心が弱めな若手SE(仮)のあれこれ

平穏な人生の運用管理

私が結婚しても苗字を変えたくない理由

最近、付き合って4年になる彼との結婚が現実味を帯びてきた。

とはいえ、すでに同棲しているので生活自体はそこまで変わらないんだろうな〜と思うと、正直そこまで大きなワクワク感はない。

それでも、ひとつだけ大きく変わるものがある。

自分の「苗字」だ。

自分の名前が自分の中から消えてしまうような、そんな寂しさをふと感じてしまう。

なぜそこまで自分の姓に拘るのか、

考えてみることにした。

 


◻️ 自分の名前を受け入れられなかった子供の頃

 


私の両親は日本人ではない。

だから、私の名前も日本でよくある漢字の名前ではなく、カタカナ表記の外国人名だった。

けれど私は日本で生まれ、

日本語を話し、

日本のテレビを見て、

日本人の友達に囲まれ生きてきた。

外国人というラベルがついた、日本人だった。

 


小学生の頃、名簿に並ぶ自分の名前が嫌だった。

カタカナの名前は長くて目立つ。名前のせいで、会ったことも話したこともない人に勝手にどんな人か想像されるのがなんか恥ずかしかった。

自己紹介も苦手だった。堂々と言えなくて、早口でもごもごと名前を名乗っていた。

珍しい名前だから、同級生にからかわれることもあった。でも、それは正直どうでもよかった。

嫌だったのは、「私自身」より先に「外国人」として見られてしまうことだった。

 


◻️ 父親以外、日本に帰化する

小学3〜4年生の頃、母が日本に帰化するタイミングで、兄と私も国籍を日本に変更することになった。

その時、元々便宜上使われていた漢字の姓と、自分で考えた“日本人らしい名前”をつけるられることになった。

やっと手に入れられる「普通の名前」。

漢字表記になるだけで、名簿の中で目立たなくなる。それがとにかく嬉しかった。

パスポートも発行され、自分で考えたその新しい名前が直筆である。

それを見て、子供ながら嬉しかった。

 


◻️ 家庭裁判所で失われた名前

すべての手続きが終わった頃、父と母が揉め始める。

自分の血筋に強いプライドを持つ父は、どんな合理性や生活上のメリットより、自分の国を捨てることに強く抵抗した。

そして、父は私の日本人らしい名前を受け入れなかった。

結果、私が自分で選んだ名前は失われた。

母は働きながら、何度も役所や家庭裁判所に通い疲弊していた。

今思えば、両親の仲が悪いのは経済的な理由だけが原因ではなかったんだと気づく。

最終的に私の名前は、父が名付けた、日本人らしくない響きの名前に戻された。

それでも、漢字表記で発音もしやすかったこともあり、私は妥協して納得することにした。

 


◻️ いつのまにか、自分の名前が好きになっていた

学生時代、自分のフルネームを知られるのが嫌だった。

自己紹介ではニックネームしか言わなかったし、先生にも苗字ではなくあだ名で呼ぶようお願いしていた。

でも、大学生になると少しずつ空気が変わった。

珍しい名前だからか、すぐ覚えてもらえる。あだ名ではなく、名前で呼ばれるのが新鮮だった。

バイト先でも、みんなが「苗字+さん」なのに、私だけ、名前を呼び捨てで呼んでもらえる。そこに親しみを感じて、なんだか嬉しかった。

初見じゃ読めないし、性別を間違えられることもある。

確かに目立つ名前だけど、いつの間にか私はこの名前を気に入っていた。

会社ではさすがに苗字で呼ばれるようになったけれど、珍しくて、覚えてもらいやすいこの苗字が嫌いじゃない。

この名前で仕事を依頼され、この名前で感謝され、この名前で表彰されてきた。

「他にはない固有の名前」は、いろんな場面でたくさんの人に愛されてきたのだ。

 


◻️ 苗字を変えたくないことは、愛していないということなのか

 


夫婦別姓事実婚を選んだ女性に対して、よくこんな言葉が向けられる。

「結婚より自分の名前が大事なんだね」

「そこまで苗字を変えたくないって、つまり愛してないんでしょ?」

本当にそうなんだろうか。

私は彼を愛している。

結婚できなくても、ずっと一緒にいたいと思っている。

彼との未来を思い描けるから、生きることが楽しいし、仕事も頑張れるし、家事だってちゃんとやる。

もし1人だったら、たぶんもっと適当だ。生きることにここまで執着してないだろう。

毎晩寝る前に「大好き」「ありがとう」と伝えないと落ち着かないくらいには、愛している。

それでも——

彼の苗字になりたい!と積極的に思えない自分がいる。

彼の苗字は、日本で多いトップ3に入るような“ザ・普通”の名前。

ずっと憧れ続けた「日本人らしい名前」だ。

でも、やっと好きになれた自分の名前を手放すことがどうしても寂しいのだ。

KATSEYEの『Gabriela(ガブリエラ)』MVがカオスな上に意味深なので考察してみた!

