世代が変わるとき、
部屋の中にあるものの多くは、
静かに役目を終える。
それは、壊れたからでも、
価値がなかったからでもない。
ただ、次の時間には
合わなくなったというだけだ。 ⏳
昔から、
物は世代を越えるたびに減ってきた。
江戸の町では火事があり、
明治や昭和には移動と貧しさがあり、
多くの家財は自然に失われていった。 🔥🌊
だから「処分する」という行為は、
意識されることすらなかった。
必要なものだけが残り、
残らなかったものは、
語られずに消えていった。 🍃
それが、この百年ほどで変わった。
工業化と大量生産によって、
一代では使い切れない量の物が
一つの家に集まるようになった。
衣服も、家具も、道具も、
壊れる前に次の時代がやってくる。 🧥🪑
災害は減り、
家は残り、
物は静かに積み重なった。 🏠
そして、
世代が交代するその瞬間に、
「残すもの」と
「残らないもの」が
一気に可視化されるようになった。
受け継がれなかった者達は、
誰かに拒まれたわけではない。
それらはただ、
次の生活に居場所を持たなかった。 ❄️
重すぎる服、
今の動きに合わない道具、
使い方が共有されなくなった家具。
それぞれが、
かつては合理であり、
最善であり、
時間の中で選ばれた存在だった。 🧵
「捨てる」という行為が
語られるようになったのは、
物が余ったからではない。
時間の速度が変わり、
生活の形が変わり、
役割の交代が
人の判断に委ねられるようになったからだ。 🌬️
残す役目と、
手放す役目。
それは対立ではなく、
循環の中で
自然に分かれた仕事に近い。 🔁
保存されることで
時間をつなぐものがあり、
更新されることで
次の時間が始まる。 ✨
受け継がれなかった者達は、
失敗作ではない。
役目を終えただけの、
過去の正解たちだ。 🕊️
物は、
すべてが未来に渡る必要はない。
減っていくこともまた、
長い時間の中では
ひとつの継承なのだ。 ❄️⏳