乙女ゲーム?は?―召喚聖女と騎士団長の話―
乙女ゲームの世界を舞台にしていますが、
真面目なヒロインが来たらこうなるかな?と思いながら書いてみました。
楽しんで頂けましたら幸いです。
※皆さま、誤字報告ありがとうございます!
「――クラリッサ・ヴァルトシュタイン。お前の行ってきた数々の非道を、ここで明らかにする」
大広間を満たしていた喧騒は、王子の鋭い声によって一瞬で掻き消えた。
ざわめく貴族たちの視線が、一斉に一人の令嬢へと注がれる。
クラリッサは動じることなく扇子を軽く揺らし、余裕の笑みを浮かべた。
「非道?殿下、何をおっしゃっているのかしら。私はただ、聖女様に相応しい振る舞いを教えて差し上げただけですわ」
王子は冷たい眼差しで彼女を見据え、手にした書簡を広げる。
「まずは、聖女ヒカリへの“作法指導”と称した行為だ。複数の生徒が証言している。お前は取り巻きと共に彼女を囲み、姿勢が悪い、作法がなっていない、礼儀を知らない――そうした侮辱的な言葉を浴びせ続けたと」
クラリッサは軽く肩をすくめた。
「まあ、あの方は本当に礼儀を知らないのですもの。淑女として、最低限の作法くらい覚えていただかないと」
「貴様のは指導ではない。あれは明確な“吊し上げ”だ」
王子の声が鋭く響く。
「次に、学園の試験結果を公衆の面前で嘲笑した件だ。“順位表に名前もない聖女など恥さらし”と、貴様は彼女を侮辱した」
クラリッサの扇子が、ぴたりと止まった。
「事実を申し上げただけですわ」
「何を言う。ヒカリは異世界から召喚された聖女だ。こちらへ来て日も浅い。それを承知のうえで、貶めたのだな」
王子の声には、もはや隠しきれない怒りが滲んでいた。
「そして――決定的なのはこれだ。ヒカリに“婚約者のいる異性に近づくな”と彼女を叱責した件」
クラリッサの表情が歪む。
「当然でしょう!殿下の婚約者は私です!私が注意して、何が悪いのですか!」
「見苦しい。貴様の嫉妬は目に余る」
その言葉に、クラリッサの顔色がわずかに青ざめた。
「極めつけは――階段での暴力行為だ。取り巻きと共にヒカリを囲み、逃げ道を塞ぎ、肩を押し、突き落としたな?」
「っ……!そんなことはしておりません……!」
クラリッサの扇子を握る手が白くなる。
「白々しい。目撃者は多数いる。言い逃れはできない」
王子は静かに、しかし断固として言い放った。
「クラリッサ・ヴァルトシュタイン。これ以上、貴様の横暴を見過ごすことはできない。今日をもって――婚約を破棄する」
大広間に響く宣言。
貴族たちのざわめきが波のように広がる。
クラリッサは真っ青になりながら、気丈にも手元の扇を握り締め、聖女を睨みつけた。
王子はその視線からヒカリを庇うように前に立ち、聖女の衣装に身を包んだ彼女の白い手を取る。
「ヒカリ、そして君こそ私の妻にふさわしい。どうか我が妃になって欲しい」
ゆったりと深くかぶったローブから、ピンク色の唇だけが覗いている。
その可憐な唇がゆっくりと開き――
「はあ?」
――とても可愛らしい………腹の底から出しているかのようなドスの効いた声が広間に響いた。
◇◇◇
時は少し遡る。
ヒカリが目を開けたとき、そこは見知らぬ部屋だった。
高い天井に描かれた紋章、豪奢な装飾、そして興奮を隠さない不躾な視線。
……ここは、あのゲームの世界だ。
何度も何度も周回した乙女ゲーム。
義父からプレゼントされたスマホに、義兄がせっかくだからとダウンロードしてくれたアプリ。
乙女ゲームなのにRPG要素があり、攻略対象の好感度も大事だが、ステータス管理が要で。
聖女は邪竜復活を阻止するため、攻略対象者たちと各地の遺跡を廻り、結界を起動させる役目をもつ。
ちなみに間に合わなければ邪竜によって国が滅びる、というバッドエンドだ。
ヒカリは新しい家族からのプレゼントをそれは大事に大事に、セリフもスチルもステータスの分岐も記憶するぐらい何度も周回した。
ヒカリの実父は、彼女が生まれてすぐに病気で亡くなった。記憶は残念ながらない。けれど、遺影に向かって彼女は毎日手を合わせていた。