こんにちは。
最近、KATSEYEにハマっている脳内年齢14歳のアラサーOLこと

すーです。

 

前作『Gnarly』の独特な世界観とトリッキーなダンスで、完全にKATSEYEの虜になり、
今回の新曲『Gabriela』のMVもまた、レトロでカオスな仕上がりで、夢中になって聴いている。

曲もスルメなんだけど、映像もこれまた凝っていて是非大画面の高画質で鑑賞して欲しい。

 

 

今回の曲『Gabriela』のMVは「テレノベラ」(ラテンアメリカの懐かしのメロドラマ)をイメージした会話劇から始まる。


画質もフィルム風の粗があって、最後まで引き込まれるレトロな世界観。
何と言っても、彼女たちの演技力がすごい!
西洋の強い女たちの嫉妬が炸裂するぞ!
いつものK-POPでは見られない派手なリアクションや演出が新鮮。

 

ということで早速、ミュージックビデオ『Gabriela』を解説していくよ。

歌詞での解釈も違うので、また次の機会に考察していく予定。


MVで語られる『ガブリエラ』

シーン1:ガブリエラ・エンタープライズ

物語は架空の会社「ガブリエラ・エンタープライズ」で始まる。
ジェシカ・アルバ演じる創業者兼CEOが、KATSEYEメンバーを会議室に呼び出す。
彼女は辞任を宣言し、次のCEOを選出すると告げる。
メンバーたちはCEOの座を巡り、キャットファイトがスタート!

「I’m Gabriela(わたしがガブリエラよ)」と各々が主張。
“ガブリエラ”は権力や勝者の象徴となってる。


MV内ではバラがモチーフとして使われ、ガブリエラを象徴するアイテムとなっている。
(赤いドレスやバラのブーケ、CEOが放ったネックレスもバラモチーフ。)
そのため、メンバーたちはネックレスを巡って乱闘騒ぎに!
扱いが雑で、手に入ってもすぐに他の人の手に渡るシーンは笑える。

さらに、画角も変化。最初の茶番劇では4:3(旧テレビのアスペクト比)、サビが始まると16:9に広がる。
突然みんなで踊り出すのがミュージカルみたいで面白い。


シーン2:豪邸の一室

ソフィアがマネキンの男とイチャついているところを、メンバーに目撃されて第二乱闘開始!
男の妻になることがガブリエラになることを意味しているのか?
その場にいる全員浮気相手だった可能性も高い。
ミーガンが何かを思い出したかのようにバラの花束を見てヒス泣きしたり、

ソフィアがユンチェの頭をワイングラスで殴ったり…とにかくてんやわんや。
そして唐突な、エレガントダンスシーン。

アスペクト比の切り替えでダンスシーンとドラマシーンを行ったり来たり、編集に工夫が施されている。

ユンチェがミーガンをぶん殴り、グロテスクな音と共に血飛沫が画面にぷしゃり。
ミーガン、致死量の血が出てるけど大丈夫かな?


シーン3:屋外の結婚式場

鼻を怪我したミーガンがにっこりしてシーンが切り替わる。

ほんとカオス。

そこで花嫁姿のダニエラがパトカーに乗って登場。
スペイン語の歌詞が流れ、ラテンな雰囲気が一層強くなる素敵なシーン。
バラモチーフの結婚指輪を自慢げに着けたダニエラと、嫉妬にまみれた他のメンバーたち。
ガブリエラはダニエラで決まりか?!と思いきや…
斧を持ったマノラが登場し、ダニエラの指をぶった斬る!


