研究設備を共用化、先端装置や人材集約…「10年かけてでも変えていく」
文部科学省は国立大学などの研究設備を共用化し研究基盤を刷新する事業を始める。10年程度かけて共用拠点を約20カ所整備し、先端的な装置や人材を集約する。競争的研究費の使途は共用装置の利用が基本となる。さらに共用拠点は産業界と連携して技術開発や人材育成に取り組み、予算や人材などを獲得しながら運営する仕組みとする。大学は企業と共同で拠点の運営計画を練る必要があり、この巧拙が大学経営を左右する。(小寺貴之)
組織管理で稼働率向上
「10年かけてでも変えていく。非効率な仕組みを改める」―。内閣府科学技術・イノベーション推進事務局の井上諭一統括官(前文科省科学技術・学術政策局長)は強調する。井上氏は文科省で共用システム構築の長期実施方針をまとめ、内閣府では司令塔として推進する立場に就いた。共用拠点を整備して先端装置が適切に運用・利用される環境の構築を図る。
ある国立大は220台の機器を共用設備として運用し、大学全体では9千数百台の機器を保有する。共用化率は2%強。大部分の装置は週に1回使うかどうかと稼働率は低い。
装置の保守管理は研究室の学生が担う。他の研究者が使おうとしても装置の管理状態や性能を信頼できない。結局、研究者は新しい装置を購入して実験し、使い終えると死蔵する問題があった。内閣府の井上統括官は「購入した装置を有効に使うだけで大学は成長への原資を捻出できる。海外では当たり前のことができていない」と説明する。
これは文科省にも責任がある。国立大学の法人化以前は、高価な装置を導入する際には各研究者は大学本部に掛け合っていた。大学として投資を判断し、採用された研究者が装置を運用する。他の研究者の利用状況と管理体制を固めてから購入していた。
この仕組みが競争的資金の導入拡大で変わった。研究者は大学でなく、国に装置導入を願い出るようになる。国家プロジェクトなどへの研究計画に装置を盛り込んで提案し、計画が採択されたら購入する。大型の競争的資金は数億円の装置を導入でき、大学内部での調整に時間を費やす必要もない。科学技術振興機構(JST)の橋本和仁理事長は「競争的資金と共に個人管理が広がっていった。共用化はこの流れを組織管理に戻す取り組みだ」と説明する。
競争的資金を潤沢に取れるトップ大学ほど装置を抱えているが、共用化する動機は乏しい。東京理科大学の石川正俊学長は「お金持ちな研究者の声よりも苦労人の知恵を入れて制度を設計する必要がある」と指摘する。
共用装置は大きく三つに分類できる。一つ目は冷蔵庫やパソコン、電子てんびんのような“必需品”だ。生命科学なら細胞培養のインキュベーターや光学顕微鏡、材料科学ならドラフトチャンバー(局所排気装置)や電気炉など、分野によって多種多様。数が多く、研究室単位でも把握しきれていない物もある。
二つ目は電子顕微鏡や核磁気共鳴装置(NMR)などの“先端装置”で、導入時や運用時に技術開発を伴う。例えば電子顕微鏡の試料ホルダーは工夫次第で解像度や見える元素の種類が変わる。専任の技術者が運用し、研究者の要望をくみ取って開発する体制が求められる。
三つ目は研究開発拠点そのものだ。一つの先端装置ではなく、研究環境自体を共用する。例えば半導体分野ではクリーンルームに必要な装置を並べて製造から評価まで完結させる。そのため拠点単位での共用や運用が当たり前となった。ただ運営費が高額なため、大学経営の重荷となる。“必需品”は機器の把握、“先端機器”は運用する技術者の確保、“拠点”は拠点の経営自体が共用に向けた課題になる。
産学連携し技術開発・人材育成
文科省は2026年度予算の概算要求に先端研究基盤刷新事業(EPOCH)を盛り込む。共用拠点を運営する大学には装置と人材の配置計画やデータ流通、標準化へのビジョンを求める。必需品の共用にとどまらず、国産次世代装置の開発や産学連携を促す。純粋な共用化だけでは事業成長は望めないと見込まれるためだ。
例えば数億円の先端計測装置を導入して研究者から利用料を取るとしても、周囲の大学に競争的研究費を獲得できる研究者がいないと利用されない。東京や京都、大阪、つくばといった研究機関の集積地では成り立っても、地方大学では困難と言える。遠隔の受託体制や地域、産業界からの利用は必須だ。
また1台の装置が最先端である期間は数年と限られる。電子顕微鏡なら試料加工装置や関連測定機器など、周辺設備も含めて差別化する必要がある。さらに1大学では装置を運用する技術者を持続的に育成できない。技術者の処遇改善や能力開発などの人事制度を整えて機能させるには規模と組織化は必須だ。結局、研究環境そのものが競争力になり、共用拠点の経営を産業界と考えることになる。
成功例はある。文科省の審議会では英リバプール大学を視察し、共用拠点のモデルとしている。リバプール大は英ユニリーバと戦略提携を結び、研究拠点「マテリアルズ・イノベーション・ファクトリー」(MIF)を立ち上げ、21年には8100万ポンド(当時の為替で約120億円)の設備投資を協力して進めると発表した。産学官で設備投資を行い、ユニリーバの施設利用料で拠点運営費をまかなっている。安定収入があるため、他の大学や企業に高度な研究サービスを提供できる。
視察した大阪大学の小野寛太教授(高エネルギー加速器研究機構特別教授)は「MIFは製造プロセスまでカバーする。基礎研究だけでなく、実用を見据えた研究に特徴がある」と指摘する。ユニリーバが手がける洗剤やシャンプーなどの材料を自動実験装置で高速探索し、事業化に向けた生産性も検証できる体制がある。東京大学の一杉太郎教授は「企業経営の利益となるよう研究の自動・自律化を提案している。経営が分かる研究者が絵を描いたのか、企業と一緒に作ったのか」と思案する。
日本にMIFモデルを導入するには大学研究者の思いだけではなく、産学で運営モデルを練る必要がある。言い換えると、産業界が支えられる範囲でしか共用拠点の成長は成り立たない。事業成長がなければ装置を集約して効率化するだけの場となってしまう。文科省でEPOCH事業を設計する馬場大輔参事官は「共用拠点を協働と成長の場としたい。審査では大学としてどんな中長期戦略を持っているか問うことになる」と説明する。26年度の事業開始まで残り8カ月。産業界を巻き込むには長いようで短い準備期間になる。