宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、H3ロケット8号機の12月17日の打ち上げ中止について、記者会見を同日開催。発射約17秒前に冷却水注水設備の異常を検知し、打ち上げシーケンスを緊急停止したという。機体とペイロードに異常はないものの、延期後の打ち上げスケジュールについては未定としている。

  • JAXAの有田誠H3プロジェクトマネージャ 出所:H3ロケット8号機に関する記者会見(JAXA公式YouTubeチャンネル)

    JAXAの有田誠H3プロジェクトマネージャ 出所:H3ロケット8号機に関する記者会見(JAXA公式YouTubeチャンネル)

既報の通り、H3ロケット8号機による準天頂衛星システム「みちびき5号機」の打ち上げは当初12月7日を予定していたが、「第2段に搭載している慣性センサユニット(IMU:Inertial Measurement Unit)に確認が必要な事象が認められた」としていったん延期。原因を特定し対策処置を完了し、新たな打ち上げ日時を12月17日午前11時11分00秒に変更していた。

17日のライブ中継では打ち上げに向けたカウントダウンが順調に進んでいたが、発射30秒前頃のウォーターカーテン散水開始のアナウンス後、約17秒前になってカウントダウン音声が止められ、SRB-3と第1段エンジンに着火しないまま発射時刻を迎え、「設備系に異常が発生したため、本日の打ち上げを中止する」との案内が行われた。

  • H3ロケット8号機の打ち上げの様子。この後、発射約17秒前になって打ち上げシーケンスを緊急停止した 出所:準天頂衛星システム「みちびき5号機」/H3ロケット8号機打上げライブ中継(JAXA公式YouTubeチャンネル)

    H3ロケット8号機の打ち上げの様子。この後、発射約17秒前になって打ち上げシーケンスを緊急停止した 出所:準天頂衛星システム「みちびき5号機」/H3ロケット8号機打上げライブ中継(JAXA公式YouTubeチャンネル)

  • H3ロケット8号機は打ち上げが緊急停止されたため、発射時刻になっても射場から微動だにしなかった 出所:準天頂衛星システム「みちびき5号機」/H3ロケット8号機打上げライブ中継(JAXA公式YouTubeチャンネル)

    H3ロケット8号機は打ち上げが緊急停止されたため、発射時刻になっても射場から微動だにしなかった 出所:準天頂衛星システム「みちびき5号機」/H3ロケット8号機打上げライブ中継(JAXA公式YouTubeチャンネル)

同日14時から開かれた記者会見で、JAXAの有田誠H3プロジェクトマネージャは、打ち上げシーケンス停止に至った状況と、冷却水設備の詳細について説明した。

今回のH3ロケット8号機の打ち上げでは、約10分前の11時1分頃に最終GO/NOGO判断を行い、打ち上げ33秒前のフレームデフレクタ冷却開始、18秒前のフライトモードオンまで順調に推移。しかし16.8秒前になって冷却水注水設備の異常を検知し、打ち上げシーケンスを緊急停止、17日の打ち上げは中止という決定に至った。

  • H3ロケット8号機 打上げシーケンス停止状況 (C)JAXA

    H3ロケット8号機 打上げシーケンス停止状況 (C)JAXA

射場の冷却水注水設備とは、ロケット発射時の高温かつ高速の噴流からフレームデフレクタ(ロケットの噴流の方向を変えるための耐火コンクリートの壁)や煙道を守るため、水タンクを窒素ガスで加圧して、噴流に向けて大量に注水し冷却するものだ。この設備には、フレームデフレクタ冷却水系統と、これと同様の仕組みを持つ煙道部注水系統がある。

冷却水はロケットエンジンの噴流に加熱され、大量の水蒸気が発生するが、これによってロケットエンジンが発する強烈な大音響を吸収し、衛星などのペイロードやロケットそのものを守る役割も果たしている。

なお有田氏によると、打ち上げ35秒前に散水開始される「ウォーターカーテン」と、今回問題が起きた冷却水注水設備は系統がまったく別で、役割も似て非なるもの。ウォーターカーテンは、機体から発する圧力波がフレームデフレクタで反射して上に跳ね返り、機体に悪影響を及ぼすのを防ぐために水の膜を張るというもので、フレームデフレクタなどの冷却水設備よりも水量は少ないという。