母子家庭――裕福ではなかったが、母はいつも笑っていた。
忙しい母のため毎日家事を手伝い、宿題はその日のうちに終わらせ、家の事が終わったら復習、予習と勉学にも励んだ。
ヒカリはちょっとだけ周りより真面目だった。
「高校生になったらバイトして、少しでも家計を助けたい」
そんなことを考えていた頃、母が再婚した。
「紹介したい人がいるの」
その言葉に動揺しなかったと言えば嘘になる。
だが――
実際に会ったその男性は、穏やかで誠実そうな人だった。母を大切にしてくれそうな優しさがあった。
男性の息子も、妹ができると嬉しそうに微笑み、ヒカリにとても優しく接してくれる青年だった。
ヒカリには夢があった。実父を病気で亡くしていた為か、看護師になろうという夢が。
勉学に励み、新しい家族とゆるやかに絆を深めていた時。
帰宅途中の駅の歩道橋の上で、義兄と見知らぬ女性が揉めているのを見る。
咄嗟に止めに入ろうと、二人の間に入ったその瞬間――
「この泥棒猫!!!!!!!」
その女性に肩を押され、歩道橋の階段から突き落とされた。
義兄とよく似た、その女性に。
ああ。このまま落ちたら死んじゃうのかな?
そう思ったその時、ヒカリは――召喚された。
この世界はただのゲームではない。邪竜が復活すれば、本当に人が死ぬ。国が滅ぶ。
守護結界を復活させるために、ヒカリはやるべきことを知っている。
必要な仲間のステータスも、どのイベントが分岐条件になるかも、全部、理解している。
聖剣の扱い手、第一王子 アーサー
王子の守護騎士、近衛騎士団・副団長子息ヴァイス・ベルン
戦略の要、宰相の甥ノア・アシュフォード
天才魔術士、最年少で魔塔にスカウトされた平民出身のフィン
旅程で必要な物資の調達や資金面を支える、商会長の孫ネイト
彼らと共にトゥルーエンドを目指す。
だから――
ヒカリは頑張った。
でも。
◇◇◇
「謹んでお断りいたします」そこには、目の据わったヒカリがいた。
「「え?」」
「まず、“婚約者のいる異性に近づくな”と何度も私が叱責を受けた件について。誤解のないよう、この場で説明します。王子に関してですが――聖剣を使うのは繊細な魔力コントロールが必要です。その訓練をしようと何度もお願いしておりました」
クラリッサが王子を「本当か?」という疑いの眼差しで見る。
ヒカリの手を握ったままの王子の顔色が悪い。
「しかし、王子は『君と手を取り合うだけで、私の心は十分に満たされる。訓練より、こうして語らう時間の方が大切だよ』と仰って、今このように手を握るだけで、全く訓練されませんでした」
そう言って王子の手を振り払う。
そのままローブの裾で手を拭いた。
「それから、ヴァイス。王子を守護する役目である彼には、第一騎士団での訓練を何度もお願いしました。彼の家の、近衛騎士あがりのナヨナヨした剣では遺跡攻略はできませんから。ですが『俺は君を守るために剣を振るう。君が望むなら、花畑にだって連れていくさ』と訳の分からない事を仰って、一向に訓練する気配がございませんでした」
クラリッサが王子の脇に控えるヴァイスを胡乱気な目で見つめた。
ヴァイスは両手を後ろに組んだ姿勢のまま、小刻みにフルフルと震えている。
「それから?えーと、宰相の甥ノア・アシュフォードですね」
ノアがギクッとした顔でヒカリを見た。
「彼にいたっては婚約者の方が不憫でなりません。宰相の甥ということは、私の役目も聖剣を持つ王子の役目も、その重要さが分かっていると思っていたのですが。全くダメでしたね。『そんなに僕を頼ってくれるなんて……君のその必死な瞳、嫌いじゃないよ』でしたっけ?まったく意味不明でした。婚約者の方はきちんと事象を見通す力がある方を婚約者にした方がよいかと思います」
クラリッサがノアの婚約者が居る方へ視線を送った。
