明けましておめでとうございます。
本年も駄文ブログにお付き合いいただけますなら、嬉しいです。
以下は、はがきで出した今年の僕の年賀状です。
僕は85歳になりましたが、おかげさまでなんとか元気です。酒量もそうは落ちていないようです。息子たちからは「親父がこの年で、あれだけ飲んで元気なのだから、俺たちはまだまだ酒を控えることはないな」と言われています。
たわいもない内容だが、85歳と言えば、結構な年齢である。僕が還暦の60歳になった時、古希の70歳、喜寿の77歳、そして傘寿の80歳になった時、特には何も感じなかった。だが、85歳ともなると、随分と生きてきたなあ、と思わないでもない。不勉強で正確には知らないけど、日本人の平均寿命を超えているのではないか。調べてみると、厚生労働省の最新のデータだと、平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳とのこと。なんと、僕は平均寿命を超えて、のほほんと4年も生きてきたのだ。
ところで、ある年齢まで生きたら、平均してあと何年生きられるかという数値がある。平均余命というやつで、85歳の男性の平均余命は6.31年とか。まあ、僕も酒量を減らさなくても、90歳くらいまで生きられそうだ。もっとも、僕は120歳の大還暦は無理としても、108歳の茶寿か110歳の珍寿あたりをひそかに狙っている。だが、100歳になると平均余命は1.69年、105歳だと0.97年と、先行きが非常に厳しくなる。断酒しても、無理かもしれない。あきらめたほうがいいかな。
と、相変わらず、たわいもない話を続けているが、こんなことを考えたのには、去年の秋からのちょっと珍しい体験が影響している。
実は、僕には子供の頃から、本当の弟のように思ってきた一人の従兄弟がいた。僕よりもちょうど10歳下で、結婚はしているが、子供はいない。幼い頃に父親を病気で亡くしてずっと母一人子一人、何かと苦労して育ってきた。長く奈良に住んでいた。埼玉と奈良、遠くは離れているが、時には会って酒を酌み交わしたりしてきた。
その彼から去年の秋口、「膵臓癌になり、余命1年の宣告を受けました」とのメールが来た。すぐ、見舞いに駆けつけたが、体重は一時より20キロも減ったとか。すっかり痩せ細り、声がかすれている。食も極めて細い。余命1年どころではない。気の毒だけど、もう長くはないな、と僕なりに覚悟を決めて戻ってきた。
そして、その2カ月ほど後の11月16日、僕は4泊の予定で大阪に行くべく、家を出ようとしていた。17日に大阪で出身高校の同期会がある。18,19日は特に予定もないので、久しぶりに故郷の大阪をうろうろしようか。奈良に行くのもいい。高市早苗首相が言うように、外国人観光客が本当に奈良公園のシカを蹴り上げているのか、確かめてもみたい。とりわけ19日は僕の85歳の誕生日である。一人で盛大に祝ってやろうか。
ところが、家を出る寸前に、従兄弟の妻から電話が掛かってきた。涙声で「今朝、亡くなりました。通夜、葬儀の日程はまだ決めていません」と言う。夜、大阪のホテルから確認すると、通夜は18日、葬儀は19日とのこと。葬儀の日は僕の誕生日にもろに重なっている。しかも、僕が特には予定を入れずに空けていた2日間に、通夜と葬儀が無理なくすっぽりと入っている。シカ見物ではなく、通夜・葬儀のための奈良行きとなった。大阪は2泊で切り上げ、あとの2泊は奈良に変更した。偶然ではあるけど、この「都合のよさ」は何と言えばいいのだろうか。
さらには、従兄弟の死去が前後にほんの1週間でもずれていれば、僕は短い間に埼玉と奈良・大阪とを2往復することになっていただろう。いささか不謹慎なことを言えば、交通費・宿泊費がかさんでいた。彼は僕の懐具合も考えてくれたのだろうか
75歳で亡くなった従兄弟の平均余命はまだ12.08年もあった。そうだ、彼の分まで僕が生きてやろうか。全く論理的ではないけれど、そうすれば、茶寿、珍寿も不可能とは言えない。傍らに安ウイスキーの4リットルのボトルを置き、オンザロックでチビリチビリとやりながら、やや朦朧とした頭でそんなことを思っている。




