昨年の鹿折中学校25回生関東同級会以来 3カ月ぶりです。
ラウンドマーク69階から眺めた横浜の街の360°のマジックーアワーは 展望台を一周して見ても心残りで 2周目でも立ち去り難く 「もう一周したら帰ろうね」と言う程 まったりした時間でした。
その後 食事のためタワー下に降りると 目の前の「日揮・本社」ビルの扉が 大きく開いてました。
私は 何のためらいもなく 人と花の少ない献花台上の記帳ノートの前に進み 名前を最後のページに記帳させて頂きました。
誰が献酒したのか 志津川中学から一の関の学校に行った方が 好きで飲んだお酒なのか。。。
ただただ亡くなった方への想いを馳せるだけでした。
長い鎮魂の祈りとなった私を 沈痛な顔でKちゃんが待っていて その隣に見知らぬ女性が立ってました。
その女性は新聞社の方で
「本日どのようなご縁で こちらに献花にいらしたのですか。 今日が最終日で 本来なら5時半で終了するはずが どういう訳か6時過ぎても献花できるのを御存知でしたか。」と 色々聞かれました。
「何も知しりませんでしたが 私たちの故郷に近い 南三陸町出身で犠牲になった方がいて 日本のために企業戦士として送りだされた方々のお陰で 私達はエネルギーの恩恵を受けています」
「帰国して地元で開催される同級会に出席するつもりでいたようで そのお母様へも楽しみに待っていた。とニュースで知っていました。
特にその方には 成仏して頂きたかった。」と 新聞社の方に伝えてました。
同級生同士の私達が この場所に慰霊で来るのを時間外でも 待っていたのかな・・・としか思えないですもの。
頭脳明晰な魂が 再び三陸に生まれ変わることを願って祈りました。
突然亡くなった人の魂が 自分の命が尽きたことを自覚できず その地に留まることがありますが
亡くなった方の生前の功徳を口に出して讃えることが供養となり そのために私がそのも場所に呼ばれたときは祈ります。
人は出逢って別れ 忘れられない日々と想い出が残り そうして私達は生きて行くのかと思います。
この度のご案内役Kちゃん 本当にありがとうございました。

