本と喫茶 NOMAD BOOKS の日記

開業準備の記録や日々のつぶやきなど。

旅の中で見つけたもの〜2026年1月の旅日記⑤〜

1/4の営業を終え、1/9の夜まで少し長めの一人旅に出ています。

一人旅最終日。盛岡から新青森へ向かい、フェリーで北海道へ戻る一日。旅の終わりが近づき、これまでの日々を振り返るなかで、遠くまで来て確かめていたものが、結局は自分の足元だったのだと気づきます。

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4:30

いつの間にかベッドで寝落ちしていたようだ。またやってしまった。お化粧もそのまま、部屋の電気もそのままになっていた。意を決して立ち上がり、顔を洗い、歯を磨き、身支度をした。

 

5:10

改めて布団に入り、就寝。

 

6:10 

昨晩かけておいたモーニングコールで目が覚める。が、二度寝してしまう。

 

7:55

ふと目を覚まし、時計を見て固まる。7:59の新幹線に乗る予定だったのだ。しばし時計を見つめる謎の時間が発生する。現実を受け入れるまでに1分はかかった。それから急いで駅ねっとで新幹線を予約し直す。8:50盛岡発9:49新青森駅着の便があったので予約。それからフェリーの最終乗船時間を確認する。出航15分前が最終案内らしい。今日の出航時間は10:40。つまり10:25がデッドラインだ。9:49に新青森駅に着いて、そこからタクシーに乗れば10:10には到着できるはず。ひとまず息を整える。ホテルは駅直結だし、指定席なので8:40に出ても間に合う。手短にシャワーを浴びて、8:35にホテルを出た。

 

8:40

駅に着く。フェリーターミナルでお土産を買うつもりだったが、時間がないので、駅で買った方が良いと判断。岩屋堂羊羹や笹団子などを購入。

 

8:45

電光掲示板を見ながら、8:50はやぶさのホームを確認。11番ホームに上がる。いざ乗車しようとしたところ、「盛岡の次は仙台に泊まります」というアナウンスが聞こえてくる。仙台?仙台…!?それ戻ってない!?!?行先を見ると「東京行」。あー!

8:50発のはやぶさ東京行だった。私が乗るのは8:50発のはやぶさ新函館北斗行。

この時点で8:48。あと2分で発車してしまう。これに乗り遅れたらフェリーにも乗れなくなる。11番ホームから階段を駆け降りて14番ホームへ向かった。人生で一番かもしれないダッシュをした。

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8:49

はやぶさ新函館北斗行に乗車。入口すぐの手すりにもたれ込んでしまう。ゼーハーと激しく息が乱れ、口の中に血の味が広がる。すると乗務員さんが「どちらまでですか?」と声をかけてきたので「あ、青森に行きたいです…!!!」とバカデカボイスで答えた。旅の恥は掻き捨てである。

 

8:50

新幹線が発車する。自分の席まで歩いて行くと、自由席券を買ったらしい男性が座っていた。私の顔を見るなり、席を移動してくれた。その後は昨晩買ったあんバターサンドをいただく。ふわふわのコッペパンとあんことバタークリームが合わないわけない。あっという間に完食。その後はスマートウォッチでアラームをかけ、眠ってしまった。

 

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9:49

新青森駅到着。すぐにタクシーに乗り、津軽海峡フェリーのターミナルを目指す。

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10:10

フェリーターミナルに到着。カウンターに行くと「モリタ様ですね?」と言われたので頷く。すぐにフェリー乗船口行のバスが来たので乗車。徒歩で乗船する人は自分も含め4人らしい。

 

10:40

津軽海峡フェリー「ブルーグレース」出航。17:25室蘭港への到着を目指す。私はスタンダードチケットを予約したので、広間で雑魚寝タイプの部屋だ。お手洗いに近い部屋に入り、マットレスを敷いて横になる。11:15あたりまで日記を書いたりなどして過ごす。

 

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11:15

お昼ご飯を買おうと思い、自動販売機へ。カップヌードルを買って、お湯を入れ、その場にあったテーブルに置く。カップヌードルを食べて体が温まると、周りを見渡す余裕が出てくる。自販機に青森のりんごジュースが売られていたので思わず購入。りんごジュースが好きなんです。ごくごく飲んですぐに空になってしまった。喉が渇いていたらしい。それから今朝お化粧ができなかったので、お手洗いで簡単に済ます。

 

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11:45

部屋に戻り、横になる。すぐに眠ってしまう。

 

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17:00

船内放送で目が覚める。間も無く到着するのでロビーに集まってくださいとのこと。結局5時間も寝ていたのかと我ながら驚いてしまう。自分が思っていたよりも疲労が溜まっていたのかもしれない。船内でやりたい作業(確定申告の準備など)があったけど、体が休まったのであれば良しとする。以前は予定していたことができずに眠ってしまうと、自分のことをひどく責めていた。でも今は、今は休むことが必要だったんだ、休めて良かったと思えるようになってきた。17:25、下船。

 

17:40

パートナーが迎えに来てくれて一緒に夕飯をいただくので、その時間までのんびりできるカフェを探す。

歩いて15分のところにカフェ英国館があったので、ここに行くことにする。室蘭に来る度来ているお気に入りのカフェだ。

フェリーターミナルを出て歩くと随分寒い。0度らしい。港町特有の海風が体を冷やしていく。

 

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18:00

カフェ英国館へ。

1976年創業の室蘭でも歴史ある喫茶店だ。ここで、ウバティーとチーズケーキを注文。ウバは私の店でも提供しているお茶なので、他のカフェで提供されていたら迷わずいただくようにしている。こうして色んな店の味を知ることで、蓄積して行くものは確かにあると思う。自分の中に統計データが出来上がるというか。そこから自分らしい味を作っていけばいい。

 

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カウンター席では、常連さんらしい女性と店主の女性が静かに話をしていた。

 

「女は強いのよ。なんだかんだ言って、生きていける」

「でもね、ママ。ここで泣けたら楽なんだろうなって時に、あたし、いつも泣けないの」

「泣いたって、何かが変わるわけじゃないでしょう」

「そうね。あたしたち、女の武器は使えないみたいね」

 

二人は小さく笑った。

 

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旅が終わる。

 

遠くまで来て、たくさん移動して、いろいろな風景を見た。

列車に揺られ、街を歩き、本を手に取り、喫茶店の椅子に腰を下ろしながら、目に入るものは次々に変わっていった。

けれど、振り返ってみると、私が繰り返し確認していたのは、世界の広さというよりも、自分の足元だったのかもしれない。

 

何に惹かれ、どんな空気の中で呼吸が深くなり、どんな場所で立ち止まりたくなるのか。

それらは結局、ずっと同じだった。遠くへ来たからこそ、その輪郭がはっきりと見えた。

 

それでも、遠くへ来なければ見えなかった足元が、確かにあったと思う。

 

明日からも、私は私なりに、自分の店を育てていく。
この旅で確かめた感覚を、これからの日々の中で何度も確かめながら。

北へ向かう列車と、変えないという選択〜2026年1月の旅日記④〜

1/4の営業を終え、1/9の夜まで少し長めの一人旅に出ています。

一人旅3日目。東北本線で北へと向かい、福島から宮城、岩手へと進んだ一日。仙台ではいくつかの本屋さんや喫茶店を訪ね、棚の前で立ち止まり、人の言葉に触れながら、自分がどんな本屋でありたいのかを改めて見つめています。


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5:45
なんとか一度目のアラームで起床。重たい体を気力で起こす。すぐにシャワーを浴び、軽くお化粧をして、6:45頃にホテルを出る。


6:57
宇都宮駅から宇都宮線(黒磯行)に乗車。いかにもなロングシートの通勤電車。車内は混雑しており、車窓を楽しめるような状況ではない。しかし始発駅から乗ったこともあり、運よく座れたため、黒磯駅までの約50分間、ほぼ記憶がない。途中で二度ほど、膝の上に乗せていたリュックがずり落ちそうになって目が覚めた。


7:54
黒磯駅から東北本線新白河行)に乗車。黒磯駅は、首都圏電化区間(直流)と東北地方(交流)の境目にあたる駅だ。多くの在来線車両は直流専用、もしくは交流専用となっているため、電源方式が異なる区間に入る場合は車両を替える必要がある。なので、ここで乗り換えが発生することになる。
黒磯駅から乗ると、車内は多くの学生さんで賑わっていた。車窓を眺めながら、昨日購入したおにぎりをいただく。
黒田原駅で学生さんが降りると、車内は私ともう一人だけになった。より近くで景色を楽しむため、クロスシートの座席に移動する。今日は天気がよい。木の葉が太陽の光に照らされ、ふわふわと光っている。

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8:18
新白河駅で下車。20分ほど待ち時間があるので、一度改札を出て駅を散策することにした。
ホームに出ると、鳥のさえずりが聴こえてくる。なんて平和な朝だろうと思いながら改札へ向かう階段を上っていると、頭上のスピーカーから鳥のさえずりの音声が流れていることに気づいた。あーあ。

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それから、お土産屋さんで三万石名物の「ままどおる」と、大野農園のりんごジュースを購入。
ままどおるは、以前YouTubeで各地の銘菓紹介の動画を見たときに登場していたのを思い出して買ってみた。説明書きには、バターを使った生地でミルク味の餡を包んだお菓子とあり、これはきっと好きな味だと思った。

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8:42
新白河駅から東北本線(郡山行)に乗車。さっそく先ほど購入したりんごジュースを飲もうとしたのだが、蓋が開かない…!びくともしない。諦めて持ち帰ることに。残念。あとで再チャレンジするかもしれない。

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Googleマップを見ていると、福島駅付近に気になるスポットを発見する。

①へたれガンダム。2009〜2010年頃、地元のアマチュア鉄作家の男性が、地域の子どもたちに楽しんでもらおうと制作し、作者の自宅前や地区内の文化祭などでの展示を経て、最終的に道路脇に設置されることになったそう。一緒に写真が撮れるなどで人気らしい。

②UFOコンタクトデッキ。UFOの目撃情報が多く寄せられてきたという千貫森(せんがんもり)のふもとに作られた施設。強い磁場によってコンパスが効かなくなる場所がいくつもあるらしい。UFOふれあい館なる施設もあり、そのすぐそばから千貫森頂上までは「UFO道(遊歩道)」も整備されているとのこと。世の中にはいろんな施設があるものだ。ベントラーベントラースペースピーポー…。


9:46
郡山駅から東北本線(福島行)に乗車。雲が出てきた。乗車中はほとんど眠ってしまった。寝不足が蓄積してきた感じがする。


10:40
福島駅から東北本線(白石行)に乗車。シートに座るなり眠ってしまう。


11:02
トンネルを抜けると、雪が降っていた。4日ぶりに見る雪だ。車窓には、空気に白い絵の具を混ぜたような、雪国の冬特有の景色が広がっている。山にも家にも畑にも駅舎にも雪が積もっている。

貝田駅に到着。奥州街道の貝田宿があった場所だ。ここを越えると、まもなく宮城県に入る。越河(こすごう)駅に着く頃には雪はさらに強まり、遠くの山はいよいよ霞の中に消えてしまった。
東北地方に入り、いよいよ旅の終わりが近づいてきたことを感じる。列車は何度も汽笛を鳴らしながら、雪の街並みをひた走る。


