Mr.Dashのぶろぐ館(新館)

関西の山々や日本アルプスが大好き。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、山岳ライターでもあるMr.Dashのブログです。Gooブログのサービス停止(2025/11)により、引っ越してきました!

2026年1月1日(木) [国東半島]六郷満山・峯道トレイル、文殊仙寺~手掘りトンネルコース!!

■メイン写真
手掘りの葛原廃トンネル、第3トンネルをくぐる

■今回のコース
12/29(月) 
 大阪南港⇒(さんふらわあ:船中泊)⇒
12/30(火)
 別府港⇒千燈寺駐車場→千燈石仏→尻付岩屋→大不動岩屋→鷲巣岳→千燈石仏→
 駐車場⇒湯の里 渓泉[泊]
12/31(水) 
 湯の里 渓泉⇒中山仙境駐車場(中山仙境登山口)→前田登山口→堂明高岩→
 後堂明→一望岩→後野越→六所神社→中山仙境下山口→隠洞穴→高城→無明橋→
 登山道合流点→駐車場⇒国見温泉あかねの郷[泊]
1/1(木) 
 国見温泉あかねの郷⇒文殊仙寺駐車場→文殊仙寺→ゴロタ平展望所→葛原集落跡→
 (葛原廃トンネルコース)→文殊山園地→文殊仙寺→駐車場⇒別府港⇒(さんふらわあ:船中泊)
1/2(金)
 大阪南港


六郷満山・峯道トレイルの3日目は、「3人寄れば文殊の知恵」発祥の寺、文殊仙寺から
廃村・葛原を経て、手掘りのトンネルが連続する旧道を歩いてきた。
ヘルメット、ロープを使用することはなく、3日間の中では最も"平穏"な山歩きができた。

文殊仙寺の長い石段を上る。
文殊仙寺は、日本三文殊のひとつで、648年、役行者が開基したと伝わる天台宗の寺。

十六羅漢像。石段の一番上に並ぶ。

本殿奥之院文殊堂は、断崖絶壁の文殊岩に開いた巨大な岩屋に、めり込むように
建てられている。元日ということで、岩屋の中へ入ることができた(撮影禁止)。
不滅の法燈を観られてラッキーだった。

文殊仙寺の役行者像は、少しふっくらして、やさしいお顔をしている。

宝篋印塔は高さ9mあり、国東半島の石造物のうち最も高い。
日本最大の宝篋印塔ともいわれている。
天保4年(1832)から完成まで8年間かかったという。 

鐘楼門の下に見える千年欅は、大分県の天然記念物だが、大きな枝が折れていて
樹勢は少し弱くなっているように見えた。

境内を右奥へと進み、小さなピナクルの下を通り過ぎる。

やはり岩屋にめり込むように建てられている、十王堂の中に並ぶ石仏。

永代供養堂の左横から山道に入る。

風神岩分岐にある大岩にも、経塔のようなものがあった。

ほどなく林道に出て、標識に従い岩峰の上によじ登ると、そこが葛原展望所。
展望所といっても人の手が入っているわけではないが、姫島が見えた。

ゴロタ平展望所。

葛原集落跡に到着。ここから山道に入る。

葛原集落跡に残る石鳥居。
昭和30年頃まで、人が住んでいたそうだが、住居跡などは見当たらなかった。
段々畑のように、平坦に区切られ、段差には石垣がきれいに積まれており、
往年の隆盛を物語っていた。

ここからは、葛原集落の住民が日常、使っていたといわれる古道をたどる。
道幅は広く、荷車がすれ違えたと思われる。
葛原の人々は、主に何で生計を立てていたのだろう。
炭焼きか、段々畑で農作物を作っていたのか、鉱山でもあったのか。

第1トンネル。きれいに残っている。

第2トンネル。入口が少し崩壊しているが、あとは大丈夫。
トンネル内は平坦ではなく、下り坂になっていた。

第3トンネルは最も短い。やはり入口が崩れているが、中は通れる。
トンネルがなければ、厄介なピナクルを越えなくてはならない。

第4トンネルは奥の方で落盤している。

LEDヘッドランプをつけて中をしばらく探ったが、奥は水がついていた。
第4トンネル入り口の右手にトラロープが張ってあり、高巻きして
トンネルを越えていける。
反対側は、人が這えば入れる程度の穴が開いていた。

トンネルのほか、切通しになっているところもあった。
とにかく、これだけのものを造った労力には感服する。

林道に出て、文殊山園地と名付けられた場所(公園ではない)を通り、
もとの文殊仙寺へと戻る。
簡易舗装の道は緩い上りで、最後にこれはちょっとしんどく感じた。

十分に余裕をもって、別府港に到着。
ゆっくり、じっくり土産物を選んでから、さんふらわあに乗り込んだ。

2025年12月31日(水) [国東半島]六郷満山・峯道トレイル、中山仙境の岩場を歩く!!

