去年の12月18日
あるが旅立ちました。
今日は命日。
リンゴカスタードケーキと
あるが好きだった果物(あるは幼いころから果物が好きだった)
今は柿だよねって、柿も切ってあげました。

被り物を嫌がらず(我慢してくれてた)被り物要員だったある。
クリスマスが近いからトナカイさんになったあるをお届けします。
可愛い♪

12月8日にラヴィを見送った10日後に
後を追うようにあるも逝きました。
去年の今日、私には大きな後悔があります。
この年の4月にエマが体調を崩し通院、手術。
手術してからわずか1週間で私達の元からいなくなって
悲しみも冷めやらないうちにあるが腎不全を起こし
毎日点滴に通うことになりました。
その数日後にラヴィが足を脱臼。
ラヴィはガンを患っていて免疫が落ちていて脱臼を元に戻すための麻酔ができず
足がぶらぶらのまま。自分で立つことも歩くこともできなくなりました。
でもラヴィは歩きたがるからラヴィの体を支えながら歩かせてました。
毎日何時間もラヴィを支えながら歩かせていました。
同時にあるの通院と介護。
その1ヶ月で私、4㎏痩せました。
(今はリバウンドが果てしないよ)
あるラヴィの介護で自分が限界だと思って犬の車椅子を探して車椅子ゲット!
だいぶ楽になりました。
それでも通院は続き、私だけでは無理と、とーちゃんも仕事を調整して
私の代わりに病院へ連れて行ってくれて助かったけど
とーちゃん「俺、仕事を辞めないかんかな」
これ以上仕事を休むと仕事を失うかもしれないほどのなかで
それでも大切なあるラヴィのため、二人で頑張りました。
エマもラヴィもあるも心の底から愛してた。
精一杯のできることをした
それには後悔はありませんが
あるが亡くなる前の日から私が熱を出し寝込みました。
20年以上風邪も引いたことがなかった私が。
とーちゃんがインフルエンザにかかってもコロナにかかっても
私にはうつらず私は健康体だったのに
あるが亡くなる前に熱を出し寝込みました。
エマ、ラヴィ、ある・・・の疲れが体に出たのかもしれないです。
あるの最期のとき、私はあるのそばに寄り添いつつも
熱がある自分の身体の辛さで、ちゃんとあるをみていてあげられなかった
エマはとーちゃんと私の腕の中で見送ることができました。
なのにラヴィとあるはそうすることができなかった。
ああ、もう・・だな・・とわかって
そばにいて撫でて愛してるありがとうと話しかけてたのに
いざ、そのときに自分は・・・不甲斐ない自分。
私より早くに寿命を迎える子たちとわかっていたから
せめて愛する子たちを私の腕の中から天国に送り出したいと思ってたのに
ラヴィもあるもそうすることができなかった
それだけを悔いています。
まさか7ヶ月のあいだに3匹とも失うとは思いもしませんでした
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