葛城市へ
前年の8月30日に訪れた葛城市寺口。集落下にある地蔵堂。自家製のオニギリを供えるT本家。御供は下げて子どもたちに配ると話してくれたTさん。地蔵盆は7月24日の午後6時から2時間もかける営みに般若心経と西国三十三番のご詠歌を唱えると聞いてる…
平成19年の7月7日に訪れたことがある葛城市太田。 当時はあまり知られていなくて参拝者は少なかった。 神事もなくタナバタさんに立てた笹飾りだけがあった。 そこに登場したのは地元で生まれ育った若者たちだった。 地元であげられる花火大会には眼中に…
葛城市の大字寺口の行事は十二灯提灯を献灯する博西神社や地区ごとに行われるダイジングサンの献灯などを取材してきた。 「寺口」をキーワードにネットを検索していたときだ。 お薬師さんの会式が行われている置恩寺を紹介する葛城市HPの観光にそれがあっ…
8年前の平成19年7月25日に取材した天神講の當家宅では今でも玄関口上に注連縄を飾っている。當麻寺界隈の町並みの家で見かける注連縄だ。天神講の歴史は古く、元禄時代から400年間に亘って継承してきた。当初は60人から始められたので「六十人講…
當麻蹴速ゆかりの地で普及活動を行っている「けはや相撲甚句会」。 平成17年2月、奈良県初の相撲甚句会として産声をあげた。 活動場所は葛城市相撲館「けはや座」だ。 毎月の第一日曜日(事情によって変更する場合もある)は土俵を舞台に公開練習をされて…
田子の浦部屋が相撲の稽古をすると「けはや相撲甚句会」の吉村元延会長が伝えてくれた。 場は葛城市當麻にある市施設の葛城市相撲館「けはや座」だ。 大関の稀勢の里、前頭の高安、十両の若の里が所属する田子の浦部屋の力士が「けはや座」の土俵で稽古をつ…
葛城寺口の博西神社に十二振提灯を献燈する行事がある。 夏祭りと秋祭りの2回であるが、大字ごとに行われる献燈もある。 大字二塚は7月16日であるが、本郷は6月16日。 他にも10月16日だという大字もある。 この夜は本郷。 大字は問屋組、北側に寶…
所用で訪れた葛城市寺口の棚田。 ところどころに菜の花が広がっていた。 なにげない田園風景をじっと立っていた。 奥まったところに桜が咲いていた。 近寄ることができなかったが、たぶんソメイヨシノ。 ぐっと近づく望遠レンズ越しに拝見する。 のり面がき…
大字加守は北・西・東の上地区。 下上・下中・下東の下地区に分かれる6垣内。 灯籠や幕に「郷中」とある。 葛城市當麻加守に鎮座する倭文神社の氏子圏は広く、加守の他、畑、磯壁、狐井、良福堂、北角、別所、瓦口の九カ村からなる郷村だ。 6年ぶりに訪れ…
昨年秋に県立民俗博物館で出合った「けはや相撲甚句会」の会長。 「私がとらえた大和の民俗」写真展で会話が盛り上がった。 初の交流戦が行われると新聞記事に出ていた。 アポなしで突然訪問した交流戦の場は葛城市當麻の相撲館「けはや座」。 師範代でもあ…
夕刻5時半ころに到着した垣内の提灯当番。 ここまで担いで来るには遠い距離。 軽トラで運んで神社付近で組立てる垣内もあれば、ローソクを点けて担いでくる垣内もある。 6基すべてが揃うのは丁度6時ころだ。 拝殿内では祭典が始まっていた。 この日に氏子…
秋祭りに十二灯提灯を献灯される葛城市寺口・博西(はかにし)神社。 同神社に献灯される十二灯提灯は夏祭りにもある。 出仕されるのは旧寺口村(大字寺口)の寶前組・問屋・北側・二塚・北方に、神社が鎮座する地の西にある旧大屋村(大字大屋)の6垣内で…
葛城市當麻加守に鎮座する倭文(しとり)神社<葛木倭文坐天羽雷命神社>は機織りの姫を祀る。 隣村の染野は機を織っていた。 ここら辺りは機織り古宮の里。 毎年旧暦の七月七日に祭礼される「神衣祭(かみこさい)」は七夕の祭りでもある。 14時ころに子…
葛城市の脇田へ向かう道中に見つけた地蔵盆。 ひとつは葛城市西辻の地蔵盆だ。 周りは田畑でぽつんと建っていた。 18時には近くのお寺さんが来られて法要をされていた。 西辻は葛木坐火雷神社の郷村の一つ。 平成15年7月17日に撮った葛木坐火雷神社の…
