栄養療法を変えました。藤川徳美Drのメソッドから自然療法へ

藤川先生の方法を踏襲して1年半以上で

あり、迷いましたが、方法を大きく変え

ました。

 

藤川メソッドは、サプリメントとプロテ

インは簡単に取れるのですが、その他は

再現が難しく徐々にメソッドから外れ、

不健康な方向に流れていたと思います。

新しい方法はこれといって名前はありま

せんが、添加物や、農薬や、悪い油を摂

取しないというものです。私は初心者な

ので、”有機””オーガニック”というとこ

ろにこだわって食材を選んでいるだけで

す。

 

一番楽な点は、米は食べてよい、という

ところです。私はひとまず雑穀米のレト

ルトを食べていますが、これがOKとなる

と、とりあえず米と味噌汁をベースに取

ってよいので、食事のときに、いちいち

考えなくて済みます。

 

藤川メソッドでは慢性的な胸やけと便秘

傾向がありましたが、それはすぐに改善

しました。藤川メソッドを否定してはい

ません。正確に踏襲すれば、効果はある

と思います。私は正確に踏襲できないの

で、挫折した感じでしょうか。

 

藤川メソッドの西洋的な理屈に対し、自

然療法は東洋的な感じがします。西洋は

病気と闘う発想がベースにありますが、

東洋は病気と共存がベースです。多少、

胸焼けしようが便秘になろうが、必要な

ものはガンガン摂取して、悪いものをや

っつけてやろうという西洋に対し、悪い

ものの上に良いものを重ねるのではなく、

まず悪いものを体から出すところから始

める感じでゆるやかです。

 

現在、自然療法を教えていただいている

のは訪問の看護師さんです。ご自身が鬱

を治そうとして始め成功された経験があ

り、お勧めされました。また、東洋的に

縁も考慮しました。藤川メソッドが行き

詰ったときに現れた新たなメソッドは何

かの縁かもしれないと思いました。

 

ただ、看護師さんはパートなので、いつ

辞めるかわかりません。辞めれば連絡は

途絶えるでしょう。またそれも縁なので、

しかたがないと思う反面、途方に暮れる

かもしれません。

 

看護師さんが求めるのは、いずれは自分

で野菜を切り乾燥させたり、自分で有機

米を炊いたり、と自然療法のクオリティ

ーを上げていくことです。と同時に、初

心者はそれほど無理することなく、自分

の経済事情とも相談しながら進めていけ

ば良いようです。

 

ちなみにその看護師さんは、服装にも自

然療法の影響が表れており、一見すると

アーミッシュの方かと思います(アメリ

カの一部で数世紀前の生活を続けるキリ

スト教の一派)

連休が苦手な鬱あるあるとその対策。

現在9連休の真っただ中、年末年始の

雰囲気はありません。年越しそば(カ

ップそば)は買ったものの食べておら

ず、餅は買ったものの、黄な粉など、

付けて食べるものがありません・・

 

鬱傾向にある人は、休息を必要として

いながら連休が苦手な場合が多いと思

います。どちらかといえば、ルーティ

ーンな日々が続いてほしく、変化を好

まないと思います。

 

さっそく連休中日にして、精神状態は

やや低迷、有意義なことをしないと気

が済まないのに、有意義なことはハー

ドルが高く感じます。

 

そこへ、1月1日にも関わらず訪問看

護さんが来てくれて、一緒に買い物に

行ったので、少し気分のモヤが消えま

したが、全回復を期待しては看護師さ

んがかわいそうです。

 

そもそも1月1日という大サービスだけ

に贅沢は言えません。ただ2日から5

日までは放置されてしまうので、この

低迷期にはやや手痛いです。

 

年末に、我ながら緊急性のない患者な

ので、1月1日の訪問をひとまず遠慮

してみましたが、返ってきたのは”では

1日から5日まで休みになるけどいい

ですか?”という、至極真っ当な回答。

いや、なぜそう極端になる?いつも通

り、2~3日に1回ペースで来ていた

だければ、買い物も行けて、鬱の底に

落ちずに済むのに・・とは思います。

 

