ちいさな声、ちいさな日々

子どもの育児に寄り添う、日々の小さな気づきと成長記録

「感動の物語」が子どもによっては「未来の恐怖」になる。道徳教育の“浅さ”に辟易する理由

道徳で「命の大切さ」を教わる時、大きな病気や怪我を乗り越えた話は多い。令和の今もそれのよう。でも、果たしてそれで「命の大切さ」を学べるのかという謎。

 

私は身近に大きな病気を経験し、入院や退院を乗り越え、定期的に大きな検査をし、という人がいる。身近にそんな人がいると、通院先の大学病院では、道徳の中のエピソードなど、そこら中に転がっているし、現実であり日常であり、少し先の未来だったりする。

 

そうなると、どうなるか。

 

道徳でよく見る、大病にかかり、大きな手術(切断とか治療とか)を乗り越え、明るく過ごした、でも転移が見つかり、余命を宣告され、寿命を全うした、みたいな話は、フィクションではなく、少し先の未来、可能性として捉えられ、もう恐怖でしかない。

 

健康で、何不自由なく生活できている小学生中学生にとっては、そういった話は「命の尊さ」「たったひとつの命」を学ぶには適切な題材なのかもしれない。だけど、だけどだ。

 

病気を持って生まれ、大きくなるにつれて病気を理解し、自分が周りと違うことに気づき、病気は常にそこにあるけれど、たまに忘れて過ごしているときに、どかんとこの道徳の教材をぶっこまれた時。恐ろしくてたまらなくなるのがおわかりいただけるだろうか。

 

命の大切さは、親が、家で、日々の暮らしの中で伝えていくものであってほしい。病気や怪我で苦しんでいる人は山ほどいて、家族もいて、その人達は日々の恐怖と戦っているわけで。

 

そんな中、命の大切さを問う道徳の内容が、最後死で終わることの打ちひしがれ感といったらない。道徳は浅いな、と思う。浅いところで浅い人同士が話し合う場だな、と思えて仕方ない。

日記の価値:誰が書くかが重要?

「AIで文章がかける今、人間が書く意味とは?」とふと思った。

 

わが子が書いた日記は私にとって愛おしいものだし、過去自分が書いた何かというのは取っておきたくなる。「何」を書くより「誰」が書くほうが重要になっていくのかなと考えると、自分にそれなりに知名度や価値がないと読まれる文章にはならないのかなとは思う。でも書いていってそれに価値が付くこともあるだろうし、にわとり卵?

 

寄り添ってうんうん聞いてほしいときは全肯定してくれる母やチャットGPTだし、的確な回答がほしいときはジェーン・スー

 

この前会った89歳の先生に、「今ですよ今。遅すぎることはなくて色々経験したこの歳だからこそかける文章がある」とも言われた。思えば自分の2倍先生は生きていて、先生からすると私はいつも若いんだろう。

我が家は野球一色…【3連休】でも旅行に行けない現実

子どもが野球にハマり、土日も祝日も野球に費やしている。すごいし応援したいものの、旅行にもいけないなぁと思う。まぁ、旅行なんて年に一度車で行ける保養施設にしか行かないんだけど。

 

野球優先で本人が楽しくやっているのだから、これ幸いと思うものの、土日祝日がなくなってしまう悲しみもある。だからといって休ませるのは心が痛むし、子どもは休んだら休んだで楽しんでくれそうだけど、「親に休まされた」という感も拭えない。

 

今週末も3連休だけど、親が決断してガッツリ休んでどこか長期で旅行に行くひとっていいなぁ。

私がおばさんになっても

おばさんはやさしい。

齢を重ねたからか、余裕がある。30〜40歳のギスギスした猿顔負けのマウント合戦に疲れた私は、おばさんの集団という場所に憩いを見つける。例えば福祉サークル。みな詮索してこないし、久しぶりに顔を出しても変わらず優しい。話せば聞いてくれるし、「あら〜久しぶりじゃないの〜」と言ってくれる。やさしいのだ。

この前ジムのロッカーで着替えていたところ、100均のシマエナガちゃんプラスチック水筒が私の脚の人差し指を直撃した。悶絶するほど痛い。思わず「痛い!」と叫んだときには、シマエナガちゃん水筒は床にぶつかり、1/3くらいのクエン酸水がぶち巻かれていた。慌てた私は「うわー!!」と思いティッシュを取りに行った。すると、様子に気づいたおばさん数人がもうモップを持ってきてくれている。「あぁ、でもこのモップで拭いちゃうとべたべたしちゃうわよね」「悲鳴が聞こえたけど大丈夫?」数人のおばさんが、私のために気をかけたり動いたりしてくれていた。や、やさしい。私は「ティッシュで拭きますんで!」と宣言し、豪快に拭いた。

「指大丈夫?骨折しちゃうわね」と気遣ってくれ、こういうやさしい人っているんだなとありがたかった。程よいおせっかい、距離感、自然な声掛け。これはおばさんスキルと言えよう。私にも気さくに声をかけてくれ、「黄色いその飲み物、いいの?」と聞いてくれる。「はい!ちょっと酸っぱいけど、私は好きです」と答えた。

私の周りにおばさんが増えた。
あぁ、自分がおばさんになったのかとこれを書いていて気付いた。

親は理解不能、本人は大満足 → 小学生男子の“マイブーム”

息子が学校から帰宅早々「韻踏んだ!考えたから聞いて!」と言ってきた。なんだか知らない人名と言葉を組み合わせていて、なにがなんだかわからなかったが、本人はご満悦だった。最近youtubeの影響か、やけに韻を踏んだりラップを言ったりしている。

家族4人の外食にしゃぶしゃぶが仲間入り!