前日に伺った葛城市寺口の二塚(につか)大字。 集落の婦人が云うには呼びだしに太鼓を打つ二塚のダイジングサンは前夜に博西神社の夏祭りに献燈された十二振提灯を立てると話していた。 ダイジングサンは「集落北のほうや」と云うので探してみた。 集落を北…
夏祭りに十二振提灯を献灯されるとか、女児巫女が拝殿で神楽の舞いがあるようだと聞いて訪れた葛城市寺口の博西(はかにし)神社。 何年か前のことだ。当地を探してみたものの判らずじまいだった。 神社の鎮座地はどこにあるのだろうか。 それも判らず早めに…
昨日も暑かった。この日も暑い日となった。 気温は30度(奈良市・五條市で31.2度)をも超えた全国的な夏日である。 熱中症に注意してくださいとテレビでは報じるが、たまらないほどの暑さに頭がぼやーっとしてくる。 自宅でじっとしているだけでも汗が…
この年はホトトギスの鳴き声を聞くことがなかったが、ホオジロ、コジュケイが鳴きさけぶ。 染野の大池には家禽のガチョウそれともシナガチョウであろうか。 気持ち良さそうに水面を動き回る。 後日に判った水鳥は褐色タイプの「支那ガチョウ」だ。 突きだす…
葛城市新庄の柿本人麻呂公民館に集まった住職や檀家の人たち。 この日は柿本人麻呂の命日と伝えられているチンポンカンポン祭。 不思議な響きをもつ行事名称である。 一風変わった名に「はて、何」と思わざるを得ない。 かつて法要会式の際に打たれていた鉦…
七夕といえば笹に飾り付ける短冊を思い浮かべる。 その翌日、暮らしていた大阪の住吉を流れる大河の大和川へ飾った笹を流していた。 奈良から集まった水の流れは合流を繰り返し大阪湾へと注いでいく。 その光景は昭和30年代の子供のころだった。 そのころ…
観世音菩薩が極楽堂から娑婆堂に現れる。 中将姫を連座に乗せて浄土に迎えるさまが劇場される當麻寺の聖衆来迎練供養会式。 二十五の菩薩の来迎を如実に拝観される参拝者は毎年多い。 このお練りを奉仕する人たちは菩薩講の人々。 講員は同寺近辺や周辺地域…
タナバタサンのその後が気にかかり太田へ行った。 畑にはだれもいない。 3年前は耕していた人がいた。 その人にタナバタサンのことを聞いたが名前を聞いていなかった。 代表者を訪ねて地区に下りていったところ不思議な景観が現れた。 田んぼに壁が現れた。…
その昔、染野の傘堂へ参る人々がいた。 シモの世話にならんように祈っていた。 それを見かねた石光寺の先代住職が形式を調えられて現在に続いている。 受付をしている方は先代住職の弟さんのN氏と奥さん。 同寺の檀家さんだ。 子どもが幾つのときやったから…
當麻山口神社の宮司が亡くなられたという知らせを聞いて手を合わせに行った。 奥さまから今年も期間限定でお店を開いていると聞いて訪問した春陽堂。 旦那さんを亡くしたおばあちゃん。 顔もつやつやでこの時期ははつらつとしている。 今年で91歳になった…
葛城市染野の傘堂は郡山藩主の本多政勝の家来であった吉弘統家が建立(1674年)した。 一本脚の傘堂の造りはとても珍しい。 その傘堂の傍らには元禄九年(1696)に建立された墓標二基がある。 墓標には「俗名 吉弘甚左衛門之尉統家」とある。 燦々と…
當麻加守の倭文(しとり)神社は機織りの姫を祀る。 隣村の染野は機を織っていた。 ここら辺りは機織り古宮の里。 毎年旧暦の七月七日に祭礼される「神衣祭(かみこさい)」は七夕の祭りでもある。 14時ころに子どもたちがやってきて、ヤマモモの木に笹竹…
御供のモチ撒き。 (H21. 4.18 Kiss Digtal N撮影)
御田祭の親子牛。 (H21. 4.18 Kiss Digtal N撮影)
子牛の出産。 (H21. 4.18 Kiss Digtal N撮影)
松苗植え。 (H21. 4.18 Kiss Digtal N撮影)