■メイン写真
中山仙境の無明(むみょう)橋

■今回のコース
12/29(月) 
 大阪南港⇒(さんふらわあ:船中泊)⇒
12/30(火)
 別府港⇒千燈寺駐車場→千燈石仏→尻付岩屋→大不動岩屋→鷲巣岳→千燈石仏→
 駐車場⇒湯の里 渓泉[泊]
12/31(水) 
 湯の里 渓泉⇒中山仙境駐車場(中山仙境登山口)→前田登山口→堂明高岩→
 後堂明→一望岩→後野越→六所神社→中山仙境下山口→隠洞穴→高城→無明橋→
 登山道合流点→駐車場⇒国見温泉あかねの郷[泊]
1/1(木) 
 国見温泉あかねの郷⇒文殊仙寺駐車場→文殊仙寺→ゴロタ平展望所→
 (葛原廃トンネルコース)→文殊山園地→文殊仙寺→駐車場⇒別府港⇒(さんふらわあ:船中泊)
1/2(金)
 大阪南港

 

前半戦を終えて、13:00頃、六所神社に到着。
後半戦は、中山仙境を周回する。中山仙境は、平成30年に国の名勝に指定された。
かつて魔物の棲む場所(大魔所)と呼ばれ、恐れられていたという。
江戸時代には霊仙寺の僧侶たちによって、四国八十八箇所の写し霊場が設けられ、
中山仙境にも三十箇所ほどの霊場が設定された。

中山仙境下山口に向かう途中、東の兄弟割石をみる。この岩には、神隠しの伝説が残る。
兄弟といわれる通り、西と東の2か所にある。

中山仙境下山口。
本来の中山仙境の周回ルートを逆に回ることにしたが、結論として、逆回りのほうが
転滑落のリスクが低いと思われた。

こちらのルートも、両側にピナクルを見上げながら登る。
しだいに傾斜が強まってくる。

前方に岩屋が見えてきた。
三方から断崖絶壁に囲まれており、声が反響する。

隠洞穴(かくれうど)の名がある岩屋には床板が張られ(立入禁止)、奥に石仏が並ぶ。
護摩焚きや、籠りの行が行われたのだろう。

この先、狭いトラバース道には、岩壁にずっと鎖が張られている。

谷側は何十メートルも垂直に切れ落ちた崖となっていて、落ちたらひとたまりも
ないだろう。

周回ルートには、弘法大師と、おそらく大日如来だろう、2体セットの石仏が
断続的に現れる。

午前中に縦走した高岩から後野越への岩尾根が見える。

「馬の背」と名付けられたヤセ尾根をたどる。
転倒厳禁のスリリングな道だ。

岩峰を越える際には、必ずと言っていいほど鎖が設置されている。
よほど事故が多かったのだろう。

なにしろ、足元はずっと断崖が続く。
時折、強めの風が来ると思わず身構える。

高城(たかじょう)に到着。
天照大御神の文字が刻まれた標石が立つ。横には三角点もあった。
本コースの最高点だが、標高は317mしかない。

高城をあとにする。長い鎖場を注意深く下る。

岩場を回り込んだところに、小さめの岩屋があり、ここにも石仏が並ぶ。

小さめの石橋。微妙に傾いているのが怖い。

さらに15分ほどで、無明橋に着く。

2本の長細い岩が巧妙なバランスで接しており、乗っても落ちないのだ。
しかし、ビジュアル的にはすごく怖い。隙間が開いている!!

引き続き、岩峰のアップダウンをこなす。

イノシシのヌタ場。標識がついていたが、このところ渇水ぎみのようで、
乾ききっていた。

小野迫、前田への分岐に到着。
ここで、クルマを停めてある中山仙境登山口へと下る。
あとは難所もなく、最短距離で駐車場へと戻った。

この日のお宿は、国見温泉あかねの郷。
本館・食堂と、宿舎と、温泉の建屋がすべて別々なので、行き来の際に
外に出ないといけないが、屋根はついていて雨天時の心配はない。
食事は大晦日ということもあったのか、質・量とも豪華で、食べきったあとは
しばらく動けなかった。

 

2025年12月31日(水) [国東半島]六郷満山・峯道トレイル、高岩~後野越を歩く!!

■メイン写真
ハシゴが架けられた一望岩

■今回のコース
12/29(月) 
 大阪南港⇒(さんふらわあ:船中泊)⇒
12/30(火)
 別府港⇒千燈寺駐車場→千燈石仏→尻付岩屋→大不動岩屋→鷲巣岳→千燈石仏→
 駐車場⇒湯の里 渓泉[泊]
12/31(水) 
 湯の里 渓泉⇒中山仙境駐車場(中山仙境登山口)→前田登山口→堂明高岩→
 後堂明→一望岩→後野越→六所神社→中山仙境下山口→隠洞穴→高城→無明橋→
 登山道合流点→駐車場⇒国見温泉あかねの郷[泊]
1/1(木) 
 国見温泉あかねの郷⇒文殊仙寺駐車場→文殊仙寺→ゴロタ平展望所→
 (葛原廃トンネルコース)→文殊山園地→文殊仙寺→駐車場⇒別府港⇒(さんふらわあ:船中泊)
1/2(金)
 大阪南港