11:18
白石駅から東北本線(仙台行)に乗車。白石駅に着く頃には雪は止んでいた。車窓には仙台平野の稲作地帯が広がる。雪はほとんどない。平地にはあまり積もらないのかもしれない。

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12:06
仙台駅到着。人がたくさん。都会だ。
まずはお昼ご飯も兼ねて、cafe青山文庫さんへ。
「本と珈琲とインクの匂い」をコンセプトに掲げた、レトロなブックカフェだ。数年前にも訪れたことがあり、それ以来、仙台に行くという知人には必ず勧めているお店でもある。

店内に入ると、グレーのつなぎを着た店員さんが迎えてくれた。ビンテージの椅子とテーブルが並び、その合間に本棚が置かれている。本棚には、日本文学全集など大正〜昭和初期の作家の全集が多い。ホーロー製のランプシェードやデスクランプの形状から見ても、インテリアはおよそ1950〜60年代の日本のものが中心の印象だ。椅子もシンプルながら丈夫な作りで、当時の一般家庭にあったような佇まい。店員さんのつなぎ姿も含めて考えると、ここは1950年代頃の労働者の家をイメージしているのではないかと思う。それなら、日本文学全集というラインナップにも納得がいく。当時の人が読むのは、だいたいこの時代の作家たちだろう。店内を見渡しながら、ああ、これが「ストーリーとして矛盾がない」ということだろうかと考える。

ランチセットから、コンプリットのガレットと青山文庫ブレンドを注文。
まもなく大きなお皿が運ばれてきた。チーズが練り込まれた蕎麦粉のガレット生地は、表面がカリッとしていて中はもちもち。香ばしいチーズの香りが広がる。トップにはたまごとハムが添えられている。ハムは厚切りで、たまごとチーズとの相性も抜群。とても美味しかった。

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13:50
bookcafe火星の庭さんへ。ここもずっと来てみたかったお店だ。
新刊と古本を扱う書店と、それに併設された喫茶スペースがある。私の店と同じ業態だ。
まず、本のラインナップが素晴らしい。文学のほか、詩歌、旅、哲学、宗教学など、マニアックな本が数多く並んでいる。大変好みのラインナップで、これだけで1時間は滞在できそうなのだけれど、この店で過ごせる残り時間はあと50分。しかもカフェも利用したいので、急いで棚を見る。

棚を眺めながら、本の置き方の意図を考える。なぜこの配置なのか、どのようにお客さんに見せたいのか。
本の陳列から学べることは多い。本棚の横幅いっぱいに複数の本を平置きしつつ、背板と平置きした本の間に別の本を立てかけるように置いてある。すると、どちらも表紙がお客さんの方を向くので選びやすい。

今、自分の店のZINE棚をもう少し見やすく整理したいと思っているので、こうした実例はとても参考になる。うちの本棚は背板がないため、部分的にブックエンドを置いて背板の役割を持たせ、そこに立てかける形も良さそうだ。横幅すべてを埋めると圧迫感が出るので、一部分に留めるのがいいだろうか…などと、頭の中であれこれ考えながら本棚を眺める。

結局、湯本香樹実『岸辺の旅』と、葉書サイズの小さな版画を1枚購入。

その後、カフェスペースでカルダモンティーを注文する。要するにチャイミルクティーのようなものだが、通常よりカルダモンの実を多く使っているらしい。提供されたミルクティーには、カルダモンの実がホールで2粒浮かべられていた。香りが良い。甘さとスパイスのバランスもちょうどいい。

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自分の店でもチャイミルクティーを出しているので、出先でも積極的にいただくようにしているのだが、これは印象に残る一杯だった。味を記憶しておいて、自分の店にも取り入れられそうなところは取り入れたい。
帰り際、店主の方が「よろしければショップカードをお持ちでしたら置きますよ」と言ってくださり、有り難く置かせてもらう。火星の庭さんに自分の店のショップカードが並んでいると思うと、すごく嬉しい。
ホクホクした気分で店を出る。こうした店が近所にあったら、きっと通うだろうなぁ。

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14:50
徒歩で本屋 裂け目さんへ。途中、なんだか見覚えのある道だなと思ったら、前職の仙台支局が入っていた建物が見えてきた。仕事で何度か来たことのある場所だ。もし前職の仕事を続けていたら、今とはまったく異なる人生を歩んでいただろうと想像する。でも、今の私は本屋と喫茶の店主をしている。そこに人生の正解があるわけではなく、ただ大きな分かれ道があったという、その事実があるだけだ。

そんなことを考えているうちに、いつのまにか到着。ビルの4階へ上がり、鉄製の扉を開けると、SNSで見慣れた光景が広がっていた。

裂け目さんは昨年8月にオープンした新刊書店。オープンの告知をXで偶然見かけたことをきっかけに知り、それ以来、投稿される写真から選書の独自性が際立っていると感じていた。実は、SNSの投稿を毎回欠かさずチェックしていたりする。

店名が特徴的だが、noteによると「日常の中にふと現れる違和感や揺らぎに目を向ける感受性を大切にしたい」という思いが込められているとのこと。

その言葉通り、読む者に「あなたはどうか」と問いかけてくるようなテーマ性をもった本が並んでいるように感じる。また、詩歌の取り扱いが厚い。驚いたのは、石松桂『針葉樹林』が平積みで置かれていたことだ。私も好きな詩集で、店に通ってくださっている詩人のお客さまから教えてもらった一冊でもある。ただ、詩歌は正直、書店からすると売れにくいジャンルでもある。だから最初から置かない店も少なくない。そうした中で、良いものは良いものとして紹介していく姿勢に、書店としての気概を感じた。少なくとも、私が信じたい書店の姿が、ここにはあった。

こちらで『SIDE STEP 30代のかろやかパスポート』、北尾修一『自分思い上がってました日記』、阿部朋未『たくましい風来坊』を購入。

お会計の際、「実は札幌から来まして、私も一人で本屋をやっているんです」と話すと、店主の男性が驚きつつも喜んでくれた。私が「詩の取り扱いが厚いですよね」と言うと、「最近は短歌ブームがありますけど、詩だって同じくらいの力があると思うんです」と返してくれた。深く頷くと同時に、自分ももっと知らなければ、学ばなければと、襟を正される思いがした。

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15:30
曲線さんへ。古民家を改装した新刊書店で、エッセイ、詩歌、アートブック、ZINEなどを取り揃えている。ここもずっと来てみたかった場所だ。いつもInstagramの投稿をチェックしては、憧れを募らせていた。SNSの画面越しからも、独特の静けさを感じるお店だと思っていた。

建物は奥まった小路の先にある。建物の前には小さな庭があり、入り口まで続く石を辿っていくと、古い木製の扉に行き着く。看板の上には無骨な石が置かれていて、まるで現代アートのような佇まいだ。

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扉を開けると、仕切りのない開けた土間が現れる。手前に本棚、奥にカウンターがあり、ドリンクもいただけるらしい。

まずは本棚を眺める。オンラインストアのラインナップから、一本の軸がある選書だとは感じていたが、実際に訪れてみて、その感覚はいっそうはっきりした。

ここには、店主の方の揺るぎない美学がある。しかも純度の高い美学が。ある一本の線によって選ばれた本たちが、美しい静けさをまとって並んでいる。本たちが、心地よく呼吸しているようにも見える。

他の書店で見たことのある本ももちろんあるが、この場に置かれることで、また違った表情を見せているような、不思議な空気感がこの店にはあった。

靴を脱いで上がるスペースには、写真集やアートブック、ノートなどの雑貨やCDが置かれている。岩手県や震災に関する本も、ひとまとまりに並べられていた。販売されているCDは、アンビエント環境音楽が中心。この店で流れているBGMも同じ系統だ。本と空気と音楽が渾然一体となって、この場所を形作っている。
こちらでは、itou『手に負えない空間』、山元伸子『ある日――読書と断片』、市村柚芽さんのミニポスターを購入した。

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お会計の際、思わず「素晴らしい選書ですね」と言葉が口をついて出てしまった。それをきっかけに、言葉がとめどなく溢れてしまう。

「私も実は札幌で一人で本屋をやっているんですけど、ずっと選書で悩んでいて。この前も『難しい本ばかりだね』と苦笑いされてしまって。自分が選んだ、自分が好きな本を置いているんですけど、そう言われることが続くと、もっと万人向けの、売れる本を入れたほうがいいのかなって思ってしまって…」
すると、店主の女性の方がすぐに「入れなくていいですよ。そんなこと、しなくて大丈夫です」と、優しく、でも真っ直ぐに言ってくれた。
続けて、「私も最初の頃、お客さまから『めんどくさそうな本ばかりだね』って言われたことがありました。でも、変えませんでした。わかってくれる方はいますよ。それに、お客さんは本屋を選べますから」そう言って、微笑んでくれた。私はほとんど泣きそうになっていた。「本当に、ずっと悩んでたんです。どこかで、ずっと。でも、ここに来て、ああ大丈夫だって思えました。間違ってなかったんだって」話し終える頃には、胸の奥でつかえていたものが、少し軽くなっていた。そんな気がした。店主の方が、静かに頷いてくれる。私は「いい空気を吸いました」と一礼して、ゆっくりと店を出た。

歩きながら考える。
自分の店の本棚を前にして、戸惑うような反応をされるたび、どこかで傷ついていたのは、それを好きだと思って選んだ自分自身が否定されているように感じていたからなのかもしれない。
もちろん、お客さまが私を否定していたわけではない。単に本の好みが合わなかった、それだけの話だ。そのことは頭ではわかっていた。売れる本ばかりを仕入れるのであれば、私が店をやる意味はないし、そんなことをする必要もない。それもわかっていた。それでも、やはりどこかで傷ついていたのだと思う。そのことに、今日気づかされた。
同時に、自分の選書の方向性は変えなくていい、とも改めて強く思った。店主の美学が隅々まで行き渡ったこの店に憧れた私が確かにいて、そうしてはるばる北海道からここまで来て、実際にこの場所を経験し、この空間と、ここに置かれた本たちが好きだと心から思っている。それは確かな事実で、否定のしようがない。そんな人間がこの世に一人いるということは、同じように感じる人も、きっと、必ずいるだろう。そう思えた。

明日からも、私は私なりに自分の店を育てていく。
そして、これで今回の旅のすべての目的地を巡ったことになる。
「学びの多い旅だった」と言えばありきたりだけれど、やはりそう思う。
今の自分には、絶対に必要な時間だった。


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16:41
仙台駅から東北本線(小牛田行)に乗車。車両はクロスシートで、立ち客が出るほどの乗車率で出発する。途中、うたた寝していたため、あまり記憶がない。
目が覚めてふと窓の外を見ると、空が明るい緑と黒の絵の具をさらりと混ぜたような色をしていて、綺麗だなと思った。
そして、青春18きっぷをどこかで落としたことに気がついた。思わず声が出た。


17:35
小牛田駅から東北本線(一ノ関行)に乗車。
各駅に停車するたびに、「一ノ関行き、ワンマンカーです」というアナウンスが流れる。その繰り返しが、ローカル線らしい旅情を感じさせる。

