更新日:2025年06月27日 12:37
エンタメ

「毒舌キャラは求められていない」青木さやか、タレントとしての“価格”を突きつけられた日。裏方仕事で見えた現実

2000年代、「どこ見てんのよ!」のギャグで一世を風靡した青木さやかさん。現在もテレビや舞台出演を続ける一方で、近年では自らトークイベントを主催したりYouTubeチャンネルを始めたりと、「自分目線」の発信が増えている。ブレイクから約20年、仕事との向き合い方に変化はあったのかを聞いた。

青木さやかさん。白シャツの似合う柔らかい表情が印象的だった

求められることに答えたい

ーー’25年に4月始めたYou Tube「青木さやかのどこ見てんのよ!チャンネル」では、ルームツアーの再生回数が69万回を超えるなど注目を集めています。ご自身が発案して始められたのですか。 青木さやか(以下、青木):友人の誘いに乗った形ですね。普段作っている料理だったり旅行の記録だったり、基本は自分にとって興味のあることを発信しています。 ーー「どこ見てんのよ!」の時代は毒舌キャラの「バラエティタレント」として青木さんを認識されていた方が多いと思いますが、現在ではほかにもエッセイの執筆やテレビコメンテーターなど、多方面で活躍されている印象です。仕事の受け方において意識されていることはありますか。 青木:基本的にいただいた仕事は、特別な理由がない限りは断らないスタンスです。 私、というかタレントとしての「青木さやか」って、主張が強そうなキャラクターに見られることが多いんですね。ただ実際のところは何か強いこだわりを持っているわけではありません。基本的には求められることに答えていきたいと思っています。肩書についても、見る人が好きなように決めてくれればいいという考えです。

いただく仕事が自分にとっての「答え」

「人生の節目は人が変わっていくチャンス」と青木さん

ーーYouTubeを見ていても、こうしてお話していても、テレビでお見かけしていた時代とは異なる柔らかい印象を受けます。意識的に発信の仕方を変えられているのでしょうか? 青木:「どこ見てんのよ!」をやっていたのがもう20年近くも前ですから、自然と変わっていった部分も大きいとは思います。 強いて言うならば、私生活も仕事上も含めて、様々な「変化」を経験したことは大きかったかもしれません。38歳のとき、離婚を経験してシングルマザーになりました。その後は過労を経てパニック障害になり、肺がんも経験しました。47歳のときには、実の母を看取る経験もしています。 私は、人生の節目は人が変わっていくチャンスだと思っています。特に40代後半からは、それまでの生き方を反省して「嘘をつかない」「悪口を言わない」「やさしい顔つき」「悪い態度をとらない」「ていねいな言葉遣い」「約束を守る」「悪い感情を出さない」「不貞腐れない」という8つのルールを自分に課すようになりました。最初の頃は気づいたことをノートに書いて、定期的に見返していました。今は、仕事帰りの車の中や寝る前などでタイミングを設けて、振り返りの時間を作るようにしています。 自分を変えるというのは決して簡単なことではなく、今も変わろうと努力している最中ですが、そのことは見る方の印象に多少なりとも影響を与えているのかもしれません。
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自分の中にあの頃の「青木さやか」は残っていない
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一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。 Xアカウント: @osomatu_san

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