これまたグロい展開に…。


シーン4:撮影の合間の悪戯

結婚式のシーンは実は撮影の一部だったと判明。
シーンを終えた後、メンバーたちの仲は相変わらずギクシャクしている。

ソフィアが矯正器具を外してミートソースパスタを食べているところに、
ララがダニエラの血まみれの指(ぶった斬られたやつ)をパスタにぽい。
ぴっくりしたソフィアのミートソース塗れの顔が、
何とも可愛くてナンセンス過ぎる繋ぎの一幕。

 


シーン5:「グループチャット流出!誰が一番意地悪?」トークショーにて

テレビ番組が始まり「Spill that tea!」の掛け声と共にKATSEYEのメンバーが登場。
(“Spill the tea”は「ゴシップを話す、噂を共有する」という意味のスラング。)

番組のテロップには「Group chat leaked(グループチャット流出)」と「Who are the real mean girls?(誰が一番性悪女か?)」が表示される。
メンバーたちのキャットファイトが、ここでも再び繰り広げられる。

舞台上でのサビのダンスシーンは、2000年代のMTVを彷彿とさせ、クールで華やかでかっこいい。


シーン6:バラの花びらとゾンビ猫

ライブ中、メンバーの口からバラの花びらが舞い散る。
まるでウイルスを撒き散らすように、会場中が花びらだらけに。

そして、バイオハザードのような展開で、観客が感染しゾンビ猫に変貌。

カオスすぎ〜〜〜!

 


シーン7:CEOが企んでいることは何か

女性CEOがテレビ越しにニヒルな笑みを浮かべ、テレビ番組での乱闘騒ぎを見ている。
彼女の膝の上には一匹の白猫。

首輪には「Gabriela」の文字が。
このシーンが何を意味するのか、明らかにならないままMV終了。

意味深すぎやろがい!

 


個人的な最後のシーンの解釈

ここからは、私の解釈を2つご紹介。

  1. CEOはガブリエラの座を譲るつもりはなかった説
    女性CEOは最初からガブリエラの座を譲ろうとはしておらず、
    メンバーたちを争わせることで、会社(おそらく芸能事務所)のさらなる拡大を企んでいた。
    まさに、世間の注目を集めるために、ゴシップで話題作りをしていた狡猾な人物。

  2. 真の黒幕は猫説
    最後に登場する猫には偉大な魔力があった。
    女性CEOの心を操り、さらに「猫ウイルス」を蔓延させるために、KATSEYEをコマとして使っている。
    最終的には猫が全人類を操り、世界征服を目指す…そんな展開に繋がるかも?

 

最後に:

このMVを見て、SUM41 の『Still Waiting』のビデオを思い出した。

茶番劇から始まって、最後ライブのセットをめちゃくちゃに壊す破天荒具合がどこか通するものがある。『Does this look infected?』(もう感染してるように見えるか?)っていうタイトルのアルバムに収録されている曲なので、ソンビネタにも共通点あり。

 

KATSEYEのメンバーはMVの撮影をかなり楽しんでいた模様。

ぜひ、behind the scenesもチェックしてみてね〜!

 
 
 
 

非常識でごめんね。結婚式ラッシュを終えて

今年の2月から6月にかけて毎月あった結婚式。
どの式も、思い出に溢れていて、本当に素敵で、
そんな特別な門出の日に招待してもらえたことが光栄だった。

式に参列するたび、脇役である私は毎度、
自分の本音をクローゼットの奥にこっそり仕舞い込んでいた。

そんな本音も自分の大切な一部。
自分の気持ちと向き合うために、今回ブログにしてみることに。 

 

 

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少し前に、自分が書いた昔のブログを読み返した。
そこには、結婚式のご祝儀3万円を出すことへの違和感や、心の葛藤が綴られていた。

今振り返って思うのは、あのときの私は単にケチだったのだと思う。
ただし、そのケチさには理由があった。

当時の私は、社会人になりたてで経済的な余裕もなかったし、親にお金を貸していたこともあって、
貯金のために自分の贅沢をかなり我慢していた。
そんな中で、「自分のためには使わないような大金を、他人のためには当たり前のように出す」
ということに、大きな違和感と苦しさを感じていた。

もちろん、3万円のご祝儀が高級な食事や引出物に形を変えて返ってくることは分かっていた。
でも、理屈では納得していても、感情がついてこなかった。


少しずつ、楽しめるようになってきた
数年が経ち、自分のためにお金を使うことへの抵抗が薄れてきた今、
結婚式を「楽しむ」ことができるようになってきた。

久しぶりの友人に会えるプチ同窓会のような時間、
普段なかなか食べられないようなコース料理、
ドレスアップして、非日常の自分になれる楽しさ。
どれも前よりずっと素直に楽しめている。

