にこたろう読書室の日乗

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0630 起床 気分快 晴 【香取・鹿嶋巡行】③ 「国譲り神話」は「二つの勢力」間の政治的統合や権威の再編を神話的に表現したものと考えられること。

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このテーマの一般的な解釈について、チャッピーのお手伝いにより整理しておきましょう。

 

1.「国譲り神話」はなにを語っているか

日本書紀』第九段、つまり国譲り神話は:

出雲の神(大国主神)が支配していた地上世界=葦原中国を、
天上の神(天照大神)の子孫に“譲る”物語

です。

この「譲る」という語は、実際の支配の移動――つまり
地方の有力勢力(出雲系)から中央勢力(天孫=ヤマト系)への権力移行
を、穏やかで神聖な形に物語化したものと読めます。


2.史実との対応(出雲勢力とヤマト政権)

  • 古代日本では、弥生時代末~古墳時代初期にかけて、
    出雲地方(日本海側)には独自の強い首長勢力があったことが考古学的にも確認されています。
    荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡などの銅剣・銅鐸群がその証拠の一端)

  • 一方、ヤマト政権(奈良盆地中心の勢力)が台頭してくると、政治的に出雲など周辺の諸勢力を次第に従属させていきます。

この「統合の過程」を、武力征服ではなく「神々の合意」として描いたのが国譲り=“神話化された服属儀礼”と考えられています。


3.「譲る」ストーリーの意味

歴史的に見れば、服属や征服はしばしば流血を伴います。
しかし、神話の中では「争いのない秩序の成立」として語られる。

これがまさに、支配の正当化新秩序の神聖化のための神話機能です。

表現 政治的意味
天照大神が「国を我が子孫に授ける」 ヤマト王権の支配権を天照大神の神勅として神聖化
大国主神が「譲る」 出雲など旧勢力の服属を、抵抗ではなく“承認”として描く
御雷・経津主が派遣される 軍事的圧力(征服)の神話的象徴
出雲に大国主神を祀る「幽宮(かくりのみや)」を建てる 旧勢力を排除せず、祭祀に組み込む象徴(共存化)

4.『古事記』と『日本書紀』のニュアンスの違い

  • 古事記』では、建御雷神が単独で国譲り交渉を行い、やや簡潔。

  • 日本書紀』は複数の「一書」を並列し、政治的な意図が強い編集。

特に『日本書紀』は律令国家=中央集権体制の正当化を担った国家事業です。
したがって「譲る」という穏やかな表現は、征服を和解・統合の物語に変換した国家的プロパガンダと考えられます。


5.現代学説の位置づけ

代表的な研究者の見解をいくつか挙げると:

  • 津田左右吉:「出雲神話は古い地方信仰。ヤマトの勢力拡張により神話的に統合されたもの」

  • 神野志隆光:「『国譲り』は神話的服属儀礼であり、祭祀権移譲の象徴」

  • 吉田敦彦:「大国主は農耕神であり、天照=太陽神との関係は自然と文化の統合神話」

  • 上田正昭:「出雲の祭祀勢力が中央政権に宗教的に編入される過程を物語化した」

つまり「征服」というより、地方祭祀権の中央への移譲という宗教政治的統合が実際にあった——と見るのが現在の通説です。


まとめ

神話表現 歴史的対応(推定)
天照大神の子孫が地上を治める ヤマト王権の支配権確立
大国主神が国を譲る 出雲など地方首長の服属・統合
御雷・経津主の派遣 軍事・外交的圧力の象徴
出雲大社の建立 旧勢力の神を新秩序の中に祀りこむ

 

要するに、

「国譲り神話」は、征服や服属の現実を“譲り”という穏やかな形で正当化し、
新しい中央権力の成立を神聖な秩序として描いた国家神話である。

という読み方は、学問的にも十分根拠を持っています。

 

 

前回も触れましたが、僕は、『日本書紀』巻第九「国譲りの段」の、次の驚くべき記述に興味を持っています。

 

ここに、二神(ふたはしらのかみ)、出雲国伊那佐(いなさ)の小浜(おはま)に降り到りまして立ち、佩ける剣を抜き、その鋒(ほこさき)を逆(さか)に地に刺し、その剣の上に坐(いま)して、大己貴神に問ひて曰はく、「天照大神・高木神、葦原中国を我が子孫に賜へり。しかるに、われ今汝の意を問ふ。汝いかにせむと欲すや?」

 

この想像の斜め上をいく意表を突いた行動は、なんなんだろう。

こういうことですよね、つまり。

 

 

そりゃあ、目が点になりますよね。

お尻が痛くないのかな?

