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マガジン一覧

組織づくりについて

側島製罐という老舗中小企業で、どうやって組織が変わっているかについての記録。

「ありがとう」と「ごめんなさい」が素直に言えない職場は何をやってもうまくいかない。

「会社の雰囲気はどうしたら良くなるのでしょうか」というご質問をいただくことが頻繁にあります。「どうすればもっと理念を会社に浸透させられますか」という聞き方をされることもありますが、これも結局のところは同じことを聞かれているのだと認識しています。 雰囲気って大事ですよね。誰しもが良い雰囲気の会社で働きたい、会社の雰囲気を良くしたいと思いながらも中々うまくいかないので、冒頭のような話がよく話題に上がるのだと思います。僕自身もそんな偉そうに高説垂れる立場にはないのですが、5年前は

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「掃除は始業前に済ませる」という同調圧力を正して変わったこと

ヘッダーのような当番表、誰しも一度は見たことがあるのではないでしょうか。これは以前、側島製罐で使っていた事務所の掃除の当番表です。くるくる回して当番変えるやつですね。 側島製罐では以前まで、「掃除は始業前に終わらせるもの」という暗黙の了解がありました。少なくとも始業の10分前くらいには机を拭いたりごみを捨てたりし始めて、朝礼が始まるまでには掃除を終わらせていないといけない、という仕組みですね。昔からやっているということで何となくそのまま続けていましたが、「これはサビ残の無償

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経営者が指示命令や評価という特権を手放した会社では一体何が生まれるのか

自分が代表取締役を務める側島製罐では2020年の事業承継開始以来、組織のあり方が大きく変わってきました。古色蒼然とした老舗中小企業をみんなで立て直しをした結果、2021年に経営理念(MVV=Mission,Vision,Values)を策定、2023年に自己申告型報酬制度を導入、「社長」という役職も会社から無くすことになり、現在では従前のようなトップダウン経営から転換して、自律分散型組織のような状態になっています。 この過程で、指示命令・マネジメント・評価・給与決定など、自

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”中小企業型ティール組織”という新しい未来への挑戦

側島製罐では2021年に全員でMVVを策定したのち、2023年からは「みんなで経営 自己申告型報酬制度」と銘打った制度を導入しました。今年導入したばかりなので実際の成果などはこれからでほぼ社会実験みたいなものですが、内容としては過去の実績を評価して給与額を決めるというやり方をやめて、各自の自律性や発展性を信じて未来に先行投資する形で給与を先払いするというやり方で、正に社運を賭けた挑戦です。この制度を導入するまでに三年間も要してしまいましたが、考えに考え抜いた末にこの制度に辿り

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挑戦したことについて

事業で挑戦したことについての記事をまとめてます。採用、広報、新規事業、理念策定、などなど。

薄利多売の世界で中小企業が価格競争力を手放した先に手に入れられるもの

チョコレートを買いに来て、フェアトレードを謳っているものとそうでないものがあったとしたら、多少割高でもフェアトレードのものを選ぶことはあると思います。規格外の果物や野菜等がフードロスの名目で売っていたら思わず手が伸びてしまうんじゃないでしょうか。こういうのを倫理的(エシカル)消費と呼びますよね。 では、自分の会社で材料や副資材を調達するときはどうでしょうか。協力会社に外注するときはいかがでしょう。調達する材料がエコかどうか、発注先の会社の事業が公明正大でフェアかどうか、果た

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事業承継で父親と交わした念書について

僕は2020年4月に家業である側島製罐に帰ってきましたが、実は帰ってくる前に社長である父親と”念書的なもの”の取り交わしをしました。最近色んな所でお話しする中でこの内容について聞かれることが多くなってきたので、どんなものだったのか記しておきたいと思います。 形式と内容について「念書」というと形式ばったもので、 一、甲がやることに乙は文句言わない。もし文句言ったら甲は継がない。 という感じで契約書のような書き方をするわけですが、自分の場合は念書”的なもの”という通りで、こ

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生まれて初めて採用活動をした僕がプロ人材を獲得するまでの話

今回は採用についての話です。 結論から言うと、約半年に及ぶ採用活動の末に”プロ人材”と言える人を採用できたというストーリーです。面接なんて前職でリクルーターくらいしかやったことがないような採用素人の僕が、初めての採用活動で悪戦苦闘しながら妥協ゼロの人材採用まで漕ぎつけた話を書いていきます。あくまでも一事例としてご参考にして頂きたいという前置きはしつつも、どんな小さな企業だって諦めずに想いを伝え続ければきっと誰かにその想いは届く、ということを声高らかに叫びたいと思います。

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素人が”缶のショップ”を出店した舞台裏のすべて

「え!?今回の企画ってうちの単独出店なんですか…?」 一気に血の気が引いたのは出店の1ケ月前、BASE社とマルイ社の担当の方々と出店の打ち合わせをしているときのことでした。 元々は「新宿マルイ本館でのBASEポップアップスペースに出店しませんか?」という企画に応募したのがきっかけですが、自分が想像していたのは「BASE社のスペースに複数ショップが同時出店してスタッフも代わりに常駐してくれる」というものでした。 しかし、それは自分の勝手な思い込みで、実際は単独出店、ショッ

