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この週末は、ずいぶん暖かくなるみたいですね。
桜もそろそろかな。
☆
じつはほかにも、いろいろいたらしい、作品を途中でほっぽり出した人たち。
いまさらあんまり言われたくないだろうなあ。
日本の文学史の中で、作品を途中で放棄したり、未完のまま残した人の例。
ご病気とかの、やむを得ない事情はありますけどね。

①古典文学の未完作品
テレビドラマで最近話題のこれ。
紫式部自身は『源氏物語』を一応完結させたものの、最終章である「宇治十帖」以降の物語が急に断片的になります。とくに薫の物語は未完の印象を与える部分が多く、続きがあったのではないかという説も存在します。
「巣守帖」は光源氏の死後の物語である「宇治十帖」の続編とされますが、これは別人が書いたものでしょう。紫式部の続編も別に存在したのかな。
源氏物語の続編とされる「巣守帖」の写本の一部とみられる文書(池田和臣中央大教授提供)
物語としては完結していますが、日記文学としては突然終わるような形で終結しています。これは当時の文学的な形式か、あるいは意図的な余白とも考えられます。
だいどんでん有るあるの最後の一文で衝撃を与えています。
捨て台詞みたいな「とまれかうまれ疾く破りてむ」がいろいろ物議をかもしてますね。

②近代文学の未完作品
これらは短編として成立していますが、構想段階ではより長い歴史小説の一部だった可能性があるそうです。
鷗外は多くの歴史作品で詳細な史料調査を行うため、構想倒れになることもありました。
夏目漱石 - 『明暗』
これは最も有名な未完の小説のひとつです。『明暗』は夏目漱石の最後の作品ですが、 執筆中に夏目漱石は持病の胃潰瘍が悪化してしまい、そのまま帰らぬ人となってしまい、物語は途中で途切れています。
後に弟子たちが続編を試みたものの、漱石の真意は不明のままです。

太宰治 - 『グッド・バイ』
太宰が自殺直前に執筆していた作品で、ユーモラスな文体が特徴ですが未完のまま残されました。生前の暗い作風とは対照的な内容で、未完成であることがかえって読者の想像力を刺激します。

③ 現代文学の未完作品
村上春樹 - 未完の短編や断片的なエッセイ
村上春樹は短編やエッセイで「未完」の形を意図的に用いることがあります。特に『1Q84』の続編や関連作品については、読者に解釈を委ねる余白が多く、意図的な未完とも取れます。

「紀州」シリーズとしてさらなる発展が期待されていましたが、作家の早すぎる死により構想が途絶えました。作品自体は完結していますが、全体像としては未完と言えるでしょう。
④なぜ未完になるのか?
作家の死去(例:漱石、太宰)
構想の膨大さ(例:村上春樹、中上健次)
意図的な曖昧さ(例:紫式部、村上春樹)
執筆のモチベーション低下やスランプ(とくに現代作家で多い、江戸川乱歩とか!)
未完の作品には、完成された物語とは異なる「余白の美学」や、読者が想像を膨らませる楽しみが残されていますね。
でもあんまりイミフなのは困ります。
最終的に、忘れられちゃう。