一昨日12月12日は小津の誕生日で命日でもあったことを、翌日の朝になって知りました。実は『ダンケルク』の前に見たのが小津の『晩春』で、映画のあるシーンのことを途中まで書きかけていたので、そっちのほうを書き上げていればよかったなと。
『晩春』はあることがきっかけで、ひと月ほど前からみよう見ようと思っていたところ、ちょうどいいタイミングで、衛星劇場で『晩春』の4Kデジタル修復版が放送されることがわかったので、そっちを録画して見たわけです。DVDはもっているけど、取り出してセットするのがめんどくさくて。
さて、今回、とりわけ注目したのが、そのきっかけにもつながるこのシーン。

入り口の看板には「巖本真理 提琴独奏会」と。提琴とはヴァイオリンのこと。これが大写しになったんで、巖本真理というヴァイオリニストって有名なんだろうかと昔少し調べたことがあったんですね。でも、彼女のCDを買うとかはしませんでしたが。
ところが先日、安川加壽子という女性ピアニストの評伝を読んでいたら巖本真理の名が何度も出てきたんで、おっとなったんですね。それで、久しぶりに『晩春』を見たくなったと。そのシーンでかかる曲も聴きたかった。
上の看板が映る前、喫茶店で紀子(原節子)と紀子の父親で東大の教授である周吉(笠智衆)の助手である服部(宇佐美淳)がこんな会話をします。
服部「ね、紀子さん、巖本真理のヴァイオリン聴きに行きませんか」
紀子「いつ?」
服部「今日、切符があるんですがね」
紀子「いいわね」
服部、切符を2枚出して、見せる。
紀子(微笑して)「これ、あたしのために取って下すッたの?」
服部「そうですよ」
紀子「ほんと?」
服部(微笑して)「ほんとですよ」
紀子「そうかしら――でもよすわ、恨まれるから」(と返す)
服部「いいですよ、行きましょうよ」
紀子「いやよ」
服部「恨みませんよ」
紀子「でもよしとくわ」
この会話の前、喫茶店で最初に話していいたのは結婚が決まった服部にお祝いとして渡すプレゼントのこと。「何がいい?」「また考えときます」とかそんなやりとりがあった後で上の会話になるんですね。「恨まれる」というのは服部の婚約者に、ってこと。
父親の助手として紀子の家に何度も来ていた服部に紀子は好感を抱いていたはずだし、服部もおそらく紀子に対して好感を抱いていた。服部としては結婚する前に、最後の思い出を作っておきたかったんでしょうね。紀子もそれがわかりつつも結局断ります。
ここで服部はしばし沈黙。そしてこんなウィットに富んだ言葉のやりとりが。
服部(微笑して)「繋がってますね、お沢庵」
紀子(明るく)「そう、庖丁がよく切れないの」
実はこのときの服部が言った言葉の最後がよく聞き取れなかったのでシナリオを見たら「沢庵」でした。「沢庵」は古い時代の象徴かな。言葉の世界に生きている人間らしく、誘いを断られた気持ちを出すことなく、でもちょっと皮肉った表現をしたんでしょう。それに対する紀子の言葉も見事。原節子の表情もなんともすてきです。
で、このあと巖本真理の演奏会が行われている東京劇場の会場の入り口付近の廊下のシーンが映ります。

このとき映画では巖本真理が演奏したものかどうかわからないヴァイオリンが流れるだけで、巖本真理は一度も映ることもなく終わるんですね。ひとりで演奏を聴いている服部と、その隣の空いた席に帽子と鞄が置かれているのが映るだけ。
さて、ここで流れている曲はいったいなんだろうかと調べたら上に貼った演奏会の内容を知らせる看板の5曲目に書かれているJ. ラフ(Joseph Joachim Raff)の「カヴァテーナ(Cavatina カヴァティーナ)」だとわかりました。ありがたいことにYouTubeに上がっています。
かかっているレコードは『巖本真理 抒情名演集』と題された10インチ盤。これのA面1曲目に入っているのがラフ作曲の「カヴァティーナ」。映画でかかったものと聴き比べたら全く同じ。つまり映画で流れていたのは演奏会で巖本真理が実際に演奏したものではなく、このレコードの音源を使ったよう。
ちなみに映画に映った巖本真理の演奏会の看板では、演奏会の日付が4月26日(土)となっていますが、『晩春』が撮影された昭和24年(1949年)の4月26日は土曜日ではなく火曜日。前年の昭和23年(1948年)は月曜日。どういうこっちゃと思って、もうちょっとカレンダーを遡って調べたら昭和22年(1947年)の4月26日が土曜日でした。つまりこの看板はそのときにつかわれたはずの看板を借りてきて撮影したようです。映画用に作ったんだったら土曜日ではなく火曜日にしたでしょうから。
ところでその廊下が映るシーンでのシナリオのト書きはこうなっています。
開演中で、ヒッソリと静まり、ただ扉の前に女給仕が佇んでいるだけである。場内から聞えるヴァイオリン・ソロ――
でも、実際にはこの扉の前で、ちょっと不思議な光景が展開されているんですね。入り口付近に一人の女性が立っているんですが、それは女給仕ではなくだれかを待っている感じの若い女性。そこに女給仕らしき人がやってきて彼女に声をかけ、紙切れのようなものを見せながら彼女を扉の前に連れて行って話をします。
普通に考えれば一緒に来るはずの人(やはり男性でしょう)が来ないので一人入り口で待っていたら、会場の女給仕がやってきて、来れなくなったとかのメッセージが書かれた紙を見てどうしようかと途方に暮れてしまっているってことでしょう
。でも、この映画を最初に見た時はその女性は紀子で、中に入るかどうかためらっているんじゃないかとか(そのあと紀子がひとりで街を歩いているシーンがあるので)、あるいは紀子に断られた服部が代わりに呼んだフィアンセが会場にやってきたものの、なんとなく入りづらい気持ちになっているとかいろんなことを考えさせられて、かんか心にひっかかったままになっているんですね。
ということで、この巖本真理の演奏会に絡むシーンはほんの数分間だけの挿話とはいえ、他の数々の名場面とされるシーン以上に好きなんですね。
なにはともあれ『巖本真理 抒情名演集』を手に入れたいです。
YouTubeにはカラー化された『晩春』があがっていました。これの32:00あたりからほんの2分ほどのシーンです。


