聖女ですが、私と同じことが出来るAI聖女が完成したという理由で追放されました
「聖女! お前を追放する!」
大勢の聴衆が見守る中。
呼び出しを受けて参上した私を見下ろし、男は大声でそう告げた。
私は一瞬ぽかんとし、しばらくしてやっと男が発した言葉の意味を理解した。
信じられない気持ちが心の中に湧いてくるが、男の顔を見る限りどうやら冗談ではないらしい。
これまでの貢献を思い出してもらうために、私は聴衆のことも意識しながら背筋を伸ばして口を開く。
「結界を張ったり、国民の疑問に正確な答えを返したり、美術館に飾る絵を描いたり、漫画を作ったり、小説を書いたり、言語を翻訳したり、ゲームを開発したり、楽曲を生成したり……国民の安全と、娯楽の供給とを一手に引き受けている私を追放するとは、一体どのようなお考えがあってのことですか?」
「AI聖女にお前の行いを全て学習させた! 今ではお前と同レベルの結界も張れるし、国民の疑問にも答えるし、絵柄も模倣できるし、漫画も作れるし、小説も書けるし、言語も翻訳できるし、ゲームも開発できるし、楽曲も生成可能だ!」
い、いつの間に……。
AIがちょっと不自然な絵を描いたり漫画を作ったりしていたのは知ってるし、私もAIと会話を試したことはあるけど、まさかここまで技術が発展していたとは……。
ぐうの音もでなくなった私を前に、追放を宣告した男は勝ち誇るような笑みを浮かべた。
「しかも絵についてはお前のサインだけを抹消する技術も磨いた!」
なんて最悪な方向に努力してるの!?
予想もしなかった追撃に大きなダメージを受ける私だったけど、なんとか気を取り直して抗弁する。聖女という地位を守るために。
「娯楽作品についてですが、私は定期的に新しいものを作ってきました。しかしAIに出来るのは学習して模倣することだけのはず。それでは、私がいなくなった後に新しい娯楽作品が生まれなくなるのでは?」
「何を言っている? AI聖女が新たに生み出したものをAI聖女が新たに学習するのだ! つまり素晴らしい娯楽作品が無限に生まれることが確約されている! しかもお前を上回るスピードでだ!」
その新たに生み出すっていうのがそもそも無理なんじゃないかなと指摘しているんですが……要するに、成長のない自己模倣の繰り返しですよね? それって。
何の疑念も抱いてなさそうな男の顔を見て、この路線で説得することは難しそうだと判断し、翻心させるための提言を別のものに切り替える。
「動力はどうやって賄うおつもりですか? AIは動かすのに魔力を必要とするはず。そんなに多くのことを任せたら、必要な魔力だって馬鹿にならないでしょう?」
「火力発魔、水力発魔、風力発魔……最近新たに多数建設した発魔所によって魔力を供給する! まさに国家の威信をかけたプロジェクトと言っていい。時代遅れの聖女になど用はないのだ! 人の手による温かみ? そんなものいらん!」
それ、私が今まで通り聖女として働けば無用な魔力では? 浮くはずの魔力を他のことに使ったほうが良いように思うのですが……ほら、国防とか、インフラの維持とか、いろいろありますよね?
正当な指摘をしたつもりなのに、とんちんかんな答弁が返ってくるとは思わなかった。
足元がぐらつきそうになるのを何とかこらえ、私が一番懸念していたAIの問題点について尋ねる。
「以前、AI聖女の元となるプロトタイプのAIと会話してみたことがあるのですが、けっこうな頻度で嘘をついてましたよ? ひょっとして今も変わってないのでは……」
「AI聖女を嘘つき呼ばわりする気か!!」
「なんて奴なの!」
「AI聖女様にあやまれ!」
いつの間にかその辺の聴衆まで私を罵倒しはじめた。
いえあの、間違った答えを正解のように堂々と返すようなシステムはまずいと思うんですけど……その件は修正されたとか誰も言わないし、そのまま放置されてるってことですよね?
しかし、さすがにこの熱狂した雰囲気の中でそんな指摘をする度胸はなかった。
AI聖女とやらを褒めそやす連中は、まるで絶対の神を崇める信奉者のよう。
この人たちの目には、きっと私は異端者として映っていることだろう。
このままでは石を投げられかねない。最悪、火あぶりだ。
私はうなだれ、大きくため息を吐いた。やがてのろのろと顔を上げ、声を絞り出す。
「分かりました……明日にでもこの国を出ていきます……」
私がやっとのことでそう言うと、周囲がわっと湧いた。歓声だけでなく拍手まで起こる始末。
俺たちは聖女を民主化した! なんて声すら聞こえてくる。意味が分からない。
ああ、本当に、私は必要なくなったのね……この国にとって。
さよなら、私の故郷。
さよなら、みなさん。
翌日、私は出国手続きを済ませると、キャスター付きの旅行鞄をごろごろと転がして国外への第一歩を踏み出した。
「はあ……落ち込んでいても仕方ない。他の国に行ってみようかな。考えてみたら、一度も外国に行ったことないし」
私は落ちていた棒切れを掴むと道の上でまっすぐに立てた。やがてバランスを失ったそれは、東の方向を指すように倒れる。
棒切れの導きのままに、私は東の方へと歩き出した。
◇◆◇◆◇
東に向かって歩き続けた私は、ずいぶんと時間が経った頃にようやく、ある国に辿り着いた。
歩くのにも疲れたし、ここに住んでみようかな?
