ヒロインらしき人物の侍女になったら……
「お嬢様、そろそろお時間でございます」
「あらそう、もうそんな時間なの」
寮室で勉強をしていると、侍女のカリーネから声をかけられた。
ここは王都にある貴族専用の学園だ。
基本的に貴族の血を受け継いでいるもののみ、入学が許される。ただ高位貴族の後押しがあれば、平民でも許される可能性はある。
そして私、ヴィヴィはフロイント子爵家の三女だ。
ここに通う学生は五名まで付き人が許されている。
最も下位貴族である私は、カリーネ一人しか付けることができなかったけどね。
カリーネは平民出身だけど、私が幼少の頃から付き人をしていて、気の許す相手でもある。
年は十五歳の私より三歳上で、現在十八歳だ。私が学園へ通う時に、付き人から侍女となった。
さて、貴族学園で十五歳ともなれば中等部であり、来年には高等部へいく事となる。
高位貴族であれば幼少から優秀な家庭教師をつけている事もあり、だいたい成績の上位を高位貴族が占めている。
でも下位貴族の、しかも三女の私には家庭教師なんてものはいなかった。
せいぜい母上から教えてもらった程度だ。
母上もまた男爵家から子爵家に嫁いできた方なので教育内容としてはお察しだけど、教育を受けられる、ということだけでも有り難い。
実際カリーネは平民なので、教育なんて受けたことなんて無かったと言ってたし。
それでも十年前、カリーネが八歳の時にうちへ来て、その僅か一年後に私の付き人となったのだ。
同性で年が近かったという事もあるが、優秀だったのだろう。
「お嬢様、それ間違っておられます」
「え? うそ?」
「集合は一見するとややこしいですからね。しかし一つずつ整理すれば簡単です。例えば全体で五百人いたとして、Aを購入した人が百人、Bを購入した人が二百人……」
「わかんない!!」
「お嬢様は馬鹿ですか」
「馬鹿とは何よ!!」
「冷静に考えてください、これはこのように表にして、当て嵌めていけば分かりやすくなります」
「あー……なるほど」
なんで平民なのに、この人こんなに知っているのかしら。
カリーネのおかげで、私は下位貴族なのに成績は割と上位に入っている。
しかしこれ以上成績を伸ばすと妬む人が出てくる可能性もあるので、抑えておくようにとカリーネは言っている。
私は城の文官を目指している。
下位貴族の三女なんて、まず貴族との結婚は無理だ。領内にある、覚えのよい平民へ嫁ぐくらいだろう。
しかし城の文官になれば、一代限りだけど士爵という爵位が貰える。なお武官の場合は騎士爵だ。
爵位が貰えれば領内ではなく、ここ王都内の貴族街に小さいけど屋敷を構えることもできるし、そうなれば爵位を継げない貴族の次男や三男などと婚姻を結ぶこともできる。
一代限りとはいえ爵位を貰い貴族の血が残れば、将来もしかすると叙勲される可能性もある。平民と結婚すればその芽が無くなってしまうのだ。
やはり貴族として生まれたからには、自身の血を継いで家を残して貰いたいのだ。
その為に学園では良い成績を残したほうがいいのではないかと思ったが、実際は文官試験の時に本気を出せばよくて、学園では爵位に応じた成績を残していれば良いらしい。
出るものは打たれる、と常々カリーネは言ってた。
なるほど、あまりに突出すれば下位貴族なので容易に潰されやすい。
だからこそ目立たず、ひっそりと、しかし牙は研いでおく。
文官試験に合格すれば、それで勝ちなのだ。
「そろそろ髪も染めましょう」
「あー、そうね。天辺がちょっと抜けてきているわね」
私の髪はピンクブロンドの色をしている。
この色は珍しく、父にも母にも、祖父母にもいない。全員金色だ。
なんでこんな色になったのか、もしかすると母が不貞でも犯したのかと疑われてしまったほどだ。
まあ実際ピンク色の髪なんて領内にもいなかったし、その疑いは晴れたけど。
でもカリーネが言うには、突然変異でメラニン色素がどうのこうのと言ってた。詳しい話は覚えてないけど、可能性として僅かだが髪に赤色が混じることもあるらしい。
赤色? ピンクですが?
でも金色と赤色が混じるとピンク色になるんですって。
ほんとに何者だ、この平民。
それはそれとして、ピンクは目立つ。
先ほどの出る杭は打たれる理論で、金色に染めることとなった。
やはり両親も自分の髪の色と別だったからか、賛成してたからね。
「そういえばお嬢様、王子殿下とはその後いかがなりましたか?」
「接触してないわよ。やけに絡んできて面倒だったけど、こっちが恐れ多くて接するのは無理という態度を貫いていたからか、今は何も起こってないわ」
「はい、それで正解です」
私の髪を染めながらカリーネが問いかけてきた。
学園に通い始めたころ、何故か王子殿下とそのお付きの方々に目をつけられた。
自画自賛にはなってしまうが、私は可愛い。高位貴族の方々と比べても遜色はないと思う。
玉の輿狙えるかも!
