失われる教育の場…原子力人材育成へ、存在感増す〝世界最小レベルの原子炉〟
低出力、企業の研究利用でも注目
脱炭素化へ向け、政府は第7次エネルギー基本計画で原子力の最大限活用へと方針を転換した。原子力発電所新設や立て替えが見込まれ、新型炉研究の加速が求められる。さらに宇宙や医療分野など原子力活用の幅は広い。重要性が高まる原子力人材だが、今、その教育の場が次々に失われている。存在感を増しているのが、近畿大学の教育用原子炉だ。出力わずか1ワットと世界でも最小レベルの原子炉だが、1ワットだからこその価値が見えてきた。(曽谷絵里子)
「ゼロ出力炉」。近大原子炉「UTR―KINKI」はそう呼ばれる。豆電球の発熱量以下で、冷却は不要だ。安全性が極めて高く、学生が起動から臨界調整、出力変更、停止まで一連の操作を自ら行える。
日本初の民間原子炉として1961年に稼働し64年を迎える。この間、東京大学など全国5大学に設置された原子炉は次々に運用を終了。2026年には京都大学の2基のうち、研究用原子炉(KUR)が廃止される。さらに京大の臨界集合体実験装置(KUCA)は新燃料対応へ向け停止中で、現状は近大原子炉が唯一の学生実習の場となっている。
他大学から多くの学生を毎年受け入れており、「未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム(ANEC)」の実習教育拠点として体系化。近大原子力研究所の若林源一郎教授は、「シミュレーターでは得られない、実際に原子炉に触れる経験が大切」と強調する。出力1ワットでも保安規定や放射線管理は本物。安全を担保しながら、学生が自ら考え試せるのは1ワット炉ならではのメリットだ。
安全性の高さから一般にも開放。87年から続く中学校や高校の理科教員を対象とした研修も人気だ。さらに中高生向けの研修会も開始。募集定員の5倍以上の応募があり、半数以上が女子生徒だった。若林教授は、「原子力に興味がある若い世代は多いと気付かされた」と言い、彼らが希望を持てるよう「原子力の将来像を示すことが大切」と指摘する。
1ワットという低出力は企業などによる研究利用でも注目されている。研究では主に中性子発生装置として活用されるが、例えばがんの中性子治療向けの機器開発などには1ワット出力の微弱な中性子強度が適している。また、近年は海外からも熱い視線が注がれる。原子力黎明期に多く作られた教育用原子炉だが、60年以上を経て世界でもほとんど残っていない。ここに来て「世界が近大炉の魅力に気付いたようだ」(若林教授)。実際に国際原子力機構(IAEA)や米エネルギー省までが若手職員の研修などに近大炉を活用する。
ニーズは増大し続け、近大原子炉は点検や検査などを除いてフル稼働状態だ。「(教育用原子炉の)新設が望ましいが現実的ではなく、今ある原子炉をいかに使い続けるかが求められる」(同)。近大炉も老朽化が気になるが、実際にはその不安はほとんどないという。運転中も温度上昇がなく、設備への負担が少ない。さらに設置以来64年間のウラン燃料消費はわずか1ミリグラムほどで、使用済み核燃料の発生はゼロだ。
一方で、経済負担は重くのしかかる。近大炉は人件費などを除いても年間維持費約2億円の赤字施設で、現在求められているウラン燃料の低濃縮化対応に向けさらに億単位の負担増が見込まれる。
近大は維持を目指しているものの、貴重な国内原子炉実習の場の存在が私立大学の経営判断に委ねられた状態でいいかは疑問だ。国そして原子力に関わる幅広い産業界全体で人材育成のあり方を考える必要がありそうだ。