今日は大昔からありそうな焼き菓子2種です。


いつ、誰が、どこで食べてもおいしいビスケット。ポケットの中に入れても、入れなくても。いずれにせよ、戦争だけはごめんだよ。
そう、戦争。戦争にかんする話をしましょう。そこ本質じゃないんじゃない?って話。
常識クイズの一種に、「太平洋戦争が始まった日はいつ?」ってのがありますよね。これは、歴史の知識を問う、学問寄りの問題として出されたり、日付暗記に属する、雑学問題として出題されたりします。
ですが、たまに国民としての常識度とか、愛国心を測る問題になることもあるのです。その場合、出題者は、「日本人なら答えられて当然」とか、「わからないなら日本人の資格がない」などと断言してしまうのです。
よーするに、右寄りの方ですね。右寄りの方が、「日本人ならこれくらいわかっておくべきだ」とおっしゃるのです。
太平洋戦争の開戦日、1941年12月8日ですが、その日付がわからないと、日本人失格であるらしいのですよ。
なんだかなぁ、ですよね。なんでそこまで言われなきゃならないんだって。
日本の歴史上、大きな出来事の始まりの日であったことはたしかです。開戦によって、国の運命は大きく変わりました。
でも、日付を暗記するのって、そんなに重要ですかね?覚えたからって、何かの役に立つわけじゃないし、覚えていなくても、ネット検索すりゃ一発でわかります。
その日にちを覚えておくことに、どれほどの意味があるというのでしょう。戦争にかんしてであれば、争いをくり返さない心がまえを身につけるとか、命を落とされた方々の冥福をお祈りするとか、そういったことのほうが重要なのであって、日付を脳みそに刻み込むことに、どれほどの意味があるのかと思うんですよね。
けど、右寄りの方はそうは思わないのです。開戦日を知らない日本人は、愛国心が足らないとおっしゃるのです。はーそうですかってかんじですけどね。
右寄りの方に言わせれば、「太平洋戦争」という名称も問題があるそうですね。「大東亜戦争」じゃなきゃならないと。
太平洋戦争ってのはアメリカの立場からの呼称であって、日本の視点では大東亜戦争と呼ぶべきだとか、なんかそんなんでしたよね。だから、大東亜戦争じゃなく、太平洋戦争という呼称を使うのも愛国心が足らないと。
いや、知らねーよって話ですけどね。アンタたちみたいに、戦争について深く考えてねーし、呼び方ひとつで勝手に愛国心測るんじゃねーよとしか思えません。
もう戦争はくり返さないとか、命を大切にするとか、そーゆーことが重要なのであって、最低限そこだけわきまえておけば、戦争の細かい知識とか、別にどーでもいいんじゃねーのって思うんですよ。本質はそっちじゃねーだろって。
でも右寄りの方はそうは考えないんですね。戦争にかんする知識を試すクイズをいくつか用意してて、それをクリアしないと愛国心を疑われてしまうのです。なんの権利があってアンタが審査してんだって思いますけどね。
仮に面と向かってそう言ったとしても、ムダなのです。右寄りの方は、とにかく頑固で、聞く耳を持たない。オレ様が正義なのだと思い込んでらっしゃる。
困ったものですね。
そこどうでもよくね?と言えば、記憶力テストにも思うことがあります。
よく、高齢者向けのテストに、「ゆうべの晩ごはんなんだった?」というのがありますね。晩ごはんの献立を思い出せなきゃ、記憶力がおとろえている証拠だというのです。
献立は身近な題材だし、ゆうべの晩ごはんってのが、思い出せそうで思い出せない、絶妙なラインなのでしょう。だから頻繁に出題されるのです。そして、高齢者の方々は、ボケ防止が卑近な課題だから、この問いに真剣に取り組むのです。
でも僕は、テスト問題としてどうなんだろ、って思うんですよね。記憶力測るのに、その問題でいいの?って。
記憶って、その人にとっての重要度とかかわってきますよね。重要なことほどよく覚えるけど、どーでもいいことはあまり覚えない。何を覚え、何を覚えないかは、重要度の高低と相関するのです。
じゃあ、献立はどうでしょうか。普通、今日何食べようとか、明日何食べようってのがおもな関心ごとであって、昨日食べた物のこととか、わりとどーでもいいですよね。
今日の献立考えるのに、昨日食べた物と、それに近い物を外そうとするから、そういった面では重要ではありますかね。でも、積極的に記憶しようとするような事柄ではない。どっちかっつーと、忘れ去ってかまわないようなものです。
食にかんして、人は、今日や明日何食べるかを考えます。未来を向いているのです。対して、昨日の献立は、忘れてもかまわない過去に属している。重要度がとにかく低いのです。
そんな重要度の低いことを思い出せなかったとして、記憶力の悪化と見なしてもいいのでしょうか。それは憂うべき事態なのでしょうか。
むしろ思い出せなくて当然のことなのではないでしょうか。忘れてしまってもかまわないことなのではないでしょうか。
「ゆうべの晩ごはん」を、記憶力を試す問題にすること自体が、不当なのではないでしょうか。思い出せなくて当然のことをわざわざ問題にしている、イジワルクイズなのではないでしょうか。
僕はそう思います。記憶力試したいなら、もっとほかのこと思い出させろよって。あえて思い出すのが難しい題材を選んでんじゃねーのって。
まーたしかに、記憶力を試すという意味では、思い出せるか出せないか、なかなか絶妙なラインの出題ではあります。簡単に思い出せるようじゃ、意味ありませんからね。
でもねぇ、献立ですよ。そんなん覚えといてもしょうがないじゃないですか。もっと積極的に覚えておきたくなるような、覚えておいてタメになるような事柄から出題すべきじゃないですかね。たとえば、「ゆうべのトップニュース」なんかいいんじゃないでしょうか。
「ゆうべの晩ごはんは何?」という問題が、定番の記憶力テストになってしまうと、お年寄りたちは、進んで晩ごはんの献立を記憶するようになるでしょう。その結果、記憶力テストをパスするお年寄りは増えるかもしれません。
でも、献立を記憶しても、なんのタメにもならない。どうせなら、タメになる事柄で記憶力を試すべきではないでしょうか。
そして、これがただのお遊びクイズならいいんですけど、健康食品とか、記憶力向上をうたう商品を売りつけることを目的とした出題だったら、ちょっと待てよ、ですよね。
あえて答えるのが難しい題材の問題を出しておいて、高齢者を不安にさせ、高額な商品を買わせようとしているのだとしたら。それはもう、悪質な脅迫商法と言わざるを得ません。
だから、この手のクイズには注意が必要です。出題の裏に、何かしらの意図があるのではないか。何らかの目的を持った出題なのではないか。
気をつけていないと、善意のツラをした詐欺師に、高額な健康食品を買わされてしまうかもしれないのです。この手の記憶力クイズは、そのような意図を含んでいるのかもしれないのです。
記憶力を試すなら、もっと重要度が高い事柄から出題しましょう。忘れて当たり前のことなど、思い出せなくて当然です。この手のクイズの裏に、何かしらの目的が潜んでいないか、注意しましょう。それは善意のツラをした詐欺師が、何かを売りつけようと意図した出題なのかもしれません。
それ本質じゃないんじゃないのって思うこと、たまにありますよね。
何が本質か。それを見定めましょう。