
クラプトンのブルース・カバー、今日はシカゴ・ブルースの立役者Eddie Taylorです。
クラプトンがカバーしたのは知る限りエディのソロデビュー曲 " Bad Boy " (55年) だけかと思います。
Eddie Taylorは1923年生まれですからAlbert Kingと同い年、BB Kingより2歳上です。マディウォーターズの8歳下。例によってミシシッピー生まれで48年にシカゴに来ました。苦節7年1955年に吹き込みしたのがこのBad Boyです。並行してJimmy ReedやJohn Lee Hookerのギターサポートでシカゴ・シャッフルの影の主役と位置づけられるようになりました。ロバート・ジョンソンのウォーキングビートを電化し、ザクッ、サクッと刻むビートです。エディ・テイラー・シャッフルと呼ぶ人もいて、モダーン・シカゴ・ブルースの基礎を作ったと言ってよいででょう。Bad Boyの歌詞は次です。
I'm just a bad boy, long long way from home
I ain't got nobody got no place to go
俺はどうしようもない奴だ 家から遠く離れて
友達はいないし行くとこもない
I'm just a bad boy. In your town alone
I ain't got nobody I can call my own
俺は悪い奴、おまえの町に一人ぽっち
でも俺のものだといえる女はいない
Next time I travel Have you by my side
Well I won't have to worry
Everthing gonna be all right
今度旅に出るときはおまえを側につれていくさ
そうすると心配ごとはなく、万事うまくいくさ
クラプトンは70年の1枚目のソロアルバムでBad Boyと言う自作の曲を収録していますが、その最初のフレーズはEddie Tayorの最初の節 " I'm just a bad boy, long long way from home " をそのまま拝借しています。
Nothing But The Bluesツアーの中盤ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールのシリーズ公演で何回かBad Boyをやっています。下は95年2月3日のもの。極めて原曲に忠実なアレンジです。
そしてそれから26年後、Lockdown Session:Lady in Balconyで久々にやっています。
50年代のEddie Taylorの功績は大きいものの、彼にハイライトが当たったのは70年代に入ってソロアルバム ” I Feel So Bad "(72年)が評判を呼んでからでしょう。

その後UKでもアルバムを録音したり、77年には来日もします。犯罪歴の問題でビザが下りなかったFenton Robinsonの代役としての来日でした。観客も本当に観たかったのはフェントンなので、ハンディを背負ったステージになりましたが、現役の強みをまざまざと見せました。アンプの調子が悪かったり、PAの具合も良くなかった様ですが、丁寧に自分の持っている物を見せてくれました。そのときのライブでのBad Boyです。
その後も時折ライブアルバムなど出しましたが、1983年にシカゴ市長選特集のドキュメンタリーが日本でも放映され少しだけ彼のインタビューが編集されています。その頃彼は生活保護を受けていること、読み書きの出来ない非識字者であることも述べています。多くのブルースマンが音楽だけでは喰っていけず昼間の仕事についているのが当たり前の世界です。日本のブルースファンからは大きな名声を獲得し、ヨーロッパでも受け入れられたものの日々の生活は苦しかったのはなんともつらい話です。このインタビューの2年後に62歳で逝ってしまいました。そのインタビューの部分がYouTubeに上がっています。 最初の3分半ほどです。
奥さんのVera Taylorも息子のEddie Taylor Jr.もマイナーレーベルからレコード出して活動していましたが残念ながら共に逝ってしまいました。