自分の生活に少しずつ余裕ができて、
「他人のための出費」を無理なく受け入れられるようになったのが大きい。
(“ケチ生活“をやめてからは、貯金は相変わらずだけど、資産運用の金額の桁が増えたり、自分の市場価値上げるために資格を取得したりすることで、心に余白ができつつある。)


負い目が消えたわけではないけれど
それでも、完全に「負い目」が消えたわけではない。
経済的な事情に加えて、家庭の事情も影響している。

私の両親は不仲で離婚しており、
「結婚するな。するなら金のある人としろ」といった言葉を親から言われて育った。
結婚に対してまっすぐな憧れを持ちにくい背景があったのは事実だし、
そんな家庭で育った自分が、他人の結婚を純粋に祝っていいのかという迷いも、どこかにあった。

けれど今では、そうした気持ちも自分の一部として受け入れながら、
式に込められた感情に自然と寄り添えるようになってきた気がする。

両親に大切に育てられた花嫁の門出に、感極まって涙する親の姿。
新しい生活へ踏み出す新郎新婦の少し緊張した表情。
そういう場面を見て、シンパシー(同じ気持ちになる)は難しくても、
エンパシー(相手の気持ちを理解すること)はできるようになったと思う。


自分は、結婚式をやりたいのか?
そして、結婚式に出るたびに考える。

もし自分が式を挙げるとしたら、誰を呼ぶだろう。
席次表はどうなる? 友人代表のスピーチは誰に頼む?
自分でスピーチしてみるのもありかもしれないし、どんなドレスを着たいかも想像する。
そんな風に、頭の中ではどんどんイメージが膨らんでいく。

でも、それは本当に「やりたい」からなのか。
やりたくてもできないから、「やりたくない」と思い込もうとしているのかもしれない。
あるいは、周りが次々に式を挙げていて、それが羨ましくて、やりたくなっているだけなのかもしれない。

どちらにせよ、今の私にはまだ、自分の本当の気持ちがわからない。


わからないけど、自分の声を大切にしたい
結婚式は、自分一人の思いで決められるものではない。
相手の希望や、家族との関係性、いろいろな事情が絡み合うイベントだと思う。

それでも、自分の気持ちを脇に置いたまま決めていいものでもない。
今はまだ答えが出せなくても、「わからない」と感じている自分の声を無視したくない。

そして、今の自分が少しでも前向きな気持ちで人の式に参列できていること、
そこに主体的な祝福の気持ちを持てていることは、
自分で自分をちょっとだけ褒めてあげてもいいんじゃないかと思う。

大人になってしまった私から見た父親の危うさ

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noteにも掲載▼

https://note.com/just_rhindes/n/n592d6ee1227f?sub_rt=share_pb


父と会うと、決まって感情がかき乱される。

もう何度も経験してきたことなのに、毎回、心の中で同じような嵐が起きる。


父は、人生の多くの局面でつまずいてきた人だ。

人間関係がうまく築けず、会社では居場所を失い、母とも離婚し、友達もいない。

孤独で、周囲に馴染めず、投資詐欺やフェイクニュースに引っかかっては落ち込んでいる。

スマホの操作も苦手で、道に迷っては助けを求めてくる。

そのたびに、なぜか反射的に腹が立ってしまう。


——なぜ、こうも弱いのか。

——なぜ、もっとちゃんと社会の中で生きられないのか。

そんなふうに責めたくなる自分がいる。

 


父は仏教や中国の歴史に深く共鳴している。

それが彼の思想や世界観の根底にあり、自分の意見に強いこだわりを持つ一因でもある。

母や兄とはそのような深い会話ができない浅い人間だと決めつけている。

そのため、「相性が悪い」という言葉で彼らを切り捨て、距離を置いてきた。


一方で、父は私にたくさんの愛情を注いできた。

経済的に支えてくれたし、辛いときにはいつも味方でいてくれた。

私が何かを指摘すれば反省しようともしていた。

でもその優しさは、母や兄には向けられなかった。祝い事にも最低限のリアクションしかしない。兄の一生に一度の特別な日である結婚式でも、自我を出して機嫌を損ねて途中で帰ってしまった。出産祝いもなし。

 

