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「元旦の朝」は正しい表現

はじめに

 今年も残すところ後わずかになりました。今回は「元旦」という言葉の話です。この時期になると、「元旦は正月一日の朝という意味であり、元日と同義に使うのは誤りだ。したがって、例えば元旦の朝というのは重複表現で云々」という主張を見かけるようになります。もはや風物詩と化しているこれですが、結論から言うとこの主張は誤りです。以下で「元旦」がどのように使われてきたのか見ていきましょう。

語義考察に字源は御法度

 本題に入る前に、まずこの手の論者が陥りがちな字と語の混同について取り上げましょう。言葉の意味を論ずる際に、その言葉の表記に使用されている漢字の成り立ちを持ち出して論を展開する場面をしばしば見かけます。「元旦」の例でよく出てくるのは、「旦」の構成は地平線を表す「一」と太陽の「日」で、日の出を表しているから、「元旦」は朝に限定するのが本来の用法だ、というものです。

 しかし古い字形を見ると、「旦」の中の現在「一」と書かれる部分は、古くは四角形だったことが分かります。

時系列は左から右へ

 古文字学界においてこの四角形の解釈については複数ありますが、今は主題ではないので踏み込みません。いずれにせよ、現在「一」と書かれる部分は、時を経て変化してしまった形です。

 後述しますが、「元旦」という言葉が中国で見られ始めるのは6世紀頃からで、その時には「新年の一日目」の意味で用いられているので、「旦」の成り立ちが日の出というのが仮に正しいとしても、それをそのまま言葉の意味に適用するとおかしなことになります。

 私の記事を今まで読んでいただいている方にはもう自明のこととは思いますが、言葉の生成と文字の生成はそれぞれ独立していて別個のものなので、そこを混同してしまうと間違った方向に進んでいってしまいます(そもそも語と字を混同している人が語る字源は誤っていることが殆どなのですが…)。

 例えば、「日」の成り立ちが太陽をかたどったものだからといって、「元日」は年初の日のうち太陽が出ている時間帯だけを指すのだ!と主張している人がいたらどうでしょう。語義解釈に字源を持ち出すのは御法度なのです。もし字源にどうしても言及したいなら、語とは峻別したうえで余談として喋るのが良いでしょう。

「旦」の主要な意味

 閑話休題。「元旦」は漢語であり、中国から伝わった言葉です。なのでとりあえず「元旦」の中国における用例を見ていきたいのですが、その前に「旦」という言葉の主要な意味を見ていきましょう。

 「旦」について『説文』は「明也」といい、『玉篇』は「早也」「朝也」といいます。『書経』太甲上に「坐以待旦(座ったまま夜明けを待つ)」という用例があります。より分かりやすいのが、『左伝・昭公元年』に「旦及日中不出」という例があり、「旦」と「日中」を区別します。これらは「夜明け・早朝」の意味の例です。

 また、早朝に限らず「一日」を表す例も出てきます。我々も馴染み深いのが「月旦評」に使われている「月旦」です。これは月の初日という意味で『史記』『世説新語』など多くの漢籍に用例があります。「元旦」という言葉が見られるのは、「旦」に一日を表す用法ができてからです。

「元旦」の意味(中国)

 中国の辞書『辞源(第三版)』を紐解くと、「元旦」の意味を「一年的第一天(一年の初日)」として、蕭子雲(南朝・梁)の「介雅」という詩と、呉自牧(宋)の『夢粱録』の例を載せます(前者の例は、管見の限り「元旦」という言葉の初出)。

 『現代実用漢語詞典』(2001年)や『現代漢語詞典(第七版)』(2016年)も、ともに「公历新年的第一天(西暦の新年初日)」の意で載せます。

『現代実用漢語詞典』
『現代漢語詞典(第七版)』

 むしろ「元日の朝」に限定した用法は載っていません。中国でははじめから「元日」と同義で使われていたことが分かります。すなわち「元旦」における「旦」は「夜明け」ではなく、より広い「一日」の意味合いです。

「元旦」の意味(日本)

 さて、中国での「元旦」という熟語が、日本にも伝わってきました。古くは文明本『節用集』(室町中期写)の「元三」の項に、「正月一日也。言年元、月元、日元、合元三也。或云元日。又云元旦、元正…」とあり、「元日」と「元旦」がともに「正月一日」の義として同義語扱いされていることが分かります。

