複合国家という新しい視点:「ヨーロッパ近世史」岩井淳

ヨーロッパ近世史 (ちくま新書)

私のような一般読者にとっては、専門分野の新しい知見によって歴史の理解をアップデートしてくれるこういった新書はありがたい。

従来、16〜18世紀ヨーロッパの近世史は、それまでのローマ教皇ローマ帝国による広域秩序を覆そうとする宗教改革やイタリア戦争によって始められ、数々の紛争を経てウェストファリア条約に典型的に現わされるような主権国家体制が作られていく、という筋書きが主だった。
本書はそのような従来の見方に対し、「複合国家」(本書、p12)の興亡という新しい視点を加え、解像度を高めてヨーロッパ近世史を地域横断的に描き出す。
本書によればヨーロッパ近世史は、宗教改革、地域経済の発展、海外植民地の建設、戦争と国際条約といった四つの事象によって特徴づけられる。これら四つの事象を繋いでいるのが人や情報のグローバルな移動である。
ヨーロッパ近世史において一般的な国家の形態は、君主など主権者が、法的・政治的・文化的に異なる複数の地域をまとめて支配する複合国家であった。複合国家は近世を通して四つの事象によりその存在を揺るがされ、変質していく。
ヨーロッパ近世は気候変動の影響が著しい「17世紀の危機」(p199)に直面しており、結果的にこれを克服し、強力な複合国家として19世紀以降の近代に登場することになる英国(ブリテン)の歴史が本書で詳しく書かれていて興味深かった。
複合国家と言うなら、東アジアでは清がブリテンと同様に「17世紀の危機」を経て安定した複合国家を樹立している。しかし、近代に入ると東西の巨大な複合国家は対照的な経緯をたどりつつ出会うことになった。ヨーロッパ近世史はこうした東西の分岐が起きる直前に起きた経緯を知るうえでも興味深い。
本書を読んでひとつわかることは、ブリテンでは、国王と種々の代議制機関から成る「議会」(p182)が機能し一定の民意を吸い上げ「財政軍事国家」(p294)システムをつくりあげ統合を強めていく役割を果たしたのに対し、清では皇帝一人が統合を担わざるを得ない状況だったことだ。
複合国家において「議会」がどのような役割を果たすのかという問題は現代でも極めて切実な問題だ。私たちはいま、近世においてオランダからブリテンを経由した複合国家としてつくられた米国においてそれがどうなっていくのか、私たちの日常生活にも直接影響しうるという重大な関心を持って見つめていかざるを得ないのである。