周囲から見れば、私だけが特別扱いされていたらしい。

けれど、それは父が勝手に私をそう見ていただけだ。

私はその扱いを素直に喜ぶことができなかったし、

兄にも同じような眼差しを向けてほしいという思いがずっとあった。

だからこそ、父に対して非難めいた気持ちが湧いてくる。

 


私に向けられた父の愛情は本物だった。

けれど、その不器用さと偏りのせいで、私は家族の中で複雑な立場になった。

父に感謝する気持ちと、距離を取りたい気持ちが、同時に心の中にある。

 


最近は特に、精神的にすり減る。

半年に一度という頻度でも、父に会えば疲れるし、正直、全然会いたいと思わない。

むしろ会うと、こんな気持ちになるのが分かってるから会いたくない。

でも、会っている。

なぜなら、見捨てたら本当に壊れてしまいそうだから。

誰も手を差し伸べないなかで、「最後の砦」みたいな立場に、いつの間にか立ってしまっている。

 

会うたびに毎回、自分が死んだ時の連絡先の話や、遺産の話を持ち出してくる。

「なぜ私にだけその話をするのか」

「長男である兄でいいじゃないか」

「遺産はみんなで分ければいいじゃないか」

母や兄に対する父の姿勢を非難した。

 

「娘である私だけが、唯一自分を理解してくれる人間だから」と、父なりに弁解してきたが、

私は全然理解できなかったし、正直これ以上会話するのも面倒で辛かった。

 

それでも、心配だから会っていると伝えた。

寂しい思いをさせると、また前みたいに投資詐欺や怪しい宗教に引っかかるんじゃないか。

本当は会いたくないのに義務であっていると。

すると父は寂しそうに、「じゃあもう会わない方がいいね」と言った。

私ははっきり「うん、そうだね」と答えた。

本心だったし、後悔はない。

 

「すーちゃん、優しい人になってね」

「優しいから、会ってるんでしょ。お父さんは優しい人なの?」

父は分からないと答えた。


私は、父に優しくなりたいわけじゃない。

でも、無関心にもなれない。

怒っているし、がっかりもしている。

でも、心底、見捨てたいとは思っていない。

それが今の自分だと思う。

 

相手にとって耳が痛いような言葉ばかり投げてしまった。

老人の父は「早くて何を言ってるか分からない」と言うけど、伝わってる部分は伝わってると思う。

 

こんな態度では、将来絶対悔やむことになると分かっているけど、親を目の前にすると

どうしても笑顔を見せられない自分がいる。反射的に込み上げてくる気持ちに圧倒されて、言い過ぎてしまう。

 

親元を離れて平穏な生活を過ごしていると、ふと親の余生が頭によぎり、自分の態度を反省してしまうのに、会うと結局悲しませてばかりだ。

 

でも今の自分にはそれしかできない。

繊細と大胆の間で揺れる-理想主義すぎるアラサーOLのぼやき

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広告で読みづらい人はnoteへ↓

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私は夏になると、かなり外向的になって色んな人と交流する機会が増える。

その中で気づいたのは、案外自分は理想が高すぎる人間かもしれないということ。

私の描く理想の大人は、自立していて寛容、でも自分の弱みを理解し克服し続ける人。
他人に口出しせず、自分の成長に注力し、自分の行動や成果で周りを動かせる人。

だから依存的だったり、弱みを克服しなかったり、問題を後回しにする人がいるとモヤモヤする。
謙虚と卑下を履き違えている人も苦手。

(最近だと、コメ欄によくいる、他人のゴシップに敏感に反応して、正義感を振りかざしながらも、本人には直接言えないことを書ける人にも神経質になってしまう)

 

そんな人の一面を見てしまうたびに、心が騒つく。
でも、その正体を考えると、いつも最後に行き着くのは自分の中の“こうであってほしい”という理想像。
私の理想が高すぎるだけだ。

 

学生時代は、これまでの生きづらさの原因を色んなもののせいにしてきた。
ADHDアダルトチルドレンHSPPMS、、人間関係、恋愛、アルバイト、就活で苦労して落ち込む度に、ネットで検索すると出てくるそれらの症状や傾向は全部当てはまった。

平均にもなれない自分が情けなくて、恥ずかしくて、恵まれてるのにそれを活かせない自分が大嫌いだった。(社会不適合者あるある)

罪悪感を抱きながら毎日惰性で生きている気分だった。

 