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18:20
小牛田駅を出た時点ではほとんどの席が埋まっていたが、先へ進むにつれて、一人、また一人と乗客が降りていく。
外の灯りのない景色とも相まって、寂しさのようなものが立ち上がってくる。
車両の揺れに合わせて揺れる吊り革、俯く人々、窓の外の闇。冷たい空気を切り裂くように進む、小さな列車の走行音だけが聞こえてくる。東北の街の、静かな夜。


18:27

一ノ関駅から東北本線(盛岡行)に乗車する。ホームに降り立ったとき、駅前の方を見ると、数年前に泊まったホテルが、ホームからでも見えた。前回ここを訪れたのは、伯母の一周忌のときだった。
ここは、母の実家がある街だ。
ふと、以前、私の店のロゴデザインをしてくれたデザイナーさんの言葉を思い出す。
その方が、自身のオリジナル作品について語っていたときのことだ。それは、可愛らしい女の子向け玩具を描いたイラストだった。


「母にも少女の時代があった。そして母の母にも少女の時代があった。それぞれが、それぞれの時代の女の子向け玩具に夢中になった。私もかつて少女だったし、私の時代の玩具に夢中になった。そうした経験を共有する私たちなら、少しだけでも理解し合えるところがあるんじゃないかって」

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19:03
六原駅で乗車してきた男性が歩いた後、床に雪の塊がいくつも落ちている。外を見ると、ホームには10センチほど雪が積もっていた。
ああ、もう雪国に来たんだな。
車内は、走行音以外、ほとんど何も聞こえない。ロングシートは七割ほど埋まっていて、皆、静かに座っている。


20:06
盛岡駅で下車。今晩はこの街に泊まる。結構寒いなと思ったら、−7度だった。だいぶ寒い。


21:05
ホテルを出る。ジャズ喫茶パノニカを目指して15分ほど歩く…はずだったのだが、途中で見かけた「盛岡冷麺&焼肉セット」の看板に惹かれてしまい、ホテルから5分ほどの焼肉屋に吸い込まれてしまった。
ぴょんぴょん舎 盛岡駅前店。
メニューを見て注文したのは「パワフルセット Mサイズ」。結果的に、ひとり焼肉をすることになる。盛岡も冷麺も関係ない…!

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料理が運ばれてくると、直径20センチほどの皿が2枚。たっぷりのお肉を前に、本当に食べきれるのか不安になる。が、あっさり完食してしまった。正直、自分の胃袋にこんなポテンシャルがあるとは思わなかった。完全に男子高校生の量だ。
それからノンアルコールビールも注文。BAERENという盛岡の地ビールで、ドイツから120年以上前の醸造釜を移設して作っているのだそう。美味しい。
お腹ぱんぱんになって、ホテルへ戻った。

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冬の軽井沢と二つの教会〜2026年1月の旅日記③〜

1/4の営業を終え、1/9の夜まで少し長めの一人旅に出ています。
前から気になっていた本屋や喫茶店、建築を巡りつつ、鉄道に乗り、途中下車を重ねる旅です。
移動しながら、車窓の景色や街での小さな出来事に刺激され、そのたびに頭の中ではさまざまな考えが立ち上がっては消えていきます。
これは、岐阜から長野、そして軽井沢へと列車を乗り継ぎながら過ごした一日の記録です。

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5:40

昨晩設定しておいたモーニングコールが鳴って飛び起きる。部屋の電気をつける。しかし強烈な眠気に抗えず、ベッドに戻り二度寝してしまう。


6:10

のそのそと起床。身支度をし、軽くお化粧をしてホテルを出る。今回のホテルの良いところは、歯ブラシの硬さがちょうど良かったところ。


6:35

ホテル下のコンビニで朝食のおにぎりを買う。眠気のためか若干フラフラする。


6:48

岐阜駅発、東海道本線快速(名古屋行) に乗車。車内は通勤、通学するお客さんばかり。静かで話し声が聞こえてこない。ようやく空が明るくなってきた。


7:19

名古屋駅中央本線(中津川行) に乗車。車内は通勤電車らしくロングシート。100%以上の乗車率だ。


7:50

高蔵寺駅で多くのお客さんが降りた。

この駅を境に、車窓の景色が一気に山あいに入っていく。中央アルプスが近い。間も無く、日本最高気温でお馴染みの多治見駅に到着する。その後はうたた寝してしまった。中津川駅に到着して辺りを見回すと、お客さんは各車両に2、3人程度しかいなかった。

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8:51

津川駅からしなの3号(長野行) に乗車。

時間の都合上、やむを得ず特急に乗ることにする。事前にJR東日本の「えきねっと」で乗車券と特急券の予約をしていたので、中津川駅では券売機にQRコードをかざすだけで発券できて便利。

ここで昨晩岐阜駅で購入したお菓子「登り鮎」と先程コンビニで購入したおにぎりをいただく。登り鮎は、カステラ生地で求肥を包んだ鮎の形をしたお菓子。とても美味しい!卵感の強いカステラとモチモチの幸せな組み合わせ。

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乗車してから10分ほどで、桃介橋を通過する。桃介橋は1922年(大正11年)に完成した日本最大級の木造吊り橋だ。国の重要文化財にも指定されている。中央の主塔はまるで教会建築のように美しいアーチを描いている。歩いてみたかったなと思いつつ車窓から目に焼き付けた。

その後列車は旧中山道沿い、須原宿のあたりを走行する。歴史ある建築群が見える。この道をかつて多くの人が往来した。その様子を想像する。

エメラルドグリーンの美しい木曽川と並走する特急しなの。Googleマップで現在地を逐一確認しながら車窓を眺めていると全く飽きない。


9:19

名勝「寝覚の床」に関するアナウンス。木曽山系で最も美しい景色とのこと。日本5大名狭にも指定されている。岩が四角いブロック状に割れた方状節理が見られた。その上には浦島堂というお堂も建てられている。

民間伝承によれば、浦島太郎が玉手箱を開けて翁になったのがこの地なのだそう(wikipediaより)。

 

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10:01

塩尻駅中央本線(松本行)に乗車。塩尻駅名物の日本一狭い蕎麦屋さんの入り口を撮影。ちなみにここは昨年、青春18きっぷで日本縦断し鹿児島まで行った際に立ち寄ったところ。あまりに美味しいお蕎麦だったため、印象に残っていた。今回も立ち寄りたかったが、時間的に厳しいため断念。でもまたいつか立ち寄ると思う。

 

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10:17

松本駅下車。ホームに降り立つと、これまでよりも一段と寒さが厳しくなったように感じられる。ここで少し早めのお昼ご飯とする。

駅から5分ほど歩いて行った先、階段を登って2階に上がるとカフェエーデルワイスがある。私が入る前に外国人の男性が入って行った。その直後に私が入ってきたので、店主のマダムから「お連れ様?」と聞かれる。男性と私とで笑いながら首を横に振る。

 

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メニューを見ると、ランチ時間は11:00〜だったので、単品のカレーとハンドドリップコーヒーを注文。マダムが膝掛けを持ってきてくれた。間も無くして、カレーとコーヒー、そしてサービスでミニサラダをつけてくれた。ランチにはつくもののようだったけど、お心遣いでつけてくれたらしい。有り難くいただく。

カレーもコーヒーも優しい味でホッとする。ぼんやりと店内を眺めながら、BGMのクラシック音楽を聴く。何をするともなく過ごした。休息できたなという感覚がある。

お会計時に「1150円ね。…あら!もしかしてランチのつもりで注文した?」と聞かれたので、壁に書かれたメニュー表を見ると、ランチセット950円とある。「いえいえ、まだランチセットの時間には早かったので」と答える。もしかするとマダムはランチセットの価格にしようとしてくれたのかもしれないけれど、きちんとお代は払いたい。マダムが「あら、ごめんなさいね」と笑う。「美味しかったです、ごちそうさまでした」と言って店を出る。「気をつけてね」と見送られて、ホクホクした気持ちに。

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その後は、松本出身の友人が学生時代に通っていたという喫茶店「珈琲美学アベ」の前を通る。今日は休みなので、せめて店前だけでも見ておきたいと思った。

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11:30

松本駅から篠ノ井線(長野行)に乗車する。クロスシートロングシートミックスされた珍しい車両だ。私はクロスシートに座る。そしていよいよ楽しみにしていた篠ノ井線の旅が始まる。

11:40

安曇野市に入る。標高558mとの青看板が目に入る。左手には雪をかぶった飛騨山脈、右手には長峰山。日本屈指の山岳路線だ。

姨捨駅付近では前方の線路が見えるほどの急カーブが連なる。鉄道でこれだけカーブするのは珍しい。右に左にうねうねと進む列車。もう大興奮である。背筋も伸びる伸びる。


12:15

ついに姨捨駅に到着。付近では「日本三大車窓」のアナウンスがあった。車窓から写真を撮るお客さんも見られた。私も例に漏れず、座席から立ち上がって、出入口の窓から写真を撮る。眼下には善光寺平の街並みが非常に小さく見える。随分登ってきたのだなと実感する。

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列車すれ違いのためにしばし停車すると、いよいよお目当てだったスイッチバックが始まった!

スイッチバックとは急な坂を上り下りするために、列車がいったん進行方向を変えながら走る方式のこと。具体的には、一旦後ろ向きに走行し、線路が分かれるところまできたら進行方向を切り替え、元きた線路とは別の線路を通って先へ進む。

100メートル程度後退しただろうか、一度停車し、そこからおもむろに加速していく。線路を切り替え、元いたホームから一段下がったところにある線路に入っていく。ここからがまたすごい。列車は一気に25‰(パーミル)の急坂を駆け降りていく。25‰とは、列車が1000m進む間に25m登る勾配のことで、在来線ではかなり急な部類に入る。しかもいくつもの急カーブが連なる線路だ。乗っている方もこの列車が前方に傾いているのがわかる。何かのアトラクションの列車に乗っているような感覚にすらなる。終始興奮していた初めての篠ノ井線。楽しいひとときだった。

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12:38

篠ノ井駅から第三セクターであるしなの鉄道線(軽井沢行) に乗車。眠気が襲ってくる。

そういえば篠ノ井駅で一度改札を出るのを忘れてしまった。しなの鉄道線青春18きっぷの適用外なので、次に降りる駅窓口で篠ノ井駅から乗ってきたことを申告しなければならない。


13:12

上田駅にて停車。13:20に出発するとのこと。降りて少し散歩しようかと思ったけれど、眠たいので寝た。


14:01

中軽井沢駅にて下車。モダンで美しい駅舎だ。

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タクシーに乗り石の教会を目指す。車は坂道をぐんぐん登っていく。すると10分ほどで到着。

「順路→」という看板を見つけ、矢印が指す方向に歩いていく。石垣伝いに少しずつ坂道を下っていくと、急にひらけた広場に出て、その向こうに石の教会内村鑑三記念堂があった。画像では何度も見てきた教会が、いざ目の前に現れると、駆け寄るのでもなく、私は一度立ち止まってしまった。息を呑む。それから深呼吸をすると、高原の清々しい空気が胸いっぱいに入ってくる。ゆっくりと歩みを進める。

