2015-01-01から1年間の記事一覧
(写真は「首なし地蔵」 ) 異常な猛暑の日々が延々と続き、秋雨前線が居座って豪雨が 長引き、例年より多くの台風が早々と襲来して・・・と、 なかなか中山道歩きを再開出来ずにいました。 しかし、ここにきて、久し振りに晴天が数日続いたので、 2か月振り…
(写真は「ほう葉寿司」)大井宿は、「六つの枡形(ますがた)」で有名な宿場町です。「枡形」は、宿場町の特徴とされていますが、全ての宿場町にある訳ではなく、また、あっても1~2か所です。しかし、大井宿の枡形は、6か所もあり、しかも、全てが美し…
(写真は、中津川名物「栗きんとん」)中津川宿到着の翌朝、中津川駅前のビジネスホテルを出て、すぐ近くの中津川宿の入口である高札場へ向います。そう、昨日のゴールである中津川宿・高札場が、本日のスタート地点です。 夜明け前 (第1部 上) (新潮文庫) …
(写真は、「苗木城」のイメージCG)朝に、馬籠宿を出発して、落合宿を抜け、2時半頃に中津川宿に到着しました。私の従兄弟から、中津川へ行ったら、「苗木(なえき)城」は必見、というアドバイスを受けていました。そこで、中津川宿に入ると、中山道か…
(写真は、落合宿本陣の古い門)落合宿は、本陣1、脇本陣1、旅籠4と小さな宿場町でした。木曽路沿いの11宿を出て、美濃路に入ると最初の宿場が落合でした。落合宿の入口は、枡形になっていて、枡形を曲がると上の写真の「常夜灯」が残っています。当時…
(写真は、落合の石畳)宿泊していた「馬籠茶屋」では、朝8時に目が覚めましたが、余りにも静かです?・・・ シ~ン・・・しまった!、寝過ごした!もう、宿泊客は全員、チェックアウトしてしまったのかな?慌てて玄関に行ってみると、未だ皆さんの靴があり…
(写真は、島崎藤村の初恋の人”ゆふ”さん) 馬籠宿の手前の見晴台を出て、残り100メートルの坂を下りてゆくと、馬籠宿の入口の高札場がありました。高札場の横を下りてゆくと、古い家屋が点在しており、もう、馬籠宿の町並みです。馬籠宿は、下り坂の両側に…
(写真は、吉川英治「宮本武蔵」の舞台となった「男滝」)右手に写真の妻籠発電所を見ながら、妻籠宿を抜けて、いよいよ難所・馬籠峠越えを目指して頑張ります!中山道は、蘭(あららぎ)川を右手に見ながら進みます。間もなく、大妻橋で蘭川を渡り、右手の…
中山道の険しい山の合間に、江戸時代のまま時が止まったかの様な宿場町が現れます。妻籠宿です!妻籠宿は、日本で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された場所です。これまで大きな災害や火災が無かったので、江戸時代のままの枡形の街道や旅籠が…
(写真は、三留野(みどの)宿の町並み)「三留野(みどの)」の地名の由来は、ここに木曽氏の館があり「御殿(みどの)」と呼ばれたからだそうです。三留野宿は、旅籠が32軒と多かったのですが、これは、野尻から三留野の間の中山道は、木曽川に沿って、…
(写真は、JR中央西線の十二兼駅)野尻宿は、外敵を防ぐための「七曲がり」と呼ばれる曲がりくねった町並みが特徴です。野尻宿も、何度も火災に見舞われて、多くの家は消失してしまいましたが、僅かに出梁造りの民家も点在して、少しだけ昔の面影を残してい…
(写真は、乳房を出して子供を抱いている珍しいマリア地蔵)町の中心に「用水路」を通した須原宿は、江戸時代から、清水が湧く宿場として知られ、名物「桜の花漬」で有名でした。 軒先には、今でも、丸太をくり抜いた水舟が置かれ、野菜や果物を浮かべる情緒…
上松宿の宿場の入口の標柱の傍には、「十王堂の石仏群」と、宿場町の案内看板がありました。上松宿は、江戸時代から、桧の集散地として発展した町です。昭和25年の大火で町並みのほとんどを焼失してしまいましたが、火災をまぬがれた上町(かんまち)は、出…
福島宿は、戦国時代に木曽氏の城下町として発展しました。 江戸時代になると、福島関所が設けられ、碓氷関所とともに江戸防衛の重要な拠点となりました。福島宿の中でも、特に「上の段」と呼ばれている地区には、江戸時代の雰囲気が強く残っています。福島宿…
(写真は、義仲館の木曽義仲と巴御前) 宮ノ越宿は、源氏の木曽義仲の旗揚げの地として有名で、義仲にまつわる伝説がたくさんあります。 しかし、宿場町は、明治16年の大火で全焼してしまったため、往時の面影はあまり残っていません。旧中山道は、木曽義仲…