六郷満山・峯道トレイルめぐりの2日目は、夷谷の六所神社を中心に、まずは北側の
高岩から後野越へと周回し、さらに南側の「中山仙境」を周回した。

夷谷は、平安時代以降、六郷満山の僧侶達が時間をかけて開拓し、谷全体が「夷石屋」と
いう寺院へと発展していったという。

中山仙境駐車場。バックに見える中山仙境の岩峰が誘っている。

六所神社(六所権現)御旅所を過ぎ、前田登山口の先で山ノ神・長小野林道に入る。
100mほどで右の脇道に入っていく。

まわりは雑木林だ。

立派な石垣が目につく。棚田だったのか、段々畑だったのか。

石灯篭。大きな倒木で荒れているが、その先に古い石段が続いていた。
寺院か神社があったのだろう。ここは石段に向かわず、直進する。

炭焼き窯の跡。
今回の山行を通して、あちこちで炭焼き窯跡を見たが、これはまだ天井が一部
残っていた。

尾根に乗ると、すぐに固定ロープの難所が現れた。

稜線の三叉路に出た。

岩場をエイッと回り込んだところが、最初のピーク、堂明高岩だ。

りっぱな山名表示と、三角点がある。

海が見える!!

絶景のやせた岩稜で、この先のルートを探していると、鎖場を発見。
クライムダウンも楽しい。岩の質はよい。

次のピークは後堂明。

眼下には、岩峰が連なっている。どの尾根もこんな感じで、異国感がすごい。

地形図を見ると、まさに毛虫の上をたどっている。

屏風のような次のピーク。

両側が切れ落ちたヤセ尾根を慎重に進む。

脚立を利用した短いハシゴ場。
これを、ここまで担ぎ上げた人は偉いっ!!

その直後に、これまたなかなか危なっかしいトラバース道が出てくる。
トラロープは一応しっかりしていたが、全体重を預けるのは怖い。

ハシゴが架けられた一望岩。

一望岩からの眺め。眼下の薄い屏風のような岩がすごい。

振り返ると、高岩のピークと海が見える。

固定ロープの急斜面を下ると、すぐに後野越の4つ辻に着く。

ここで尾根筋を離れ、六所神社へと下る。

ピナクルのすぐ横を下りていく。

峯道トレイルの標識の上に、季節外れのカマキリ。

廃屋が見えてきた。この向こうが車道である。
たいへく刺激的なルートだった。この日の前半戦、無事完了。

2025年12月30日(火) [国東半島]六郷満山・峯道トレイル、鷲巣岳の岩場に挑む!!

■メイン写真
峯道トレイルのハイライト、大不動岩屋

■今回のコース
12/29(月) 
 大阪南港⇒(さんふらわあ:船中泊)⇒
12/30(火)
 別府港⇒千燈寺駐車場→千燈石仏→尻付岩屋→大不動岩屋→鷲巣岳→千燈石仏→
 駐車場⇒湯の里 渓泉[泊]
12/31(水) 
 湯の里 渓泉⇒中山仙境駐車場(中山仙境登山口)→前田登山口→堂明高岩→
 後堂明→一望岩→後野越→六所神社→中山仙境下山口→隠洞穴→高城→無明橋→
 登山道合流点→駐車場⇒国見温泉あかねの郷[泊]]
1/1(木) 
 国見温泉あかねの郷⇒文殊仙寺駐車場→文殊仙寺→ゴロタ平展望所→
 (葛原廃トンネルコース)→文殊山園地→文殊仙寺→駐車場⇒別府港⇒(さんふらわあ:船中泊)
1/2(金)
 大阪南港


2025年から2026年の年末年始は、岳友たちと久しぶりのプライベート山行だ。
大分県は国東半島にある、六郷満山の峯道トレイルのうち、今回はスリリングな岩場や
珍しい古道のトンネルコースをセレクトしてみた。

さんあらわあで別府港へ。

六郷満山は、神仏習合の発祥の地とも言われ、明治時代の神仏分離令の影響も
さほど受けなかったとされるエリアだ。
峯道トレイルは、かつて宇佐神宮の僧たちが修行した六郷満山峰入行をベースに
地元が整備したロングトレイルで、13年ほど前に"開通"した。

初日は、峯道トレイルのハイライトともいえる奇景の大不動岩屋を経て、
峯道トレイルを外れ、難路とされる南側から鷲巣岳(わしのすだけ)に登ってみた。
鷲巣岳は、地形図を見ると東西ともに「毛虫記号」で、どこから登れるのだろうかと
思ってしまうが、弱点はありそうで楽しみだ。ロープ、ヘルメット、ハーネスも
準備して臨む。

千燈寺の道を隔てた向かい、公衆トイレがある駐車場をスタート。
まずは車道を南下し、尻付岩屋で林道に入る。
岩屋の中には、かなり摩滅した木造仏が数体、安置されている。

林道を奥へ進んでいくと、獣の骨が数片、落ちていた。

林道分岐から、さらに奥へ。やがて山道になる。

見上げると、すぐ横には礫岩でできたピナクルがある。
このあたりの山域には、こうした尖峰が散在しており、独特の景観を生んでいる。

右の岩壁に、大きな穴が開いている。大不動岩屋だ。
旧千燈寺附属の霊場だったという。

岩場をトラバースして、岩屋の下に入る。
岩屋の中には、小さい石碑(不動明王?)に、碑伝(ひで)が3枚、納められていた。
岩屋の天井をよく見ると、柱を立てるために空けたとみられる穴が幾つも認められた。
かつては岩屋の内部に建屋があったと思われる。