今まで、家族4人(夫、妻、小学生の子ども2人)の外食といえば、回転寿司、ラーメン、焼肉が定番でした。


子どもたちはたいてい回転寿司をリクエストし、たまに夫の希望で焼肉、という感じです。

 

ところがある日、夫が「しゃぶしゃぶに行きたい」と言い出しました。
正直、私と子どもたちはブーイング。そもそもしゃぶしゃぶにあまり食べ慣れていないのと、個人的にそれほど美味しいと思ったことがなかったからです。
私の外食リストには、しゃぶしゃぶはそもそも入っていませんでした。

 

しかし先日、初めて「ゆず庵」に行ってみることに。
これが予想以上に大ヒットでした!

 

食べ放題で、サイドメニューも回転寿司並みに充実。

量もたっぷり食べられる。

焼肉のこってり感とは違い、最後まで美味しく食べられる。

 

正直、焼肉の食べ放題は最初は美味しいのですが、後半になるとあまり量が食べられません。
でもしゃぶしゃぶなら、薄切りの豚肉や牛肉をいくらでも食べられます。野菜もたっぷりで、食べても罪悪感なし。

 

食後は、子どもたちも「また行きたい!」と大満足の様子。
私自身も、薄く切られた豚肉は牛肉より食べやすく、どんどんおなかに入っていきました。
次回は、豚肉のみのコースで十分かも、とさえ思いました。

 

今になって、しゃぶしゃぶの美味しさにすっかり目覚めた私。
これからは、家族で外食をする際の選択肢にしゃぶしゃぶがしっかり入ることになりそうです。

漫画ちはやふる「聞こえんのにかるたできるんか?」に答えたい。わが家の工夫と配慮

子どもに百人一首に興味を持ってもらおうと、『ちはやふる』を読み始めました。ところが25巻あたりからおもしろくなってきて、親の私もすっかりハマってしまいました。

肝心の百人一首を覚えたかというと……実は、私も子どもも覚えていません(笑)。
でも「ちはやぶるー!」「しのぶれどー!」と、読手のように突然叫び出すのが最近のマイブームです。

さらに今ハマっているのが、『あっちゃんあがつく』かるたを競技かるた風に取る遊び。
礼儀正しくピシッと挙手し、相手にかるたを送るという、なんちゃって競技かるた。これが、なかなかに楽しい!

 

そして、漫画「ちはやふる」を読んでいてびっくりしたのが37巻。

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耳の聞こえない中学2年生の男の子が登場します。

千早の師匠・原田先生の思い出話のなかで──


「知らんのか?中2で 耳の聞こえん子や」
「え!?」
「聞こえんのにかるたできるんか?」
「読手さんの口元を見てな」
「うまく取るんよ。すごい子よ」

「けどな 読手さんがいつ読み始めるかわからんやろ?」

「やから ずっと読手さんのほう見とかんといかんくて 札見ての暗記がしっかりできんのやて」

という会話があります。

 

実際、耳が聞こえないと、かるたを取るのはかなり難しいです。


口元を読むにしても、
「耳で読まれた音を聞いてかるたを取る」人と、
「口の動きを見て、それから目線をかるたに戻して、探して取る」人では、3〜5秒ほど差が出てしまいます。

 

わが家の“なんちゃって競技かるた”でも、この差ははっきりと感じます。
さいころからかるたをしてきた我が子2人に対し、聞こえない子への配慮として、我が家では工夫をしています。

 

たとえば──

読手が、口元の横に取り札を見せながら読む

聞こえない子の目線の動きを最小限にするよう、読手の座る位置を考える

指文字を添えて知らせる

「取り札を見せる → 2秒待って → 声に出して読む → かるたを見る」流れにして、聞こえる子と聞こえない子が同じタイミングで探せるようにする

 

家庭だからこそできる“公平ルール”ですが、こうした工夫で一緒に楽しむことができます。

 

「聞こえんのにかるたできるんか?」──これは、できます。
そして、周囲の理解やちょっとした配慮があれば、公平なかるたも可能です。聞こえないわが子も最近かるたにどハマリしていて、毎日「かるたやろう」と試合を申し込んできます。

 

ちはやふる』は、最初は恋愛要素が強くて私は飽きかけたのですが、子どもが楽しそうに読み進めるうちに、私も再び引き込まれました。スポ根要素も強まり、読めば読むほど熱い展開に。

 

そして、聴覚障害のある子が登場したことで、さらに関心が高まりました。

わが家の“ちはやふるブーム”、まだまだ続きそうです。

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