家族も信用できず、恋人もいなかったから、悩みを共有できる人が欲しかった。
ただの友達じゃなく、同じように孤独を感じている人。エンパシーではなくシンパシーを見せてくれる人。

そんな人を求めてマッチングアプリを始めたけど、気づけば自分の悩みを話すより、相手の悩みを聞くことが増えていた。
自分の悩みが小さく感じられた。
心から本音を打ち明け合った夜は全部かけがえのないものだった。内容はもう覚えていないけど。

 

もう一つ、考えが大きく変わったきっかけがある。
それは自分より大切にしなければならない存在に出会ったこと。
休学中に経験したALS患者の介護のアルバイトだ。

自分より背の高い男性を持ち上げたり、文字盤コミュニケーションのために長時間屈んだりで腰に負担を感じた。
真夏に家や病院、仕事場を行き来し、熱中症になったこともある。

でも、もし私が手を抜いたり、体力尽きて倒れたりすれば、その人の命が脅かされる。
そう思うと、自分の不調や疲労という問題は、まだコントロールできる余地があった。

(ALSがどんな病気でどれほど残酷かについては割愛するので、興味を持ったら是非調べてほしい)

 

初めてそこで、今までやってこなかった体調管理に努めた。

もともとアレルギーや喘息があり、幼少期は入退院を繰り返した。
大人になっても体力は弱く、自律神経の乱れで頭痛や吐き気に悩まされ、メンタルも不安定だった。
それらを改善するために、ジムに通い、岩盤浴やサウナで自律神経を整え、整体に相談し食事も見直した。

 

介護を担当していた利用者さんの強さは圧倒的だった。
「病気だから」と言い訳せず、手が動かなければ視線を使い、介護補助が足りなければ行政に働きかける。
人を巻き込みながら、自ら道を切り開いていく力がとにかく強かった。

そんな姿がわたしを一層強くさせてくれた。
やらない理由を探すより、やりたいことをやろう。

 

 

最後、説教くさくてごめんなさい。

自分への戒めです↓

 

自己受容は、弱みを克服するための手段であり、

自己否定を肯定することではないはず。

だから、私は理想に近づくために、トレーニングを続ける。
人に与えられる人間になるために。
繊細さと大きな器、どちらも持てるように。 

そのままでいるのも選択肢だけど、私は変わり続ける道を選ぶ。 

まだまだ道半ばだけど。

意識高くて、辛い道をわざわざ選んでるように見える人もいるかもしれない。


でも、割と

──いや、かなり幸せ。

 

――過去の自分へ
弱さに縋っているお前は今幸せか?

 

共感ばかり求めてたお前に、わたしの声は届かないだろう。

 

でも心から変わりたいと願えば、意外と変われるものだよ。

自分で気づける日が来ることを願う。

 

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隣人を愛するように、自分を愛しなさい

 

「己を愛するが如く隣人をも愛せよ」

という聖書の言葉。

 

素敵な言葉だけど響がない人もいるのではないか。

なぜなら、自分を大切にしていない人が一定数いるからだ。

そんな人からすれば、

自分のことを大切にするように、他人のことも大切にしなさい 

なんて言われても、なんか筋違いに聞こえるのではないか。

“周りに迷惑をかけないように“

“人様に気を遣われないように“

“相手を傷つけないように“

そんな風に思って、自分よりも他人を優先している人がなんだか多い気がする今日この頃。

 

私の友達は優しい人が多い。

真面目な人も多い。

他人に優しく、自分に厳しい人種(xNFJとか、HSPに多くみられる)が女子の3人に1人くらい。  

 

その他人に対する優しさをどうか自分にも向けてみてほしい。

「隣人を愛するように、自分を愛しなさい」

誰かが失敗した時、体調が悪そうな時

困っている時、泣いている時に

手を差し伸べることができるなら

自分という存在にも、

他人に対する時同様に大切にしてあげた方がいい。

だって、誰があなたを大切にしてくれるの?

