでメッセージがポツポツ届く。
「子どもが気に入って、ずっと愛用しています」
「シャープのマスクじゃないと、もう無理です」
こんなうれしいことはないよねって喜んでたら、さらに驚きの展開が待っていた!
抽選から一般販売へ。届いた54通の感謝メール
2024年11月をもって抽選販売を終了して、いつでもみなさんが欲しい時にお届けできるように「一般販売に切り替えます!」ってお知らせしたら、54通もの感謝メールをいただいたのだ!
「シャープがマスクを?」と驚き、あの時の社会情勢下で行動した私たちに敬服の意を表してくださる方がいた。
新型ウイルス感染症の不安に覆われる中、届いたマスクにどれほど救われたことかと感謝してくださる方がいた。
医療従事者の方もいらっしゃった。マスク不足の最中、シャープのマスクが支えになったと言う。
マスクはあまり買えなかったけれど、これから家電を選ぶ時は少しでも恩返しができるよう、シャープの製品を買い続けます、と言ってくださる方もいた。
「アンケート回答フォームに感想欄がなかったから改めてこちらへ」とお問い合わせ窓口にメールを送ってくださった方々が大勢いた。

もう、うれしくて、うれしくて、工場の入口に全部張り出した。あぁ、マスク作ってて良かったなぁ、って心底思った。この54通のメッセージ以外にも、表には見えないだけで同じように思ってくださる人たちがいるのかもしれない。
工場で液晶パネルを生産していた時は、こんなふうに直にエンドユーザーの声を聞いたり、想像したりすることはあまりなかった。パネル生産の後ろには、完成品になるまでの長い長い工程がある。「いよっ!液晶パネル、よくできてるね!」って直に褒められることも、まぁ、ない。
マスクを通じて、その先にいるエンドユーザーの気持ちに直接触れてしまったら、仕事に対する責任感がグワッと増し増しになった。品質の悪いものは、絶対出せない。お客様に届けるために、絶対この日に出荷する。
そして今でも思い出す。2023年、師走のあの夜。すでに新型ウイルス感染症は5類に移行し、街には日常が戻っていた。
今までマスクを一緒に作ってきたメンバーも、少しずつ元の部署に戻ったり異動したり、散り散りバラバラになっていく。
本当は、あのしんどかった春にこそ、酒を飲んでお互いをねぎらい、語り合いたかった。だけど、あの頃は飲み会なんて夢のまた夢。それまでのように気軽に集まることもできず、約束を果たせないまま3年。「新型ウイルスが落ち着いたら、パーッと飲みに行こうぜ」と言い続けて3年。
ようやく2023年の師走、送別会を兼ねて、初めての、そしてこのメンバーではきっと最後の忘年会を開いた。
その席で、応援に来てくれていたメンバー全員に金メダルを贈った。100円ショップで買ったピッカピカのやつ。
「今まで助けていただいて、本当にありがとうございました」
「俺らは戻るけど、マスクの生産、続けてくれよ!任せたぞ!」
「任されました!お互い頑張りましょう!」
金メダル、まだ持ってるかな。もうどこかにいっちゃったかな。それでも、いいや。だって私が忘れないから。あの夜をずっと覚えているから。
5年前の春の日から、みんなで必死に作って届けてきたマスクは、今も誰かの暮らしを守っている。
2025年3月24日時点で累計出荷枚数は約4億8000万枚。
シャープのマスクは
これからも、いけるところまで、いく。
私たちの胸には、
54のメッセージと
見えない無数の金メダルが、今もずっと輝いている。

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