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愛おしい子達とのなんでもない普通の幸せな毎日をここに記録。


by naotanmen
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8月15日


終戦。昔からこの時期になると各局戦争の特集が組まれる。
子供の頃は見るのが本当に怖かった。

物心ついたときには父方の祖父も母方の祖父も亡くなっていて記憶がないが
母方の祖父は病弱で戦争にいかなかったとか
父方の祖父は戦争にいったけど無事に帰ってきたとか
なんか、そんなようなことを聞いたような気がする。
実際はわからない。子供だったし理解できていないし
そう聞いたような気がしてるだけ。

中~高校生ぐらいになると
当時のことを知りたくなり、一緒に住んでいた父方のばあちゃんに
あの時、ばあちゃんたちははどうしてたの?と聞いた。

ばあちゃんは目に涙を浮かべるだけで何も言ってくれなかった。
戦争特集を見るたびにばあちゃんは涙を浮かべてた。

今はばあちゃんの気持ちがちょっとだけわかる気がする。
思い出したくない語るのも辛い経験だったのだろうが
当時子供の私はそんなことがわからないからしつこく毎年聞いた。

ばあちゃんが少しずつ話してくれた。
「B29が飛んできて爆弾を落としていった
町に落とすから町から山の方へ逃げていく人達がたくさんいた」
「でもあの日(富山大空襲の日)は風が強くて
町に落とした爆弾が風に流されて山に落ちた
山に逃げて行った人達がたくさん死んだ」

うちは町はずれ。ばあちゃんは爆弾が落ちてくるなか
長男の私の父を含めた子供達に家の前の小川の淵に隠れるように言って
自分達大人は家を守るためになんかしたって言ってたな。
(何かは憶えていない、もしかしたら火消し?)

母方のばあちゃんにも聞いたことがある。
母方のばあちゃんは町に近い所に住んでいたから
幼かった伯母の手を引き、0歳だった私の母をおぶって
やはり山の方へ走って逃げたそう。

戦争の記憶、それは戦場にいった男も
家と子供を守ろうとした女にも辛い記憶
思い出したくない、語ることも出来ないほどなんだと
子供ながらに感じたんでそれ以上は聞けなかった。

とーちゃんの父方のじいちゃんは衛生兵として戦場に行ったという。
頭に被弾して負傷兵として帰国できたらしい。

どっちの父も母も死ななかったから
今私ととーちゃんがいるがいるってことだ。

戦争が終わっても戦後の大変な時代を生き抜いてきた
祖父母と父母。

ばあちゃんはわずかな砂糖の配給を貰うために
何時間も歩いて行ったって言ってた。

私が子供の頃、ばあちゃんは米粒一つ残さずさらって食べてた。
お皿に残った煮汁とか醤油とか、お皿を舐めまわしてピカピカにしてた。

父は「みっともない!やめろ!」と怒っていたし
私も「汚い」と思っていたけど

食べるものがない時代を生きてきた人だからだと今はわかる。

戦争を経験したじいちゃんばあちゃんの話はもう聞けない。
戦後を生きた母の話を聞ける機会もあとわずか。
(父は私が19歳のときに亡くなったので聞けない)

戦後80年
当時のことを生で聞けるのはもう私達世代で終わるんだな~
私達の子供世代は戦争って他国事なんだろうな~って思う。

だから語り継ぐことの大切さを感じています。


*我が家は地主だったらしいが戦後の土地改革(農地改革)で
多くの土地を失ったんだと。

温厚なばあちゃんが
そのことについて話した時の怒りの言葉が今も忘れられない

「マッカーサーのやつが!!!」

教科書でしか知らない人のことを「やつが!」って言ったばあちゃんを
マジで忘れられないw


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by naotanmen | 2025-08-15 22:47 | ひとりごと | Comments(0)