気まぐれで我がままなアルペジオ

真面目に?ゆるゆると綴っていきます。 ほんのひと時でもごひいきを。

三浦さんからの年賀状

ここ数年(よほどじゃない限りは)元旦に届いていた、はずですが。

今年・2026年は5日でした。

待った甲斐がありました。

<m(__)m>ありがた<m(__)m>

 

母には「誰から?」と問いただされました。

母からすれば”三浦和人”や”雅夢”は名前を含めて知らない存在です。

いちいち説明するのも面倒です。

「ある意味先輩のような存在から(届いた)。」

と答えておきました。

 

この”ある意味”。

説明すると長くなるので簡単に触れておきますが――

雅夢の2人が卒業した大学と私が(かろうじて)卒業した短大。

それぞれの創始者が血縁関係があると、数年前にネットで知りました。

ただ、学校単位での交流は皆無なようです。

そんなわけで私は厳密には彼らの後輩ではありません。

それでも兄弟(兄妹)校のような・・・親戚校!?

 

ちなみに――

三浦さんには紙の年賀状を出していませんでした。

雅夢時代から出したことがないなぁ・・・)

日にち的に寒中見舞いに近かったから、メールにしよう、と。

届いたその日のうちに文章を打って送信しました。

内容的に年賀とは程遠かったもしれないけれど。

毎年恒例?のお正月の過ごし方、などなど・・・

どこに行っても人が尋常じゃないくらいの年末年始。

わざわざそんな時期に旅行に行こうとは思えないのです。

経済的な理由は抜きにしても。

ゆっくりのんびりしていたいから、ほとんど家で過ごしていました。

何をして楽しんでいたのやら?

 

元旦は別所帯の兄夫婦が午前中に来て夕方過ぎまでいました。

その日のうちに帰りました。

兄夫婦の子供と泊りがけで来ていた時期もありました。

子供がある程度の年令になってからはほとんど日帰りでした。

そしてその子は大学入学を機に遠くに住むことになりました

その頃から年末年始にかかわらず、帰省自体が稀に。

(1人で何をしていたのやら?)

卒業後は休暇が取りづらい職種に就職。

兄夫婦のみで、その子だけいないってことが珍しくなくなりました。

自身の生活ペースを持つようになるのは普通です。

わざわざ一緒に行こうと思わなくなるのも当然でしょう。

兄の妹である私は、間柄的にその子の叔母です。

さすがに小さい時のような対応はできません。

馬鹿にしているんじゃないのかと思われかねないから。

いいように見られたい、なんて欲はかけらもないのだけど。

 

ただ、私と母からすれば、ずいぶん楽になったのも事実です。

3人で来られても諸々の準備をするのが大変だったんです。

泊りがけだった時期は特にそう。

その子の幼少時でさえ、布団を置く場所の確保が難しくて。

 

自虐的かもしれないけれど、私って出来そこないの叔母さんだし。

偉そうに言える立場じゃありません。

2026年・午年に何となく思う

新年のご挨拶。

明けましておめでとうございます<m(__)m>

 

2026年が明けちゃいました。

毎年のことだけど、どんな1年になるんだろう?

過度な期待はいけないと思いつつ、ついどうしても、ね。

 

ところで。

働いて働いて・・・2025年の流行語?

それとも(限定的な)ムーブメント?

強調したいがために何度も繰り返された「働いて」

過去に逆戻り的な”働き方改革”で身体を壊しては元も子もありません。

当事者が言いたかったこととは違って受け取られたようですが。

配慮が足りなかったことは否めないでしょう。

健康に勝る財産はない、とささやかながら言いたいです。

2025年に限ったことじゃないんだけど。

 

私の今年の目標は・・・ないです。

目標のためだけに日々を過ごすのは息苦しいんだもの。

2025年の反省!?

反省=己(おのれ→自分自身)を省みること。

 

あるかなぁ・・・?

”世間”的な真っ当な生き方じゃなかったのは確か。

(何が”真っ当”なのかは人それぞれの”物差し”&”基準”なのでしょうが)

早いうちにレールから脱線しているから。

表向きはともかく、陰で悪口を言われているのでしょう。

昔も今も不愛想なのは否定しません。

でも、偽(つく)り笑顔ができないのは百も承知です。

そんな噓の仮面をかぶるのはバレます。

自分自身を変えようとしたのは、10代半ばで終わったようなもの。

 

2025年に限ったことではないけれど――

若くない年令を理由にどうこう言われてしまうのが腹立たしいです。

反論しても非難の嵐なのがオチ。

私って誰かに何かを言う権利さえも認められていないのかな?

つまらない人生ではあります。

それもまた人生、かしらん。

 

「できないことを数えて暗くなるよりもできることを。」

なんて言うけれど。

できないものはどう逆立ちしてもできないんです。

数少ない選択肢から探すしかありません。

自分から近づく、と言うより自分に合いそうなものを選んで。

えり好み、とは違うんだけど理解されないんだなぁ・・・。

せめて今の年令の半分くらいだったら、と思います。

時すでに遅し、どころじゃありませんが。

せめて10代から20代半ばにかけてのはるか昔。

そう、ずっとずっと若い頃。

あの頃に専門家のカウンセリングを受けていれば、と思っています。

偏見があって平気で不適切な言い方をしていた時代だったから。

私もその中に埋もれてしまったのでしょう。

大腸内視鏡検査から2週間

あれから2週間が経ちました。

体調はまあまあです。

 

暴飲暴食、とまではいかないけれど食欲は元通り。

いつもと変わらず旺盛です。

食が細くなった、なんてとんでもありません。

だけど、体重が増えません('_')

四捨五入で50kgいかなくなったもの。

年令的に若かった頃――

それなりにダイエットに励んだ時期もあったけれど、効果は全然。

馬鹿馬鹿しくなってやらなくなってずいぶん経ちました。

憧れの?40kg台ではあります。

ただ、何もしなくてもやせていくのはどうかしています。

「顔がシワシワ。」

「やせ方が尋常じゃない。」

等々・・・母にはさんざん言われています(^^)

 

どこに食べた分のエネルギーが使われているのやら。

でも、身体のどこかに異常があるでもなく。

筋肉が必要だとしても、マッチョやムキムキな筋肉は私は要らないです。