まあ、そんな贅沢を言ってはいけない

のが年末年始、そもそも緊急性のある

患者であれば、年末年始も関係ないで

しょうが、私はそうではないので年末

年始全休みでも文句は言えません。

 

ひとまず、鬱の底に落ちないためには寝

込まないこと。とにかく朝起きて、大嫌

いな散歩に行きます。思いついてハード

ルが高くないものにはすぐ手を出し、片

づけます。

 

部屋の床に散らばる服を、簡易クローゼ

ットにかける・・庭の切った枝木を細か

くしてゴミ袋に詰める・・英単語を覚え

る・・などして時間を埋めています。

 

高価なものは一切ない実家にも、捨てる

にはもったいない棚や物入があります。

これらを修復するほうには興味を感じま

すが、片づけにはどうも相当な気力が必

要です。

 

しかし使えそうなものは修復して・・と

思いますが、修復したものを片づける先

がありません。近場にコンテナ倉庫等を

借りて、いつになるかわからない片付け

が済んだ頃に、迎え入れるのはどうかな

~・・など考えています。

母の死について書かねばならない。確定申告編。納税者が亡くなった場合、死後4か月以内に確定申告しなければならない。

納税者が亡くなった場合は、死後4か月以内

に確定申告をしなければならない・・という

ルールがありました。知りませんでした。

 

ちょうど4か月を過ぎた頃に気づき、焦りま

した。ひとまず税務署に電話し問い合わせた

ところ、「とにかく急いでください、としか

言えません」との回答でした。延滞金が生じ

る可能性があるのです。

 

確定申告は、納税者(母)が亡くなっている

だけに、提出には相続人の委任状も必要です。

私の場合、遠方の兄(郵送)、施設の父とサ

インをもらいに行かないといけないので、少

なくともそれだけで1週間はかかります。あ

とは必要な領収書など書類を探し、必要な数

字を放り込み・・と、トータルで2~3週間

はかかるであろうと見込んでいました。

 

とにかく急ぐべく、税理士さんにお願いする

という選択肢も見えてきました。お金のかか

ることなので遠方の兄に、その旨を了解を得

ようと連絡したところ、税理士さん云々以前

に、確定申告自体を兄がしてくれる(やって

みる)ということになり、私はひとまず肩の

荷を下ろすことができました。

 

兄はすでに相続に関わる処理の大半をしてく

れているので、確定申告は私がするつもりで

したが、自分の現在の心身の状態を鑑みれば、

任せられるものは人に任せたほうが良いとも

思います。

 

その後、兄が最寄りの税務署に詳しく聞きに

いったそうで、それでわかったことは・・

①作業量としてお金を払って税理士さんにお

願いするほどではない。

②確定申告が少々遅れても、延滞金等が3万

を超えることはないのではないか(税理士さ

んにお願いすると3万円くらいかかるそうで

す)

 

というわけで、兄もぼちぼち進めるつもりで

構えているようです。

 

それにしても・・

死後4か月以内に確定申告というのは、親族

にはやや酷であるように思います。特に現役

世代の親族を亡くされた方のショックは相当

なものだと思うので、どちらかといえば遅く

なってもよいくらいのルールがちょうど良い

ように思います。

母の死について書かねばならない②

兄の会社に、親が亡くなったときの相談

窓口があるようで、さっそく頼ることに

なりました。母が亡くなったのが午前2

時半、葬儀会社のお迎えは朝の10時に

は来ました。つまり、相談窓口は24時

間体制、葬儀会社も24時間体制という

こと、感謝です。

 

さっそく母と共に葬儀会社の送迎車に乗

りましたが、そのころ私の頭はすでにオ

ーバーヒートを起こしており、足が動か

ず、ほぼパーキンソン病の患者さんの歩

き方で、移動し、なんとか車に乗り込み

ました。

 

斎場に着くと、運転手さんの気遣いで、

もう一人職員を呼んでいただき、私は付

き添っていただくことになりました。た

だ、付き添いの職員さんにとっては、私

はただの気持ち悪い人だったようで(笑)、

遠目に見守っていただいただけで、私は

やはりおぼつかない足取りで、予約した

部屋に向かうことになりました。

 