岩屋からは、日本とは思えない不思議な風景が広がっていた。
屹立する無数のピナクルに息をのむ。
ああ、ここに来てよかった。

もとの山道に戻り、次の二股でショートカットしようと右の踏み跡を選んだが、
谷筋に入ると倒木でかなり歩きにくくなっていた。
ここは素直に左の道を行き、阿弥陀越へと直接詰め上がる方がたぶんよかった。

阿弥陀越から続く尾根に出てほどなく、鷲巣岳への急登が始まる。
地形図では南側をぐるっと毛虫記号が描かれているが、その通りで、
眼前には、砂岩(おそらく)の岩壁。その弱点を探す。

固定ロープを見つけると、あとはそれをたどるとルーファイは不要。

しかし、なかなかの急登。転落注意。加えて、春以降はヤブが邪魔になりそう。
サルトリイバラなどのトゲ植物もあるため、ロープも出せなかった。

登りきると、南北に細長い山頂部に出る。
まずは「風天社」と刻まれた小祠が迎えてくれた。
後で知ったが、我々が登った「風天社」の南側岩場ルートは、「女性が行けば西方寺に
大風が吹く」とされ、女人禁制だったという。

次に、蔵王権現役行者不動明王像が並ぶ石室。

その少し奥に、鷲巣岳の三角点のピークがあった。展望はわずか。
鷲巣岳は、別名を行者岳といった。

蔵王権現祠のあたりまで戻り、東側の急峻な岩壁のほうに下る。
赤テープが直下に見えるものの、危険なのでロープを数回フィックスして下りた。

猛烈な傾斜の、地形図の毛虫エリアをなんとか通り過ぎると、北へトラバース
していく。今度は落ち葉の堆積で足が取られて苦労する。
進行方向の左側は垂直の岩壁が続くが、その上はちょうど鷲巣岳のピークが
あるあたり。
今度は東へ、またまた急傾斜を下る。踏み跡はほとんど認識できないので、
滑り落ちずに歩けるところを見定めつつ、小さくジグザグを切りながら下った。

すると突然、大きな岩屋が出てきた。岩屋の中には石仏が鎮座していた。
岩屋の前は人為的に平坦にされており、古い石段が下に続いていた。

赤テープの助けもあって、林道に出る。

林道を50mほど北にとり、ふたたび雑木林の中に入って、ようやく緩くなった
斜面を下っていくと、千燈石仏の裏にうまく出ることができた。
理想的に、最短距離で里に出てきたことになる。

千燈石仏。鎌倉時代末期から室町時代の頃のもの。
幅160cm、高さ70cm、厚さ50cmの一枚岩に、弥陀来迎図が薄肉彫りされている。
脇侍に不動明王多聞天像を配するのが、豊後磨崖仏に共通する特徴だそうだ。
六郷満山に、浄土教信仰が浸透していたことを示すものだ。

建屋の横には、いろいろ混交したデザインの石仏もあった。

駐車場に戻る途中、鷲巣岳を見上げる。

この日の宿は、赤根温泉の「湯の里 渓泉」。
硫黄泉 カルシウム硫酸塩泉で、露天風呂は源泉かけ流し。いい湯だった。

2025年12月28日(日) [近江八幡]磐座が続く津田山、長命寺山から長命寺へ!!

■メイン写真
西国第31番札所の長命寺

■今回のコース
渡合バス停→若宮神社→(奥島山林道)→小豆ヶ浜分岐→磐座(天之御中主尊)→津田山(奥島山)→
長命寺山→長命寺長命寺バス停⇒八幡山ロープウェイ口バス停→たねや


2025年最後のお仕事は、近江八幡長命寺山へ。同ルートは8年ぶりだ。
地味な山ではあるが、ミニ縦走中に古代の信仰を想起させる磐座がいくつも見られる、
なかなか趣深いルートなのである。

近江八幡駅から、近江鉄道バスで渡合へ。
しばらく田園風景の中を北上し、若宮神社へ。左奥へ車道を進む。

路肩にフユイチゴ。めいめい試食してみる。
朝方に少し雨が降ったせいか、味が水っぽい気がした。

墓地前を過ぎ、さらに奥島山林道を進む。

この日は、赤い実の植物をたくさん見た。ビナンカズラ。

林道をショートカットできる直登道に入ると、大きめの檻があった。
これから道中ずっと、イノシシによる強烈な掘り返しで、歩きにくい状態が続く。

 

再び林道に戻り、四つ辻へ。林道はこの先工事中で、仮設トイレができていたが、
これがあまりに豪華で清潔だったので大喜び。貯水タンクからの簡易水洗もあった。
ここから尾根どおしの登山道に入る。

ヤブコウジ

ミヤマシキミ(ツルシキミ)。

ソヨゴ。

尾根道の両脇に、岩が現れてきたなと思っていると、小ピークに着いた。
ひときわ大きな岩が鎮座している。天之御中主尊を祀った磐座だ。
この前が開けているので、ランチタイムにした。