 では比較的最近で、元旦を元日の意味で使った用例があるかを調べてみましょう。ここでは「国立国会図書館デジタルコレクション」(通称デジコレ)を使用します。ただ、単に「元旦」と検索して一つ一つ吟味していくのは手間がかかります。なのでちょっとしたテクニックを使いましょう。検索のコツとしては、「元日の意味で使っていないと矛盾するような表現例」を探すことです。要するに「元旦の朝」「元旦の昼」「元旦の夜」とかですね。以下、各3例ずつ列挙します(年が極端に偏らないようにした以外は適当に選んだ)。

「元旦の朝」
・「何でも一年の事は元旦の朝にあり」
(奥村金治郎『太平倶楽府 : 明治笑談』1888年)
・「みなあらたまる元旦の朝」(詩「正月元旦の朝」より)
(如来卍志希女史 他『如来の光 : 如来卍志希女史法話集』1926年)
・「二日の朝になると元旦の朝に雑煮を食べた家は芋汁を食べ…」
(松本市 編『松本市史 第3巻 民俗編』1997年)
「元旦の昼」
・「祖父はその翌日——元旦の晝頃しよんぼり歸つて來た…」
(羽地恵信『歪んだ感傷 : 詩集』1931年)
・「新年の挨拶まわりは、元旦の昼からは、いつでもいいという。」
(熊本商科大学民俗学会『五家荘 (資料集 ; その4)』1964年)
・「元旦の昼十二時に博多へ戻るコース。」
(内航ジャーナル『内航近海海運 29(625)』1994年)
「元旦の夜」
・「古人ハ一富士二鷹三茄子ノ夢ヲ以テ吉夢ト為セリ、之ヲ元旦ノ夜ニ夢ミシカ…」
(大槻收藏『紀事論説文例 : 上等 下卷』1881年)
・「軒をうつ雨音しげししかすがにまどゐ暖かし元旦の夜」
(加瀬恭治『青い空』1969年)
・「神主は今も元旦の夜には仔牛どもと列をつくり…」
(日本農民文学会『農民文学 (252)』2000年)

 以上はほんの一部なので、気になった人は自分で調べてみるのも良いでしょう。元旦を元日の意味で使うのは、何らイレギュラーなものではなく、昔から一般的なものでした。もちろん元日の朝の意味で使うものもありますが、今回は「元日の意味で使われる例も古くから一般的だったんだよ」というのを示すのが目的なので、そちらは一々取り上げません。

 辞書類においては、「元旦」を「元日」の意とするものと、「元日の朝、元日」と併記するものがあります。
・「元日 First day of January」
(高潮豊三『明治通俗和英節用集』1887年)
・「正月元日のあさ。元日。」
(上田万年, 松井簡治 著『大日本国語辞典 第2巻』1916年)
・「ぐヮんにちニ同ジ。」
(大槻文彦『大言海 第2巻』1933年)
・「一月一日の朝。また、一月一日。」
(新潮社 編『新潮日本語漢字辞典』2007年)

 近年、NHK放送文化研究所が「元旦の朝」という言い方について述べている記事があるので紹介します。

https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20150101_3.html

 文量はそんなに無いので是非読んでいただきたいのですが、要約すると「実際問題として、「元旦」ということばは、一般的には「元日の朝」に限らず「元日」の意味でも使われてきました。」として、元日の意味で使うのを「間違いとまでは言えないという考えも理解できます。」としつつ、放送においては「多くの人が違和感を持たない「元日の朝」もしくは「元旦」を使うようにしている」ということです。この「双方の語釈を認めつつ、自分たちはこう表現する」という姿勢は適切でしょう。

 ちなみにここで紹介されている『三省堂国語辞典』(第7版)の「(あやまって)元日」という語釈は、第8版においては「(あやまって)」が削除されており、「今では違和感を持つ人もいる」とことわっています。

まとめ

・元旦は中国では元日の意味で使われてきた。
・日本でも古くは元日と同義であると捉えられてきた。
・現在は元旦には「元日」と「元日の朝」の両方の語釈があり、どちらの意味でも昔から一般的に使われてきた。
・元旦を元日という意味で使うのは誤りではない(むしろ歴史的に見てこちらの方が本来の用法である)。
・無論、元日の朝に限定した用法もまた正しい。
・自身がどちらの意味を採用して使用するかは自由であり、(誤った知識でもって)他人に強要するのは不適切である。

 したがって、「元旦の朝」というように「元旦」を「元日」の意味で使うのは何ら問題のない用法であり、これを明確に誤りだとする根拠は存在せず、冒頭で取り上げた「元旦は正月一日の朝という意味であり、元日と同義に使うのは誤りだ。」という言説こそ誤りです。

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