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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

第一次大戦への不参戦はありえたか?

 第一次世界大戦に日本が如何に参戦したか、ざっくりその経緯をみていくと、サラエボ事件の直後から英国は日本に参戦の必要なしと打診していた。


 しかし、相手は英国である。英国が参戦した直後、よく言われるブリカス仕草を発動し、朝令暮改よろしく参戦要請を行った。


 この時の英国の要求はアジアにおける英国船舶の安全確保であり、ドイツ東洋艦隊による通商破壊の阻止であった。


 その要請に対し日本は、大陸におけるドイツ権益排除を英国に伝えている。


 英国は日本の返答に対し、参戦要請撤回を口にし、ドイツと協議のうえでアジアにおける中立合意を行った。


 日本はその事を無視する形で対独最後通牒を発して参戦、山東半島へと上陸し、ドイツ権益を確保した。


 そして翌年、袁世凱にたいして21か条要求を行う事となる。


 この要求を伝えられた各国は日本に対し反対表明を行い、中国国内では五四運動が発生し、日本は袁世凱へ最後通牒を発して要求を呑ませた。


 一応そう言う流れになっている。


 これに対し、それは自虐史観であるといった批判があるのも事実だが、経緯そのものは捏造でも対日批判でもない。


 自虐史観との批判は二一か条要求の大半が当時の国際常識、慣習から妥当な物であり批判されるにあたらないと言う物だが、それは実際に合意された一六か条についての話。

 日本が要求し、後に取り下げた六か条に問題があった。


 そこにあった政府顧問受け入れや満鉄以外の鉄道、台湾対岸での権益拡大要求がそれにあたる。欧米から見れば日本による市場独占にしか見えなかったからだ。


 結果から言えば、対華二一か条要求と言う物は日本と袁世凱による八百長試合でしかなかった。


 自虐史観や反日史観として日本を糾弾するような論説がいかに誤りかを示す史料も枚挙にいとまがないが、だからと言ってこの事実を自虐だ反日だと否定できるものではない。なにより、明らかに外交の失敗だったのだから。


 そもそも、日本は欧米各国へ根回ししていなかった訳ではない。が、その際に開示した項目には権益拡大や独占と受け取られる条項は含まれていなかった。

 その条項は秘密条項とされ、譲歩可能な希望として袁世凱に示されていたので、不要くらいに思っていた様だ。


 しかし、袁世凱はメディアに対して秘密であるはずの条項もすべてぶちまける挙に出た。


 この事で欧米の対日不信を高める事に繋がっている。


 そもそもが譲歩した六項目は外務省や政府、元老が要求したものではなく、財界や軍の意向を断り切れなかった優柔不断さに端を発した日本側の八百長部分でしかなかった。


 袁世凱にとっては、日本の要求をそのまま受け入れる事は自身の権力基盤が揺らぎかねず、それを防ぐために大騒ぎし、大幅な譲歩を引き出したという姿を示す必要があった。つまり、八百長を成立させるには、秘密などに構っていられなかった。


 完全に外交として失敗していた訳だ。お互いに。その結果が、22年後の日華事変泥沼化につながる。お互いがお互いを信頼していないのだから、以後の交渉が上手く進むはずもなく、あまりに大騒ぎしたせいでお互いの国民感情は最悪へと転げ落ちていくしかなかったのだから。


 それは欧米に対してもそうで、参戦要請を意図的に拡大解釈して火事場泥棒のような姿を見せたことが日英同盟解消に繋がり、大陸利権保護、拡大を目論んだルーズベルト政権による日本討滅へと繋がった訳なのだから。


 日本においてもこの参戦とその後の経緯が総力戦、対米戦へと指向させたとの論があるが、それは経緯を見れば自業自得と言う他ない。自ら種を播いているのだから。


 では、なぜ日本は第一次世界大戦に参戦したのか?


 それは参戦理由と21か条要求を見ればわかる。


 関東州や満鉄の租借権延長を是が非でも成し遂げたかった。そのためにはドイツ権益を奪取し、交換条件とするくらいしか思いつかなかったという事になるだろう。


 なんのこっちゃ?と思うかもしれないが、日露戦争で満州の権益を得たと浮かれ、実はそれが期限付きの物である事まで深く思いが至っていなかった。


 ロシアが清と交わした租借権はそれぞれ25年。関東州は7年経過、満鉄は2年経過した状態で譲渡された中古物件だった。

 ようは中古物件で使用期限が短いにもかかわらず、真剣にその事について頭が回らないままに大喜びしているだけだった。


 ポーツマス条約の頃にしっかり租借権延長対策を練っていれば、第一次大戦への無理な参戦も必要なく、租借延長交渉において大騒動を起こして不必要に欧米から警戒される事態になってはいなかっただろう。

 よく言われる桂・ハリマン協定の履行。それによって米国が租借延長で反対に回る事態を防げたかもしれない。


 その様な対策を事前にしっかり練っていれば、無理に青島出兵を行わず、英独合意のままに平穏なアジアでどんどん輸出して儲けているだけのボロい商売が可能だったのかもしれない。


 もちろん、それはそれで以後に何の問題もなかったとはならないのは確かだが、第一次世界大戦不参戦を求めるならば、そう言う方向が見いだせないだろうか。

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― 新着の感想 ―
拝読しました。「参戦の是非」を道徳論や反日/自虐のラベル貼りに逃がさず、外交の手続き・根回し・秘密条項の扱い・相互の国内政治(袁世凱側の“八百長を成立させる必要”)まで含めて因果で積み上げていくのがす…
ポーツマス条約、桂・ハリマン協定、参戦要請、 どれも理性的に論理的に考えれば仰るとおりかもしれませんが、当時の新聞が煽りに煽っていた状況では、現実はやっぱり史実通りにしかならないような気がします……残…
盧溝橋と上海での二発目がなければ、まぁ、それなりに上手くやれていたんだろうけれどねぇ。上海の二発目は、明らかにあっちがやる気で襲ってきているから、もうどうにも引けないし、引いたところで、今度は欧米の租…
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