琵琶湖と対岸の比良山系が見えた。

続いて、津田山(奥島山)の山頂だ。
三角点ピークは、眺めもなく、まったく面白みがない。

しかし、20mほど進んだところに、周りを低い石垣できれいに囲まれた磐座がある。

小さな祠もある。斜めの岩の上に据え付けられていて、いくら針金で転倒しないように
していても、転げ落ちないのが不思議だ。やはり神がかっている。

このような磐座もある。ここは岩のすぐ前を横切る。

後半に差し掛かる。メインの登山道を少し外れて、長命寺山のピークにも寄る。
ここも残念ながら樹木に囲まれ、展望はない。

長命寺に到着。長命寺は一番下から数えると808段の石段が続いている。
我々は裏山からやってきたので、最後の100段だけ登れば寺に着く。

境内から琵琶湖と比叡山を望む。

最後に808段を下る。

バスに乗り、近江八幡の古い中心街で途中下車。
時代劇などのロケ度よく使われるお堀を渡る。

途中下車した目的は、和菓子の「たねや」さんに立ち寄ること。

あんコーヒーと、つぶら餅を楽しむ。
近江八幡に来た時は、これに限る。

2025年12月27日(土) [六甲]芦屋地獄谷へ、ドキドキの岩場トレーニング山行!

■メイン写真
ロックガーデンの名所、風吹岩

■今回のコース
芦屋川駅→高座ノ滝→(芦屋地獄谷)→A懸下→万物相→風吹岩→荒地山→新七右衛門嵓→
岩梯子→高座ノ滝


六甲山系のロックガーデンは、近代ロッククライミング発祥の地として、RCC
活躍した伝統あるエリアだ。今もなお、その魅力は色あせず、繰り返し足を運びたくなる。

今回は芦屋地獄谷からロックガーデンにアプローチ。沢登りチックな登高が楽しめる
愉快極まりないコースである。

スタートは高座ノ滝。藤木九三レリーフに心の中で敬礼し、山行を開始する。

地獄谷の入口。

水際を進んでへつってもよし、高巻いてもよし。
レベルに応じて楽しめるのがいい。

この日は初心者の方や、こちらが力量を図り切れていないお客様もいらっしゃる。
いきなり濡れた滝筋を登るのは酷。まずは簡単な高巻きで、それぞれの様子をみた。

数メートルの滝場が続く。水にドボンしないように気をつけながら進む。
しばらくは次々に現れるミニ滝の応酬だ。

有名な小便滝。沢は二股に分かれ、左は堰堤が立ちはだかる。
ここは右を進むが、すぐに水流はなくなる。

ミニゴルジュを登る。

A懸の直下で休憩。岩登り経験が豊富なYさんには、トップロープでA懸を
登ってもらったが、その他のお客様は脇から巻いて、風化花崗岩の稜線に出る。

絶景が広がる。この日は晴天に恵まれ、金剛山地までクッキリ。

スヌーピー岩を通過。小石を目と鼻のところに配置しただけで、
スヌーピーになってしまった。

ほ、細いっ!! ザックが擦れる。

せ、狭いっ!! でも、ここは見かけより簡単なのだ。

万物相の風化花崗岩。ロックガーデンの代表的な光景でもある。

ちょっとした急登を経て、風吹岩に到着。
順調にやってきたので、まだ正午には少し時間があるが、皆さん、空腹らしいので
早めのランチタイムとした。

横池をかすめ、荒地山へ抜ける。
荒地山は展望がない地味な場所なのが、いつもちょっと残念に感じる。

岩場で軽く遊んでいく。

新七右衛門嵓を下る。そう難しくはないが、念のためロープで確保した。

その直下が、下山ルートのクライマックス、岩梯子だ。
ここもクライムダウンの際に、時間はかかるがひとりずつロープで確保した。

奥高座谷は巨大堰堤の新造工事中。まだ新しいのを造るのかという気もするが、
確かに古い堰堤は土砂がフルに堆積してしまっているから仕方ないか。
ということで、風吹岩に続く岩尾根の道から下山した。

滝の茶屋に到着。スリルいっぱいの一日でした。おつかれさま!!

2025年12月12日(金)~14日(日) [富士を見る山旅]毛無山、十二ヶ岳、鬼ヶ岳へ、難路の縦走!

■メイン写真
十二ヶ岳から見た西湖と富士山

■今回のコース
12日 富岳風穴⇒道の駅 なるさわ(なるさわ富士山博物館)⇒魔王天神社⇒魚眠荘[泊]
13日 魚眠荘⇒十二ヶ岳文化洞トンネル駐車場→ミネ山→毛無山→十二ヶ岳→金山→
   鬼ヶ岳→雪頭ヶ岳→魚眠荘[泊]
14日 魚眠荘⇒道の駅 朝霧高原

3年連続で「富士を見る山旅」を企画した。富士山の晴天率は12月が最も高いそうで、
登る山を変えながら、この時期に歩くことにしている。
今年は西湖とセットで富士山を観ようということで、毛無山、十二ヶ岳、鬼ヶ岳へと、
行動時間が長く、加えて緊張を強いられる岩場が続く難ルートをセレクトした。