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夢に見た石のアーチが、一歩、また一歩と進むごとに大きく見えてくる。ついにアーチが私の頭の上を掠めると、ああ、ようやくここに来たのだという実感が湧いてきた。扉を開けると、
ローブを羽織った教会スタッフの女性が迎えてくれた。お堂内の写真撮影はご遠慮くださいとのこと。

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そして、教会内に入る。

見上げた途端に、頭の中から言葉という言葉が消えていくような感覚を覚えた。というか、後から振り返ってみて、そうとしか言いようのない状態だったのだと思う。それから、ゆっくりと感覚が戻ってきて、水の音や静かに流れる音楽、そして注がれる光のひとすじひとすじが、圧倒的な存在感となって迫ってきた。

教会は19本のアーチを並べたような構造になっていて、横から見ると、アーチが徐々に起き上がっていくような姿をしている。そして教会の最奥部には、最も高いアーチが聳えている。この19本のアーチは、大きさも高さも傾きもすべて異なるように設計されており、太陽の軌道に沿って東から西へ弧を描くように配置されているそうだ。

設計者であるアメリカ人建築家、ケンドリック・ケロッグは、自然と一体化したオーガニック建築を志向した建築家で、自然界に同じものは一つとしてないという思いから、それぞれのアーチのデザインをすべて異なるものにしたという。

正面にはアーチ状の窓があり、その手前には石を積み上げて作られた壁が間隔をあけて配置されている。まるで向こうから神聖な存在が階段を降りて、こちらへ来てくれるのではないかと、思わず夢想してしまう。アーチ群を見上げていると、あり得ないはずなのに、静かに動いているような、そして自分というこの小さな存在を包み込んでくれるような感覚があった。

どれほどの時間、天井を見上げていただろう。時間の流れのこと、一つ一つ積み上げられた石に蓄積された途方もない年月のこと、そうした圧倒的な存在の前で畏れを抱きながら、気づけば自然と涙が流れていた。壁に埋め込まれた小さな小石さえ、これまでの長い歴史を綴った神聖な文字のように見えてくる。

絶え間なく響く水の音、聴こえてくるピアノやチェロの音楽、この場を満たす空気。涙を拭いながらお堂を出ると、教会スタッフの方が微笑んで、「じっくりと見てくださって、ありがとうございます」と声をかけてくれた。パンフレットをいただき、地下の資料室もゆっくりと眺めてから、教会を後にした。


それから歩いて5分ほど、軽井沢高原教会にも立ち寄る。この教会は、1920年代に星野温泉に集った文化人や教育者たちが、子どもの自由な学びと遊びを大切にしようと開いた集会所が始まりらしい。思想家の内村鑑三もこの地を訪れ、子どもたちが善い学びと善い遊びの中で育ってほしいという思いから、この場所を「星野遊学堂」と名付けた。それが今、軽井沢高原教会として残っている。

入ると、まず大きな三角屋根の天井が目に入る。壁も床も椅子も、すべてが木でできていて、どこか人の体温に近い。差し込む光の柔らかさ。周囲の森の緑を透かした淡い光が室内に満ちている。これまで歩いてきた森の続きにいるような、そんな気がする。椅子に腰を下ろし、しばしそのまま静かに座っている。冷えた外気で強張っていた体が、少しずつ解けていくのがわかった。先ほどの涙は、どこかで自分がありのままでいていいと肯定された気がしたからかもしれない。自然の一部として、同じものが一つとしてない存在であること。自然の延長としてのこの教会で、そのようなことを感じている。

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15:00

10分ほど歩いて、ハルニレテラスへ。どう考えても車しか通らないだろうなという道を歩いてきたので、途中すれ違う車からすごく視線を感じた。

ハルニレテラスは、レストラン、カフェ、ベーカリー、雑貨店などがそれぞれの店ごとに平屋建ての統一されたデザインの建物に収まっていて、それらのお店を遊歩道が繋いでいるような商業施設だ。

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まず、和泉屋傳兵衛軽井沢店に入り、100年続くというくるみ団子を購入。くるみの香ばしい甘さが美味しい!その後は、HARVEST NAGAI FARMでジェラートをいただく。木いちごミルクとヨーグルト。どちらも味がやや似ていたので、途中からどちらを食べているのかわからなくなった。どっちも美味しいからそれはそれでいいや。それから雑貨屋さんを何軒か見て回った。フィンランドのテキスタイルメーカーであるLAPAN KANKURITのブランケットがいくつも置いてあるお店があってテンションが上がる。昨年の夏、パートナーが自宅のサマーブランケット用に一枚購入してから、ずっと気になる存在だった。湯たんぽケースが欲しかったけれど、1万円弱したので即決することができなかった。

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15:50

ハルニレテラスを出て、中軽井沢駅まで歩く。坂道をひたすら降りていくのだけど、これはあまり徒歩で来る想定はされていないなと思った(そりゃそうだ)。


16:15

中軽井沢駅に到着。先ほど気になっていた、中軽井沢図書館に立ち寄る。駅と直結した図書館。なんて羨ましい。本がある場所があるとつい立ち寄ってしまう。

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16:40

中軽井沢駅からしなの鉄道線(軽井沢行)に乗車し、軽井沢駅を目指す。改札で間違えて18きっぷを駅員さんに見せてしまう。ここは第三セクターだから使えないのに。すると駅員さんが英語で説明してくれた。返事は全部日本語なのに、最後までずっと英語で説明してくれた。

 

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16:48

軽井沢駅からはくたか568号(東京行)に乗車。長いトンネルが続く。自由席は空いておらず、ずっと立っていた。それにしても新幹線は速いな。Googleマップを見ながら、長野を抜けてすぐに群馬に入ってしまった。


17:13

高崎駅から湘南新宿ライン(国府津行) に乗車。ロングシートに70%ほどの乗車率で駅を出発した。ここでは、ほとんどうたた寝して過ごす。


18:32

大宮駅で降りて次は18:45発の快速ラビット(宇都宮行)に乗るはずだったのだが、先発でホームに入線してきた籠原行の車両に乗ってしまった。途中まで全然気づかなかったのだが、Googleマップで現在地を確認すると、現在地を示す青丸が宇都宮方面からどんどん離れていくので気がついた。次の停車駅、上尾駅で下車。そこから再度宇都宮駅への行き方を調べる。18:57発の高崎線大宮行に乗車し、一旦大宮に戻ることにした。こういうミスを一回の旅行につき一度はやらかしてしまう。だって札幌には1ホームにつき1つの目的地の列車しか来ないんだもの…という言い訳が思いつく。


19:05

高崎線に乗り、大宮駅に戻る。それから駅ネットで新幹線を予約。次の普通電車に乗ると到着が21:00近くなるので、新幹線にしてしまった。青春18きっぷの節約旅とは違うものになりつつあるけど、疲労が蓄積している感覚があるので無理はしないことにする。以前はもう少し無茶な旅もよくしていたけれど、金曜日に帰ってきたら翌日からお店の営業もあるし、体力は残しておきたい。…とまあ、御託を並べております。今は新幹線のチケットをスマホ内のSuicaに取り込めるのね。なので、切符を発券せずにSuicaタッチで新幹線に乗ることができる。なんて便利な。


19:25

東北新幹線なすの267号(那須塩原行)   に乗車。座れた。シートもふかふかで快適。そして速い。向こうに見える在来線をビュンビュン追い越していく。


19:53

宇都宮駅にて下車。今晩はこちらで宿泊することにする。駅のお土産コーナーを物色し、栃木はいちごで有名なのでいちご大福を1個購入する。それからあらかじめ調べておいた餃子の専門店へ向かう。駅ビルの1階にある「餃子といえば芭莉龍」というお店だ。多くのテレビ番組でも取り上げられている人気店らしい。お店の入り口で1名ですーと言うと、奥に通された。人気店と聞いていたけどすんなり入れて良かった〜と思っていたら、なんと奥で10 人以上並んでいた。そうそう上手くいくわけがない。ということで、20分ほど待つ。

席に着いてすぐ、餃子の他に丼ものや串焼きもいくつか注文した。ドリンクはノンアルコールビール。ビールは好きだけど、疲れているのでノンアルで。ほどなく餃子が運ばれてきたので早速いただく。おー!皮がもちもちでお肉もたくさん入っていてジューシーで美味しい〜!これは人気にもなるわ。これまで食べた餃子の中でも圧倒的に美味しかった。さすが本場は違う。
それからラム肉の串焼きも来たのだけど、北海道の感覚でラム肉を注文したら、臭みが結構あってちょっと苦手な味だった。北海道で食べるラム肉って美味しいんだな…。とはいえ餃子がとても美味しかったので大満足。
その後は駅のコンビニで明日の朝食であるおにぎりを購入し、ホテルに向かった。

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カフェ巡りと考え事の多い一日〜2026年1月の旅日記②〜

1/4の営業を終え、1/9の夜まで少し長めの一人旅に出ています。
前から気になっていた本屋や喫茶店、建築を巡りつつ、鉄道に乗り、途中下車を繰り返す旅です。
移動しながら、目に入る景色や些細な出来事に刺激されて、そのたびに頭の中ではさまざまな考えが立ち上がっては消えていきます。
これは、フェリーを降りた翌日、列車と街を行き来しながら過ごした一日の記録です。

 

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7:15

部屋に備え付けのアラームがどでかい音を立てて起こしてくれた。強烈な眠気に抗いながら、3度目のスヌーズでなんとか体を起こす。今起きなければ、昨日計画した全ての行程が台無しになってしまうので必死である。


7:30

元々素泊まりで予約していたのだが、ホテルの朝食券を買うことにする。

昨晩部屋に入ってから近所のカフェを検索してみたが、早朝から営業しているところがなく、スターバックスはあるものの、あまり旅行中に行く気もしなかったため。元々朝食をベースブレッドで済ますつもりだったが、きちんとしたご飯を食べようと決めたというのは昨日の日記の通りである。

いざフロントで朝食券を買いたいと言うと、1700円ですと言われた。高〜い。しかし自分にはもう後がないので買うことにする。

朝食会場に行き、席に座るとまもなく和定食が運ばれてきた。

おかずがたくさんあって嬉しい朝食だ。

 

朝食をいただきながら、この部屋の室温について考えていた。自分の店の喫茶室がどうも暖まりにくいことを最近ずっと悩んでいて、灯油ストーブの買い替えを検討している。今のストーブは小さいかもしれない。

古い建物ということもあり、足元がやや冷えがちで、そのためにブランケットや湯たんぽなどの貸し出しを始めたのだが、そもそもの室温をもう少し上げた方が良いのだろうと思っている。

それにしても、自分はどうも室温に対する感覚が疎いように感じる。直感でわからないというか。

人から「寒い?」と聞かれるとまず「寒いとは何か…」と考えてしまう。難しくないですか、寒いとか暑いとか。寒いとは、首筋が冷えることなのか、足が冷たいことなのか。一体どのような状態を感じていれば寒いと言えるのか。例えば足が冷たいといった現象は元々自分がここまで来る過程で起こったことなので現在の室温とは関係ないのではとか…とまあ色んなことを考えてしまう。なので基本的には「大丈夫です」と答えるようにしている。他の人の反応を観察していると、そのように言う人が多いから。その点、数字でわかることは明快で有り難い。例えば室温が10度であれば明らかに寒いと言える。そういう数値でわかることに安心してしまうから、お菓子作りが好きなんだと思う。あれは計量の正確さが大事にされるから。

