偽名地区
目の前に何人かの僕がいる…。
ただ、それだけ、いや、名前が違う僕、彼らが僕を殺そうとしている。
高校生活は退屈で仕方がなかった。学力はなくクラスの成績はいつも下の方で、性格は強いていえば卑屈のため高校三年間クラスメートとは会話したことがない。(部活はそれなりに楽しかった)
そんな退屈に感じることが多かった高校生活で少し不気味に感じることがある。通学路だ。
一人暮らしのアパートからほぼ真っ直ぐ行くとそれなりの大きさのスーパーマーケットがあり、そこの信号から同じように高校まで真っ直ぐなのだが、その道中一瞬だが必ず視線を感じるのだ、誰かがカメラを持って僕自身を追いかけながら全方位撮影しているように感じていた。
「気持ち悪いぃ…絶対何かいるだろ...ここ」
そう言いながら登下校するのが日課だった。
高校を卒業する数ヶ月前に突然、担任に呼ばれることがあった。(今回のテストも点数が悪かったかな)とか思いながら職員室に行き、入室前に職員室横のトイレで身だしなみを整えて「失礼します」と言い入室し、担任の所に向かう。「仕事中にすみません」と担任に言い、キーボードを叩くのをやめて、僕の顔を見るなり顔色が悪くなる。
「お前 朝から高校にいたよな…?遅刻…してないよな?」
「…?え…はい てか先生 朝 出席確認していたじゃないですか...」
すると先生はため息を吐き「そうだよな...」と言い、担任は他の先生と目を合わせて何かを察したかのように頷いていた。珈琲カップの水面を揺らしながら机の引き出しから地図を取り出す。見るからに古そうな地図で少しの力で引っ張たら破れそうで黄ばんだ地図だった。それを広げ僕に見せる。少しカビのにおいがした。
「お前は確か一人暮らしだよな...?」
「はい...隣の県から引っ越してきたので...」
「登下校はどの道を使うんだ...」
僕は少し苛ついた。用件を言わない担任に対してもそうだが、担任の様子が少しおかしい。冷房が効いて少し肌寒い職員室なのだが、先ほどから汗が少し出ている。ドラマとかの修羅場で「何かやましい事があるんだろ」とかいうセリフがこれほど似合うことはない。
「あの...これ何なんですか...?」
「いや 何も言わずに先生の話を聞け...」
僕はとりあえず、通学路の道の事を詳細に伝えた。(視線のことは言わなかった。自意識過剰と言われるに決まっている)担任は僕が言った通学路の話と古臭い地図を照合し始める。時計を見るともうすぐ五時限目の授業が始まる。
担任は何度も地図と照合していた。汗は古臭い地図に滴り、他の教員もその様子を伺っていた。しばらくすると「やっぱり 通学路と接している...」と小声でつぶやき、僕に向かって頭を下げて、五時限目の始まりのチャイムが鳴った。
「あの 急に頭を下げてどうしたんですか...?」
「申し訳ない...君が使っている登下校の道の一部は『禁足地』と言われる場所なんだよ」
「は...?」
担任は話を続ける。
「正確に言うと 条件付きの『禁足地』ともいえる場所なんだ」
「あのそれより 五時限目に行かないと...」
担任は首を横に数回動かし、僕の手首を持ってそれを止めた。
「君はあの教室にはいかせられない...」
「どうして...」
「『君』がいるからだ...」
「...?」
僕は担任の言っている事が理解できなかった。「僕」が今教室にいる?僕は今、高校の職員室で意味が理解できないことをだいぶ年上の大人から、教職という肩書の大人から言われている。
職員室の先生方の視線が少しづつ集まる中、担任は古臭い地図を僕にわかるように広げてみせた。
「いいか...よく聞くんだ...」
担任は高校がある場所を指をさし、僕が住んでいるアパートの方にゆびを動かした。
「これが君の登下校ルートなんだろ?」
「...はい」
僕は何もわからないまま返事をする。
担任は僕の登下校ルートをまた指でなぞるように動かしとある地域。そこに指を止めた。
「ここって...」
「君...ここで違和感を感じたことはないか...?」
背中に氷漬けの水をぶっかけられた気がした。
例の道だった。あの視線を感じる道だった。地図を見ると「禁足地」と言われる地域の場所にほんの少し歩道に重なっていた。担任の説明だと僕は朝と夜ほんの数秒だけそこの「禁足地」に足を踏み入れていた。ということになるらしい。
「ところで 君を呼んだ理由なんだが...君はここにいるのだが 今朝 君の遺体が数十体発見された...」
「...?」
担任は話を続けた。
僕は職員室を後にし、教室に戻っていた。担任からはこのまま手ぶらで帰宅しろと言われたが正直、もう一人の「自分」を見たいという好奇心と何かしらのドッキリ(もしそうなら相当達が悪い話だが)という疑念があったため、どうしても気になった。いや、正直ドッキリであって欲しかった。それに、アパートの鍵は教室のバッグの中だ。
(ドッキリにしては少々 馬鹿げた設定だ…もしかしたら裏をかいて… あいつら そこまで考えるか?それとも 僕自身を馬鹿にしているのか?)
