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マガジン一覧

「旅の終わりに」「ロング、ロングバケーション」

いつもの書店のいつもの棚に、惹かれる感じのロードノベルが上下巻で並んでいた。若年性アルツハイマーを発症した人が同行者を募って旅に出る話だったと思うが、舞台がアメリカではなかったので、まずは図書館で取り寄せて読んでみることにした(わたしはとにかくアメリカ横断の小説や映画が好きなのだ)。 図書館で検索をしたら「旅の終わりに」がヒットした。これは老夫婦、しかも認知症を患う夫と癌で余命いくばくもない妻がキャンピングカーでアメリカを横断する小説で、書店で見かけたものとは違うが、先に読ん

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今すぐ読まなければいけない本

ガザは実験場だという。百万人以上の難民を閉じ込め、50年以上占領下に置き、さらに16年以上は完全封鎖して、食料も水も医薬品も生きていくギリギリしか与えなかったら何が起こるかという実験の。イスラエルの最新兵器の性能を実演してみせる実験の。それらを続けたとき、世界はどうするのか、という実験の場だという。 結果はどうだったか。世界は何もしないことがわかった。イスラエルによる戦争犯罪は国際的に裁かれず、そこにある政治の問題は解決されないまま今に至る。 何もしないといっても、イスラ

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舞台裏好き

パンでも本でも、舞台裏が好きだ。 舞台裏では、つくられたものにかけられた時間や想いがよくみえる。もちろんまず先に、純粋に作品を味わったら舞台裏に行ってみたくなって、行ってみる、という流れがいい。 出張の時に新幹線で読もうと思ったのに、つめたい雨の週末だったので一気読みしてしまった、大好きな白水社EXLIBRISの本、『アイダホ』(エミリー・ラスコヴィッチ)。3時間くらいの映画を2本続けて観たくらいの、旅をしてきた感をともなう小説。 『アイダホ』をクライムサスペンスと思う人

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月の本棚 under the new moon

2023年を振り返って、何よりうれしかったことは、夢だったハードカバーの文芸書を出せたことでした。 読書エッセイで、パン屋さん「ル・プチメック」の文化発信基地だったオウンドメディア(残念ながらいまはclosed)で連載していた『月の本棚 清水美穂子のBread-B』をきっかけに生まれた『月の本棚 under the new moon』です。 コロナ禍で、先が見えない暗闇のような日々、こんな本を読んでいました。月に見惚れるように、憧れを持って、あるいは果てしない気持ちになり

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Interview#68 パンは楽しい時間と体験を振り返るためのアイテムかもしれない

食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う連載企画、第69回は、群馬県「WANDERLUST(ヴァンダラスト)」オーナーシェフの大村田(おおむら・でん)さんにお話を伺いました。 パンは楽しい時間と体験を振り返るためのアイテムかもしれないWANDERLUST(ヴァンダラスト)」オーナーシェフ 大村 田さん メインはお酒でもパンでもなく「時間」 農大の醸造科時代に鍛えられたので、お酒はなんでも好きです。休日の前の晩に飲むときは、バゲットにオリーブオイルと塩

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Interview#67 自分が本当にいいと思うもの。「ロブロ」「パン・ド・ロデヴ」 家庭料理のある日常

MasAoki Bakeryパン職人 徳永久美子さん 食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う連載企画、第68回68人目(インタビューとしては67回目)は、神奈川の人気店「ベッカライ徳多朗」から長野に移住、昨年開業した「MasAoki Bakery」のマダムにしてパン職人、徳永久美子さんにお話を伺いました。 長野移住とMasAoki Bakery(マサオキベーカリー) 「ベッカライ徳多朗」をやめるとき、まわりから「長くやってきたのにもったいない」と言

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パン屋さんの痛みと、この自分にできること

 食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う『NKC Radar』での連載企画「わたしの素敵なパン時間」。今回は創刊100号記念ということで「清水さんご自身のパン時間はいかがでしょう?」と編集者さんにご提案いただき、68人目のインタビューはお休みして、わたし自身のパン時間について書くことになりました。そこで、この企画を始めたきっかけや目的など、あらためてお伝えしたいと思います。  最初に、今までインタビューを受けてくださった皆さまと、NKC の皆さま、そして