(写真の宮内庁御用達:御婚儀用櫛は、薮原宿名物「お六櫛」 でもあります。)薮原宿は、鳥居峠へ向う旅人の宿場として、また、高山へ向かう飛騨街道の追分の宿として、更には、名物・お六櫛の生産地として栄えていたそうです。 しかし、明治時代の大火で町…
(写真は、鳥居峠の熊避けの鐘)奈良井宿から次の薮原宿へ向かう中山道は、標高1197mの難所である鳥居峠を越えなければなりません。 翌朝、「民宿しまだ」の朝食は、横浜のKさんと2人です。民宿の女将さんは、朝食後に、宿で出す山菜を採りに鳥居峠へ行く…
(写真は、「木曽の大橋」のライトアップ)贄川宿から馬込宿までの「木曽十一宿」がある区間を「木曽路」と呼び、中でも、奈良井宿は、伝統的な建造物が良く保存されています。また、旅人の土産物として人気があった櫛、漆器などの木工産業が盛んな場所でも…
(写真は贄川関所)今年は、集中豪雨、猛暑、台風、異常気象と切れ間なく続いて、中山道歩きが、なかなか再開出来ないでいました。 このところ、ようやくその異常気象もおさまり、秋めいてきたので、久しぶりに中山道の一人歩き旅を再開しました。横浜駅に6…
(写真は「猿岩」) 元職場の先輩である船橋在住”原人”さんの 「離島巡り:壱岐島」同行の2日目、観光バス の午後のコースです。 壱岐島名物のウニ飯の昼食のあと、観光バスは、 島の最高地点・212メートルの「岳の辻」 (たけのつじ)へむかいます。 展望台…
(写真の赤丸印は、博多港から高速艇で1時間の 壱岐島) 上の地図の壱岐島の先にあるのは対馬で、更に 先が朝鮮半島です。 元職場の先輩である船橋在住”原人”さんの 「離島巡り:壱岐島」同行の2日目です。 2日目は、観光バスに乗って島内を観光します。 …
(写真は、”幻の赤ウニ”) 今月、帰省のため熊本へ向かった際に、福岡空港 に寄り道して、博多港から壱岐島を訪れて来ました。 (阿蘇山噴火のために、帰省の復路も福岡空港を 経緯する結果になりましたが・・・) 壱岐島へは、元職場の先輩である船橋在住の…
(写真は、熊本・荒尾市の世界遺産「三池炭鉱・ 万田坑 」 ) 今月(9月)7~15日、所用で実家の熊本へ帰省しました。 15日の帰京日は、阿蘇山噴火のため、熊本から 羽田へ向かう便が欠航になってしまいました。 仕方なく、JRで熊本から福岡へ向い、福岡空…
(写真は、大谷石造りの「松が峰教会」) 「大谷資料館」での大谷石の採掘跡見学を 終わって、来た道を資料館入口バス停まで 歩いて戻ります。 この辺りは、田園風景の中に、特異な形状の山や 奇岩が連なる独特の景観です。 バス停の前は、次頁の写真の様に…
(写真は、地下の採掘場跡) 栃木県・宇都宮市の郊外に、大谷石の採掘跡を 見学することができる「大谷資料館」(700円) があります。 関東ではよく知られた有名な観光スポットらしい ですが、九州人の私には馴染みのない未知の スポットです。 そもそも、…
(写真は、「中之条町歴史民俗資料館」) 四万温泉の二日目は、終日雨の天気予報だった ので、奥四万湖などを巡る予定をキャンセル して、帰路の乗換え駅の中之条の町中で終日 過ごすことにしました。 四万温泉発のバスの終点である、上の写真の 中之条駅に…
(写真は、四万温泉のスマートボール店) 四万温泉に到着して、先ず、私の一番好きな アニメの「千と千尋神隠し」に出てくる湯屋の モデルとなった積善館を見物したあとは、 ぶらりと温泉街を散策します。 四万(しま)温泉は、群馬県の四万川の渓流沿い に…
(写真は、群馬県の四万温泉「積善館本館」) お盆休み(8/13~14)は、温泉にのんびりと 浸かりたいと思い、四万温泉に行って来ました。 四万温泉を選んだのは、どうしても訪れてみたい 旅館があったからです。 横浜→JR京浜東北線→上野(10:00)→JR 高崎・…
(写真は、泰勝寺にある宮本武蔵の慰霊塔) 宮本武蔵が、熊本で過ごしたの最後の5年間に ついては、「霊厳洞」、「島田美術館」、 「武蔵塚」、「千葉城跡」でご紹介しました。 熊本へ帰省(7/15~20)した際に、次に訪ねた のは、熊本市・北東部の「泰勝寺…
(写真は、熊本城内にある「千葉城跡」) 宮本武蔵が、熊本で過ごした最後の5年間に ついては、武蔵が五輪書を執筆するために 籠ったという「霊厳洞」(れいがんどう)、 武蔵関連の肖像画、水墨画、刀剣などを 集めた「島田美術館」、参勤交代の無事を 祈る…