十二ヶ岳文化洞トンネル駐車場から歩き始める。
7時20分、駐車場には既に10台のクルマが停まっていた。

登山口から数分で、忠魂碑を通りがかる。

急に冬型の寒い日となったこの日、急坂を上っていてもいっこうに身体が温まらない。
尾根道をたどって最初のピーク・ミネ山へ。雑木林のなか、展望はない。

長浜分岐を過ぎると、歩きやすい幅広の尾根道となるが、毛無山の直下では
ふたたび急坂となり、ジグザグに上っていく。

毛無山に到着。
山頂で休憩していたら、かかっていた雲が消え、富士山が見えてきた。

十二ヶ岳へと続く主尾根は、岩場のアップダウンが連続する。
ピークごとに「一ヶ岳」、「二ヶ岳」、「三ヶ岳」と標識がかかる。

四ヶ岳~五ヶ岳間の岩場の下降。要注意箇所には、丈夫な鎖、固定ロープが
設置されているが、油断は禁物である。

八ヶ岳」の標識。どうしても「やつがたけ」と読めてしまう(笑)。

九ヶ岳の狭い頂と、十ヶ岳の岩峰は、ピークを踏まずに巻いていく。
そして、いよいよ核心部にさしかかる。

十一ヶ岳を過ぎ、眼前に十二ヶ岳が迫る。
大峰山系に例えると、ちょっぴりワイルドにした大普賢岳みたいだ。

十二ヶ岳への地形は、険しいキレットとなっている。慎重に岩場を下る。

キレットの下部には吊橋がかかっている。このルートの名物だ。
1人ずつ渡るよう、注意書きがある。それにしても揺れる、揺れる。

渡り終えたら、今度は長い登り返しが待っている。いやぁ、楽しい。

十二ヶ岳山頂の100m手前が、桑留尾への分岐点で、平坦部で風をよけられる
場所を選んで昼食とした。11:10と、順調なタイム。
弁当は、今回連泊させていただいた魚眠荘さんにお願いしたもの。
ズッシリおにぎりで、腹持ちも十分!!

十二ヶ岳の山頂に到着。
陽の光が西湖に反射して、まぶしいくらいだった。

岩峰がいかつい鬼ヶ岳が見える。午後は金山を経て、あの山に行くのだ。
ワクワク感がみなぎってくる。

微妙な岩場は、まだまだ出てくる。

5mくらいのハシゴ。

1661mピークを過ぎると、西の方角に南アルプスが見えてくる。
夕方以降、西から天気が悪化するとの天気予報だったので、観られないかも
しれないと思っていただけにラッキーだった。

カラマツ林の尾根道をたどり、大石ペンション村への分岐へ。
これを過ぎると、エスケープポイントはなくなる。もう、行くしかない。

金山の山頂に到着。
ここは三ツ峠山、黒岳から続く頂戴な稜線が合流するピークだ。
若い頃、その縦走ルートを12時間かけて一気に歩いたことがある。

最後のピーク、鬼ヶ岳へ向かう途中、十二ヶ岳を振り返る。
この山も、いいツラ構えをしている。

鬼ヶ岳に到着。鬼の角のような岩がおもしろい。

風が冷たかったので長居しなかったが、南アルプスがクッキリ見えた。
左から農取岳、間ノ岳北岳

その右に見えたのは鳳凰三山と、甲斐駒ヶ岳の三角形。

いささか"お腹いっぱい"になったが、まだ岩場は続く。長いハシゴを下る。

すぐに雪頭ヶ岳に着く。

雪頭ヶ岳のピークはやや平凡だが、ほんの少し下ったところに大展望ポイントがある。
この日、ずっと見てきた富士山だが、何度見ても美しい。

空には彩雲が出ていた。天気悪化のサインか。

あとは、ひたすら下るのみ。ザレ場の急坂は、岩場よりも厄介だ。
空気がかなり乾燥していて、砂埃がズボンを茶色く汚す。

やがて岩場も姿を消し、ブナ原生林の中を快適に下る。

巨大な堰堤巻き、あと少しで根場民宿買いに出ようかというころで、
シルバーバックのカモシカに遭遇。
これまで会ったカモシカはこげ茶色や褐色が多かったので、一瞬、クマかと身構えた。
話しかけると、好奇心をもって立ち止まり、こちらに目線を合わせてくれた。

16:05、お宿に無事、到着。皆さんの健闘に拍手と感謝。
朝、宿のご主人に下山時間を聞かれ「だいたい16時ですかね」と答えていたが、
ご主人は「みごとにピッタリの時間でしたね。どうして下山時間がわかるんですか」
と感心しきり。いや、単なる偶然です。

2025年11月30日(日) M社の登山ツアーで、福井・滋賀県境の三十三間山へ!