「あと今ここに居る方々ですと?…フィンはそれは才能があるのでしょう。それは良いのですが、自分の興味あることしか研究をしません。結界装置の魔術回路について相談しても『君の声を聞いているだけで、僕の魔力は安定するよ』とか聞いてもいないことをペラペラと……。一向に研究が進まない。更にネイトはもう全然ダメですね。旅程で必要な航路について相談しにいったら、ゴンドラをプレゼントしてきました。え?これで海渡るの?何考えてんの?」
クラリッサが少しずつ労りの目を滲ませてきた。
「皆さん全然使えませんから。仕方ないので自分が第一騎士団に交じって訓練しましたよ」
「「え?」」
「ね。騎士団長!」
そう言ってヒカリが自分の後ろに立つ騎士団長にニッコリと微笑んだ。それはもう、極上の笑みで。
「私の護衛として団長以下、騎士団の皆さんにもかなり厳しい訓練をして頂きました」
「ヒカリの護衛は必須だからな」
そう言って騎士団長がヒカリに微笑み返す。
「更に、魔術回路については魔塔の長老、前魔導士団長にお願いして、一緒に研究いたしました」
杖を突いた老年の魔導士がそっとヒカリに近寄ると、
「なかなか、やりがいのある有意義な時間じゃったわい!」
ヒカリと顔をあわせてニッコリ微笑む。
ここに来て、成り行きを見守っていた全員が「あれ?」と思い始めた。
「クラリッサさんが令嬢としての礼儀や教育が大事だと言うのは、この世界が滅びなかったらの話です。私は聖女です。やるべきことがあります。そんな事に時間を割く暇はありません」
少しだけ俯くクラリッサ。
「それと、勘違いしているようですが、私は学園には通っておりません」
「!」
「成績の順位表に名前がある訳ありません」
「……え?」
「それから」
「まだありますの!?」
「さっき述べたように私が学園にいたのは、王子達に世界を救う為のステータス上げを促す為でした。ですが全くダメでしたので。この方々とご一緒するのは無理と見切りをつけました」
「え?あの……それですと」
「このままでは世界が滅びます。ですからまず、聖剣の保持者を変更しました」
「は?」
王子が驚いたようにヒカリを見つめた。
「女神さまにお願いしたら『良いよ~』との事でしたので。騎士団長に」
良く見たら、騎士団長の腰には聖剣が輝いていた。
「おまえ!!いつの間に!」
「それから。結界装置の解析がある程度進んだ段階で、騎士団長、前魔導士団長、第一騎士団の皆さんと国中を廻り、無事起動いたしました」
「え?」
「今日はその結界装置発動、邪竜復活阻止のおめでたい宴だと、私は認識していたのですが?」
王子と取り巻き達は、冷ややかな周りからの視線に気づく。
「ですよね?国王?」
ヒカリが壇上にゆっくり目をやると、頭を抱えた国王が
「そうだ。聖女ヒカリ。そして功労者への褒賞の場だったのだが――」
視線を我が子を中心とした面々へ移す。
「見当違いで、場違いな騒ぎを起こしたお前たちの処罰は後だ」
「「……」」
王子も取り巻きも、クラリッサも真っ青になって俯く。
「聖女ヒカリ、褒賞の話だが、何か望みはあるか?」
気を取り直して、国王が威厳を保ちながらヒカリへ問うと、
「はい!前魔導士団長の孫に!それから騎士団長の娘になりたいです!!」
「「ん?」」
「前魔導士団長の孫になったら結界装置の勉強続けられるし!」
「そうじゃな!すぐ手続きしよう!」杖を軽く打ち鳴らし、老年の魔導士はいそいそと退出して行った。
国王の許可も得ず……。
「ゴホン、まあ、その分かった。前魔導士団長の件は最速で手続きが完了するだろう」
「ありがとうございます!!」
「だが、その騎士団長の娘というのは?」
国王がチラチラとヒカリの横を見ながら質問した。
「はい!私、騎士団長みたいな人が大好きで!」
「「!!」」
「訓練中ずっと側で寄り添ってくれた時も、移動するとき馬に一緒に乗ってくれた時も、船で旅するときに船酔いしないように抱きしめてくれた時も」
「「……」」
ぬるい視線が騎士団長に注がれる。
「すごく、すごく安心できて。ずっと一緒にいてくれたらな、て思ってたんです」
「そうか」
国王の目が優し気に細められる。
