2011-01-01から1年間の記事一覧
(写真は、藤川宿脇本陣跡) しばらくは、右手に、名鉄を見ながら並行して進みます。 名鉄の電車が横を走るのを眺めながら、トラックの 排気ガスを我慢して、一本道をひたすら歩きます。 すると何もない山の中に、忽然と名鉄の巨大な車両基地が! 凄い! 感…
(写真は、近藤勇の首塚) 旧東海道を先へ進むに従い、ウォーキングのスタート 地点が、横浜から、どんどん遠くなります・・・ それに合わせて、横浜駅で乗る電車の時刻も、段々 と早くなってきます・・・ 今回は、横浜駅を、早朝6時過ぎの電車で出発、途中…
(写真は、旅籠「大橋屋」) 赤坂宿に入ると、下の写真の本陣跡の標識があり、その 近くに、その下の写真の高札場が当時のままに再現されて いました。 少し歩くと、旅籠・大橋屋がありました。 冒頭の写真の江戸時代からの旅籠「大橋屋」は、広重の 浮世絵…
(写真は、御油の松並木) いかにも田舎ののどかな風景の素敵な川にかかる御油橋 を渡り、御油宿へ入ります。 宿へ入ると、御油高札場跡の説明板がありました。 少し歩いて、風格のある民家が点在する御油宿を抜けると、 冒頭の写真の「御油の松並木」です。…
(写真は、豊橋かつカレーうどん) 二川宿を出てから、トラックの排気ガスに耐えながら、 歩道が狭くて歩きにくい国道1号を、約2時間、我慢して 歩き、吉田宿に入ります。 吉田宿と言っても、ピンと来ないと思いますが、 豊橋のことです。 吉田宿は、豊橋市…
(写真は、旅籠・清明屋) 愛知県に入り、キャベツ畑の中の国道1号を歩き続けると、 東海道新幹線が横切るのが見えました。 新幹線のガードをくぐり、東海道線の踏切を渡ると 二川(ふたがわ)宿です。 二川宿は、遠江の国(静岡県)から、三河の国(愛知県) へ…
(写真は潮見坂) 旧東海道は、新居宿を抜けて、美しい松並木を過ぎると、 やがて始まる急な坂が、東海道の難所だった潮見坂です。 白須賀の名前の由来は、白い砂浜の意だということですが、 その昔、海岸にあった白須賀宿は、江戸時代に、大地震の 津波によ…
(写真は、新居関所の役人) 舞阪宿の船着き場跡から、浜名湖を横切る専用歩道橋を 歩いて、下の写真の新居(あらい)宿の船着き場跡に 着きました。 江戸時代は、新居で渡しの舟を降りると、すぐ目の前が 新居関所だったそうです。 新居関所は、由比正雪の…
(写真は弁天島の鳥居) 舞阪宿の脇本陣を出ると、直ぐに浜名湖です。 江戸時代は、この舞阪宿から次の新居宿へは、舟渡し だったそうです。 現在は、舟渡しが無いので、船着き場跡から先の 旧東海道は途切れています。 従って、舞阪宿の船着き場跡から新居…
(写真は舞阪宿の脇本陣) 旧東海道を先へ進むに従い、横浜から東海道線で往復する 電車賃が、段々と高くなってきました。 そこで、船橋在住の原人様のアドバイスに従い、今回から 「青春18きっぷ」を利用して出掛けます。 (5枚で11,500円、有効期間:12/10…
(写真は、八百徳本店のうな重) 旧東海道は、天竜川を渡り、国道1号とほぼ平走します。 ひたすら西へ西へと、JR浜松駅まで歩きます。 浜松宿は、徳川家康が整備した東海道最大の宿場町だった そうです。 「東海道中膝栗毛」では、弥次さん喜多さんが、客引…
(写真は、新天竜川橋) 早朝に、浜松駅から磐田駅まで戻り、磐田駅からスタート します。 磐田の市街地を抜けると、旧東海道は、天竜川を渡ります。 天竜川に架かる天竜川橋を渡ろうとしますが、 何と! 天竜川橋に歩道がありません!! 参ったな! 私が持…
(写真は、旧見付学校) 旧東海道は、国道1号の左側を並行して走り、やがて国道1号 を斜めに横切り、1号線の右側に変わります。 「東海道五十三次ガイド」によると、この旧東海道と1号線 とがクロスする地点が、遠州の鈴ケ森の処刑場の跡で、 打ち首になった…
(写真は、東海道ど真ん中茶屋) 間の宿「原川」を抜けて、暫く進むと、右手に富士浅間宮の 大きな赤い鳥居が見え、これが袋井の町の入口の目印です。 袋井宿は、東海道五十三次の江戸側から数えても、京都側 から数えても、ちょうど真ん中の27番目の宿です…
(写真は、間の宿「原川」の松並木) 掛川宿を抜けて袋井宿を目指します。 旧東海道は、いったん国道1号に合流し、また直ぐに分岐 します。 天竜浜名湖鉄道を横切り、2キロ位歩いてから、掛川 バイパスの下をくぐる辺りで、旧東海道の表示が完全に 無くなりま…