と最初は思った。
でもカリーネが言うには、下位貴族が王族に目をかけられるなんて、周囲から潰してくださいと言ってるようなものだと。
でも王族の後ろ盾があればいいんじゃないの、とも思ったがそれは半分正解で半分不正解だと。
王族とはいえ、学生の身分である王子はまだ未成年であり、後ろ盾としては非常に弱い。高位貴族に目をつけられれば、いかに王子といえど防ぎきれない。
それにどうせ王族を落とすなら、未成年の王子より成人してる強固な後ろ盾がある王族にしろと。
それって王弟殿下くらいしか思いつかないんですけど。そんなお方と接触なんて奇跡が起こるわけがない。
同じ学園にいる、という接点があるからこそ、王子と接触が出来たのだ。
そんな接点がまるでない王弟殿下と出会えるなんて無理だ。
だからこそ、地に足の着いた将来を考えるべきだと。
奇跡を起こすなんて分の悪い賭けをするより、確実に、堅実に一歩ずつ進めるべきだと。
この平民、もしかすると上位貴族に取り入れられたら、私より立場上になりそうな気がするんですけど。
「はい、綺麗な金色になりました」
「ありがとう」
「ではそろそろお風呂に入って、就寝しましょう」
「うん」
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私はカリーネ、家名は無くただの平民です。
フロイント子爵領のとある庄家生まれであり、代々フロイント子爵領の一部を代官として治めてきた家系となります。
高位貴族領なら、もしかすると子飼い貴族として高位貴族がいくつか持っている爵位を借り受けていた可能性もありますが、下位貴族の子爵家ではそれもありません。
フロイント子爵領内なら名家扱いされていますが、領外に出ればただの平民です。
さて、そんな私には別の世界で生きてきた記憶があります。
三歳の頃にそれを思い出し、そこから優秀な子供として扱われました。
ええ、ちょっと調子にのってしまいました申し訳ありません。
まあそれはともかく、八歳の時に領主様のお屋敷へ行儀見習いとして奉公しにいく事となりました。
いかに優秀とはいえ女、残念ながら家業は継ぐことができません。
しかし単に平民へ嫁ぐだけというのはその能力が惜しい、と判断され領主様のお屋敷で侍女長を目指してこい、となった訳でございます。
でもお父様、いくらなんでも八歳は早すぎだと思います。
そして領主様のお屋敷に来た時、気が付いた事実。
領主様の三女にピンクブロンドの、どこかで見たことのあるような女の子がいらっしゃるではありませんか。
小説の挿絵で見た記憶があります。
確かその小説では子爵家のお嬢様が王子殿下と結ばれるものの、その後王妃となったあと様々な不幸が訪れ、最終的に元婚約者の公爵家が国を乗っ取り、国王となった王子と共に断罪される悲哀ストーリーだったのです。
最後は美しく散っていくお話でしたが、よくよく考えれば婚約者がいた王子を奪う略奪愛ですよね。
王妃になったあと不幸が訪れ、とありますが、単に政策が失敗続きだっただけでしたし。
そのせいで王家が滅んで公爵家が乗っ取る未来になってしまいました。
公爵家は元々王家の分家でしたから、血筋的には王家は存続しているのでしょうけどね。
でもこれではいけません。
王妃として断罪されてしまえば、実家であるフロイント子爵家はもちろんタダではすみませんし、私もその中に含まれるでしょう。
巻き込まれるのなんてお断りです。
ただお嬢様は将来はともかく、現在はまだ五歳の子供。
今から教育すれば略奪愛などせず、自分の身の丈にあった将来設計を考えさせることも可能です。
これは是が非でもお嬢様のお付きになる必要がございますね。
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「お嬢様、人生堅実に生きていくのがよろしいです」
「堅実って何よ。だって私可愛いもの。きっと素敵な王子様が私を見染めてくれるわ」
「お嬢様は確かに可愛いですが、それだけですと玉の輿を狙うのは間違っておられます」
「何でよ!」
「どなたかの貴族に見染められて、結婚したとしましょう。ですが、馬鹿では夫人は勤まりません」
「馬鹿とは何よ!!」
「きっと影でこそこそ、ヴィヴィ夫人は愚かですね、と嘲笑われます」
「ひどいわ! そんな事言うやつなんて……あら、なんだかお目めがくるくるしてきたわ」
「お嬢様から可愛いを抜けば、ただの馬鹿しか残りません。しかしよくお考え下さい、可愛い上に賢ければ無敵ではありませんか? さあその為にはお勉強です」
「ウンソウネ、ワカッタワ」
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「お嬢様、貴族というものは自身の血を繋げて、家を発展させていくものです。ですがお嬢様は将来、この家を出てどこかに嫁ぐでしょう。しかもお嬢様は三女ですので、おそらく私の実家のような庄家に嫁ぐ可能性が高いと思います」
「そうね、それが普通かしら?」
「しかし、お城の文官になれば一代限りですが士爵という爵位が頂けます。それならば、家を継げない貴族の次男や三男と結婚することも可能ですし、栄達を極めれば昇爵することも可能です」
