
■メイン写真
手掘りの葛原廃トンネル、第3トンネルをくぐる
■今回のコース
12/29(月)
大阪南港⇒(さんふらわあ:船中泊)⇒
12/30(火)
別府港⇒千燈寺駐車場→千燈石仏→尻付岩屋→大不動岩屋→鷲巣岳→千燈石仏→
駐車場⇒湯の里 渓泉[泊]
12/31(水)
湯の里 渓泉⇒中山仙境駐車場(中山仙境登山口)→前田登山口→堂明高岩→
後堂明→一望岩→後野越→六所神社→中山仙境下山口→隠洞穴→高城→無明橋→
登山道合流点→駐車場⇒国見温泉あかねの郷[泊]
1/1(木)
国見温泉あかねの郷⇒文殊仙寺駐車場→文殊仙寺→ゴロタ平展望所→葛原集落跡→
(葛原廃トンネルコース)→文殊山園地→文殊仙寺→駐車場⇒別府港⇒(さんふらわあ:船中泊)
1/2(金)
大阪南港
六郷満山・峯道トレイルの3日目は、「3人寄れば文殊の知恵」発祥の寺、文殊仙寺から
廃村・葛原を経て、手掘りのトンネルが連続する旧道を歩いてきた。
ヘルメット、ロープを使用することはなく、3日間の中では最も"平穏"な山歩きができた。

文殊仙寺の長い石段を上る。
文殊仙寺は、日本三文殊のひとつで、648年、役行者が開基したと伝わる天台宗の寺。

十六羅漢像。石段の一番上に並ぶ。

本殿奥之院文殊堂は、断崖絶壁の文殊岩に開いた巨大な岩屋に、めり込むように
建てられている。元日ということで、岩屋の中へ入ることができた(撮影禁止)。
不滅の法燈を観られてラッキーだった。

文殊仙寺の役行者像は、少しふっくらして、やさしいお顔をしている。

宝篋印塔は高さ9mあり、国東半島の石造物のうち最も高い。
日本最大の宝篋印塔ともいわれている。
天保4年(1832)から完成まで8年間かかったという。

鐘楼門の下に見える千年欅は、大分県の天然記念物だが、大きな枝が折れていて
樹勢は少し弱くなっているように見えた。

境内を右奥へと進み、小さなピナクルの下を通り過ぎる。

やはり岩屋にめり込むように建てられている、十王堂の中に並ぶ石仏。

永代供養堂の左横から山道に入る。

風神岩分岐にある大岩にも、経塔のようなものがあった。

ほどなく林道に出て、標識に従い岩峰の上によじ登ると、そこが葛原展望所。
展望所といっても人の手が入っているわけではないが、姫島が見えた。

ゴロタ平展望所。

葛原集落跡に到着。ここから山道に入る。

葛原集落跡に残る石鳥居。
昭和30年頃まで、人が住んでいたそうだが、住居跡などは見当たらなかった。
段々畑のように、平坦に区切られ、段差には石垣がきれいに積まれており、
往年の隆盛を物語っていた。

ここからは、葛原集落の住民が日常、使っていたといわれる古道をたどる。
道幅は広く、荷車がすれ違えたと思われる。
葛原の人々は、主に何で生計を立てていたのだろう。
炭焼きか、段々畑で農作物を作っていたのか、鉱山でもあったのか。

第1トンネル。きれいに残っている。

第2トンネル。入口が少し崩壊しているが、あとは大丈夫。
トンネル内は平坦ではなく、下り坂になっていた。

第3トンネルは最も短い。やはり入口が崩れているが、中は通れる。
トンネルがなければ、厄介なピナクルを越えなくてはならない。

第4トンネルは奥の方で落盤している。

LEDヘッドランプをつけて中をしばらく探ったが、奥は水がついていた。
第4トンネル入り口の右手にトラロープが張ってあり、高巻きして
トンネルを越えていける。
反対側は、人が這えば入れる程度の穴が開いていた。

トンネルのほか、切通しになっているところもあった。
とにかく、これだけのものを造った労力には感服する。

林道に出て、文殊山園地と名付けられた場所(公園ではない)を通り、
もとの文殊仙寺へと戻る。
簡易舗装の道は緩い上りで、最後にこれはちょっとしんどく感じた。
















































































































































































































