こんにちは、ひらりんです。
私の夢は薬草茶カフェを開くことです。
そのために飲食のパートを始めようと職探しの話をこのブログでも以前しました(62歳からのパート探しの困難/申し込んでも無視 面接後の連絡もなし とか - 心のすみっこの扉 参照)
この記事の後、すんなりとレストランのパートが決まりました。
そのレストランというのが大変なところだったのですが、それでもやっと見つけたパートだったので辞めずに頑張ってきました。
ところが人生初のいじめ? というか嫌がらせを受けてしまって、うつ状態になるほどの体験をしたので2025年8月で辞めました。
もうちょっと頑張れば1年になるところでしたが、たかがパート、されどパート、うつになってまでやることではないので8月で辞めてやりました。
今回はちょっとマイナス気分のお話ですが、よかったらお付き合いください。
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この齢じゃあ、なかなか仕事が見つからないから…
さてさて、私が勤めていたレストランというのは、駅近ビルのレストランフロアにあるお店でした。
私は以前のブログ記事にも書いたとおり、60歳を超えていてなかなかパート先が見つからない身の上でしたので、募集している飲食系バイトならどこでもいいやとばかりにカフェ以外にも手当たりしっだい応募していました。
利用したサイトはLINEバイトです。
応募するとすぐに面接で、店長と思しき人物と1時間ほど(書類記入時間も含む)話した後にすぐに採用と言われました。
どうせ今回もダメと言われると思っていたので、いきなり採用OKがでて拍子抜けしました。
面接に冷たい氷入りのお水が出たのも初めての経験でした。
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こちらからの条件は
●扶養控除内で済むように月に8万円程度以内のお給料でおさえてほしい。
●朝から午後2時までの勤務時間にしてほしい。
●土、日はどちらかのみにしてほしい。
この条件だと週3回の勤務、たまに4回という感じになります。
こんな年齢なのに採用してくれたんだから、どうしても出れない日のみ✕をつけて、それ以外の日を上の条件でシフトを組んでもらうようにお願いしました。
学生さんとか日程的に融通の利かない人たちを優先してもらって、埋まらない所に週3日程度ランチタイムに入れてもらえばいいかなと思っていました。
ところがふたを開けてみれば、こちらの条件はいったいどこへ行ったのやら........
週に4回5回はざら、6連勤なんてのもありました。
土日勤務も何回も。
年末年始はほとんど連勤の週5回なんてのも。
午後2時までというのも私が辞める最後の方では3時までが当たり前、4時になることもありました。
そんなしんどい職場でしたが、これは辞める理由ではありません。
扶養内が絶対条件なので、11月ぐらいに帳尻あわせて時間を減らしてもらえればいいと思っていましたし。
シフト希望を出すときに土曜日全部に✖をつけるようにして土日続くことを防ぐようにしましたし。
ブログやなんかの趣味的なことが何もできなくなっても、この齢でやっと見つけた仕事だったので、そうそう手放そうとは思いませんでした。
嫌な人間関係が頂点に達するまでは........。

まかないは半額でいただけました
飲食関係にはできた人間はいないのか⁉
辞めたサラダ屋さん(前述ブログ記事参照)の社員従業員もそうでしたが、パートに対して上からものをいう人というのはどこにでもいるようで、このレストランにも案の定おりました。
頼りなさげな店長が仕切るこの店のてこ入れをするために本部から派遣されてきた40代ぐらいの女性社員です。
パートの面接でお水を出してくれた店長は50代ぐらいの気の弱そうな男性でしたが、この人に対して本部派遣の女子社員は陰で悪口を言うだけでなく、面と向かってもかなりきついことをがなり立ててました。
厨房で大きな声で叱咤しているのは当然ホールにも響き渡っていて聞いてて気分のいいものではありませんでした。もちろん、お客さんにとっても同じだったのではないでしょうか。
そして、そのがなりがなぜか私にまでおよんできたのです。
当時数人が同じ時期に採用されたのですが、なぜか私にだけ矛先が向けられているように感じました。
わからないことは聞けというくせに、質問すると自分で考えろ、ぐずぐずするな、さっさと提供しろと、イライラ声を張り上げるのです。
こう書くといかに私がどんくさいおばちゃんなのかと想像されるかもしれませんが、パート歴の長い先輩から、
「ひらりんさん、飲食はじめて? 信じられない、すごい動きが速くて慣れている感じする」
といわれたぐらいテキパキ働いていました。
そりゃ、失敗も何度かしましたけどね。でも、それは初めての人はだれでもでしょ。
不条理なことを言われ慣れてきましたが、一番びっくりしたのは、
「ひらりんさん、どうもありがとうございます のどうもはいらない。マニュアルにどうもは書いてないでしょ」
でした。
「丁寧なのはいい。ひらりんさんはアンケートでも丁寧で評価が高く書かれているけど、マニュアルにない言葉を付け加えないで」