そんなことを考えていたらいつのまにかご飯を食べ終えていた。1700円の朝食の味が思い出せない。あほすぎる。一人でご飯を食べているといつもこうだ。思考が遥か遠くに行ってしまって目の前のことに集中できない。本当に勿体無い。お昼ご飯の時は今度こそ目の前のご飯に集中しよう。

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8:15

部屋に戻り、昨日残しておいたくるみ餅を2個食べる。美味しい。食堂から持ってきたコーヒーを飲む。普通だ。

そういえば、昨晩は眠るまで体の奥に船の揺れの名残のような感覚があったが、今はすっかり消えていることに気づく。真っ直ぐ立っているのに、どこか体の中心が揺れているような感じがあった。特段、船酔いはしなかったのだが、このように自分で体を揺らすことで、船体の揺れに適応していたのかもしれない。波の流れと同じリズムで体を動かす、一体化することで適応していくような。そんなことを考えながら歯を磨く。

それからpodcastを聴く。お化粧する時はいつもpodcastを聴いている。手が塞がっている状態でも情報に触れていたいため。

podcastはニッチなテーマについて深掘りしていくような番組が多く、聞き応えがあって楽しい。この習慣を始めてもう5年になる。確実に自分の知識の幅を広げてくれている気がする。身についているかはさておき、自分の中に単語が溜まっていって、いつでも引ける辞書のようなものにまとまっている感覚は確かにある。

今日は「超相対性理論」を聴く。毎回ゲストを呼んで、あるテーマについて3人で話をしていくという番組だ。今回のテーマは「贈与的な経済はいかに可能か?」だった。テーマからしてワクワクする。

資本主義経済下で贈与行為の合理性について説明しようとすると、対概念である交換行為のような概念を持ち出さざるを得なくなる、つまり本質的な説明から外れていってしまう、といった話が印象に残った。

 

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9:00

準備が整ったので駅へ。まずは券売機で青春18きっぷを購入。3日間のもの。

青春18きっぷは2024年度冬季から、3日間連続か5日間連続のどちらかを選択するように変更となった。つまり1日ずつの使用はできなくなった。また、一枚の切符を複数人でシェアすることもできなくなった。これは随分と改悪だ!と言われたけれど、北海道から18きっぷを1日で使うようなことはまずないし、シェアするような友達もいないので、自分としては特に問題なかった。

 

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9:20

北陸本線新快速(湖西線経由姫路行) に乗車。車両はサハ223-2081。モーターを持たないので、走行音は静かで揺れも少ない。転換クロスシートで旅情も感じつつ、車窓から野坂岳を望む。

 

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9:36

近江塩津駅に到着。滋賀県長浜市に所在する滋賀県最北端の駅。一日の乗降客数は260人ほど。

ここで30分ほどの待ち時間があるので、一旦駅から出て駅前を散歩することに。

風情のある駅舎を出ると、昔ながらの日本家屋が立ち並ぶ住宅街に出た。二叉路になっていたので、どちらの方向も見てみて、より家が多そうな右の道に進む。

道の両側に家屋が立ち並ぶ。みんな木造2階建てだ。玄関はガラガラっと開けるような引き戸で、扉の上にはしめ飾り。どこの家もきちんと飾っていて、伝統を重んじる地域なのだなと思う。家を囲む石垣も長年の風雨に耐えた風情がある。中には苔むした大きな石をいくつも並べた住宅もある。

うーん。やはり乗り鉄は途中下車して駅前を散歩するのが楽しい。地元では巡り会えない光景に出会えるし、徒歩だからゆっくり考えながら見ることができる。一時ここの住人になった気分で歩くのも楽しい。

 

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9:55

駅に戻り、待合室に座る。テーブルの上に駅ノートがあったので、せっかくなので書き込みをする。

「北海道からフェリーで敦賀まで来て、そこから鉄道でここに来ました!街並みが地元と全然違いました!」

小学生みたいな感想になってしまった。

 

10:06

北陸本線新快速(米原経由姫路行)  に乗車。車両はクモハ224-8。加速時のモーター音が心地よい。瓦屋根の家々が立ち並ぶ。本州に来たなと言う感じ(ざっくり)。

 

10:50

米原に到着し、同車両がそのまま琵琶湖線新快速(米原経由姫路行) になる。

途中、滋賀県を中心としたスーパーマーケットチェーン「AL PLAZA」を見つけたので、一応写真を撮っておく。

 

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11:33

大津駅到着。

ホームを降りると、「北緯35度線モニュメントはこちら」といった看板があったので、見てみることにした。また階段を登り、別のホーム(1番ホーム)に移動する。

ホームの端まで歩くと、オレンジ色の切れ込みが入ったコンクリートの四角柱の上に水色の球が乗ったモニュメントが現れた。モニュメント自体に感動は特になかったが、地球規模で区切りの良い地点にいるという気持ちよさは確かに感じた。その後はお手洗いに立ち寄った。個室に鍵が上下に2つあるので何かと思ったら、ベビーシートに座る赤ちゃんが鍵を開けてしまうので、赤ちゃんの手が届かない上の方にも鍵をかけられるようにする、ということらしい。私には子供がいないけれど、こうした気遣いの形があるということだけでも知識として知っていると、他にも応用できるというか、気遣いの幅が広がるような気がしている。

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11:50

行ってみたかったお店の1軒目。大津のgururiさんに到着。昨年の夏に、この店を営むご夫妻が私の店に来てくれたことをきっかけに知ったお店だ。そのご夫妻は札幌出身らしく、夏休みを利用して帰省していたらしい。その時にInstagramで知った当店を訪ねてきてくれた。お会計時に、実は大津でこういうお店をやっていて、と名刺をいただいた。後でInstagramも見て「絶対行きたい!」と思っていた。それで今回の旅を計画したと言っても過言ではない。

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店内に入ると、11:30のオープンなのに私が入った時点で満席になった。人気カフェだ。デミグラスソースのハンバーグ、食後に季節のチーズタルトとホットコーヒーを注文。

その後、店内のあちこちにある本棚を眺める。

佐藤雅彦『新しい分かり方』、鈴木康広『まばたきとはばたき』など、新しい物の見方を見せてくれる本が気になった。うちの喫茶室にも欲しい。

まもなく、デミグラスソースハンバーグがやってきた。一口目から美味し〜!とニコニコしてしまう。お肉の旨みがギュッと詰まったハンバーグに甘みのあるデミグラスソースが合う。付け合わせのマッシュポテトも嬉しい。サラダのにんじんドレッシングもさっぱりしていて美味しい。ペロリと完食してしまった。

店内を眺める。木材をふんだんに使ったナチュラルな雰囲気。そこにテーブルの足に使われたアイアンと、ホーローの黒いランプシェード、プラスチックの黒いバスケットが空間のバランスを保っている。

それから雑貨の配置も素敵だ。統一感のある雑貨がそれぞれまとまりを作り、まとまり毎にちょこんちょこんと置かれている。

カウンター席の目線の高さには小さなガラスブロックがはめられており、外部からの視界を遮りつつ、柔らかな光を取り込んでいる。これがあることで、外部の目を気にすることなく安心して座っていられる。

音楽もゆったりした空気感をプラスするようなスローな曲で、ボリュームもちょうどよく、居心地がいい。お手洗いにも細かな気遣いがあり、マウスウォッシュがあったり、トイレットペーパーの位置もちょうどよく、全てが心地よく整えられている。

ふと、インテリアコーディネートと絵を描くことはどこか似ているのではないかと思う。キャンバスに近づいたり、離れたりしながら、置くべき場所に絵の具を置いていくあの感じ。あくまで素人目線の自論だけれども。

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ケーキをいただく。ショコラチーズタルトに自家製ベリーソースを添えたケーキ。こちらもとても美味しい。すごい。

チョコレートにチーズケーキ要素を添えることができるのかというのは新鮮な発見だった。

どちらかというとサッパリ目なチーズケーキと、濃厚系なチョコレートケーキは、正反対のものだと思っていた。これを融合できるなんて。食感も柔らかく、口の中でゆっくり溶ける感じがさらに美味しさをプラスしている。ベリーソースも甘すぎず爽やかでピッタリ。コーヒーにも合う。何をいただいても美味しいし、何より静かで居心地が良い。なんというか、店内を満たす空気が綺麗な感じがする。

お会計時に「札幌から来ましたノマドブックスです」と言うと、「え!ノマドさんですか!」と反応してくれて、嬉しくなって「来ちゃいました〜」などと言っていた。遠く離れているけれど、こうした関係性があるって温かくていいなと思う。ホクホクした気持ちで大津駅に戻る。途中の坂が険しくて辛かった。

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13:04

大津駅から琵琶湖線新快速(姫路行) に乗る。車両を見忘れたが、おそらくサハ223系だろう。クロスシートが嬉しい。

京都に到着し、そのまま同車がJR京都線新快速(姫路行) となる。長岡京駅を過ぎたあたりで山の方に阪急電鉄が走っていくのが見えた。臙脂色の優雅な車体だ。

それから、どこの駅付近かは忘れたけれど、京都の住宅地のゆるい下り坂を、青いジャージを着た男子学生が自転車に二人乗りしていて、その光景が眩しいほどに青春のワンシーンだった。13:43に新大阪駅に到着。5分遅れらしく、その後接続予定だったおおさか東線に乗れず。次発に乗ることにする。

 

13:56

おおさか東線(久宝寺行)  に乗車。モハ221系

ホームでテキトーに立っていたので、自分の後ろに人が並んでいるのを見て不安になる。が、車両が入線してきて、きちんと自分の目の前でドアが開いたから安心した。

スマートウォッチで次降りる駅までの乗車時間、15分をはかる。乗り過ごし防止のため。

以前、電車に乗りながら文章を書くのに夢中になって、羽田空港に行くはずがなぜか横浜に辿り着いたことがあるので、それ以来、この習慣が身についた。

 

14:13

放出(はなてん)駅で向かいのホームに乗り換え。かわいい名前だ。

JR東西線学研都市線区間快速(同志社前行)、クハ206系に乗る。

それにしても京都や大阪に入ってから家同士があまりに近くて驚く。ベタな恋愛ドラマで、家が隣同士で、自分の部屋の窓を開けると好きな子の部屋の窓が目の前にあり、お互い窓を開けて、そこでおしゃべりするというものがあるが、あれを見てずっと「いやいやw」と思っていた。が、この距離なら普通に会話できるだろうなと納得してしまった。窓同士の距離が20センチくらいだから。

 

14:41

松井山手駅に到着。先ほどの遅れで、予定していたバスに乗れなかったのでタクシーで目的のカフェに行くことにする。次発のバスに乗るとほとんど滞在できず、せっかくここまで来たのにもったいないと思ったため。

駅前に停車していたタクシーに乗るとおじいさんに「どこまで?」と聞かれ「楠葉野田(くずはのだ)1丁目までお願いします」と答えると「クザァ?」と言われたので「くずはのだです」と答えると「ナタァ?」と言われ、困ってしまった。すると「あんたナビできるやろ?」と言われたので「ナビします!」と言った。道案内苦手なのに。25分ほど走ってなんとか到着。最後「ここで止めてください」と言うと「どこぉ?」と返されて「ここでお願いします!」などとやり取りしている間にメーターが100円上がって、若干ムカッとしたのはご愛嬌だ。

