忍者通訳の記録帖

気配の通訳・翻訳所。空気、沈黙、すれ違い、視点の跳躍──そしてたまに、自分自身。精度はいつも道の途中。  

#1221🍬ふしぎなメルモを、いま見た🌸

子どもの頃、
メルモちゃんは不思議で、可愛いアニメだった。 🍬✨
キャンディをなめると
大きくなったり、小さくなったりする。
それが面白くて、魔法少女だと思って見ていた。 🌈
大人のメルモちゃんは、
とてもきれいで、少し色っぽくて、
どうしてこんなに「お姉さん」なんだろう、と
子ども心に不思議だった。 💄
メルモちゃんが可愛いから、
大人になっても綺麗なんだろう、
そんなふうに思っていた気がする。 🌸
最近になって、
最初の話をちゃんと見た。 
そこで初めて、
メルモちゃんにお母さんがいないことを知った。
しかもそれは、
遠い昔の話でも、ぼんやりした設定でもなく、
交通事故で、突然亡くなっている。 🚗
小さな弟と、赤ちゃんを残して。 👶
お母さんは天国で神様に頼む。 ☁️
子どもたちが大きくなるまで、
あと少しだけ、生かしてほしい。
でも、それは叶わない。
理由は特別なものじゃなく、
ただ「そういう決まりだから」。
代わりに与えられるのが、
メルモちゃんが大人になれる力だった。 🍭
ここまで見て、
ああ、そういう話だったのか、と思った。
これは
可愛い魔法少女の話というより、
人生は途中で終わる、という前提を
最初から置いている物語なんだな、と。 ⏳
お母さんは戻らない。
時間も戻らない。
生活は途中で止まる。
でも、その未完は
きれいに片づけられるわけでも、
説明されるわけでもない。
ただ、
そういうものとして置かれている。
子どもの頃は、
そこに気づかなかった。
キャンディの色や、
変身の楽しさだけを見ていた。 🍬
今になって見ると、
あの「大人のメルモちゃん」は、
ただの変身後の姿ではなくて、
未完の状況を引き受けるための姿だったのかもしれない、
と思う。 🌙
改めて見ると、
この作品は、
慰める話でも、希望を語る話でもない。
でも、突き放しているわけでもない。
人生は途中で終わることがある、
その前提だけが、
最初から、静かに置かれている。 🕊️
子どもの頃には見えなかったけれど、
今になって、ようやく
その構造がわかった気がした。