育成は『教える』ことじゃない。hatchでトレーニーと走った1年の反省と来年の抱負!
今年は、立ち上げたトレーニングチーム「hatch」で、振り返る間もなく走り続けた一年でした。
でも年末になってようやく、「この1年で私は何を学んだのだろう」と立ち止まって考える時間が生まれました。
来年をただ迎えるのではなく、きちんと前に進むために。
この1年を振り返りながら、来年の抱負を言葉にして2025年を締めくくりたいと思います。
とあるトレーニーと過ごした時間
hatchでは、新卒1人と中途2人と一緒に走った1年でした。
そのうち中途トレーニーの1人は私以外のトレーナーが案件サポートをしてくれていたものの、立場も経験も異なる3人との時間は、正直に言って簡単ではありませんでした。
うまく言葉が届かない日もありましたし、「これで本当にいいのだろうか」と立ち止まる瞬間も何度もありました。
6月に入社した中途トレーニーのうちの1人は、11月に別の道を選びました。
その選択を聞いたとき、少なからず自分の関わり方を振り返りましたし、自分ができることってこんなものかとか、私が今やっていることって何か大きな間違いをしてるんじゃないかとか、とても不安になりました。
そのトレーニーが話してくれた別の道を歩む理由は、「リモートワークという環境が合わなかった」というものでした。
今になって振り返ると、そのトレーニーが得意だったことは、相手の表情や空気を読み取り、「今、誰が何を必要としているか」を感じ取りながら先回りして動くことでした。
ちょっとした沈黙や、声のトーンの変化に気づいて、誰も拾いたがらないかもしれないボールを自然に拾いにいき、とんでもないスピードで実行することで周りをフォローする。そういう力を、彼女はたしかに持っていました。
でも、リモートの環境では、それがとても発揮しづらかったのだと思います。 画面越しでは相手の細かな変化が見えにくく、自分の強みを出す場面が限られてしまう。もちろん能力が足りなかったわけではありません。環境が合わないって、そういうことだったんだ...。そのことを、今になって強く実感しています。
もう1人の中途トレーニーの変化
一方で、もう1人の中途トレーニーは、あるタイミングから、急速に成長し、力を発揮していきました。
おそらく、そのきっかけやドライバーのひとつになったのは、クライアントからもらった「自分たちの言葉を丁寧に聞いてくれて、小さな発言もすぐに提案や行動をしてくれて、とても信頼しています」 という言葉だったのではないかと思います。
彼は、UXデザインのスキルでいえば、まだまだ伸び代がありすぎるほどです。 でも、相手の話を丁寧に聞き、背景を理解しようとする姿勢をとても大切にしています。
この言葉を伝えたとき、彼の表情が緊張から安堵、そしてその奥に小さな自信の灯がともったように和らいだのを覚えています。 「自分はこれでいいんだ」と、どこか腑に落ちたように見えました。
人は、自分の強みを“誰かの言葉”を通して知ることがあるのだと。そしてそれが確信になって、デザイナーならデザインの専門性と掛け合わせられたとき「成長」のエンジンがつくのだと思いました。

新卒トレーニーとの時間
新卒トレーニーとの時間も、私にとって大きな学びです。
彼はとにかく「思考体力」があるのが強みです。私が「例えば、こうやって考えるんだよ」と簡単な思考プロセスを共有すると、それを自分なりに構造化し、フレームとして再現できる力があります。
一度理解したことを、自分のものとして応用していく。そのスピードと柔軟さには、驚きましたし、それをやらされているのではなく、楽しくてやりたくてやっているというのが彼らしいところです。
「それ、自然にできるのってすごいよ」
私からも、他のトレーニーからも、そういった言葉をかけられたとき、ほとんど感情が前に出てこない彼でも、少し照れたように、でも嬉しそうに笑っていました。
こういう表情を見られることが、「わたしは育成が好きだな」と思う瞬間だと改めて感じます。
「できないこと」に目を向けるのは育成か?
