
見ましょう。まずは見ましょう。一話だけでも見ましょう。
概略の解説になります。ちなみに、原作コミックは読んでいません。スケートの知識もゼロです。
作品の中心部分
章立て表はだいたい、こうなっています。

まとめるとこうなり、

さらにまとめると、こうなります。物語の中心は、6~9話の西日本小中学生大会です。

このパートは、司先生がスケートを遅く始めて、苦労した話から始まります。

一級バッジテストを受けるいのりもスケートを遅く始めたため、焦っていました。

そんな中、同じバッジテストを受けた絵馬やジャッキー先生と交流して、自分達に足りないものを教わります。

実は、絵馬は成長痛や練習のしすぎによるケガで、周りに後れをとっていました。

ジャッキー先生も、自分の焦りが絵馬をそういう気持ちにさせたと反省します。

大会でいのりも健闘しますが、

今までの練習の成果を出した絵馬が、大会優勝を勝ち取ります。

演技の終了後、練習のし過ぎによるシンスプリントをいのりは発症しました。

司先生は夏休みの間、休むことを提案し、いのりも了承します。

絵馬の演技やジャッキー先生の話から、「無理に焦らなくても結果を出せる」「ケガは選手生命を左右させる」と2人が認識したからです。ここは「遅れと焦り」が主題でして、司先生がスケートを遅く始める、いのりがプログラムに遅れそうになる、絵馬が焦るなどといった「遅れと焦り」に関連するエピソードが多く配置されています。

こういう戦略的なエピソード配置は、ジャンルに限らず、多くの有名作品に見られます。
キャラクター配置
登場人物は他にもいますが、いのりが出会う主要な選手は、狼嵜光、三家田涼佳(ミケ)、大和絵馬、鴗鳥理鳳の四人です。
狼嵜光は神童としてチヤホヤされていますが、気を許せる同性の友達がいませんでした。

理鳳が暴言で追い払うように、周りには打算目的の人間しかいなかったからです。

だから、いのりの素直な服の感想に好意的な反応をしました。

天才少女ではなく、一人の女の子として接してくれたからです。

いのりも同じです。学校でポンコツ扱いされていて、気の許せる友達がいません。

二人は、孤独という点で似た気持ちを抱えています。

ミケは、大人を信用していません。大人から悪者扱いされてきたからです。

いのりも、ミケほどではないですが、大人(特に母親)を信用していません。

今まで、たくさん迷惑をかけてきたと、負い目を感じているからです。

絵馬は、前述した通り、周りに後れをとっていました。急に成長期がきたからです。

いのりも、周りに後れをとっています。スケートは一般的に3~4歳頃から始めるそうですが、彼女は11歳から始めました。絵馬と同じく焦っています。

理鳳も大人を信用していません。自分の悩みを打ち明けられる大人がいなかったからです。

しかし、司先生の指導のおかげで、スランプを脱し、

一番弟子を名乗ります。


いのりも同じです。自分の悩みを受け止めてくれる大人がいませんでした。

司先生のおかげで、スケートの道に進み、

結果を出していきます。

つまり、いのりが出会う選手はいのり自身なのです。

このような凝ったキャラクター配置は、他の作品でも多く見られます。
「闇の奥(闇の心臓)」のようなキャラ合成は、最近のトレンドなのでしょうか。近年の作品で多く目にする印象です。
父性の好例
父性と母性という考えがありまして、ザックリ言うと、厳しさ中心か、優しさ中心か、です。性別に関係なく、誰もが両方の性質を持っていまして、個人だけでなく物語もどちらかに寄ります。
父性よりなのは、「社会の厳しさ」や「各々の強さ」を強調している物語ですね。
「仁義なき戦い」

「ドラゴン桜」

「ダイ・ハード」などが思い浮かびます。

母性よりなのは、「ありのままでいい」と無条件に肯定してくれる物語です。
「ぼっち・ざ・ろっく!」

「ゆるキャン△」

「君のことが大大大大大好きな100人の彼女」辺りが思い浮かびます。

物語には、社会に対するアンチテーゼの側面がありますから、父性を下げて、母性を上げる傾向がどうしても強いのですが、本作は父性の良さが描かれています。
主人公の、いのりと司先生を見ていきましょう。

二人とも、おちゃめに見えますが、内実はクソ頑固です。スケートに対する執念が尋常じゃありません。

だから、あれだけ成長したり、結果を出せるのでしょう。やっぱり、強い意志は大事です。


あとは、3話の司先生のセリフが印象的ですね。
この時、いのりは大会に向けて、ショートケーキ作戦(ジャンプの練習多め)か、いちごたい焼き作戦(綺麗な滑りの練習多め)を選ぶことになります。

いのりは司先生の反応を伺って決めようとしますが、先生が言います。

「俺の意思を読もうとしちゃダメだ」

「俺にも、もちろん意見はある。でも、自分で選択することに慣れてほしいんだ。」

「大会のジャンプ構成だけじゃない。これから何度も選択の瞬間はやってくる。そこで何を取り入れ、何を捨てるか、それが世界に一人だけの“あなた”という選手を作るんだ。」

「強くなれば、いろんな意見を持つ大人が現れる。その時に行き先を他人に任せず、自分で決められる選手になってほしい。」

「あなたは自分の大切な人生を懸けているんだ。」

(そっか、司先生は間違えても怒らない…でも、先生と違う方を選んだら…そのせいで、優勝できなくなったら…)

「好きな方でいいよ。」

「どちらを選んでも、俺は必ず優勝へ導くから。」

いのりは、「綺麗な滑りができる選手になりたい」という自分の意思で「いちごたい焼き作戦」を選びます。

「自主性の尊重」という名の「強制」でも「責任放棄」でもなくて、ちゃんと子供の気持ちに寄り添っているのが立派ですね。しかも、バックアップもキッチリするという責任感もあります。

その結果、大会で優勝し、母親と和解することも出来ました。

いのりのスケートが単に上手くなっただけではなく、娘の強さを母親が感じたからです。司の指導が、いのりを精神的に成長させました。


父性的な考えである、自立と責任の良さが出ていますね。これは、最終話の六級バッジテストでも合格という形で現れました。二人の強い信頼関係の賜物です。

読み解きはこの辺で中止した方が良さそうですね。後は読者の皆様のご想像にお任せします。