The Lady and The Unicorn(部分)
賀正
2026年元旦
John Renbourn - The Lady and The Unicorn
以下いずれも年末、所用の道すがら。
界隈の神社境内にて。
御時世ってことかなぁ。
つまりたとえば、今日では少なからぬお飾りに用いられている合成樹脂類が、焚き火程度の低温で燃やされてダイオキシンみたいなものが出来ちゃうのを嫌ってのことなのかな。近所から煙たいとの苦情があるというくらいなら、「環境汚染」というのは大げさでしょ?
「お焼き」は菓子の類ではなくて「どんと焼き」のこと。そちらで書いておけば、「Don´t 焼き」などとつまらぬダジャレで小ウケくらい取れ……、ませんかね^^;。
これは、昼間だろうと夜中だろうと時を構わず鳴らしたり乱暴に振り回したりする不届者がいるせいらしい。これも御時世ということになるんだろうか。面倒臭いことだわねぇ。やれやれ。
界隈の公園にて。
「毒キノコ『カエンタケ』に注意してください。」
意外と身近なところに生えていたのね。カエンタケ、今までその存在に全然気づいたことなどなかったし、未だ見たことないんだけれど。
元日から営業となると、御時世に従ってというよりも御時世に逆らってってことになりますかね。こちらとしては、元日だろうが何だろうが開いてりゃホイホイ便利に使っちゃうのだけれど。
あいすみませんm(_ _)m。
ちなみにこちらの「サンプラザ」、コンサートホールの類とは無縁のスーパーマケット。為念。
11月末か12月の頭頃からこうなっちゃったみたい。最初に出喰わしたときは事故品かと思ったのだけれど、その後も賞味期限が2015年2025年7月のものは尽く白い包装紙になってしまったようだ。
物価あれこれ高騰の折から、直接の値上げはせずにインク代だか何だかを削減して、実質値上げということになるんだろうか。一箱ごとの経費節減はほとんどないようなものなんだろうが、商品全体としては馬鹿にならない税収増が期待出来たりするんだろうか*1。
このせいで、煙草の味が変わるわけではないし、ひょっとすると塗装面が減ることで包装紙の吸湿性が向上し、実は品質維持に好都合なんてことがあるのなら、見た目の違和感にこだわるつもりはないけれど。実際のところどうなんだろう。
っと、これは貼り紙にも看板にも関係ないけれど、ことのついでにまぁ。
そんなこんなで、何にしても、年末年始だからといって特別なことなど何一つなく、淡々と日々を過ごしておるのでありました。タイトル、例によって例の如しでデタラメです。これまたあいすみませんm(_ _)m。
*1: ググってみたところ、「2024年8月上旬より紙巻たばこ等の容器包装材で使用していたアルミ紙を、再生利用可能な包装材へ順次切り替え」(JTウェブサイト)ということなのだそうな。切り替えが予定より遅れているということなのか。変な云いがかりばかりつけてごめんなさい。
「暑い」と口にすることさえはばかられるとはいえ、いつまでたっても慣れようのない猛暑日の連続には、やはり「暑い」と口にしないわけにはいかず、ヒトと出会えば、蛋白質が半ばは固定しちゃったボケ脳で、ほとんど条件反射的に「毎日、お暑ぅございますねぇ」とかなんとか口走ってしまうという為体の日々、閲覧諸賢の皆様方はいかがお過ごしでしょうか。
それにしても、そういうおマヌケ極まる情けない日々と程遠からぬ事情で、上に示したように母国の消失に直面もしくは直面する可能性に備え、自分たちのアイデンティティに関わるアレヤコレヤをディジタル化し保存しようと試みているヒトビトがいるとは、人類のスット惚け具合と悲惨の同居のさまに改めて呆れてしまいもする。
もし今『日本沈没』が書かれるとすれば、日本という国のアレヤコレヤを、同じようにディジタイズするプロジェクトも登場するんだろうか。何をディジタル化して残し何を捨てるのか。国土の水没が迫る中であれば、そこいらへんを決する議論にも迫力のある言葉が綴られることになってもよさそうな気がする。けれど、当分沈没の心配がないにもかかわらずそそくさとディジタイズして残し、ブツのほうは処分してしまおうなんぞという話が堂々と飛び出すような今の日本でならば、沈没に際してどのような議論が飛び出して来るやら皆目見当もつかないというか、むしろ粗方の見当はついてしまうような気がして、わざわざ想像して見せても何の芸当にもならないんぢゃないかと思えてくる。となると、そんな頁など新たに設ける必要はないか。
などと、己のぼんくら具合に不似合いなことどもをついうっかり考えてしまうのも、まぁ暑さがオツムを蝕んでいるからに違いないのであって、このエントリの書き手を責めてはいけません。