という言葉にはちょっとあきれて口がふさがらなかったです。
けっこう私はお客さんが書いてくださるアンケートに名前を書いていただけるぐらい評価がよい店員さんだったんです。
その本社からヘルプできていた女性は3月いっぱいで来なくなると聞いたので、それだけを救いになんとか耐えようとがんばりました。
実際にその女性が来なくなってからは働きやすい職場になりました。
まぁ、それもつかの間のあいだだけでしたが........。
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人手不足なのに時代に逆行する店舗システム
3月で嫌な本社社員が来なくなったのですが、4月からそれまでのオーダーのシステムをお客様のタブレット注文からホール係のハンディ端末に変えることになりました。
人手不足のホール係の負担を増やす、時代に逆行するシステムの採用です。
どういうことかというと、それまではお客様が来店したら席に案内し、お冷とお手拭きをお出しするだけで、あとはお客様がゆっくりメニューを見てタブレットをタッチしてオーダーすれば、注文した内容が自動で厨房に流れてきました。
ホール係はお客様を席に案内しお冷をお出しするだけでよかったのです。
ところが、そのタブレットをテーブルからなくしてしまったのです。
するとどういうことが起きるかというと、ホール係はお客様を案内しお冷を出し、メニューが決まったかどうか絶えず目配りし、決まったと思ったらそのテーブルに赴き、注文を聞かなければならないんですが、まだ、迷っている途中だったりして、「やっぱりこっちにする―」なんてことにも付き合わなければならなくなるんです。
注文を取るだけで結構な時間が必要になります。
もちろんその間にも新たなお客さんが入ってきます。
お料理ができればそれを30秒以内にもっていかなければならないというルールもあります。
平日の午前11時、開店したばかりの時間帯はそんなにお客が多くないので、ホール2人体制であれば何とか切り盛りができましたけど。
ところが人事異動があって、店長が変わりました。
その人が売り上げ効率第一主義的な女性だったんです。
たぶん40代ぐらいの、小太りのその女の人はパートやバイトに対するスタンスが雇ってやってるって感じで、あんたたちはお金が欲しくて来てるんでしょ、みたいな人でした。
金が欲しいなら、まじめにさっさと働けという風な......。
その女店長が来るちょっと前に入ってきた新しいパートのおばちゃんも私と相性が合いませんでした。
50代の新しいパートAは某高級焼き肉チェーン店勤務だったらしく、入ったばかりでもテキパキと仕事をこなしていました。
自分でいろいろと道具を買ってきて、整理整頓したりしてできる女をアピールしていました。
それは素晴らしいことで、尊敬できることです。
ただAは人によって態度を極端に変える人物だったのです。
学生バイトに対して、陰で「あの子は言ったことしかやらない」と私に告げ口してきたり、客の悪口をぐちぐち言ってきたりするような人でした。
学生はそりゃ教えないと何もできないでしょ。バイト初めてなんだから。
陰で人の悪口を平気で言う人は敵にまわすと、今度はこっちの悪口をいろんな人に言うのでしょう。
芸能人が行くような高級焼き肉チェーン店を辞めて、こんなそれほど時給も高くない飲食店に転職したのもなんとなくわかるような気がしました。
ところが、自分の得になりそうな人には取り入るのが得意みたいで、私が旅行のために1週間ほど休んでいる間に、新しく来た女性店長と気持ち悪いくらい仲良くなっていました。
そして、なぜか新任の店長は、休み明けで出勤した私と初対面の時からあたりがきつかったのです。
きっと、パートAが自分を上げるために私の評価が下がるようなことを吹聴したんでしょうね。
1週間ほどの旅行休みを取ってから、初めて出勤した時のAの態度がこれまでとまるで違っていましたし。
私のやることが1から10まで気に入らないらしく、ことあるごとに突っかかってきました。
言われても仕方のない注意事項でも、言い方ってもんがあるじゃないですか。
テレビドラマで美人系のいやらしい女の人がかわいい女の子にいじわるを言う言い方、あれですよ(Aは別に美人ではありませんでしたが)。
あんなに露骨にいじわるな感じでものを言われたのは、実に63歳のこの齢になるまで体験したことがありませんでした。
ああ、これがいじめにあうということか
と、客観的に自分を見つめる自分がいたりして。
店長の方は、まず新しい勤務先で成績を上げたいのか、改革をしていきました。
平日の11時から12時までのシフトはホール1名、厨房1名を基本にしました。
お客を案内し、注文を聞いている間、次のお客の案内や他のお客の注文は聞けません。
すると、客が店舗入り口に溜まるようになりました。
入り口には人が通るとピンポーンと音が鳴るようになっていました。
なので入り口に人がいるとずっとピンポンが鳴りっぱなし。
音がうるさいので、店長はピンポンの機械を取り払ったのです。
人件費を抑えたいのなら、その分、便利な道具を使えばいい。