そのためにはもちろん入国の手続きが必要だ。
私は受付の椅子に座り、書類に必要事項をさらさらと書いた。
ここに来る前は聖女をしていたこと。そしてAI聖女によって仕事を失ったせいで、やむなく出国してきたことなどを。
やがて書き上げたそれを入国審査官に渡す。
私はどこの国からも引っ張りだこになれる自信があった。なにしろ、私は聖女なのだから。
私が提出した書類をしばらく眺めていた入国審査官のおじさんが、やがて紙から私に視線を移すと、申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「この聖女とは、一体どのような役割なのですかな?」
うそっ!? 聖女を知らない!? そんなことありえない……。
「聖女とは、結界を張ったり、国民の疑問に正確な答えを返したり、美術館に飾る絵を描いたり、漫画を作ったり、小説を書いたり、言語を翻訳したり、ゲームを開発したり、楽曲を生成したりする者のことです!」
私は胸を張って、自分が故国でどれだけの貢献をしてきたかを捲し立てた。
たちまち、おじさんの目が偉人を見るような敬意のこもる眼差しになる。
「それは素晴らしい! ……しかし、我が国には必要ありませんな」
……だというのに、おじさんの口から最終的に出てきた言葉は、私の期待とうらはらのものだった。
「な、なぜです?」
ま、まさかこの国にもAI聖女みたいな悪魔のシステムが!?
「我が国では結界を張る者、絵を描く者、漫画を作る者……他の全ての役割についても言えることですが、それぞれが誇りを持って活動しております。ですので、あなた一人にそれらを任すことは出来ません」
え? え? え?
頭が追いつかない私に向かって、おじさんは柔和な笑みを浮かべて続ける。
「せっかくですし、あなたも聖女とやらを引退して、どれか一つに専念されてみてはいかがですか? 結界を張る仕事につくのはいくつか審査がありますのですぐには無理ですが、絵を描いたり、漫画を作ったり、小説を書いたりすることなら、入国したその日に始めることが可能ですよ」
「そ、そんなことが出来るのですか!? ……いえ、そんなことをして良いのですか!? 聖女の私が!?」
いつの間にか私は椅子から立ち上がって叫んでいた。興奮する私を前に、おじさんは変わらぬ態度で鷹揚にうなずく。
「もちろんです。むしろ、そうしないといけないのです。なぜなら、あなたが一人ですべてを賄うようになると、彼ら彼女らの仕事を奪うことになる。あなたが、そのAI聖女とやらに仕事を奪われたようにね」
「……!!」
その言葉に、私は稲妻に打たれたようなショックを受けた。
わ、私……あのAI聖女がやったことと同じことを、この国の人たちにしようとしてたの?
私は力なく腰を落とし、うつむいた。
もはや一言も口をきけなくなる。
先ほどまで私の中にあふれていた、聖女である自尊心すら吹き飛んでいた。
もはや、自分という存在を忌まわしいものに感じてしまうほどだ。
そんな私を、この国は本当に受け入れてくれるのか?
私は恐る恐る顔をあげて、目の前にいる入国審査官を見た。
おじさんは、返事を催促することもなく、優し気な瞳でじっと私を見つめている。
「私……私は……」
心の中で何度も逡巡を繰り返し。
ついに私は震える声で己の意思を伝えるのだった。
◇◆◇◆◇
私は今、未完成の漫画原稿を前にしてうんうんと唸っているところだ。
この国で生活するようになってから初めて、私以外の人が描いた絵を、漫画を、小説を見た。
入国審査官のおじさんはああ言っていたけども、私がこの場所で聖女を務めたとして、この人たちから仕事を奪うことが出来ただろうか? 私が生み出す絵も、漫画も、小説も、この人たちに比べるとまだまだだと痛感した。
だからこそ、入国の際におじさんが提案してくれたように、どれか一つに専念しようと決意し。
最終的に、漫画を描き続ける道を選んだのだ。
せめて漫画だけはこの人たちと肩を並べたい。それが今の私の生きる目標だ。
この国では、絵を描いたり、漫画を作ったり、小説を書いたり……そういった活動をする人のことをクリエイターと呼ぶそうだ。
だから今の私は、聖女ではなくクリエイターということになる。
クリエイターとは、何かを創り出す人のこと。
あんなに固執した聖女の肩書が、今では色あせて見える。クリエイター。なんて素敵な言葉だろう!
故郷の国から復帰を促す手紙が届いていたけれど、一通り目を通したあと、ゴミ箱にポイしてしまった。
なんでもAI聖女を動かすのに膨大な魔力が必要になった結果、税金が上がり国民の生活を直撃して不満爆発。他にも、調べものをしようとしたら平気で嘘をつくAI聖女のせいでトラブルが起きたり、娯楽作品もなんだか焼き直ししたようなものばかりが供給されるようになったとか。
そうこうするうちに、『なんで聖女を追放したんだ? 別にあの聖女でも問題なかったのでは?』みたいな声があちこちであがって、国は大混乱とのこと。
……こうなると思ったから、あの時色々言ったのに。
これがざまぁというやつなのだろうか。なるほど、確かにちょっと気分が良い。
もう私は聖女をするつもりはない。だから故郷の皆は不満があっても、AI聖女を使い続けることになるだろう。
それに私にも反省すべき点がある。
私がすべてを一手に引き受けていたせいで、彼ら彼女らが大事な仕事についたり、クリエイターを目指す道を潰していたのかもしれない。
親鳥が、ずっと成長しないひな鳥に餌を与え続けるようなものだろう。
ひな鳥は、やがて大きくなって羽ばたいていく権利がある。もちろん義務も。
だから、これは復讐ではなく、恩返しなのだ。
うん、きっとそうだ。
私は制作途中の漫画に向き直る前に、一度だけ祖国のために祈った。
願わくは、故郷の人たちが、AI聖女のくびきから解き放たれますように。




