昨年の暮れ、台所で料理をしていたとき、たまたま「大瀧詠一」の名前が耳に飛び込んで、慌ててテレビのある部屋に行って観た「みんなあなたが好きだった ~プレーバック 長嶋茂雄の世紀~」。おおっと興奮して観たものの、大瀧さんがらみの話はほんの5分くらいで終わって、長嶋さんに縁のあった別の人の話に移ったので(松井だったのでちょっと観たけど)、録画を停止しようかと、テレビのリモコンを手にして、いやちょっと待てよ、もしかしたらどこかでもう一度大瀧さんがらみの話が出てくるかもしれない、と思って、結局最後まで録画することにして、あとは観ないまま台所に戻りました。ときどきちらちらと観に行ったものの、それ以降、大瀧さんの話はでることはなかったなと思っていたんですが、あとで録画したものを改めて見直したらびっくり。最後のエンディング、下にテロップが流れる中、この風景とともに大瀧さんの曲が流れたんですね。


流れたのはこの「青空のように」。
これのちょうど曲の真ん中あたりに出てくる♫青空のように さわやかな気分に させてくれるほほえみ なげておくれ~ のところから。風景にぴったり。いや、曲にぴったりの風景を用意したんですね。
「みんなあなたが好きだった ~プレーバック 長嶋茂雄の世紀~」で最初に語られたのは1977年7月にシングル盤として発売され(レコーディングは5月)、その年の暮れに出たアルバム『ナイアガラ・カレンダー』の6月の曲として収録された「青空のように」のこれまで語られることがなかった秘密。アナウンサーのこんな言葉から始まります。
今回の取材で大瀧さんが長嶋さんへの愛を密かに込めた歌を作っていたことがわかりました。
この秘密を披露したのが萩原健太さん。健太さんは大瀧さんからもらったはずのメールを番組で読むんですね。その前に。
実は1993年1月に放送された新春放談の2回目(1月9日放送)で、「青空のように」についてちょっと気になるやりとりがありました。達郎さんが大瀧さんに、大瀧さんの曲で何かかけたいものがありますかと訊いたら、それではということで大瀧さんが選んだのが「青空のように」のシングル用モノミックス(上に貼ったもの)。
曲をかける前、大瀧さんがこんなことを言いはじめたんですね。声色を変えて、「だれにも」のところは「だっれにも」と強調して。
でね、今までだっれにも話したことないことがあるんですよ、この曲について。家族にも言ってないと思うんだよ。たいていのことは家族には話してるんだけど。
え? なんだろうと思いますね。ところがここから家族、特に息子さん(シングル盤に写っている子供)とのキャッチボールの話になって、結局「今までだっれにも話したことない」話は語られないまま、達郎さんが「ということで、『青空のように』」と曲をかけちゃうんですね。そこで大瀧さん、残念そうにぽつりと「秘密言ってないよ」と。さらに付け加える形で「では、終わって」とも。
大瀧さんという人は機会を失った話は、そこで終わりなんですね(大瀧詠一的でも何度かありました)。自ら蒸し返しもしないし、他人から蒸し返されてももう2度と語ることをしない。その「今までだっれにも話したことない」話はその日の放送の中で再び出てくることはなく、多少間を置いて収録されたはずの翌1月16日の放送分の中でも大瀧さんの口から語られることはありませんでした。
それが、20年以上の時を隔てて初めて明かされたわけです。
1993年の新春放談は1回目と2回目は達郎さんと大瀧さんの対談でしたが、3回目は萩原健太さんを交えての鼎談という形になっていたんですね。それを収録する前に健太さんがスタジオにいて二人の対談を聞いていたかどうかはわかりませんが、聞いてたらきっと大瀧さんに尋ねたはず。聞いていなかったとしても1993年1月9日に放送された話を聞いて、大瀧さんに「あの話は?」と尋ねたメールを送ったんでしょう。で、大瀧さんは一旦は機を逸したにしても健太さんだけには教えておこうかとメールで返信した。だれかには話しておきたいと思っていたにはちがいないので。
ということから健太さんがテレビで紹介したメールはたぶん1993年1月9日か、その翌日くらいに受け取ったものだろうと思います。
で、その内容はというと。
ここで今まで誰にも言わなかったヒミツを書きます。この年6月に発表した、『青空のように』は長嶋に捧げた曲なんです!!!
(歌詞をよく読んで下さい)
これはハズカシクて誰にも言えませんでした(家族にも言っていません)。

テロップに流れたこの文面、語り口調やカタカナの使い方などを見る限り、おそらく大瀧さんが書いたメールをそのまま写したもののはず。
内容から察するに、大瀧さんのメールではこの話の前に「青空のように」を書いた1977年の長嶋を巡る何かの出来事が書いてあって、収録の時には健太さんはきっとそれも紹介していたはず。でも、そこはカットされたようですね。
ということ”今まで誰にも言わなかったヒミツ”がここで初めて明かされたことになるんですが、でも、ちょっと待てよと。
ウィキペディアに載っている『NIAGARA CALENDAR』の「青空のように」のクレジットのDedicationには「ミスター・長嶋」とはっきりと記されているんですね。コアなナイアガラーなら、きっと気づいていたはず。(つづく)















