都市と楽しみ

都市計画と経済学の融和した都市経営を京都で考えています

資本の歪み」と「産業の進化」:株価の高騰とAIと自動車が示す次の時代

r(投資収益) ≫ g (成長率)≫ i金利)という不安定な均衡

 長らく世界経済は「低金利・高株価・低成長」という不自然な組み合わせを抱え、ピケティの言う、実体経済の成長率 g が鈍いまま、資本収益率 r だけが跳ね上がる、だが金利はそれらを下回ったままだ

 これは金融市場が企業の「利益」よりも「期待」に資金を投じる20年だ、つまりは期待が価格を支配する構造に変わった

 その結果、「実体の蓄積」よりも「期待の膨張」が資本主義を動かしている、人が工場を建てるよりも、AIが未来を描いた方が儲かる、資本が現実から切り離されるとき、株価と金利の収束が避けられない

 株価の7%上昇が20年続くのはこれも一因だ

 

AIと自動車――二つの産業は100年の間隔をおいて、

 この2つはほぼ同じ構造変化を経験している。

 1900年初頭:フォードが量産を発明し、生産工程を標準化

 1930年代:スローンがブランドと階層を導入し、マーケティング経営へ

 1970年代:トヨタが現場主義とカイゼンで再定義

 2000年代:Googleの登場

 2020年代:AIの実用化とGPUNVIDIAが「社内競争」で自己進化を組み込む

 AI企業はフォードの再来でありながら、トヨタのような「供給網」を持たないが、データと演算資源という仮想的下請けを囲い込む

 OpenAIがNVIDIAGPUを使い、NVIDIAがAIの成長を称賛する構造は、自動車産業における部品サプライヤーとの循環取引にも似る

 

 だが、NVIDIAの哲学はトヨタとは正反対だ

 トヨタは外部を「統制」するが、NVIDIAは内部を「競争」させ「次の敵は社内にいる」という思想は、製造業の合理化ではなく、進化の内面化にほかならない

 AI時代の「フォーディズム」は「Nvidianism」と呼ぶべきかもしれない

 

金融と産業の循環と問題

 ピケティ( https://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Piketty )の指摘したr > g は、今やr(投資収益) ≫ g (成長率) ≫ i(金利)という歪みになっている(i(金利)は資金調達コストとして預金金利に連動する)、これはAIやNVIDIAのような企業によって支えられている

政策・市場・投機が「期待」を創造し続ける限り、株価は資本収益率を上回り続ける

これが、20年続く「物語型期待相場」による株価上昇の要因だ

 

成長の物語相場が鈍れば、金融市場はようやく実体と利回りの整合性を求め始めるだろう、これは一種の「のれん代」への投資となっているからだ

金利は上がり、株価は調整し、rとgが近づくのが次の均衡となろう

 

 ただし、そのとき人類は「次のフォード」を見つけているはずだ

AIと自動車の融合、サプライチェーンの仮想化、あるいはNVIDIAが描く「社内進化経営」の社会版は都市のクラスター(集積)戦略にもつながる

政策と資本と技術が再び接続されるとき、この長い歪みの時代は、ようやく終わりを告げるのかもしれない

 

これは、政策経済学に近い、アセモグル( https://en.wikipedia.org/wiki/Daron_Acemoglu )を筆頭に「物語型期待相場」と富裕層・格差を含め切り込みがあるだろう

 我が国でも、医療や製薬など京都や神戸の先進クラスターなどが連携し経済発展のエンジンとして関西復活に期待できる