 

15:05

大阪は枚方市、本の読めるカフェfloatさん着。Instagramで見て、こういう店づくりがしたいなぁと憧れを募らせていたお店だった。

店内に入ると大きな机が中央に置かれ、4席ずつ向かい合わせに座る格好になっている。椅子は、ハンス・ウェゲナーの名作椅子「Yチェア」のような見た目だ。椅子の高さとテーブルの高さがちょうど良いバランス。

メニューを見ると、1月のチーズケーキ3種類を全ていただけるセットがあったのでこれにした。合わせてコーヒーも注文する。

待っている間に、テーブルの上に置かれていた平野沙季子『生まれた時からアルデンテ』を手に取った。このお店の店主さんが表紙にメモを貼っていて、そこに「わたしも学生時代にケーキ屋さんにいくたび食日記を書いていました」と書いてある。その言葉に惹かれて読んでみたのだが、面白い…!!夢中になって読んでしまう。料理への愛憎詰まった言葉が濁流のように流れ込んでくる。こんなに一つの料理に対して言葉を尽くして、というか、あの手この手を使って表現することができるのか、と感嘆した。例えば、「パンケーキは食感の食べ物だから、大雑把に言って、はんぺんと同ジャンル」という一文で笑いそうになり、鼻から変な息が漏れた。それから、良いお店とは何かという文脈で「ストーリーに矛盾がない」という話には共感するところがたくさんあった。民家のようなお店で、店主のおばあちゃんが出てきて、そこで5000円のイタリアンのコースとか出てきたら動揺するでしょう?…確かに。

読みながら、お店を構成する要素にすべて矛盾がない=その空間に違和感なく没入できる=充実した来店経験ができる=高い満足度、という方程式が成り立つのではないかなどと考える。

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間も無くしてチーズケーキがやってきた。左から柚子、ずんだ、黒胡麻のチーズケーキ。まず柚子は、酸味の強い滑らかなレアチーズに柚子の甘酸っぱいソースが最高の組み合わせ。個人的に酸味の強いレアチーズケーキが好きなので、こちらは自分の好みにどストライクな味だった。

それから、ずんだ。濃厚なレアチーズケーキに後からずんだのホッとする甘さが追いついてくる感じ。この時間差のある甘さのコラボが新鮮で美味しかった。

そして黒胡麻。チーズケーキらしい酸味はほとんど感じない、黒胡麻の優しい甘みをたっぷり味わえた。土台に黒胡麻と、小豆も入っていて嬉しい組み合わせ。

どれも美味しい。先ほどの本を読みながら、ケーキとコーヒーをいただいて至福の時間だった。

そして何より空間設計がやはり好きだと思った。構成はシンプル。グレーのタイル床、大きな木のテーブル、木の椅子、白い壁には抽象画が2点、窓に白いレースのカーテン、ペンダントライトも小ぶりで、シェードはガラス製。空間に要素を足しすぎない。色数を減らした、シンプルで洗練されたデザイン。一つ一つの家具が良いものを使っているので、無理に足し合わせる必要がないのだ。少ないものを品よく並べることで、上質な空間が作られている。

お会計時に店員さんから「ポイントカードはお持ちですか?」と聞かれて、これは作る流れかな?と思い、「あ、実は札幌から来てるので」と口走ってしまった。自分のことを話すつもりはなかったのだが、ここまで話してしまったので、言葉を続けた。

「実は私も札幌で本が読めるカフェをやっていて、こちらのお店をInstagramで見つけて気になっていたんです。それで来てしまいました。すごく素敵でした」

すると店員さんが驚いた様子で「そうなんですね!今日は店主が休みなんですけど、きっと話したら喜ぶと思います!お店のお名前聞いてもいいですか?」と返してくれた。せっかくなので、NOMAD BOOKSと言うんですと伝えた。店員さんは「店主に伝えておきますね!」と微笑んでくれた。良い時間だった。

それからバス停までは全力で走った。ギリギリだったので。

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16:22

くずはモールバス停留所から山手31線に乗って松井山手駅へ向かう。

駅に着くと、運転手さんが「へいお待ちー松井山手ですー」と言っていて、お寿司屋さん以外で「へいお待ち」が聞けると思っていなかった。

 

16:53

JR東西線学研都市線快速(篠山口行)に乗車。ひたすらこの日記を書く。時折車窓を眺めては、家同士が近すぎるなと思う。

 

17:19

放出駅にておおさか東線(大阪行)に乗り換え。ホームの反対側なので乗り換えもらくらく。帰宅時間だからか、車内が混雑してきた。

 

17:35

新大阪駅で下車。

エスカレーターに乗ったのだが、横2列の右側に立ってしまい、ああ歩かないといけないなと焦ったのだけど、ここは関西だから、左側が歩く方だった。エスカレーターで歩きたくないからちょうど良かった。歩きたくないのに、後ろから急かされて歩くのはいやだなと日頃から思っている。いかなる勢力にも急かされたくない。

その後はお手洗いに行ったのだが、列ができていた。前に4、5歳くらいの、髪の毛をツインテールに結んだ女の子がいた。自分が小学生の頃、母に髪を結ってもらいながら「うさぎさん(ツインテール)、いつまでできるかなあ」と言われたことを思い出す。その時に、髪型には年齢制限があるのかと、幼心に思った。そんな些細な一言で、人は自分の中にある基準のようなものを身につけていくのかもしれない。でも、大人になった私は、何歳になっても好きな髪型や格好をすればいいと思っている。成長の過程でどのような常識を身につけたとしても、そこから自分なりの意見を見出すことはできるはずだ。そして、そこに良し悪しといった評価は挟みたくない。

それから、お手洗いの個室に入ると、正面に「落書きはイタズラではありません、犯罪です」と書かれた張り紙があった。それを見て、言葉によって問題が矮小化されてしまうことってたくさんあるよなと考える。だからこそ、言葉は注意深く使わなくてはならない…そんなことを考えながら手を洗い、それにしても自分はあらゆるところから刺激を受けて、考えを巡らせているなぁなどと思う。そして、自分を突き動かすのは、ルールでも、マナーでも、人からの目線でも評価でもなく、内なる美学だなと気づく。そうだ、美学だ。自分はこうありたいという精神的な美への希求と、自分はこうありたくないという醜悪さへの危機感。

そんなことを考えながら歩いていると、本屋さんにたどり着いた。今はどんな本が売れているのかと平積みになった表紙を眺めていると、「〇〇な人は〇〇をする」とか「〇〇が9割」とか、ある価値観を押し付けるようなタイトルで溢れていて息苦しくなる。「こんな人間になれ、それ以外は間違っている」と言われているような気さえしてくる。私は、間違っても失敗してもいいから、自分が経験して、そこから得た学びを頼りに生きていきたい。何よりも納得することが自分にとっては大切なんだと思う。あくまで私は、だけど。

我ながら今日は妙に殊勝な事を考えているなと思いつつホームを向かうと、人でごった返していた。あーあ。混雑を見ただけで疲弊してしまいそうになる。が、せっかくスケジュールを立てたので乗ることにする。

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18:05

JR京都線新快速(長浜行) に乗車。京都駅からは、琵琶湖線新快速(長浜行)  になって、この列車で米原を目指す。京都駅でたくさんの人が降りたので、なんとか座ることができた。

 

19:35

米原駅東海道本線新快速(豊橋行)に乗り換え。今夜の夕食をどこでいただくかGoogleマップを見つつ検討する。眠い。

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20:22

岐阜駅到着。今晩はこちらで宿泊することにする。

駅前には金ピカの織田信長公の像があった。写真を撮ると、思いがけず信長公が目からビームを出しているような写真が撮れてしまった。

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その後、先ほど見つけた「カルトン」というカフェで夕食をとろうと思って向かったのだけど、なんと今日は休業していた!残念。急遽、近くのカフェを検索し直すと「Barista & Dining NoMark」というお店を見つける。店内の雰囲気がオシャレな感じ。早速行ってみることにする。

お店はビルの地下にあった。ドアを開けると、モダンな印象の店内。カウンター席に通される。メニューを見ているとスタッフの男性が声をかけてくれた。「今日寒かったですね~お水、白湯に変えることもできますのでおっしゃってくださいね」寒い日に白湯を出すオプションもあるっていいなと思った。それからアーリオオーリオとカフェラテを注文。

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スタッフの男性が「お仕事帰りですか?」と声をかけてくれたので「実は旅行で来ていまして」と話を続ける。それから、話の流れで札幌で本屋と喫茶のお店をしていること、久しぶりに長い休みをとって各地を巡っていることなどを話した。スタッフの男性は同い年だった。お店のコンセプトだとか、どうしてお店を開いたのだとか、色々なことを話す。チェーンではない個人店は店主の個性が大切だという話で、彼がお店を開いてから話し方を変えたという話をしていたのが印象的だった。この店に来たいと思ってもらえるような話し方。自分もお店での話し方、声音などは意識している部分だったので、その点に共通点があって嬉しかった。自分がやっていることがなんだか肯定されたような気分になる。帰り際にレジで「実は無料でコーヒーのサービスをやってるんですよ。ホットとアイスどちらにされますか?」と聞かれて、驚いた。どうやらコーヒーをいただけるらしい。ホットコーヒーをいただくことにする。彼が「お酒飲んだ後ってコーヒーで落ち着きたくなりませんか?自分がそうなんすよね」と言っていて、それはすごくわかると思った。前職でも飲み会の後に一人でカフェに行き、コーヒーを飲みながら日記を書くなどをよくしていたから。「楽しかったし、美味しかったです~」と言って店を出る。カップに入った温かいコーヒーが冷えた手を温めてくれた。岐阜駅の前でイルミネーションをしていて、そのキラキラと共にコーヒーの写真を撮った。思いがけず、楽しい夜だった。

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フェリーで過ごした20時間〜2026年1月の旅日記①〜

1/4の営業を終えたあと、1/9の夜まで少し長めの一人旅に出ることにしました。
特別な用事があるわけではなくて、前から気になっていた本屋や喫茶店、建築を巡りつつ、合間に趣味の乗り鉄を楽しむための旅です。
しばらく走り続けてきた一年の区切りとして、身体と頭を少し遠くへ連れていきたいと思いました。
これは、その初日。フェリーで過ごした約20時間と宿に着くまでの日記です。

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新日本海フェリーあかしあ

21:50

フェリーターミナルに到着。2階が待合室になっている。空港の出発口の待合室みたいになっており、目の前の大きなガラス窓から、船体がよく見える。飛行機と違うのは、窓のすぐ向こうに船があるから、全体像が見えないと言うこと。船の大きさを実感する。22:50に徒歩で乗船する人の入船が始まるらしいのでしばし待つことにする。

待っている人は、家族連れや外国人のバックパッカー風の人たち、部活の遠征に来たような学生さんたち、大学生のグループ、その他トラックのドライバーさんなど。

 

22:50 

乗船時間になると入口に列ができて続々と乗っていく。私もすぐに乗ることができた。

今回乗る船は新日本海フェリーあかしあ」。

23:30に苫小牧東港を出発し、明日20:30に福井県敦賀港到着を目指す。20時間の船旅だ。

フェリーは何度か乗ったことがあるが、青森〜函館間しかないので、これほどの長旅は初めてだった。なので、少し緊張もしている。

 

船内に入り、まずは今晩の寝床を探すことにした。

今回は「ツーリストA(女性専用)」という一番安いシートを購入したので、2段ベッドの部屋になる。

長い廊下にはたくさんのドアがある。スマホ画面に表示したチケットを見ながら、自分の部屋を探す。

目当てのドアを開けると、2段ベッドが3台ほどある部屋となっていた。

この中から自分のベッドを探す。すると、私は角の下のベッドが指定されていた。同室の方は4名ほど。

船内では、案内の放送が流れていた。その音声を聞いていると、なんと、この船にはWi-Fiサービスがないらしい。ハナからWi-Fiはあるだろうと思っていたので、船内でさまざまな作業をするつもりでいた私はなかなかのショックを受ける。(調べなさいよ!)