■メイン写真
風神へ向かう尾根筋で、秋のやさしい光に輝く紅葉

■今回のコース
倉見登山口→風神ノ滝→最後の水場→夫婦松→風神→尾根道出合→三十三間山→
(往路を戻る)→倉見登山口


M社の登山ツアーで、関西百名山のひとつ、福井・滋賀の県境にある三十三間山を
ガイドしてきた。
京都の三十三間堂の棟木に使われたヒノキ材を伐り出した山として知られる。

駐車場は2か所に分かれているが、下の駐車場は満車、上の駐車場にクルマを停めた。
ここがこれほど混雑しているのを初めて見た。人気が出てきているのだろうか。

獣除けのゲートを通って、渓流沿いに作業林道を進む。
「山頂まで3km」の標識で右折する。

すぐに風神ノ滝が見えてくる。
落ち口に石垣が造られ、水流を強制的に曲げているので、半分、人工の滝といえるが、
滝のフォルム自体は美しい。

谷筋の林道をさらに進むと、向こう岸に密生するキリの黄葉が輝いていた。

「最後の水場」で谷筋を離れ、スギ植林の中を支尾根に向けて急坂を上る。

支尾根からは、地味にしんどい坂が続く。

尾根に出ると、落葉広葉樹林に変わる。カエデの紅葉が美しい。
この日の若狭町の最高気温予想は17度。坂を登っていると汗がにじむ。
11月も今日で最後なのに、手袋すら不要だ。

カエデの下で、しばしば足を停めて撮影会になる。

夫婦松に到着。休憩に向いた地形になっているものの、松は枯れている。

夫婦松の逆側に目をやると、樹々の切れ目から若狭の海が見える。

やがてアスナロ(明日檜)が出現する。
ヒノキの仲間ではあるが、木材としてはヒノキに劣る。葉はヒノキに比べ、広く
つぶして広げたような感じだ。

主稜線が近づくと、傾斜が強まる。昼前で空腹を感じ始める。
主稜線の直下に「風神」の石碑がある。「国家安全 悪風退散」と刻まれた石碑に、
江戸時代の麓の民衆の願いを感じる。
このあたりで主稜線の風を避けてランチタイムとした。

すぐに福井/滋賀県境の主稜線に出ると、背の高い樹木は姿を消し、ススキの銀穂が
輝いているのが見える。東南方面には霧の雲海ができている。

左に若狭湾三方五湖を眺めながら山頂をめざす。
途中に設置されていた風況観測塔は撤去されていた。
風力発電施設の建設計画があるが、そのための風力観測データを取り終えたのだろう。

標識の下に獣の骨を発見。誰かが集めて置いた感じだ。

ブナ林に囲まれた三十三間山の山頂に着く。既にすっかり落葉している。
風がない山頂は、おだやかな太陽の光でポカポカ。

往路をそのまま戻り、無事下山。少し時間があったので、熊川宿の道の駅で休憩。
鯖街道の古い宿場町は、往年の賑わいを今に残しており、散策も楽しい。

下山は元の道を戻る。
往路に確認していたヒラタケ群落で、胞子を発散し続ける様子を観察。
ヒラタケ背が届かない高所に大群落を形成していた。

夕刻、低くなった太陽光は、キリ群落をより美しく照らし出していた。

下山後、道の駅 若狭熊川宿に立ち寄り、小腹を満たしたり、お土産を買ったり、
楽しい時間を過ごした。

 

2025年12月4日(木) [熊野市紀和町]筏師の道(瀞峡~木津呂手前)、丸山千枚田をガイド研修で歩く!

■メイン写真
丸山千枚田と一族山

■今回のコース
瀞峡駐車場→山彦橋→連動出合⇒道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里⇒丸山千枚田赤木城

所属する奈良山岳自然ガイド協会の実地研修で、「筏師の道」の瀞峡~木津路(手前)区間と、
丸山千枚田および赤木城跡を歩いてきた。
いずれも近年、お客様のニーズが高まっていることに応えるためだ。

今回のスタートは瀞峡。
実際に筏師が歩いた方向とは逆の、上流から下流に向かって歩く。

なんとも美しい自然の造形だ。

山彦橋を渡る。

対岸に渡ると、三重県熊野市である。
序盤、断崖に桟橋がかかるが、そのあとは平穏な山道になる。

木津呂展望台への分岐には、休憩ベンチが設置してある。
尾根通しの木津呂展望台へは、標高差で400m以上、登らなくてはならない。
今回はトラバースしている筏師の道をたどる。

碍子が残る。最近までの生活の匂いがする遺構には、なんともいえないノスタルジー
感じる。

クルマを回送して、ちょうど昼頃に道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里に着く。
熊野地鶏のチャーシュー入りラーメンに、柚子胡椒を入れてもらう。
これがなかなかの美味だった。

道の駅からは、紀州鉱山選鉱所跡が見える。
研修では時間の関係で寄れなかったが、これは興味深い。
奈良時代から採掘がはじまり、一時は東洋一の銅鉱山と呼ばれた。

昼食の後は、再びクルマで移動。今度は丸山千枚田へ。
田植えの時期と、稲穂が黄金色に垂れるころ、一眼カメラを構えるおっさん達で
ごった返す、人気の観光地である。

振り仰ぐと、風伝アルプスの支脈にある589m峰の岩峰が迫る。
正式な登山道はどうやらなさそうだが、登高欲をくすぐられる。

丸山神社。ここの祭神は石凝姥命(いしこりどめのみこと)。
古代の銅鏡製造に関する神様だ。紀州銅山の存在を考えると、古代から、
精銅技術が発達していたことを物語る。
天の岩戸に隠れたアマテラスが、ウズメの踊りに興味を示してわずかに岩戸を
開けた時、石凝姥命が鏡をアマテラスに向けて、顔を映させるシーンがある。
アマテラスが油断した瞬間、タヂカラオが岩戸をエイヤッと開けるのである。

丸山千枚田の中ほどにある大石を見下ろす。なぜ、あんなところに巨岩が?