それぞれのテーブルにベルを置いて、注文が決まったり、ホール係に何か言いたいときはそれを押せば通じるようにしたり、入り口にボードを置いて名前を書いてもらって順番にお呼びするシステムにすればいいのに。
どこのお店でもそれぐらいしているでしょ。
でも、そんなお金のかかることは決してしなかったのです。
それでは従業員に負担がかかるばかり。
私はマニュアルを渡されて、一字一句その通りにしゃべるように教育をされてきました。
ですが、新しく入ってきた人たちにはマニュアルのコピーを渡さないようになっていました。
料理を提供する時に言わなければならないことは、それなりに理由があるのでマニュアルどうりでなくても言わなくてはならないのですが、
「お待たせしました。どうぞ」で終わって次に行く感じ。
っていうか、そうしないと次から次に来る客をさばけないのです。
私のようにゆっくりお料理に対する注意事項を説明していたのでは効率が悪いのでしょうね。
じきに皿洗いに回されました。
皿洗いといっても、食器洗い機に入れる仕事ですけどね。
それでも、予備洗いをしないときちんと落ちないし、ピーク時はどの種類の皿が不足しそうか考えながらまわしていかなければならないのでけっこう大変な仕事なんです。
前店長は、その皿洗いを土日のスタッフの多い時なんかは順番でまわしていました。
ところが新店長は、ホールにスタッフが2人以上になったら、必ず私をずっと皿洗い担当にするようにしました。
なんかシンデレラになった気分でパートしてました。
将来、薬草茶カフェを経営するための修業のつもりが、いったい自分は何をしているんだ状態になってしまっていました。
ただお金のために働いているわけじゃないんです。
嫌な仕事に無理して固執することないじゃん。
でも、やっと見つけた仕事。覚えた仕事でした。
ここで手放して、はたしてすぐに新しい仕事に就けるのかということも引っかかりました。
まあね、向こうもこんなおばあちゃん雇うところはそうそうないから、多少嫌なこと言ってもやめないとでも思っているんでしょうかね。
こんな年で働いてるんだから、相当お金に困ってるんだろうとでも思ってるんじゃないんでしょうか。
新しい仕事を見つけてから辞めようと思っていましたが、
「4週間前に辞めえることを言わないと普通辞められないんだよ。就業規則で決められているよ」
と息子がしたり顔でいうものですから、仕事が見つかる前に辞めることをラインで店長に言いました。
繁忙期のお盆まではいてほしいと言われましたが、そっちの都合は知りません。
年老いた母の面倒を見るために、実家に帰らなくてはならない、という融通の利かない理由を作って押し通しました。
うそも方便です。
職場の雰囲気が嫌でたまらないから辞めますなんて、角の立つようなことを言うよりましでしょう。
それぞれの立場で思うところはあるかもだけど…
8月、お盆の頃の話でした。
もう年の瀬も迫っているのに、今頃ブログ記事にまとめている........。
本当に思い出したくもない嫌な経験でした。
嫌がらせとか、いじめとか縁のない人生を歩んできたので、うつになってしまうかと思うぐらいの体験でした。
他人に対して悪態をつきたくあるようなことって今までそうそうなかったことです。
夜も寝られませんでしたし。
でも、辞めようと決心したおかげで、今の職場を見つけることができました。
そこはもう、これ以上ないぐらいのホワイト事業所です。
小さなカフェを週に2回ひとりで任せてもらって、気楽にのんびりとやっています。
今までレストランを経験していたおかげで、すぐに転職が決まりました。
検便も毎月していたので、その月からお店に立つこともできました。
いやな経験でも無駄にはなっていないということです。
クリーニングして返却といわれたエプロンと帽子
今から考えると、新店長もパートAも私のことを嫌がるような何かがあったんでしょう。
自分より年上のおばあちゃんを使うのは嫌だったのかもしれません。
だから早くやめてほしかったんで、そう仕向けたのかもしれません。
むこうにもそれなりの言い分があったのかもしれませんが、
いじめはいじめられた方がいじめだと思った時点でいじめですから。
年が明けたら、私の黒歴史をきれいさっぱり忘れて、新しい職場でがんばります。
いやもう、忘れていましたけど。
もう一つだけ愚痴を言わせてもらうなら、辞めたレストランは自分で自分のエプロンを洗濯しなければなりませんでした。
今まで勤めたところで、着用したユニフォーム、白衣、エプロンなどを自分で洗濯するように言われたことは一つもありませんでした。
主婦なら、洗濯は毎日のことですから、二日ぐらい空きの日があれば洗濯できますけど、男子大学生とかはどうだったんだろう。
考えてみるだけでも........ちょっと........不潔? いやいや考えても仕方ないこと(笑)。
そして辞めるといった時の店長、
「わかりました。では、最後に貸与のエプロンと帽子はクリーニングして返してください」
だって。
今まで辞めていった人はだれもクリーニングなんかしてなかったみたいなのに、やっぱり私にだけいじめみたい。
後々ぐちぐち言われたくないから、クリーニングに出したけど、帽子ってこんな風に戻ってくるんだ、かわいいってなりました(上の写真参照)。