前回の話の最後に、たつのの九濃文庫で開かれた山高登展で知った増田れい子のことに触れましたが、青柳いづみこが『翼のはえた指: 評伝安川加壽子』の中で、増田れい子が書いた文章で引用したのは雑誌『小説新潮』1979年2月号の「新・人間探検」の一節。
「安川加壽子。戦争中に青春を迎えたものにとって、この名は格別のひびきを持っている。もっとも安川姓になったのは終戦1年前の昭和19年でそれまでは草間加壽子であった。応召する前に、草間加壽子のリサイタルを聴いた若者は少なくなかった。私の兄もその一人であった。兄の口から何度クサマカズコというやわらかなひびきが、まるで恋人の名を口ずさむようにもれたことか。そのことによって、私もまた草間加壽子というピアニストに対してあこがれを抱くようになった。兄の口ぶりから私はこのピアニストを白い月、おぼろにのぼる春の大きな白い月のように思い描いていた」
『翼のはえた指』ではこの記事の別の部分も引用されていて、きっと単行本も出ているはずと探したら、1983年に鎌倉書房から出版された『夢のゆくえ:26人の熱い女たち』で安川加寿子を取り上げていることがわかったので入手、あたりでした。
あたりといえばもう一つ。

そう、装幀が山高登さんだったんですね。
山高さんは鎌倉書房から出ている増田れい子の本の装幀を何冊かされていて、うれしいことにこの本もそうだったんですね。ネットに上がっていた表紙の画像だけではわからなかったんですが、カバーを外してみたら間違いなく山高さんの版画でした。
版画、といえば安川加寿子の章のタイトルは「音の版画家」。もちろんドビュッシーの「版画」にかけての言葉。最後の方でこう書かれています。増田れい子がこの記事を書く前に、30年ぶりに行った安川加寿子の演奏会でも「版画」が演奏されます。
(ドビュッシーの)「子供の領分」はさらさらと終って、曲はドビュッシーの組曲「版画」に入っている。「塔」「グラナダの夕べ」「雨の庭」。
ドビュッシーの音楽は、日本の版画ですねと、安川さんはいっていた。油絵でも銅版画でもない、澄明な版画の世界。音が何層にも重なりあって一枚の絵を仕上げていく過程。淡々と、色をすりこんで行くピアニスト。バレンをふるうようなその手首の動き。よろこびのうちに描かれて行く一枚の絵。安川さんのピアノには、苦痛とか悲鳴とかきしみというものが決してあらわれない。風が空中をいくようにひそやかにしかし、たしかに吹く。それはドビュッシーの音なのだがろうが安川さんの音でもある。
『翼のはえた指: 評伝安川加壽子』によれば増田れい子が久しぶりに安川のピアノを聴いたのは1978年11月25日、中央大学の多摩校舎で開かれた演奏会。実はこの年の夏に安川はリウマチが発症し、その後、ずっと苦しめられることになるわけですが、発症してまもない時期に聴いていたわけですね。ちなみに村上さんが神戸で安川加寿子のピアノを聴いたのは彼が高校2年ということなので1965年のこと。そのときにもドビュッシーの「版画」を弾いています。改めてその部分を引用。
高校2年生のときに神戸のコンサートホールで安川加寿子の演奏するドビュッシーの「版画」を聴いた。その音がまだ耳に残っている。彼女が「前奏曲集第1巻」を弾くこのレコードでも、それと同じ音が鳴っている。懐かしい。まさにドビュッシーの音だ。正統的でしゃんと姿勢の良い、ドビュッシー特有の音。
そう、安川さんの演奏テクニックはいうまでもないことですが、なんと言っても最大の魅力はその音。増田れい子は演奏会で聴いた安川のピアノについて「音が光っている」と書いています。さらに安川について「なんという音の紡ぎ手だろう。ピアノという繭から、こんなにも光り輝く音を紡ぎ出すひと」とも。
手元にある『ドビュッシー生誕150周年特別企画 ドビュッシー:ピアノ独奏曲集成』は1966年12月から1971年12月までの期間に録音されたものですが、確かに彼女のピアノの音は光っている。
今読んでいる3年前に音楽の友社から出た青柳いづみこ編『蘇る、安川加壽子の「ことば」』でも、安川さんがいかに音に対して考えていたかがよくわかります。テクニックよりも音。これは大瀧さんがミュージシャンに求めていたものにも通じていますね。
ドビュッシーの「版画」といえば、3曲目の「雨の庭」。村上さんが「高校2年生のときに神戸のコンサートホールで安川加寿子の演奏するドビュッシーの「版画」を聴いた。その音がまだ耳に残っている」と書いていますが、「雨の庭」といえばこの言葉も思い出します。
僕はドビュッシーの「雨の中の庭」というピアノ曲が昔から好きで、そういう雰囲気を持った、こぢんまりして綺麗でメランコリックな小説を書きたいと思っていました。この小説を書きはじめたとき、そういう題が内容的にぴったりしているかなと思っていたのですが、最初に予定していたよりどんどん長い話になってきて、とても「こぢんまりした」とは言えなくなってきました。だから別の題にしたわけです。そのうちにまた『雨の中の庭』という短い小説を書くかもしれません。
村上さんは題名を「雨の中の庭」としていますが、あの「ノルウェイの森」の元々の題名は「雨の中の庭」だったと。この言葉を改めて読んで、もしかしたら村上さんがドビュッシーの「雨の庭(雨の中の庭)」を好きになったきっかけは高校2年生の時に神戸のコンサートホールで聴いた安川加寿子の演奏したものだったかもしれませんね。
最後に、改めて増田れい子の『夢のゆくえ:26人の熱い女たち』のこと。もしかしたらと思って調べたらやはり。2014年10月にたつのの九濃文庫で開かれた山高登展の写真の中に『夢のゆくえ:26人の熱い女たち』が写っていました。さすが吉田さん、ちゃんとお持ちでした。

せっかくなので安川加寿子の演奏するドビュッシーの「雨の庭」を貼っておきます。

