私は、一つの会とか団体の名前で、特定の思想を、さも「会員の総意」のごとく発表することが、到底理解できない。なぜなら、会員が2人3人程度ならまだしも、赤の他人たちによる、数十人数百人の集団になれば、意見を異にする人らが絶対に存在するからだ。会の全員が完全に同じ思想であったら、それこそ独裁国家並みの異常さだ。それら反対意見を無視し、「我が会はこう考えます」のような全体としての主張は、虚偽であり、耳を傾ける必要すらないと思う。
たとえば、日本学術会という組織が、「軍事的な利用につながる」という可能性を見つけると、ことごとく否定する姿勢。彼らだって多用しているはずのインターネットだって、もともとは軍事目的で開発されたものだ。
たとえば、日本弁護士連合会(日弁連)が、2016年、突然、福井市という、日本中の弁護士が通常業務をしている都市部からは遠距離の土地で集会を開き、「2020年までに死刑廃止」を一方的に「多数決」により可決してしまったこともしかり。
で、最近、似たようなニュースを耳にした。
日本ペンクラブという、作家たちからなる組織が、日本人による外国人差別を許さないという声明を出したそうだ。が、これって、ペンクラブに1500人は属している、全会員100%の総意ではあるまい。それなのになぜ「会」として発表をするのか? 桐野氏個人で発表するなら自由だが。
「外国人に対する差別的な主張が見られる」と非難声明に述べているようだが、実際、外国人犯罪は枚挙にいとまがないのである。確かに、根拠のない外国人差別は正しくないが、差別される側に落ち度があることなら、それは批判されてやむないことであり、「批判」を「差別」とすりかえるなら、悪行をされっぱなしではないか。ましてや、こういった声明には、不法滞在外国人、犯罪外国人によって、実際に被害をこうむっている日本人への同情が感じられないのは私だけだろうか。外国人が差別されていることに批判はしても、日本人が差別されていることに「それは我慢すべき」と言っているように思えてならない。
外国人らが、郷に入っては郷に従う住み方をしないから問題が生じているのである。
「このまま社会が壊れていくのを見過ごすことはできない」
と桐野氏は述べたようだが、社会を壊しているのは、当の不法外国人、犯罪者外国人らではないのか。