予約した部屋は、随分と広い空間で、和

室、寝室、応接室、畳敷き20畳くらい

の部屋、風呂、トイレとホテルのようで

した。結局、最終日に叔父夫婦が来ただ

けで、兄と二人でこの空間を使うことに

なり、随分贅沢に感じました。

 

のち、この贅沢な感覚が、リフレッシュ

効果があるように感じ、引きこもりがち

な私ですが、たまに広くて清潔なホテル

で過ごすのも精神衛生上良いのではない

かと思いました。

 

天気の都合で新幹線が動かず、兄の到着

は翌日になりました。通夜、葬式と比較

的余裕を持って予定を組んであったので、

助かりました。

 

とはいえ、通夜に鳳凰の儀など、複数の

儀式があり、暇を持て余すことはありま

せんでした。私は何か後悔しないよう、

母の顔の白い布を外し、時間がある限り、

母に話かけておりました。もうそこに母

はいないとわかってはいますが、どうに

も強迫的に何かやり残したのではないか

と、ひたすら話かけておりました。どん

な最後を迎えようともなんらかの後悔は

残るでしょう。私は1年半の間、施設に

見舞いに行かなかった後悔を少しでも払

拭したかったのではないかと思います。

 

なんとなく複数の儀式をしていただいて

いましたが、これが何かとお金がかかる

原因かと思います。家族葬20万から~

といったお話でしたが、最終的には60

万になっていました。

 

とはいえ、どの儀式を省略してよいか?

というのは我々にはわかりませんので、

難しいところです。少なくとも鳳凰の儀

は省略で良いと思います(笑)故人の枕

周囲に鳳凰を模して編んだひものような

ものを置く儀式でしたが、これでさえ、

万単位のお金がかかっていると思います・・

精神症状は改善傾向にあるが、睡眠は悪化しているかも。

幻覚、強迫といった精神症状は改善傾向に

あります。幻覚はゼロではなく、夜中に目

が覚めるたび、ふすまが様々な様相を呈し

ています。動物に見えたり、骸骨に見えた

り、少なくともふすまに描いてある草木の

絵がそのまま脳に認識されることはあまり

ありません。

 

おそらく・・抗うつ剤によって可能な限り

左脳の機能を抑えているので、右脳が活性

化し、見ている映像がクリエイティブな動

きをするのではないかと思います。

 

強迫症状も強迫症状自体より、看護師さん

と歩調が合わないといった二次的問題がト

リガーになり症状が出ているように思いま

す。買い物のときなど、例えば自動扉は非

常に苦手なのですが、「看護師さんと一緒

に歩けば大丈夫」と思っているところに、

看護師さんだけ、さっさと先に行ってしま

い、調子が狂い、確認行動を繰り返すとい

った感じです。

 

これまで、睡眠が浅すぎて夢の中で言った

ことは現実に口から出てしまう、と言って

いましたが、このところは夢の中でした行

動を実際にするようになっています。夢の

中で起き上がると、実際に起き上がってし

まい、腕を上げると、実際に上がってしま

います。

 

先日は送迎の車中で寝ていたところ、夢の

中で手を払うような動作をしていたところ、

実際に手を払ってしまい、ふと目が覚める

と、同乗者から怪訝な顔で見られていまし

た。

 

では、夢遊病になるかと言えば、そんなこ

とはなく、大きく動けばそれで目が覚めて

しまうので、夢を見たまま立って歩くのは

困難だと思います。

 

この極めて浅い睡眠が睡眠時間の多くを占

めている・・感じはするのですが、実際は

熟睡している時間も充分あると思います。

ただ、しっかり寝た感覚はないので、朝起

きた時のテンションはかなり低いです。

母の死について書かねばならない、忘れると困るから。

特別なことは何もありませんでした。90歳

の大往生です。死の2週間ほど前から意識レ

ベルが低下。点滴などの処置をし、持ち直す

かとも思われましたが、そうはなりませんで

した。

 

意識レベルの低下など、危うい状態はこれま

で何度もありましたが、自分自身の病院勤務

時代の経験から、90歳だからといって、そ

う簡単には亡くならない、と思っていました。

 