「そんな事できるの? 可能性としては低い……あらお目めがくるくる」
「もっとお勉強をすれば、その可能性が高くなります。さあお嬢様、頑張ってお勉強しましょう」
「ウンソウネ、ワカッタワ」
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「お嬢様、王子殿下とお会いしたと伺いましたが、それは真でしょうか?」
「そうなの! 素敵な方だったわ。私もあんな素敵な殿方と結婚……」
「それは悪い手でございます。王族に目をかけられれば、下位貴族のお嬢様だとご実家ごと潰されかねません」
「大丈夫よ、殿下が守ってくださるとおっしゃったもの」
「それは間違っておられます。大変失礼ですが王子殿下は王族とはいえ未成年。下位貴族ならばともかく、高位貴族から守れる力などございません」
「ええ!?」
「どうせ王族を狙うなら、成人されておられる王弟殿下がよろしいかと」
「そんな無茶な……あらお目めが……」
「士爵になれば、お城に通えます。王弟殿下とお会いできる可能性もございますよ。さあその為にはお勉強です」
「ウンソウネ、ワカッタワ」
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「カリーネやったわ! 文官試験に合格したのよ!」
「お嬢様、おめでとうございます。まあお嬢様の実力なら当然の事ですね」
「ふふん、もっと褒めてもいい……くるくる」
「しかしお嬢様、お城にいる文官は皆この試験を潜り抜けてきた方たちです。彼らよりももっと上を目指すには、彼ら以上にお勉強をしなければなりません」
「ウンソウネ、ワカッタワ」
「しかしお嬢様、残念ながら私ではこれ以上のお勉強をお教えすることはできません。あとは経験を詰んでいきましょう」
「ウンソウネ、ワカッ……え?」
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私は前世ではそれなりの大学を出ていた為にお勉強をお教えすることはできましたが、さすがに国の中枢にいる、前世でいえば官僚となったお嬢様に対してこれ以上お教えするものはありません。
ここまでが限界です。
ここから先はお嬢様自身で切り開いていく物語です。
既にお嬢様も士爵となられました。さすがにまだ貴族街に家を持つことはできないでしょうが、文官のお給料でしたら数年もあれば可能でしょう。
そして王都の貴族街に平民の侍女がいるのは世間体が悪うございます。
それにもう王妃になる事はないでしょうから、断罪ルートからは外れたと思います。そろそろお暇させてください。
私としても、お嬢様が学園でお過ごしている間のサポートに加え、更には文官となり士爵位まで賜ったのです。
この実績は強いと思います。
あとは子爵領に戻り、侍女長になるべく頑張らねばなりませんね。
「カリーネ! どこへ行くのよ!」
「え? 子爵領に戻るつもりですが」
「私には、まだまだカリーネが必要なの!」
「とは申されましても。既に寮からは出ましたし、どこに住めばよろしいのでしょうか。さすがに宿屋暮らしは少々……」
「ふふん、カリーネの言った通り王弟殿下と仲良くなって、小さいけど屋敷を賜ったのよ」
「……は?」
何してくれるんですかこの小娘。
というより、いつの間に王弟殿下と接触したのですか。
「学園の卒業式で王弟殿下とお会いできる機会があって、そこで頑張ったの。十日かからず落ちたわ」
「王弟殿下……」
さすがヒロイン。
王妃ルートからは外れましたが、王弟殿下ルートとは……。
でも王弟殿下であれば直系ではありませんし、将来の王妃にはなりません。
つまり断罪は起こらないということです。
……いいのか?
「さすがにすぐ婚約という訳にはいかないので、一旦士爵として間を設けてから婚約になったのよ。で、屋敷を賜ったのだけど肝心の屋敷を任せられる人がいないの。カリーネを除いてね」
「えぇ……」
「婚約後は王弟殿下のお屋敷に行くけど、私専属の侍女長としてカリーネを迎えるようにしたわ」
「しかし私は平民ですが。いくらなんでも平民が王族の屋敷で働く事はできません」
「大丈夫よ。カリーネも文官になれば良いのよ。私に教えられるくらいお勉強できるんだから、楽勝でしょう? 文官になれば、王弟殿下のお屋敷でお仕事という名目もできるし。実際は私専属の侍女長だけどね」
「そんな無茶な」
「ちゃんと王弟殿下が約束してくれたわ。彼は成人している王族だし、後ろ盾も強固だから大丈夫よ。口約束だけじゃなく、しっかり王家が持つ指輪も頂いたわ」
しっかり学んでます。
もうこの言葉しか言うことはありません。
「かしこまりましたお嬢様」
こうして私はヴィヴィ王弟妃殿下付きの侍女長となりました。なお、きちんと文官試験に受かって士爵位を賜っております。
そして私自身は王弟殿下付きの侍従と婚約し、夫婦揃って王弟殿下とヴィヴィ王弟妃殿下を支える事になりました。
まさかこのような結末になるとは予想だにしていなかったわ。