(写真は掛川城) 朝8時半に掛川駅前の宿を出て、近くの掛川城へ向かいます。 掛川城は9時開場でした。 お城の周りを掃除しているおじさんとの挨拶話で、 ”9時まで入れませんね”、と言うと 、 ”電車の時間があるので、早く入れて下さい、 と言って入れても…
(写真は、日坂宿の高札場) 日坂(にっさか)宿は、小さな宿場町ですが、街道沿いの 家々には、そのまま屋号がかけられており、江戸時代の 雰囲気が良く残っています。 下の写真は、旅籠(萬屋)です。 宿の入口近くの本陣跡には本陣の門が再建され、宿場町…
(写真は、小夜の中山の茶畑) 金谷宿を抜けて、金谷坂と菊川坂を越えて、牧ノ原台地 のお茶畑を進むと、いよいよ小夜(さよ)の中山峠です。 小夜の中山は、箱根峠、鈴鹿峠と並ぶ東海道の三大難所 でした。 また「小夜の中山」は、平安時代の和歌などにたく…
(写真は大井川橋) 「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」として、 箱根と並び、東海道の難所中の難所である大井川越えです。 大井川を無事に越したら、金谷宿で「水祝い」をしたそう です。 大井川橋は、私の想像を超える長さで、写真の様に、…
(写真は、私ではありません。念のため・・・) 横浜駅を早朝6:38に出発、前回の続きの六合駅をスタート して島田宿へ向かいます。 島田宿の大井川近く近くまで来ると、往時をしのばせる 大井川の川越遺構があります。 遺構には、当時の家屋が復元されていま…
(写真は、島田宿へ向かう途中の日没) 国道から藤枝宿への入口が分かりずらいです。 どうも通り過ぎてしまった感じです。 少し戻って藤枝宿の方角へ歩いてみましたが、宿場町 の入口ではなく、真ん中辺りに出てしまった様です・・ 藤枝宿は、街道沿いの綺麗…
(写真は、岡部宿柏屋の弥次さん喜多さん) 宇津ノ谷峠を越えて、岡部川を渡ると岡部宿です。 旧国道1号を進むと、左手に岡部宿の旅籠として栄えた 「柏屋(かしばや)」が、当時のままで残っています。 300円を払って中へ入ります。 お客は私一人だったので…
(写真は、宇津ノ谷の集落) 丸子宿から、次の岡部宿へ向かうには、難所の宇津ノ谷 (うつのや)峠を越えなければなりません。 丸子宿を抜けると、旧東海道は国道1号に合流しました。 国道1号を歩き続けますが、宇津ノ谷峠の入口の表示が なかなか表れません・…
(写真は丸子宿の丁子屋) 安倍川を渡ると、丸子宿に入ります。 下の写真は、高札場跡と脇本陣跡です。 丸子は、”まるこ”ではなく、”まりこ”です。 ”毬(まり)子”と書いた看板もあります。 町は旧道保存に熱心で、至る所に宿場跡についての説明板 が立って…
(写真は安倍川餅) 一夜が明け、前日に続いて、峠越えのコースです。 旧東海道は、私は、駿河湾の松林に沿った快適な ウォーキングのイメージだったのですが、意外と峠越え のコースが多く驚いています。 峠越えの途中で日没になると嫌なので、早朝に、駿府…
(写真は、森の石松を殺した都鳥の供養塔) ”江尻宿”といっても皆さんピンとこないと思いますので、 ”清水港(しみずみなと)”と置き換えた方が良いと 思います。 そうです。 あの有名な東海道一の大親分の清水次郎長が住んでいた のが、この”江尻宿(清水港…
(写真は、薩た峠から興津宿への下り坂) 薩た峠からは、写真の様なけもの道?を興津へ下って 行きます。 しかし、距離は意外と短く、箱根越えに比べれば楽勝の ハイキングでした。 坂を下り切ると、海岸線近くで、清流の興津川を渡り、 興津宿の町に入って…
(写真は、薩た峠からの絶景) 本日は快晴です! 前回の由比でのサイクルのおじさん達のアドバイスを 受けて、快晴の横浜駅を早朝6:38に出発、9:00に 由比駅に着いて、薩た(さった)峠を目指して歩き始め ます。 JR由比駅を降りて、標識に従い右手の旧道に…
(写真は、再建された由比宿の本陣) 由比宿に入ると、まるでタイムスリップしたかの様に、 江戸の香りが漂う古い町並みが続きます。 宿場町の中心には、立派に復元された冒頭の写真の由比宿 の本陣があり、その正面には下の写真の右の「正雪紺屋」が ありま…
(写真は由比の弥次さん喜多さん) 蒲原(かんばら)は、富士川の河口から駿河湾にかけて 細長い宿場町です。 まだ、宿場町の雰囲気を残す町で、車もほとんど無く、 情緒ある宿場町の散策が楽しめます。 蒲原宿の入口に、下の写真の東木戸の跡がありました。 …