というか、今回の旅の行程を船内で考えるつもりでいたので、Wi-Fiが使えないとなると、Googleマップも使えないわけだ。

そこから電波が届かなくなるまで必死に行きたい店や行程を調べる時間が始まった。23:30過ぎのことだ。

 

客室へのドアが立ち並ぶ廊下

23:30

出航。エンジン音が聞こえる。が、外を見るような余裕はなく、ひたすら調べ物をする私。

するとまた船内放送が聞こえてきた。

 

「大浴場のご利用時間は23:30〜24:30までです。明日は海上の状況により、大浴場を開放できない場合もございますので、ご希望のお客さまは本日中にご利用ください」

 

ああ、お風呂も入らねばならない。

そこで24:00までできるだけ調べ物(今回の旅行計画作り)をして、その後30分までお風呂に入ることにした。

どうやら電波は明日夕方頃には復活しそうなので、そこから下船までの間に続きを調べることにしようと決める。

なんとか2日目の予定まで決められたのでお風呂にいく。

 

船内入ってすぐ迎えてくれるのはこの立派な階段

0:00

お風呂は階段を上がった先にある。

大浴場のドアを開けると、まず船の窓にありがちな角の取れた大きな長方形窓が4つほど目に入る。

夜なのでもちろん窓の外は見えない。しかし、浴槽に張られたお湯が規則的に揺れていることで、ここが海上であるということがわかる。

シャワーを浴びる。水の勢いが良くて嬉しい。

浴槽に浸かると、お湯がゆったりと右に左に揺れていることが実感できる。

これはこれで心地良いような気がする。しばしお湯に身を任せてみる。

お風呂から上がる。上がったはいいものの、バスタオルが無いことに気づく。なかなかのピンチである。あたりを見回してみたが貸出用タオルのようなものは何もない。

最悪ドライヤーで全身乾かすか?というアイデアもよぎったが、よく見ると洗面台の上に新品らしきダスターがたくさん積まれているのが見えた。 


よくあるテーブルの上を拭くやつだ。側には「こちらで洗面台の上を拭いてください」といった表示が見えた。

これだと思った。というかこれしかない。誰もいないことを良しとして、一目散にダスターを取りに行く。それから急いでダスターで全身を拭く。誰にも見られたくないので必死だった。

やはりダスター。しっかりと水分を吸ってくれたので本当にありがたかった。というか、勝手に一枚使ってごめんなさい。。もうしません。。

それからドライヤーで髪を乾かし、なんとかお風呂ミッションを終えることができた。

 

0:30

部屋に戻り、シーツを敷いて横になる。カーテンを閉める。スマホを見ると、すでに圏外になっていた。揺れはそこまでない。

 

0:45

就寝。

 

今夜の寝床

3:50

目が覚める。雨が降っているのか、ボツボツという音が聞こえてくる。船は大きく揺れている。横になっていても揺れの大きさがわかる。体が持ち上げられたと思えば、一気に下に下される感じ。急降下する遊具のように、一瞬重さがなくなったような感覚となるのが恐ろしい。急に心細くなり、出発直前にパートナーから手渡されたぬいぐるみを握っている。ふわふわとした感触を手のひらに感じて少しだけ安心する。

 

7:15

起床。

電波が届かないということは、今日12:00〜哲学対話の会のフォームを公開することができないじゃないか!という重大事項に気付く。

告知したからにはどうにかして開けなければ。しかし電波がない!

考えられる案としては、パートナーに連絡して開けてもらうことくらいだった。

急いで公衆電話を探す。船がかなり揺れていて、まっすぐに歩けない程だった。

ようやく電話を見つけたのでをかけようとしたら、なんと40秒400円とのこと。100円玉しか入れられないのに手持ちが500円玉しかなかったので、急いで自販機でお金を崩す。

そしていざ電話をかけると留守番電話に繋がった。

40秒しか時間がない。急いで話すがしどろもどろになってしまった。前職で課長に説明する時に、緊張して要点を得ない説明をしてしまい、「つまりどういうこと?」と聞かれてしまったことを思い出す。若干落ち込みながら部屋に戻る。それからは、この日記を書いたりしていた。


8:30
レストランが営業を開始したとの放送があったので、朝食を食べに向かう。しかし、船体は大きく揺れていて、真っ直ぐには歩けない。見えない、ものすごい力で体を動かされている感じ。しかしなんとか手すりに捕まりながら歩く。
レストランにはトラックドライバーらしき男性が4、5人しか来ていなかった。やはり揺れが大きいからか。正直結構これは揺れている方なのではと思っていたのだけど、こんなに人がいない(船旅慣れていそうな人しかここにいない)ということは、やはり結構揺れていたのではないか。自分の感覚があまり信じられないために、こうした外部の客観的な情報で「一般的な感覚」を想像することしかできない。
そんなこんなで席に座り、タッチパネル式のメニューから「和風プレートセット」を注文。ちゃんとした朝ごはんが食べられて嬉しい。こうした一人旅では旅費を抑えるために、いつも朝昼はベースブレッド、夜はカップヌードルになりがちだった。でも今回は自分を労る旅にするのだと決めているので、ちゃんとご飯を食べるように心がけよう。

和風プレートセット

12:00

「現在、新潟県佐渡島のはるか沖合を航行しております」

船内放送で目を覚ます。いつのまにか眠っていたようだ。このあと12:00〜レストランでランチ営業をするとのことだったので、行くことにする。正直あまりお腹は空いていなかったが、空腹になると酔いやすくなるのでお腹に入れておくことにした。

レストランは混雑していた。朝は私の他に4、5人しかいなかったが、お昼には7割ほどの席が埋まっていた。こんなに人がいたとは。かけそばを注文。関西風のあっさりとしたお出汁が効いたお蕎麦だった。

その後は、お手洗いに行き、昨日大浴場からもってきたダスターを濡らして顔を拭いた。それから軽くお化粧をする。映画の上映を行いますというアナウンスが聞こえてくる。お化粧後は一旦部屋に戻り、お客さまからいただいたみかんを食べた。みかんは酔い止めにもいい。そしてすごく甘くて美味しい!

昼食のかけそば

フォワードサロン。ホテルのロビーのような内装

13:15

フォワードサロンへ。船の先端の方にある部屋だ。船のHPを見て、広いカウンター席とその前の大きな窓の写真が綺麗で気になっていた。いざ入ってみると、なんと全ての窓が閉まっている!その上にカーテンもかけられている!景色は絶対に見せまいという感じ。とはいえ、私の他に2人しか利用しておらず、とても静かだったので、ここで作業することにした。やはり静かな場所が好き。

14:00

急に電波が届くようになり、急いで哲学対話の会の受付フォームを見る。公開はされていなかった。そりゃそうだ。謎の公衆電話からの留守番電話のメッセージなんて怪しすぎる。というか、そもそも船にWi-Fiがあるかを確認してから公開する時刻を決めねばならなかった。自分の計画の甘さを反省する。

急いでSNSに投稿。フォームを公開できなかったお詫びと今晩改めて公開する旨。


その後、今回の旅行計画を立てていた。

まず行きたいところをリストアップし、各種SNSを見ながら、お休みの日に被っていたらリストから落とす作業をする。

その後、残った行き先ををGoogleマップで検索し、どんどん経由地として追加していく(この時、徒歩で行く設定で検索する)。

すると大まかな道筋が見えてくるので、その後はジョルダン乗換案内の青春18きっぷ検索で、青春18きっぷだとどのようなルート、時間になるかを検索していく。(今回の移動はほぼ青春18きっぷを使うため)

時間がかかりすぎる場合は、限定的な区間で特急の利用も検討する。とはいえ、今回は本屋さん&カフェ巡りも目的だが、乗り鉄を楽しむのも目的の一つなので、できるだけ普通列車で行く行程で組んでいく。

景色の良い路線に乗るときは、右か左かどちらに座るとより景色を楽しめるかも検索する。

そのようにしながら調べ物を進めていく。

 

デッキからの眺め

16:30

少し疲れてきたので船内を散歩することにした。そういえば明るいうちにデッキに出ておきたいと思い、少し歩く。すると、多くの人が集まるカフェスペースに行き着いた。学生グループがUNOをして遊んでいる。勉強している学生さんや、仕事をしている年配の男性もいる。カフェの奥のデッキに出ると、思ったよりも寒くない。船が通った後の波がよく見える。左を向くと日本列島、右を向くと大陸の方に行き着くのだと思うと不思議な気持ちになる。どこにでも行ける自由。この海は自分の祖国にもはるか外国にも繋がっている。そんなことをふらりと考える。その後、カフェスペースの椅子に座って、調べ物の続きをする。

カフェスペース

17:20

小腹が空いたので、昨日見つけていたセブンティーンアイスの自販機へ。ソーダフロート味を購入。学生時代に食べたなぁなどと懐かしくなる。その後、また電波が通じるようになったので自室で調べ物の続きをする。

seventeen ice ソーダフロート味

 

18:30

船内放送で目を覚ます。いつの間にか眠っていたようだ。レストランの営業が19:00までのようなので、急いでレストランに向かう。

夕飯は朝から狙っていたビーフカレーにした。カレーは自分の店でも出しているので、出先で積極的に食べるようにしている。辛すぎない、お肉の旨みが効いたカレーで美味しかった。

その後は部屋に戻り、調べ物の続きをした。

ビーフカレー

 

20:00

予定より10分早く到着する見込みとのことで、下船の準備を始める。20時間の船旅なので、長いし退屈するかと思ったが、全く退屈せず楽しく過ごせた。
船旅、いいなあ。

船の中でできることは限られているし、他にすることもないからか、やりたい作業に集中できた気がした。それに、電車やバスなどの他の公共交通機関よりも自由に歩けるスペースが広いし、食事も取れるし、横になって眠ることもできるので、揺れにさえ慣れてしまえば随分快適に旅ができると思った。
帰りのフェリーも楽しみだ。

 

20:20

下船。さすが港町、風が強い!パートナーに「かぜつよ」とLINE。

敦賀ターミナル

20:30

JR敦賀駅行きのバスが来たので乗る。ここでもギリギリまで調べ物をする。

今日は日記を書くか調べ物しかしていない。でも、全く苦にならないし、むしろ楽しい。こういうものは自分の能力だと言っていいのかもしれない。もっと生かしていけたらいいのだけど。

 

20:45

JR敦賀駅到着。駅直結のセブンイレブン敦賀土産を買う。「越前くるみもち」。お餅もくるみ味のお菓子もどちらも好きなのでこれしかないと思って購入。

20:50

ホテル着。早速、越前くるみもちを食べる。5個入りなのだが、1個ずつ不織布で包まれており、開けると、きなこがかかったお餅が出てきた。黒蜜をかけて、爪楊枝でいただく。うーん美味しい。思っていた通りの味!