最後に赤木城跡に立ち寄る。
豊臣秀吉が金属と木材資源の支配をもくろみ、この地域で厳密な検地を
試みたことに反抗しる地元住民が一揆を起こしたことから、その対策として
藤堂高虎が築いた城とされる。小規模だが、石垣がみごとな城である。

赤木城跡からは、風伝アルプスの玉置山が間近に望める。
大峯奥駈道上にある玉置山とは別の山で、裏玉置とか、元玉置と呼ばれる。
なかなか険しい岩稜が、これまた山が"呼んで"いる。

北に、ひときわ尖ったピークがあったが、現地では同定できなかった。
帰宅して調べると、池原貯水池の南、大俣川西ノ谷の水源にあたる
991.3m峰であることが分かった。

さて、今回の経験を活かし、どのような魅力あふれる企画に料理しようか。
楽しみは増すばかりである。

2025年12月3日(水) [北摂]高代寺山へ、クマのとよくん、御神馬のいづめ君に会いに行く!

■メイン写真
高代寺で飼われているツキノワグマの「とよ」くん

■今回のコース
妙見口駅→旧山下道分岐→六地蔵→高代寺霊園→高代寺山→高代寺→吉川小学校分岐→
黒川分岐→吉川城址→吉川八幡神社妙見口駅


能勢の妙見山のすぐ西に、目立たないが見どころ豊富な里山がある。
真言宗の古刹・高代寺と、室町時代の山城跡がある高代寺山
だ。

能勢電鉄妙見口駅から、北へほんの少し進んで、分岐を左へ。
慶安3年の標石がある。

しばらく登ったところから、妙見山を眺める。

棚田跡を右に見ながら、古い参道を上る。

かつての炭焼きの名残をとどめる「台場クヌギ」。

吉川高代寺山参道六地蔵。慶安2年のもの。

「妙見里山倶楽部」の活動拠点には、会員募集中の札がかかっていた。
以前より、なんとなく寂れた印象。

登りきると舗装林道に出る。少し右に行ったところの分岐を
左に折り返すと、高代寺の霊園管理事務所に着く。
ドコモの無線中継所への道から、未舗装林道に入る。

頭上を見上げると、細い枝に絡みつくようにスズメバチの巣があった。
遠目に見ると、浮いているようだ。

高代寺の山頂には、能勢テレメーター中継局の設備が建っている。

残念ながら展望はなく、三角点と小さな祠が山頂であることを物語るのみ。

テープをたどり、落ち葉で不明瞭な道を少し下ると、高代寺に着く。
終わりかけの紅葉が、最後の美しさを奏でていた。

寺務所の前を通り過ぎると、厳重な檻がある。

中を覗くと、今、話題のツキノワグマがいた!!
2014年に豊能町山林の猪わなにかかったもので、推定15歳のオス。
檻の中に散り敷かれていたクヌギの実を食べていた。
少し話しかけると、両手を上げて威嚇するようなそぶり。
おかげで「月の輪」模様がハッキリ見えた。
あの素早さで飛びかかられたら、熊スプレーなど間に合うはずもないと感じた。

本堂前に戻り、紅葉を鑑賞しながら、不動堂の右手から竹林に続く山道をとる。

吉川高代寺五輪塔。吉川越後守仲頼(源仲頼)の墓だ。

分かりにくい分岐を右にとり、クヌギ林の尾根を東へ東へとたどる。

しばらく、なだらかな雑木林の尾根を歩き、ちょうど昼頃に吉川城跡に到着。
北からの冷たい風がもろに当たるので、南側の曲輪跡に下りて昼食タイムとした。

吉川城は、1492年に吉川豊前守長仲が築いた。
1573年、吉川城と井戸城が、山下城主の塩川長満に包囲されて落城し、
350人余りが一時に亡んだという。

少し下ったところからは、妙見山が正面に見える。
廃止されたケーブルカーの跡が寂しい。

落ち葉が積もった山道を下り、吉川八幡神社へ。
自生コジイの北限という。

ユニークな神社で、境内には能勢電鉄の廃車の「顔」が保存展示されている。

あわせて3車輛分あった。

社務所にはHOゲージの模型も。萌えた。

境内には、御神馬の「いづめ」が飼われている。
手を出すと噛まれると注意書きが張ってあったが、長い顔を出してきて、
こちらを見つめたので、「かわいいなぁ」といいながら、鼻先を撫でてやった。
予想通り、噛まれなかった。

下山後、妙見口駅前の「かめたに」さんで、いつもの「猪フルト」を注文。
寒い日だったので、生ビールではなく、能勢の地酒・秋鹿の燗を頼んだ。最高。