人の命って不思議なものだ。
生命って全ての大前提のものなのに、普段はあまり意識しない。
命に限りがあることはわかっているが、
生きているのが当たり前であるかのように、生きている。
それは、死というものが遠い存在だからなのだろう。
いつかは死ぬが、それはすぐではない。こんな感じかな。
ただ言えることは、死を意識したときこそ命が輝くのだということ。
この本を読んでそう思った。
『十五歳の絶唱―骨肉腫で亡くなった川畑朋子さんの記録 (1982年) (秋元ジュニア文庫)』を読みました。
知人の書棚に見つけました。
古い本でして、現在は絶版になっているようです。
Amazon でチェックしたら、高い値がついていてビックリ。
知人はこの本を10代の頃に読んだそう。
本の主人公とほぼ同じ年齢だ。
人生のどの時期に読むかによって、この本の印象はかなり違うだろう。
冒頭には「これは、一人の少女の死に至る道の記録である。」(p.6)とあります。
少女とは15歳で亡くなった川畑朋子さんです。
中学3年生の冬でした。
病名は悪性腫瘍・骨肉腫で、死の約一年前に宣告を受けていました。
この本は、彼女の闘病の記録です。
それと同時に「永遠の生命(いのち)に至る道でもあった。」(p.6)と。
自分の身にこんなことが起こったら耐えられるだろうか。
朋子のように最期を迎えられるだろうか。
また、これが身近な親しい人の死だったら・・・。
それが自分よりも若い人だったら、なおさら辛い
ましてや我が子だったりしたら、どんなに辛いことか。
どんな形でも生きていてほしいと願うだろう。
ただ、人の命は人智を超えたものだ。
どうすることもできない。
朋子さんから教えられることがたくさんある。
「ほんとうは、そういうことは普通の人が何十年かけて知ることだった。しかし、朋子はそれを、この四ヶ月で知った。ただ一人、何の行動もしないで、朋子はじっと寝ているだけだ。だけど、朋子は生きて、知ったのである。人間と人間の交わりがどんなに尊いかを・・・。」(p.138)
「精一杯生きるとは、どうすることか?マンガを見る時は、他のことは考えないで、一生懸命マンガを見よう。ごはんを食べる時は、ごはんを食べることだけに熱中しよう。そういう生き方をするようになってから、朋子は自分が変わったことに気づいていた。」(p.157)
生きるっていうことはどういうことか、
改めて考える機会をもらった。
