カレンダー泳法

最初の25mは10月のことを考えながら泳ぐ。
10月はわたしの生まれた月だ。
次の25mは11月のことを考えている。
11月は弟の生まれた月。
そして12月。なんだか忙しくなるなぁ、などと思いながらわたしは泳ぐ。
25mを3本を泳いだら「年」が明ける。
そこから先は1月から1年間が始まる。
これが私の25mを15本泳ぐ方法。
けして泳ぎは上手くないので、ターンでつないで連続して泳ぎ続けることはわたしにはできない。
毎回、休憩をはさみながらの25mづつを15本である。
最初のうちは10本しか泳げなかった。
その後、15本までは何とか泳げるようになったものの、相変わらず苦しいのは変わらない。
その苦しさを何とか紛らわす方法はないものかと考えたのがカレンダー泳法だった。
プロレスの神様と言われたカール・ゴッチというレスラーがいる。
ゴッチはプロのレスラーとしての功績よりも、コーチとしてその名を残したと言っていいだろう。
何しろ、あのアントニオ猪木や前田日明の師匠である。
ゴッチは様々な練習方法を編みだしたことで有名だ。
その中にトランプを使ったトレーニングがある。
プロレスとトランプ。一見、全くかけ離れたワードだが、実はとてもシンプルで1人でもできるエクセサイズだ。
重ねたトランプを1枚づつめくり、カードの数字の数だけスクワットをするというもの。
短調でキツイ練習にちょっとした心理のツボをつくゲーム性みたいなものを盛り込んだのだろう。
わたしの場合、トランプの変わりにカレンダーを使った。
15本を15ではなく、1年と3ヶ月と考えた。
ちょうど挫けそうになる頃に7、8月と夏が来て、向日葵だとか夏のバイク旅のことを妄想しながら泳いでいると、苦しさが紛れる気がした。
さて、それにしてもあんまりにも進歩がないので、日曜日、わたしは自分の泳ぎをひとに見てもらった。
場所は都心の高層のビルの中でスカイツリーや東京タワーが見渡せる天空のプールはまるで別世界だった。
彼女はわたしの泳ぎを見てすぐに「息が吐けてない」と言った。
いや、もちろん基本に基づいて鼻から息は吐いてはいる。
ただ、吐き切ってはいない。確かに。
吐き切っていないから、息継ぎの際、吸える空気の量に限りがある。ゆえに苦しい。
単純な話だ。
「口から吐いちゃえばいい」
1年間いろいろと、例えば腕のかき方とか身体の回し方とか、あれこれ試行錯誤してきたにもかかわらず、口で息を吐き出すということは考えもしなかった。
たぶん、わたしはひとより気管が狭いのだと思う。
飲料をゴクゴクと一気に飲み干せないし、ハブラシで舌を洗おうとすると、必ずえずく。
鼻と口、両方から息を吐き出すぐらいでちょうどいいのかもしれない。
わたしは、きょう泳ぎ始めて約1年目にして、初めて25mを25本泳ぐことができた。
それまでどんなに頑張っても15本が限界だったのに。軽く「2年」を越えてしまった。
そしてまだまだ泳げそうな気がした。
もちろん、水中で口から息を吐きながら泳いだのだ。
とは言っても楽チンで泳げる、というほどではないが、わたしが目標としている、速く泳ぐのではなく長い時間泳ぐ、に少しだけ近づけた気がする。
この年になって、「ある日突然、昨日までできなかったことができている」、そんな自転車乗りの特訓みたいな体験ができることは、何だか静かな感動である。
というわけで、カレンダー泳法は卒業だ。
苦しさを紛らわすためではなく、今度は楽しい妄想にふけりながら泳ぐために、また別な泳法を考えよう。
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by tabijitaku
| 2011-01-22 00:34
| 私が私であるための1973枚