自分が自分を大切にできなかったら、

誰かに愛や優しさを無意識に求めてしまう。

 

だから私はまず自分を1番大切にすることにした。

「大切にする」っていうのは簡単なようで難しい。

夜中に甘いものを死ぬほど食べたり、

夜が更けるまでネットサーフィンをし続けたり、

お皿洗いや部屋の片付けを後回しにしたり、

運動せずにジャンクフードばかり食べさせるようなことは、

「甘やかす」ことであって「大切にする」ことではない。

むしろ大切にすることの逆だ。

 

大切にするということは、

少し未来の自分を想像してみること。

栄養のあるご飯を食べて

スマホの電源を落として睡眠をとること。

時々身体を動かしにいくこと。

生きていく上での知恵を身につけること。

自分が周りに大切にしてもらえるように、他人からの信頼を得ること。

自分を美しいと思えるように着飾ること。

同時に、ありのままの自分も魅力的だと思うこと。

 

自分を愛することができるようになると、

他人を愛することができるようになる。

他人の弱さや失敗を温かく見守れるようになる。

蛙化するのも、共感性羞恥

自分に自信がないから起こるもの。

学生時代はよくあったけど、今となったら

「そんな人いるよね」

「そんなことあるよね」

で済む話。

 

自分の魅力を自覚できると

他人からの評価を求めなくなる。

「自覚」というよりも、

客観的な視点で自分を評価できたら

それはもう他人からの評価と同じ。

 

長所も短所も同じくらいあって、

多分他人もそれぞれ同じくらいある。

 

他人に気を遣うように

自分に気を遣う。

そして、自分に気を遣わないように

他人にも気を遣わない。

 

それが私みたいに生きるコツ

 

 

あの頃足りなかった「JUST DO IT」の精神

こんにちは。すーです。

一月から通い始めたジムのレッスンである

BODY COMBATにハマってる今日この頃。

BODY COMBATは音楽に合わせて、

キックボクシング、太極拳、空手などの動きを取り入れた有酸素運動

音楽に合わせてストレートやアッパー、フックなどのパンチを繰り出すのが超気持ちいいい。

 

気持ちいいが、かなりしんどい。中盤から後半にかけて一気に追い込んでいくときに、コンバットのインストラクターがよくかけてくれる言葉。

「やるか?、、やるか」

やるか、やらないか、ではなく。「やる」という選択肢しかない。

フォームが崩れても、100%を出しきれなくても、とりあえず周りの人に合わせて同じ動きをし続ける。

私は周りに比べて体力がないので、みんながバーピージャンプをやっている中

めちゃくそさぼって床に手をついて片足だけチョンって後ろに伸ばしてる風の動きをしている。

でもそれでいいのだ!!

やり切ることで生まれる達成感が必ずある。

 

今思えば、学生の頃はライブの本番前、

授業でのプレゼンの前、慣れないバイト先、

全部不安に思って常に逃亡したい気持ちに駆られていた。

きっと「完璧にこなさないと!」って思い込んでいたから。周りよりも緊張しいで、ポンコツなのがバレてしまうのが怖かった。

やっぱり、比較されるのが怖かった。完璧にできないとダメだと思い込んでいた節があるのかもしれない。

 

でも社会人になって気付いたんです。

完璧じゃなくていい、やり切ることが大事なんだ。大嫌いだったプレゼンも、緊張のせいで声が震えてしまうし、噛んでしまうけど、

「わたしは緊張するタイプの人間だから」と割り切って最後までやる。

そして、案外他人にはその緊張が伝わってないことが多い。

得意じゃないからこそ生まれる良い点もある。人前で話すのを苦手とする私は、資料をしっかり準備する。そしたら、それを部長やその上のクラスの人から褒めてもらう機会も増えた。

 

というわけで、

「とりあえずやりきる」という精神の大事さを過去の私に伝えたいのです!

昔は逃亡する方法ばかり考えてた。

就活の最終面接も、逃げ出したことがある。

 

まぁその選択肢を否定するわけではないけど、失敗してもいいんだよ

完璧じゃなくてもいいんだよ

っていうのを伝えたい。

 

失敗の先に得られるものが絶対あるから。

コンバットだったら、バーピーしなくても、せめてパンチは腕をしっかり伸ばして、フックは体の捻りを意識して、フォームは綺麗にやろう!とか、

あとはプレゼンの例みたいに、言葉に詰まってもいいように大事なことや聞き手に行動してほしいことは、伝わりやすいよう資料で示そう!とか、ね?

 

いいんですよ。失敗しても!

失敗することで、和む空気もまた好きだし。

 

「失敗」なんてない。って誰か言ってたよね。

失敗の先に成功がある。

つまり、最初から成功する成功なんて

たかがそんなもん。

失敗の先にしか見えない成功掴もう。

JUSU DO IT!!!