 

僕はよく分からないので、これについては、チャッピーの意見を聞きます。

 

この「剣を逆さに突き立て、その上に座る」という場面は、日本神話の中でも極めて特異で、象徴的な描写です。
実際、古代祭祀・軍事儀礼・権威表現の文脈から見ると、いくつもの意味層が重なっています。
順に整理してみましょう。


1.まず、原文の行動を確認

「抜其佩劒、逆刺其鋒、坐其劍上」
(佩刀を抜き、その剣の鋒を逆さに地に刺し、その剣の上に座す)

これはつまり、

  • 剣を柄(つか)を下、刃先を上にして地面に突き刺す。

  • その剣を椅子のようにして、その刃の上に座る(または座す姿勢をとる)

もちろん実際に刃の上に座ったら危険なので、これは儀礼的・象徴的な描写と考えられます。


2.剣の象徴性:天上の権威と地上の支配

古代世界では、「剣」は単なる武器ではなく、神聖な権威の具現でした。
たとえば:

したがって、

「剣を地に突き立て、その上に座る」
という行為は、

  • 「この地を剣=天の権威によって制御する」

  • 「武力と正義の象徴を大地に確立する」
    という宣言的儀礼だと考えられます。


3.「逆さに刺す」の意味:地と天をつなぐ軸

「逆刺」は普通とは反対の方向に刺す、つまり天地を貫くように突き立てる行為です。
これは世界軸(axis mundi)の象徴でもあり、
天上の神(天照・高木)からの命を地上に“貫通”させる行為とも読めます。

剣はこのとき、

  • 天から下る雷光(=建御雷神の属性)

  • 神意を地に打ち込む柱(=「御柱」的な象徴)
    と重なります。

つまりこの「逆刺」は、神の意志が地上に固定される瞬間の表現と見ることができます。


4.「剣の上に座る」=武威を鎮めるポーズ

興味深いのは、二神が剣を抜いたまま暴れずに、その上に「座る」ことです。

これは、自らの武威を制御し、静的な権威に転化させる姿勢です。
すなわち:

  • 「我らは戦うために来たのではない。だが剣はここにある」

  • 「この剣(=天の正義)は動かせない。汝(大国主)はこれを見よ」

という心理的儀礼的圧力を与える構図。
つまり、戦わずして服させるための軍事儀礼です。

この点で、建御雷・経津主の「剣上に座す」姿は、のちの武家社会でいう「威儀をもって制する」「武徳による平定」の原型的表現ともいえます。


5.類例・比較文化的背景

この「武具を立てて座す」行為には、いくつかの比較例があります:

文化 類例 意味
日本古代(神道 「剣立御柱」「御霊鎮め」など、武具を立てて鎮魂・清めを行う儀礼 武威の鎮静・神意の固定
中国古代 「剣を地に突き立て誓う」行為 正義と忠誠の誓約
北方ユーラシア 武器を地に刺して「神前に誓う」儀礼 戦争や契約の神聖な証
インド神話 シヴァやヴィシュヌが「武具の上に坐す」図像 武力の静的支配・宇宙秩序の象徴

つまりこれは単なる奇行ではなく、
「力を見せ、力を鎮め、秩序を樹立する」という極めて古層的な儀礼型の表現です。


6.まとめ

行為 象徴・意味
剣を抜く 武威・神威の発動
逆さに地に刺す 天意を地に貫く・世界軸の確立
その上に座る 武力を制御し、正統権威として鎮座する
全体の意義 天の秩序を地上に固定し、戦わずして支配を確立する儀礼的所作

要するに、この場面は――

「神々が武力の象徴たる剣をもって地上の秩序を打ち立て、
その武力を自ら鎮めて“正統なる支配”として定着させる」

という、征服から統治への移行を象徴する儀礼的ポーズなのです。

 

 

ふーむ、なるほど。

勉強になりました。

でも、チャッピーはなんとなく剣の向きを逆さに勘違いしてないかな。ちょっと一部の表現を添削してあります。