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人生観について

仕事とは、働くとは、生きるとは、自分なりに思うところについて言語化してみてます。

世界の果てまで行っても本当の自分なんて見つからない

昔、チリの南端から二週間の旅で150万円もかけて南極に行ったことがあるのだけどね。平均的で凡庸な自分が昔から嫌で嫌でしょうがなかった僕は、いつも自分の存在意義を証明するような誇りのような何かが欲しいと思っていて、その極めつけが南極に行くことだった。そんな稀少なマイルストーンがあればきっと自分も一目置かれる一角の人物になれるんじゃないかと信じて止まなかった、って感じで。だけど、現実は全然違った。「南極に行ったことがある」と自慢したところで「すごいね」と言われる程度で、自分自身も

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「好きな人に幸せになってほしい」という原点に軸足を置くこと

「人を好きになって、街を好きになって、その人たちのために何かしたいという気持ちこそが、営業担当者としての矜持だなと思いました」 これは自分が10年前転勤するときにSNSへ投稿してた言葉のコピペで、すごく達観して偉そうな物言いにも見えるのだけど、今の自分にも強く根付いて大事にしている考え方だなあと改めて思う。 金融営業をやり始めたばかりの僕は、とにかく数字に追われてばかりで、目の前のお客さんのこともロクによく見ようともせず「借りてくれ借りてくれ」と言って客先をまわる日々

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人の生き死にに寄り添えない会社なんてなくなってしまった方が良い

数年前、僕が家業に入ったときは本当に雰囲気が悪かった。例えば、僕は入社して数か月後に祖母が亡くなった時、当時はとても休めるような雰囲気もなくて悲しみに暮れる間もなく葬式だけ出てすぐにまた出社したのだけど、ご愁傷様とか、大変だったねとか、そういう労りの言葉をかけられることはほとんどなかったし、それどころか「ゆっくり休めただろう。」と吐き捨てるように言われる事まであった。いくら会社の雰囲気が悪いと言っても限界があるし、こんな人の尊厳を蔑ろにされるような場所でまともに働けるわけがな

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「『案件処理』って表現おかしくない?」

という問いかけをされたことがある。時は2013年、浜松は肴町の居酒屋で先輩と飲んでいた時のことだ。当時の僕は金融マン二年目で、融資第一課という部署で窓口申込の審査担当をしていた。自分がいた浜松支店では各担当が月に30件程度の審査をして、融資の可否について稟議にあげるというのが日常業務になっていた。内容にもよるが30件というとなかなか負担が大きく、毎日相当なスピードで対応していないとあっという間に案件が溜まっていってしまう。案件が溜まれば審査スピードが落ちてクレームにも繋がりや

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旅について

「何のために旅をするのか」という永遠の命題に対する自分なりに思うところをつらつらと。

世界の果てまで行っても本当の自分なんて見つからない

昔、チリの南端から二週間の旅で150万円もかけて南極に行ったことがあるのだけどね。平均的で凡庸な自分が昔から嫌で嫌でしょうがなかった僕は、いつも自分の存在意義を証明するような誇りのような何かが欲しいと思っていて、その極めつけが南極に行くことだった。そんな稀少なマイルストーンがあればきっと自分も一目置かれる一角の人物になれるんじゃないかと信じて止まなかった、って感じで。だけど、現実は全然違った。「南極に行ったことがある」と自慢したところで「すごいね」と言われる程度で、自分自身も

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あのジプニーに乗ってどこまでも。

アスファルトを突き破って生えた木が歩道を塞ぎ、道路を歩く僕を背突くようにクラクションが鳴る。腐ったゴミと排気ガスの混ざった空気が目に染みるここは、フィリピンの首都マニラのローカルが集うアーナイズ通りだ。昨日からもう30kmは歩いただろうか。潰した豆がヒリついていた足の指にもう感覚もない。熱帯モンスーンの気候はベルベットのように身体にまとわりついて、汗だくでマニラの町を彷徨う僕の体力を奪っていく。日本からたった4時間のこの街では全くと言っていいほど邦人を見かけない。日本からの便

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「旅の記憶」という色褪せない資産

コロナ禍になり海外へ行けなくなってからかれこれ一年経ってしまいました。これまでの社会人生活、息継ぎするように旅をしてきたので、こうして長期間旅ができないというのは個人的にはかなり辛いところですが、ここで改めて旅の価値について考えてみたいと思います。 ここでは、「旅をして人生が変わった!」「本当の自分を旅で見つけた!」とか、そういう安い自己啓発みたいなことは書くつもりはないのですが、 ”旅は人生を豊かにする” というのが僕の結論です。 僕が旅したところ 先に手前の話を

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自分を探さない旅をしよう

先ほど、フィリピンはマニラの四泊五日の一人旅から帰ってきました。まさか、36歳の妻子持ちにもなって東南アジアへバックパッカーできる日が来るとは思ってもなかったですが、海外旅自体は3年ぶり、バックパッカー1人旅は7年ぶりと久しぶりの冒険となりました。今回は旅行記ではなく、リハビリがてら久しぶりに海外に出て改めて感じたことを書いてみます。結論的には、旅って良いよねって簡単な話なのですが、旅ってなんだっけ?という旅人の永遠の命題にもかかるところも少しだけ掘って書いてみますのでお付き

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今週末の日曜日、ユニクロで白T買って泣く

今週末の日曜日、私はユニクロで泣く。 いつも行く、イオンの4階に入っているユニクロで。きっと、震えながら白のエアリズムコットンオーバーサイズTシャツ(5分袖)を手に取って、泣く。 何の話か全くわからないと思うけど、今、たった今3時間前に起きたことを、心臓をばくばくさせながら、今日は書く。 私の家は、奈良にある。近鉄電車の快速急行が止まる駅。そして、家の94%を、地元の20代以下に開放している。(6%は私の寝室)(その話はまたいつか…) その中で、最近よく遊びにくる18

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