と頭の中は苛つきながら思考を巡らせていた。
階段を登り、踊り場にある窓をチラリと見た。
「いた…」
見間違いではない。高校の中庭に一人ポツンと誰かが立っていた。叫びたかったが場所がバレるのはまずいと思いグッとこらえた。中庭には瓜二つの「僕」がいたのだから。そして「僕」は僕に気付いた…いや僕が窓からチラリと見る前から僕がいる所を見ていたに違いない。
「僕」は目を横に細長くし、口角をいやらしい程吊り上げてこちらを見ていたのだから。
僕は職員室から退室する際、担任との会話を思い出していた。
「ここの高校の校則…意味がわからないのが一つあるだろ」
担任は古臭い地図を丁寧に畳み、引き出しに戻しハンカチで汗を拭き、苦虫を噛み潰したように言う。
「頭髪とか化粧禁止の下らない校則以外にありましたっけ?」
この発言で職員室の空気が悪くなったが、僕は気にしなかった。正直に思っていることを言って何が悪いんだろう位にしか思っていない。
担任は首を横にふった。
「持ち物に名前の記入禁止…」
担任は続ける。
「高校だから持ち物に名前を書く事っていうのはあまりないと思うが...不思議な事にここら辺の小中学校も名前に関する...特に本名に関する物を学校外で書いたり名前が書かれた物をもって外出するのも禁止らしい...」
「今時の個人情報漏れ防止とかですか...?」
「いや...もうこの話はよそう...とりあえず帰るんだ」
そう言われ、僕は職員室を後にした。とりあえず僕が職員室を出るとき、他の先生が担任にこう質問していた。
「彼...本物ですか...?」
僕は「僕」がそのまま中庭から動かずに湿度を感じるほどジトッとこちらを見つめているのを確認した。階段を急いで駆け上がり、教室に向かった。教室の階に着いて教室に急いで向かおうとした。廊下の方が少しうるさく感じた。
「…?」
僕は足を止めた。違和感を感じたからだ。今は授業中のはずなのに、授業中だから、先生達の声しか廊下に響くはず(たまに生徒の声が響く事もあるが),だが廊下にケタケタと笑う生徒と先生達の合唱が聞こえる。
(てか よくよく考えたら授業に遅れていくのいやだな…あいつらの視線怖いし……よし 帰ろう)
僕は階段を降りようと振り向いた。
ドタドタと何かが階段を這い上がって来る音が聞こえた。
「おい…帰れと言っただろう…」
「先生…」
息を切らした担任がいた。何か言いたそうだが息を整えて言うつもりなのか右手を情けなく挙げて「ちょっと待って」というようなジェスチャーをしている。
チラリと踊り場の窓を見たが「僕」はいなかった。
「お前…本物…みたいだな…」
「…?」
「奴らと表情が違うから分かりやすい」
なんとなくだが、この場から逃げたくなった。いや「僕」を見た時点でなぜ逃げずにしばらく考えて教室に向かおうとしていたのか。わからない。だが、これだけは言える。
「先生…以前にも同じような事が…?」
担任はゆっくりと頷く。
「とりあえず今は帰るんだ…そして しばらく『偽名』を使え…」
「いやいや 何でですか…?」
僕は担任の案の意味が理解出来なかった。
ここで僕は一つ疑念が生まれた。
(数十体の『僕』の遺体って…警察は動いていないのか?)
朝から僕らは警察のサイレンの音や学校に警察が来た等の話は聞いていない。ましてや、何故担任や他の先生達がそれを知っているんだ?
元々だが、担任はあまり信用していない。学生や先生達からの評判は良いし大人で社会人としては立派な方だとは思うが、個人的に何かが引っ掛かる。
「笑顔すぎる…」
と僕が呟く。
違和感は表情だ。ずっと笑顔なのだ。誰にたいしても口角を上げて目を横に細長く…
(あれ どこかで…)
内蔵が冷えるように感じ、僕は担任の横から階段を飛び降り、踊り場に着地する。というのを何回か繰り返し、学校の裏門から出た。足の痛みや足首の関節の痛みを忘れる程、アパートに走って向かった。
心臓がちぎれそうになるほど、走った。
(これほど走ったのはいつぶりだろう…)
僕は足を止めて膝に手をつき息を整える。血管内の血液の流れを感じる程、体温で血液が暖められているような感覚。
誰かが僕の前に立った。膝に手をついているため視線は下を向いていたため靴しか見えていない。
(同じ 制服のズボンとローファー)
気がついた。いや気付くべきではなかった。走るのをやめた場所があの道、あの地区だったのだから。
目の前の人間聞き覚えしかない声でこう言った。
「君…今日帰り早いね」
聞き覚えしかない声が鼓膜を振動させた。僕は手を膝につけたまま顔を上げる事はできない。いや、上げたらまずい気がする。
額から汗が流れ心臓の脈拍が上がる。
「君…聞くまででもないが『名前』は?」
また、声が聞こえる。正直、目の前の「何か」を振り払って逃げたいが、身体が言うことを聞かない。手と膝ががくがくと震えだし、呼吸が少し乱れ始める。
すると、声の主が手を伸ばし、手のひらを見せる。
「これは...」
僕のアパートの鍵だった。間違いなくアパートの鍵だった。全身の血液が凍るような気がした。
「そんなに怖がることはないだろう...これは数日前の『君』から盗った物だよ...」
(数日前の僕...?)