明日以降もちょっとずつ食べたいと思ったのだけど、この箱をリュックに入れる余裕はないし、箱から出しても鞄にきな粉が着いてしまいそうだったので、結局今晩3個、明日朝2個食べることにした。美味しいし幸せなのでOKです。

 

30歳の誕生日と開業して半年の日に思うこと

11月25日、30歳になった。
そして店は、開いてからちょうど半年を迎えた。どちらも数字に過ぎないけれど、胸の奥では確かな輪郭線が浮かび上がるのを感じる。

歳を重ねることは、経験や記憶を蓄積することだと考えていた。だけど最近ふと思うのは、歳を重ねるということは、同時に「削ぎ落とす」ことでもあるのではないかということだ。

外からもたらされる期待、時には圧力、求められる役割、あるいはペルソナ。そうした薄皮を、一枚ずつ削ぎ落としていく。刃を当てるように、日々の選択が自分という塊を少しずつ研ぎ澄ましていく。そうして残った輪郭は、より鮮やかに見えるだろう。

そんなふうに歳を重ねることを、私は想像する。

店は半年経ち、ようやく「場所になり始めた」という実感が少しだけある。
日によって静かだったり、光が濃かったり、人の気配が揺らいだりする。その揺れが、店の呼吸のように思える。

30歳になってみて思うのは、人生は劇的に変わるものではない、ということだ。
変わる瞬間は一瞬に過ぎず、人生の大半は、変わりたいと思い続けてきた年月と迷いと停滞でできている。

29歳。退職届を出すのも、ほんの一瞬の出来事だった。だけど、その一瞬に至るまでの逡巡や葛藤こそが、今の自分を形作っている。これだけは確かに言える。数えきれないほど悩み、ためらい、自分の望みを問い続けた時間があった。
その時間が、いつしか自分にとって不必要となったものを削ぎ落とし、磨き、本当に欲しているものの輪郭を浮かび上がらせてくれた。

刃を当てるように、日々の思考や選択を通して、自分の形は少しずつ研ぎ澄まされていく。

自分にとって大切なものは、削ぎ落とされた後にある。それは光を帯びて見えてくるだろう。

店を始めて半年。

未来がどのように形作られるかは、まだ霧の中にある。迷いと停滞の年月は、石のように重く、それでいて美しい。

だから私は、足元にある輪郭を確かめながら進むこと。
削り出したものに宿る光を信じること。
それこそが、これからの自分を導く道のように思える。

分かり合えなさを抱えて

朝の散歩を終えてから、水を飲み、ソファに横たわる。

昨日のことを思い出していた。

同棲しているパートナーが歯が痛いのだと言う。虫歯の痛みではないらしい。

それに対して私は「あら、そうなの。…どうしたら良くなるんだろうね?」と言った。

そのことについて。

 

5年前、適応障害で休職した時。

今も通っている心療内科で、「あなたは共感能力、特に認知的共感能力が人よりも弱い可能性がある」と言われた。

 

心理学によると、共感には二種類あるのだという。

認知的共感と情動的共感だ。

認知的共感は、相手が何を考えどう感じているかを推論・理解してなされる共感のこと。

一方、情動的共感は相手の悲しみに自分も悲しくなる、といった感情の共有や移入を伴ってなされる共感のこと。 

具体的な例を出せば、前者は、友人が悩んでいる時に、相手の状況や考えを理解し、「それは大変だったね」と適切な言葉をかけることができる能力。 

後者は、悲しんでいる人を見て自分まで悲しくなったり、喜んでいる人に影響されて自分も嬉しくなったりする現象。

私は、このうち認知的共感が苦手という特徴があるらしい。

 

小学生の頃の記憶が思い出される。

体育の授業中に同級生が怪我をした。私はその様子をまじまじと見つめていた。

すると周囲の子たちが怪我をした同級生に駆け寄って「大丈夫?」とか「痛そう」とか顔を顰めながら言う。

一方で私は、自分が怪我したわけでもないのに何故そのような顔になるのだろう、とか、治療に専念したいだろうから無闇に近づかない方が良いのではないかと思っていた。

すると、隣にいた女の子が「なんで見てるだけなの?怖いんだけど」と不満そうな顔をして私に言うのだ。

 

今でも鮮明に覚えている。

 

この場面から私が得た教訓は、

誰かが怪我をした場合は、顔を顰めて「大丈夫?」などと心配する声掛けを行い、自分に何かできることはないか考える素振りを見せるのが正解らしいということだった。

 

ずっと、このようにして学んできた。

素の自分では、相手の感情を自然と思いやることが難しい。

今相手は何を感じているだろうかと、自然と想像することがどうにもできないのだ。

だから、失敗して、嫌われて、苦しくなって、学ぶ。

そうして積み重ねた「学習の辞書」が、私の、人とのコミュニケーションにおける生命線だった。

 

話は最初に戻る。

 

彼は歯が痛いと言った。

その時に、まず私が最初に思ったのは「なんて返そう」だった。

こんな時には何を言うのが良いんだっけ。

そして、咄嗟に出てきたのが先ほどの言葉だった。

彼の歯の痛みはわからないし、自分は現在痛みを感じていないから彼の気持ちはわからない。

想像しようにも想像が上手くできない。

 

でも、彼の痛みが早く和らげば良いなと思った。

 

昨日の会話を思い出しながら、あの時、もっと別の声かけができたのではないかと思った。

大切なパートナーが痛みを感じているというのに、自分の心情には何も波風が立たない。

ただ「情報」として残るだけだ。

これは生まれつきの特性なのだと頭では理解していても、目の前の人の痛みをわかってあげられない自分が、どうしようもなく嫌になる。

 

あの時も、あの時もそうだった、と思う。

いつも人との間には分厚い壁があるように感じる。

 

子供の頃、自分はエイリアンなのだと思った。

同じ世界で、同じ言葉を話しているけれど、誰も私のことをわかってくれないし、私もみんなのことがわからない。

 

寂しかったんだと思う。

 

私の素の感覚は、人から見るとおかしく思えるらしい。

怪我している子はそっとしておこう、とか、他にも色々。

人の気持ちはわからなかったけど、人から嫌われるのは辛かった。

だから、正解の対応をひたすら学んで、それを身につけていった。

そうして私は大人になった。

 

歳を重ねるだけ経験も蓄積して、私は少しずつ自然に振る舞えるようになったと思う。

心療内科の先生からも、一見してはわからないくらいに周囲に合わせて振る舞えていると言われた。

 

でも、本当は「合わせている自分」を演じたくなんてなかった。

ありのままの私を受け入れてほしかった。そんなこと、到底無理だってわかっているけれど。

 

文章を書こうとすると、つい過去の辛かったことばかり思い出してしまう。

本当は楽しい文章を書いた方が読む人も楽しいってわかっているのに、キーボードに向かうと、どうもそれができない。

 

わかってほしかった。受け入れてほしかった。

ずっとそうしたことばかり書いてきたような気がする。

どうしてそんなにわかってほしいんだろう。わかってもらえたからって一体何なんだろう。

わかってもらえても、わかってもらえなくても、自分は自分でしかないのに、どうしてわかってもらいたがるのだろう。

 

今日、私のエッセイを読んだ母親から感想が届いた。

胸の奥に複雑な痛みが走った。私は泣いていた。

 

何年経っても許せないことがある。忘れられない言葉もある。

でも、どうにか理解するためのさまざまな言葉も同時に浮かんでくる。

 

過去の母親と今の母親は別の人間として考えなければとか、母親が育ってきた環境を思えば仕方がなかったのではとか、あの時は母親も余裕がなかったのではとか、自分の言い方が悪かったとか、自分も無知で幼かったとか。

本を読んだり、人から聞いたりして、理解してきたことたち。

人の感情の動き、その背景、成り立ち、移ろい。

 

それでも、どうしてもダメだった。涙が溢れて止まらない。

 

そうして、思った。私は理解してほしいのではなかった。

理解を示してほしかったんだと。

 

私はたしかに人とどこか違っていたのだろう。

その感覚は物心ついた頃からずっとある。今もだ。

 

人の気持ちがよくわからない。

悲しいと言われても、その悲しみの輪郭はつかめない。痛いと言われても、その痛みの質感は伝わってこない。

でも、その人の苦痛ができるだけ早く和らげばいいと願うことならできる。

その祈りのような感覚だけは、確かに自分の中にあったはずだ。

 

ただ、それだけで良かったのだ。

正しさばかりを突きつけられるのではなく、「そういう考えもあるんだね」と受け止めてもらいたかった。

否定もせず、矯正もしない。ただそこにあるひとつの輪郭として、見ていてほしかった。

他でもない、いちばん近くにいた身内に。

 

そんな簡単なことを、なぜ誰もしてくれなかったのだろう。

いや、もしかしたらしてくれていたのかもしれない。ただ私が気づかなかっただけかもしれない。

それでも、今ようやくわかった。

自分は大人になってもなお、そんな小さな承認を求め続けていたのだということ。

 

その気づきと同時に、とめどない後悔が襲ってくる。

私は文章を書くことで、ときに私刑のように、母親を言葉で何度も裁いてしまったのかもしれない。

彼女はもう昔の母親ではないのに。月日は過ぎていくし、人は変わっていくのに。

母親を責めたい気持ちからではなかった。

当時の私に残ってしまった痛みを、痛みのまま残しておくのはあまりにも苦しかった。

言葉にしなければ生きていけないような苦しみがずっとあった。

私は書くということによって、どうしようもない過去に、ある区切りをつけたかったのかもしれない。

 

それでも、どんな理屈を並べても、胸の奥に残っているものはあり続ける。

それはたぶん、この先も消えることはないだろう。

 

人は完全にはわかり合えない。

私が誰かの痛みを本当に理解することができないように、母親もまた、私を完全には理解できなかった。

それは悲しいことだけれど、どうしようもないことだとも思う。

理解というものは、そもそも最初から不完全な形でしか存在し得ないのだと思う。

 

だから、私はその不完全さを抱えたまま、生きていくしかない。

誰かに理解を示すことも、誰かに理解を示されないことも、そのどちらも背負っていくしかない。

 

それでも、生きるとはきっとそういうことなのだろう。

完全ではない寄り添い、不器用なやり取り、伝わらない思い。それらを抱え込んだ上で生きていくのだろう。

 

帰り道、少し涼しくなった空気を胸いっぱいに吸いながら、こんなことを考えていた。

…理解されなかった過去も、理解されない今も、これからもずっと背負っていくしかない。

でも、背負い方だけは自分で選べるのだ、と。