  • 冷却水注水設備の詳細 (C)JAXA

    冷却水注水設備の詳細 (C)JAXA

報道陣との質疑応答のなかで有田氏は、冷却水注水設備のタンク下流にあるバルブの下流側に圧力センサーがあり、規定の水量が流れると所定の圧力に達して検知する仕組みであることを説明した上で、「今回はその圧力センサーが(チェックポイントである16.8秒前に)規定の圧力に達しなかったのを検知したので、(システム側で)自動的に判断し、緊急停止がかかった」と話している。

有田氏はまた、「圧力センサーのデータからすると、本来流れるべき冷却水の量が足りなかった可能性が高いと思う。配管に穴があったとは考えにくい」との見方も示している。今回、フレームデフレクタの冷却開始(33秒前)から異常検知(16.8秒前)まで時間に開きがあるのは、「冷却水の流量は瞬時に立ち上がるのではなく、ある程度時間がかかる。規定圧力に達し(必要な)流量が出ているかを判断している」ためだとも話した。この水量の監視では圧力センサー以外の、たとえばカメラ映像などは使っていないそうだ。

この注水設備を最後に使ったのはH3ロケット7号機の打ち上げ時で、直近では8号機の打ち上げ3日前に点検を実施。そのときは水は噴射せずバルブが正常に動くかどうかを確認する内容で、結果は正常だったという。

種子島宇宙センターの射点は海のすぐそばにあるため塩害の影響は避けられないが、あらかじめ痛みそうなものを計画的に更新するといった老朽化対応を行っており、故障を未然に防ぐようにしてきたとのこと。なお記者会見に同席した担当者によると、この射点にある冷却水注水設備の不具合が原因で、ロケットの打ち上げが中止となるのはこれが初めてのケースだという。

ちなみに、今回焦点となっている冷却水注水設備のうち、煙道部注水系統については「H-IIBロケットの時代に導入し実績もある設備」(有田氏)とのことだが、フレームデフレクタの注水設備については大きな変更点がある。

具体的には、従来のフレームデフレクタの注水系統は軽油で駆動するガスタービンポンプを用いた方式だったが、H3ロケット4号機の打ち上げにあわせて、水タンクに水を充填して窒素ガスで加圧し注水するブローダウン方式に刷新して、システムをシンプル化。運用の確実化を可能にしたとしている(なお、注水タンク容量の制約の都合上、注水開始は53秒前から33秒前に後ろ倒しされている)。メインエンジンとSRB-3による噴流の熱に耐えられる量を出し続け、飛び立った後も注水はそのまま行っているそうだ。

質疑応答ではこの注水設備をガスタービンポンプ方式からブローダウン方式に変更したことの影響や、実際に注水系統のどこに異常が起きていたのか、前回の24形態のH3ロケット7号機の打ち上げが影響したかどうかなど、細かな質問も重ねられていたが、現時点では詳細を調査中だとしている。

  • フレームデフレクタの注水設備改修に関する資料。「H3ロケット6号機(30形態試験機)及び1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)概要」より抜粋 (C)JAXA

    フレームデフレクタの注水設備改修に関する資料。「H3ロケット6号機(30形態試験機)及び1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)概要」より抜粋 (C)JAXA

今回、射場設備で問題が起きH3ロケットが発射中止になったことについて、有田氏は「設備もロケットシステムの大事な要素だ。ロケットの機体同様に大事で、複雑なシステム。多くの機器が決められたタイミングで決められた動きをしないと、打ち上げは成し遂げられない。事前点検を行い健全性を確かめているが、打ち上げ当日の最終カウントダウンの中で(問題が)起きてしまったことには重く受け止めなければならない」と述べ、関係各所や打ち上げを心待ちにしていた人々への謝罪の言葉を口にした。

機体とペイロードに異常や損傷はないものの、17日の打ち上げは中止となったためロケットに注入した燃料については廃液作業に入っており、作業が問題なく進めば同日23時頃に機体を大型ロケット組立棟(VAB)まで戻すことになるという。有田氏は「(原因次第ではあるが)我々としては予備期間内になんとか打ち上げることをまずはめざしたい。できるだけ早く打ち上げ再開にこぎ着けたい気持ちはあるが、しっかり原因を究明することが何より大事。(調査にかかる時間や、年内の打ち上げ可否については)何とも申し上げられない」と述べた。