僕は言うことを聞いてくれない身体を無理やり動かし顔を上げた。瓜二つの「僕」がいる。後ろに倒れ尻もちを着いた。怖くて叫びたかったが喉に力が入らない。まるで餅を詰まらせたが呼吸はできるような感覚だ。「僕」は鍵を投げ、立つように促した。
「珈琲を飲みたいのだが あそこの自販機で買ってきてくれないか?」
「僕」はこう言った。
「財布を学校に忘れた...」
「それは残念...」
「僕」は悲しそうにしていたが表情は変わらず、いやらしい程口角が上がっている。すると突然「僕」が子供のように指を指した。表情が不気味すぎてなぜ指を指したのかわからなかったが、方向が例の「地区」の方向でとある家の窓を指さししている。
「地区」内には何件か家が建っており、家は洋風と和風の色々なデザインだが玄関の方を見ると「空き家」という看板が寂しそうに貼られていた。いつも「地区」内の家全部、カーテンが閉め切っており、昼でも朝でも開けているところをみたことがないがその時は二階のカーテンが開いていた。「誰か住んでたんだ」と思ったが、玄関を見ると「空き家」という看板が貼られている。
「誰もいないはずなのに...」
家の窓をじっと見つめていると、部屋に誰かが立っているが部屋の中は十五時を過ぎているというのに薄暗く部屋で顔や体の向きはわからないが、ただそこにいてじっと立っているというのが分かった。気味が悪いと思い「僕」に尋ねた。
「ところで...指さしてどうしたんだよ」
気が付くと、「僕」はいなかったが、次に感じたのは例のいやらしい視線だった。身体中が震える。(担任に言われたこの「地区」には踏み入れていないはずなのに)と思っていたが、先程「僕」が指さしした家の窓を見ると、さっきまでは二階のカーテンしか開いていなかったのに、今度は一階も開いていた。影が二つあった。一階と二階、両方じっと気を付けの姿勢で立っている。同じ体勢なのが逆に不気味なのを煽っている。
「あ...」
後ろに誰かが立っている。足音も気配とやらも何も感じなかった。多分「僕」だろうと思った。震えが止まらない。断言できるが「僕」だが、僕ではない。
「あ...あ...う」
僕は振り向いた。それがいけなかった先程の「僕」で免疫が付いたと思ったのだがそれがいけなかった。「僕」で間違いないがそこにいたのは...首が折れた「僕」だった。
僕の叫びなのか悲鳴なのかわからない声が響いた。誰もいないのが救いだった。僕はすぐその場から離れ数歩走って気づいた。
「あ...」
「ぎゃははは...入った 入った」
首が折れた「僕」は嬉しそうに笑った。いやらしいほど口角を吊り上げている。僕はまた全力で走った。僕は影が見えた家を横切るとき、影の正体を知ってしまった。
(部屋の中が薄暗いんじゃない...部屋の中に大量の「僕」がいる...みんな制服を着ていた...みんなこちらを見ていた...)
僕はその「地区」を走り抜けアパートに帰った。
その日からその通学路を通る度、「偽名」を使っているが、「僕」の目撃情報は絶えない。大量に遺体があったそうだが、それもどうなったのかは知らない。担任にも聞いたのだが「知らない」の一点張りだった。
「今日卒業か...」
退屈でしかなかった高校生活がやっと終わる。皆が体育館に向かって行く中、僕はこっそり高校から抜け出し(多分クラスのやつらと担任は気付かない)僕はその「地区」へと向かった。高校で唯一ともいえる思い出の場に向かうと、何人かの「僕」がそこにいた。
「偽名でも意味ないのか...」
僕はそこに立ち尽くし何もできなかった。いや動けなかった「僕」達はいやらしい程口角が吊り上がり眼は横に細長く不気味な表情でその場でじっと立っていた。何をするのでもなく、ただ手と首を変な風に動かしゆっくりと近づいて僕の首を絞めようとしてギリギリのところで身体が動き、その場から逃げた。あの場所にはもう近づいていない。
彼等が何だったのかはわからない。地元に関する書物やネットを使ったが何も出てこなかった。ただこれだけは言える。あの「地区」は「本名」に過剰反応して記録し、その記録を放映していた。だから「名前」に関する物はすべて禁止だったんだ。
推察だがそれしか言えない。