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Interview#66 浅草「ペリカン」渡邊陸さんのパン時間

食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う連載企画、第66回67人目は、浅草・田原町のパン屋さん「パンのペリカン」の渡邊陸さんにお話を伺いました。 昔から変わらない味にほっとする。変わらないために大切にしていることパンのペリカン 店主  渡邊陸さん 夜、トーストを食べる祖父の想い出 もうすぐ5歳になる娘はうちのパンが好きでよくそのまま食べています。いつも焼きたてがありますから。幼稚園のお弁当はサンドイッチがいいと言うので、ハムやたまごや野菜で小さいサン

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お洒落じゃない自分とInstagram的なもの

最近、SNSがおもしろくない、という声を聞く。 Threadsのタイムラインに流れてきた知らない誰かからも、会ったら何時間でも話していられる友だちからも聞く。 友だちの一人は、何を投稿していいのかわからないと、開口一番にのたまう。国内外のあちこちに頻繁に旅をして、グローバルに物ごとを考え、おもしろい人物と会う機会が多く、食に対しても高い意識を持つ友だちの日々は投稿するネタにこと欠かないはずだが、いまはそれを投稿する意味について立ち止まって考えてしまうという。 誰もが以前の

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誕生日の朝に起こったこと

誕生日の週に、小さな旅をした。旅は好きでもなかなか行けないし、いつも何かしら仕事とつながっているのだが、今回は夫が新幹線と宿を取り、お供役を申し出てくれた完全なプライベートの旅だったので、いままで行きたかったあちらこちらへ足を運んだ。 その旅から戻った翌朝、気持ちよく目覚めて枕元の時計を見ると、日付のデジテル表示が2月22日(土)になっている。 今日は土曜日だったっけ? 時差ぼけのような不確かな感覚のまま時計を調べると、表示が2025年になっていた。アラームの設定をする

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Lost and Found (MONKEYのための習作)

 公園のごみを拾い始めたのは、犬が死んだからだ。  目鼻の奥にいつも水風船のようなものがあって、たまに破裂する。あとに残る暗く湿った洞穴のような時間を、毎朝ごみを拾い、集積所に預けて帰ることで埋めていた。  ペットボトル、缶、瓶、スナックの袋、煙草の箱、吸い殻、マスク、ボールペン、イヤホン、コンドーム、靴、ハンガー、絵画、薬、台本、花火……。 捨てられたもの、落とされたもの、忘れられたもの。それらを無心に拾う。するとつかの間、その場所はきれいになり、私はこの世界に参加して

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月の本棚 under the new moon

2023年を振り返って、何よりうれしかったことは、夢だったハードカバーの文芸書を出せたことでした。 読書エッセイで、パン屋さん「ル・プチメック」の文化発信基地だったオウンドメディア(残念ながらいまはclosed)で連載していた『月の本棚 清水美穂子のBread-B』をきっかけに生まれた『月の本棚 under the new moon』です。 コロナ禍で、先が見えない暗闇のような日々、こんな本を読んでいました。月に見惚れるように、憧れを持って、あるいは果てしない気持ちになり

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フリーランス

個人での取材の申し込みで所属企業名を書くところがあるとそこに「フリーランス」と書く。堂々と書くこともあれば、心細い気持ちで書くこともある。 これから書くのは、ずいぶんまえに書いて、下書きに入れたままになっていた話だ。 朝、公園のベンチで手帳の忘れものを見つけた。 ベンチの上に、今までそこに誰かがいたという気配があったので、忘れものだと思った。 手帳には日付と鳥の名前とその数が、几帳面な文字で記されていた。なんとなく、事務職だった年配の男性という気がした。そのままにしてお

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Lost and Found (MONKEYのための習作)

 公園のごみを拾い始めたのは、犬が死んだからだ。  目鼻の奥にいつも水風船のようなものがあって、たまに破裂する。あとに残る暗く湿った洞穴のような時間を、毎朝ごみを拾い、集積所に預けて帰ることで埋めていた。  ペットボトル、缶、瓶、スナックの袋、煙草の箱、吸い殻、マスク、ボールペン、イヤホン、コンドーム、靴、ハンガー、絵画、薬、台本、花火……。 捨てられたもの、落とされたもの、忘れられたもの。それらを無心に拾う。するとつかの間、その場所はきれいになり、私はこの世界に参加して