やはり、何度かそういったレベル低下を起こ

すというは、虫の知らせで”ボーッとしてたら、

最後のあいさつの機会を逃してしまうよ”と意

味であったかもしれません。で、実際、機会

は逃してしまい、死の前、2週間は毎日お見

舞いに行きましたが、コミュニケーションが

取れることはありませんでした。一度だけ、

笑ってくれたことがあります。それだけです。

 

コミュニケーションが取れないまま、母は亡

くなるだろうという読みはあったので、最後

に何ができるか、頑張って考えましたが、何

も浮かびませんでした。

 

ただ、照れくさくて、これまでなかなか言え

なかった「ありがとう」をできる限り言って

やろうと思いました。母の手を握り、目をし

っかり見て「ありがとう」「育ててくれてあ

りがとう」「親でいてくれてありがとう」と

繰り返すしかありませんでした。

 

亡くなった日の午後11頃、幸運だったのは

施設の方から「手足が冷たい」と連絡があり、

翌朝に行くことにせず、そのままタクシーで

施設に向かったことです。その後、2時間半

ほどで母は亡くなりました。

 

最後の瞬間まで、絶対に何も見逃さないつも

りで見ていました。努力性の呼吸が続き、最

後の一息を吸い、吐いたら、それでおしまい

です。これが最後か?これか?と騒がしい、

からしい息子だった思います(笑)

母はそれを笑って(失笑)見てくれていたか

・・「もっと安心して行かしてくれよ」など

聞こえてきそうです。

 

施設の方に母の死を報告、体を拭いて、着替

え、その後、2時間ほどで主治医が到着し、

臨終を告げました。

 

朝方には施設の朝食を特別にいただき、職員

の方から「これ、私の手作り、ぷっ」と、な

んとか私を笑わせようとお気遣いいただきま

しが、さすがに疲弊しており、さわやかな笑

顔は到底作れませんでした。

 

母の死について文章化するのは、今でもやや

苦しいですね・・

寝ぼけ症状を治す薬は効くのか?

薬が効いたのか、たまたまかわかりません

が、薬を追加して1週間。徐々に症状は軽

減しています。診察では「このまま様子を

見ましょう」とのこと。

 

このところの症状は・・

①刺激に対しひどくびっくりする

②目を開けてまま、意識が飛びそうになる

③筋肉痛、節々の痛みがなかなか治らない

④不眠

 

不眠からも①~③の症状は起きそうですが、

①「ひどくびっくりする」のは副腎皮質が

機能低下している・・という、おぼろげな

記憶があるので、副腎皮質がやや気になり

ます。

②意識が飛びそうになるので、ひどく眠い

のかと思い、横になってみますが、意外と

眠れません。

③元々原因不明でしたが、節々の痛み、階

段をきつく感じたり、しばらく座っている

と、立ち上がるのが大変など、改善はして

ますが、原因は不明です。

④睡眠の質は悪すぎです。自覚的には一睡

もしてないこともあります。おそらく他覚

的にはかなり寝ていると思います。本人は、

一晩中、天井を眺めていたような気がする

ときや、一晩中、親戚の集まりに出席して

いて、しゃべっていた(夢)感じがすると

きがあります。朝に至ると、夢と現実のど

ちらが本当かわからなくなり、普通に作業

所に行ってよいか迷うこともしばしばです。

 

不眠については、何度も主治医に言ってい

ますが、「よく眠れるように処方してある

ので」が回答で、そこにアプローチされた

ことはありません。

 

強迫症状の改善は続いています。

夕方は概ね、看護師さん付き添いの元、買

い物、ATMと外出練習をしていますが、確

認はかなり少なくなっています。次の段階

は、付き添いなしで一人で行く段階だと思

いますが、具体的にはイメージできていま

せん。

 

スーパーに行ってチロルチョコだけ買って

帰ってくるのであれば、それは散歩の延長

のような感じで、ひとりでも行けそうな感

じがします。スーパーでいろいろ考え始め

ると脳がオーバーヒートを起こし、帰り道

に確認の嵐が吹きます。

 

とはいえ、散歩のような虚しい作業はあま

りしたくないのが正直なところ、スーパー

に行ったなら、ちゃんと食材を買って帰り

たいところです。

 

段階的アプローチもなかなか難しい・・