こうした経験を振り返って、はっきりしたことがあります。
育成とは、「できないことをできるようにする」ことではない。
むしろ、「その人の得意を見極め、自然にその得意を発揮できる機会を与えること」なのだと思います。
多くの現場では、どうしても「できないこと」に目が向きがちです。
それは決して悪意ではなく、教える側が“できる人”だからこそ起こることだと思います。
でも、人はそれぞれ違う場所で、違う形で力を発揮します。
得意なことは、本人にとってあまりにも自然すぎて、気づかれにくい。
だからこそ、育成に必要なのは「できないところを直す視点」ではなく、「その人が自然にエネルギーを発している瞬間を見つける視点」なのだと思います。
得意を見る、というのは簡単なようで、実はとても難しいことかもしれません。なぜなら、得意なことほど本人にとっては当たり前で、意識にのぼりにくいからです。
私はよく、「どうやって人の得意を見つけているんですか?」と聞かれます。でも、特別なことをしている感覚はあまりありません。
ただ一つ意識しているのは、「この人は、どんな前提で世界を見ているんだろう」と考えることです。人はそれぞれ、まったく違う前提を持っています。同じ出来事を見ても、受け取り方も、考え方も違う。だからこそ、誰かの行動を「良い・悪い」で判断する前に、その人がどんな見方で世界を捉えているのかを想像するようにしています。
そしてもうひとつ大切にしているのは、「できた・できない」ではなく、「どんな瞬間に自然と動いていたか」を見ることです。
たとえば、言葉が増える瞬間。少し前のめりになる瞬間。そうした変化はとても小さいけれど、その人らしさがいちばん表れる瞬間でもあります。
私はそういう瞬間を見つけたら、先ほどの新卒トレーニーに言ったように、できるだけ言葉にして返すようにしています。
「今の考え方、すごくあなたらしいと思った」「そこ、無意識にできているのが強みだと思う」
それは評価というより、翻訳に近いのかもしれません。本人がまだ気づいていない“自分らしさ”を、言葉にして渡すこと。これは重要な育成のドライバーです。
悔しいことに、2025年の特に後半の3ヶ月、わたしが最もできていなかったことでもあります。
育成とは、正解を教えることではない
そしてhatchを通して強く思うのは、育成とは「教えること」ではないということです。正解を渡すのではなく、問いを一緒に考える。答えを示すのではなく、考える力を信じる。
その人が「自分はこう考える」と言えるようになるまで、待つこと。そう言い切るまでに足りない考え方や知識があれば、ヒントとしてそっと差し出すこと。それが、私にとっての育成なのだと思います。
これも、いうは易しで実行するのはすごく難しいことかもしれません。時間に追われていたりするとなおさら、正解を渡すしかできない時もあります。
また、得意を見つけるのと同じく、トレーニーが「できること」と「まだできないこと」のラインをしっかり見極め、「少しだけ背伸びをすればできそうなこと」という抽象度に変換したハードルを用意すること。それを自力で乗り越えてもらうこと。これを繰り返していくことが成長への近道です。
だからその見極めをどうやるんじゃい、というのは、長くなってきたのでまたどこか別の場でお話しできればと思います。

これからのhatch
hatchとしての育成の仕組み化はまだまだ始まったばかりです。でも、この振り返りを通して、ひとつだけ絶対に意識しなければいけないことに改めて気づき直しました。
それは、人は、得意なところから育つということ。
誰かを型にはめるのではなく、その人が自然に力を出せるやり方を一緒に見つける。そんな場であり続けたいです。
育成は、効率よく成果を出すための仕組みではありません。人が、自分の力を信じられるようになるまでの時間です。
だからこそ私はこれからも、「何ができないか」よりも、「どんなときにその人らしさが表れるか」を見ていたい。
その積み重ねが、きっと誰かの一歩につながると信じています。