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ChatGPTも追いつけない領域。不二と蝉時雨。

電話で話した人が「すごい蝉時雨ですね」と言った。仕事場がケヤキの樹冠の下にあるので、蝉時雨が降りそそぎ、その声はもしかしたら下からも昇ってきているのだ。毎日そこにいると、いつのまにか耳鳴りのようになって慣れてしまっていた。 先日お茶室で「枝上一蝉吟」と書かれた短冊を拝見した。初めて見る言葉だった。しじょういっせんぎんず、と読めなくても漢字を知っている人なら「蝉の季節か」と夏を感じるかもしれない。それだけでもかまわないが、これは禅語で、もっと深いことを言っている。 禅語には

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ハルジョオン ヒメジョオン

子供のとき、びんぼう花と呼んだりした。 大人になって調べたら、「庭の手入れもできない貧乏な人の庭に咲くことからきている」という説を見つけたけれど、その庭もわたしは持っていない。 「ハルジョオン ヒメジョオン」はユーミンの曲だ。 夕方のさびしさに満ちている。 「わたしだけが変わりみんなそのまま」と歌うけれど、わたしだけが変わらずに成長もせずに取り残されているような気持ちになる。 朝、野道を歩いていると、子供の頃の感覚が戻ってくる。土や落ち葉の上を歩くからかもしれない。木の根

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ChatGPTも追いつけない領域。不二と蝉時雨。

電話で話した人が「すごい蝉時雨ですね」と言った。仕事場がケヤキの樹冠の下にあるので、蝉時雨が降りそそぎ、その声はもしかしたら下からも昇ってきているのだ。毎日そこにいると、いつのまにか耳鳴りのようになって慣れてしまっていた。 先日お茶室で「枝上一蝉吟」と書かれた短冊を拝見した。初めて見る言葉だった。しじょういっせんぎんず、と読めなくても漢字を知っている人なら「蝉の季節か」と夏を感じるかもしれない。それだけでもかまわないが、これは禅語で、もっと深いことを言っている。 禅語には

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手放せなかったことへの言い訳

片付けは、とくに、ものを処分するのは、思い立ったときにしないとずっとできない。わたしの片付けは唐突に始まる。その片付けモードにスイッチが入った先日、仕分けた着物を畳紙につつみ、ビニール袋に入れ、段ボールに入れ、古着屋さんに送る準備を整えた。 そのときの記事に書いた水色の羽織について、「充分美しいと思います」とコメントをくださった方がいた。 フランス南西部の美しい地方都市に住むYさんだ。 着物を見る目がある人がいる日本では着られなくても、自分の住む街では普通に着られるレベル

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もう遅いかもしれないけれど

先日、長襦袢と古い単衣の直しを頼んでいたのが仕上がってきた。いずれも三十年超えの古いもので、裾が擦り切れたり糸が切れたりしたものだ。 着物に詳しくない人のために書いておくと、長襦袢というのは、着物のすぐ下に着る下着だけれども、おなじ下着を何十年も着られるというのは、すごい文化だと思う(直してもらえたのだしそんなことをするのはまさか自分だけではなかろうと思いながら書いている)。 新しい畳紙に包まれたそれらをうれしく受けとったあと、古い大島紬を仕立て直す相談をしていたので、あ

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持ち主不在のきものの履歴と喪服のこと

きものを日常的に着始めたきっかけは、実家に誰も着ないきものがあったからだった。特別たくさんあったわけでも、すごくいいものがあったわけでもない。明治大正昭和の時代にきものを着ていた女性たち(二人の祖母と母と母の姉)のきものの一部が箪笥に残っていた。その実家も箪笥もいまはなく、わたしは自分の小さな場所へそれらを持ってきて、人に譲ったり、直してもらったり、そのまま着たりしている。 着物のすごいところは、きちんと仕舞っであれば、半世紀を経ても普通に着られるということだ。 0歳のわた

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