ヒカリの知っている遺影の中の実父は、彫りが深く、無精ひげを生やしていた。
新しい家族が出来た時、もう会えないと頭では分かっていても、ヒカリは父に会いたかった。
会ってそして――頭を撫でてもらいたかった。
断られると承知で、騎士団事務所に訓練の直談判に行ったとき、最初は騎士団長の大柄な体躯に尻込みしたのだが、西洋人のような目鼻立ちのくっきりとした顔立ちと雑に伸ばされた無精ひげに、何となく父の面影を重ねてしまったのだ。
それからは会いたくて、会いたくて。
一生懸命慣れない訓練を毎日こなすヒカリの頭を、彼がそっと撫でてくれた時――
ヒカリはとても胸がときめいてしまった。
乗馬の訓練で後ろに乗って、ヒカリの腰を支えながら、背中にぴったりと寄り添ってくれた時も。
もうちょっとくっつきたくて、体重を後ろに傾けたりした。
階段から落とされたと知って、駆けつけてくれた時も、実は訓練で受け身をとれるようになっていたヒカリは殆ど怪我をしていなかったのだが、甘えてその広い背中に負ぶってもらったりもした。
船旅では、船に乗った事がないと不安そうな顔をしたら、わざわざ隣室に変更してくれて。
この旅では一番偉い人なのに、時間が許す限りずっと一緒にいてくれた。
あちらに帰れないのなら……誰と一緒にいたい?
そんなの決まってた。
ヒカリはじっと横に立つ騎士団長を見上げた。
「騎士団長?ヒカリはこう言っているが……」
「ヒカリ」
国王の言葉を受けて、騎士団長がヒカリを見つめる。そしていつものように、頭をそっと撫でた。
そのいつもと変わらない優しい手つきに、ヒカリが嬉し気に目を細めると、
「ヒカリは私と一緒に暮らしたいのだな?」
何かを確認するように騎士団長が問う。
「はい!!」
目を輝かせて、元気よく返事をする聖女。
この場の空気が何となく甘ったるい気がする……周囲の面々の目が死に始めた。
「なら一緒に暮らそう」
騎士団長がその手を、ヒカリの髪を梳くように流れるように動かした。
「!」
紅潮するヒカリの頬をもう片方の手で、愛おし気に撫でる。
「国王陛下、私とヒカリは一緒に暮らします」
「ああ?ん?娘というのは……」
「一緒に暮らします」
「お主……」
国王はゲンナリした。この男、あえて“娘”と言わず“一緒に暮らす”とだけ明言したぞ。
それはつまり――。
「まあ、良い。ヒカリが嬉しそうなのでな……」
疲れたように一言呟いた。
ヒカリは知らない。
騎士団長が独身で、実はまだギリギリ二十代であることも。無精ひげを剃ったらハリウッドスターばりのイケメンであることも。
そっとそっと外堀を埋めるように、ヒカリの心の中に自分が広がるように仕向けていたことも――。
ヒカリが、その暖かく心地良い愛の正体に気付くまで――
もう少し。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ヒカリはその育ちから、やるべきことを理解し、最短距離で動くタイプの聖女です。
その結果、攻略対象者たちは見事に置いていかれました。
一方で、騎士団長は最初から、自分を見ても怯えず(その体格と無精ひげから令嬢からは遠巻きにされがち)、前を向いて頑張るヒカリが気になっていました。旅をする中で、ヒカリが意識してくれるように、彼はしっかりと、自分なりに動いています。
ちなみに、実父の遺影は生まれてすぐのヒカリを抱くことが出来て喜んでいた写真を母親が選んでおり、彫りが深くて無精ひげだったのは闘病していたからです。
ヒカリはしっかり亡き父親からの愛も自覚していたのですが、自分にその記憶がない事がとても残念に思っていて、今回騎士団長と出会って『父』へのあこがれが次第に???へと変わっていく、そんなお話でした。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
※感想ありがとうございます!すべての感想に個別でお返事できず恐縮ですが、ひとつひとつありがたく拝読しています。




