田原本町へ
旧来から伝わる小正月は、例年が1月15日。県内では、1月14日の夕刻から15日の朝方にかけて行われる伝統行事にとんど焼きがある。カメラマンたちは、そのとんどで燃やされる様相を撮りたくて、あちらこちらに出没する。私もいっときは、同様な行動を…
1月13日、下見に訪れた田原本町富本(とんもと)。遡ること10カ月前の令和3年3月3日のひなまつり。その日は、予め送ってくれた招待券を持参し、出かけた「県立民俗博物館耐震工事完了・本館リニューアルオープン」の日。館内に出逢えた東秀好(あず…
知人のFさんが、運営しているFBに公開された記事に目が開いた。発信日は、前年の令和3年1月27日。初めて訪れた田原本町富本・冨都(※ふつ)神社のレポートである。実際の参拝日は、記されていないから、その日がいつだったか、わからないFBの記事。…
帰り道にある施設、田原本町道の駅の「レスティ唐古・鍵」。稀にトイレ利用もさせてもらう施設。求める美味しい地産地消の品々。野菜などもあるが、これはっ、という品物もあるから、たんまに寄せてもらう。ここ「レスティ唐古・鍵」のお気に入りはクレジッ…
2日は予定していなかった田原本町西代(※にしんだい)行き。 八坂神社の砂モチを拝見したく、急行した。 橿考研所属の発掘調査専門のYさんが発見した、という砂モチ。 Yさんがとらえた映像と同じ状態の砂モチが、今まさに目の前に現る。 なるほどの形態は…
朝から餅つきをする、とFBに伝えていた。 この日を逃せば、一年送りになる。 気持ちが覚めないうちに、と思って、今から伺います、と伝言を入れ、自宅を出た。 行先は、これまで何度もお伺いしたことがある、田原本町・村屋坐弥冨都比売神社。 平成14年…
御所に向けて車を走らせる。途中の道中に遭遇した神輿と桃太郎。桃太郎でわかるここ大字は田原本町の黒田。法被を着た子どもたちや関係者。通りすがりに見た神輿はたぶんに曳行型の子供神輿。赤くて大きな団扇で扇いでワッショイ、ワッショイの掛け声をしな…
かろうじて地蔵盆の状況がわかった南町、材木町を拝見して車を走らせる。 旧町を通る道は一方通行に狭い道ばかりだ。 走らせるといっても時速は遅い。 メーターは20km以下。 両サイドの筋道にもあるのか、ないのか、キョロキョロ目で探してみるが、一向…
田原本町の中心部。 三輪町・南組の地蔵盆を拝見して北組に向かったが、跡形もなかった。 ぐるりと方角を替えて西の筋道に入っても同様。 地蔵尊の祠は多数見られるが、どこもかしこも店仕舞い。 住職の法要をしてもらったら、直ちに仕舞うようだ。 若干は残…
何年も前から気になっていた地蔵盆地域がある。 田原本町の中心部。 近鉄電車駅でいえば、田原本駅。 人は云う。田原本町は奈良盆地平坦部の中心地である。 とは云っても奈良県のヘソとまでは言い切る人はいない・・・と、思う。 田原本町の民俗行事は昭和5…
この日はずっと雨だった。 雨の日のさなぶり行事が行われる田原本町矢部の杵都岐神社。 実は12年ぶりの再訪問である。 平成17年は6月26日の日曜日だった。 村の各戸の田植えが終わるころを見計らってさなぶり行事の日程を決める。 前年の平成28年は…
田原本町矢部に「トシコシ」と呼ぶ行事があると聞いたのは昨年の平成28年7月7日の祇園祭の燈明灯しの夜だった。 ツナカケの場におられたM婦人が教えてくださった「トシコシ」は2月3日。 夕刻になれば各家めいめいがお参りに来て節分の豆を供える。 そ…
天理市の檜垣町から同市の遠田町を経て田原本町の唐古。 さらに北上して大和郡山市に入ろうとする前に拝見しておきたい地がある。 田原本町の八田(はった)である。 神社は伊勢降神社。 春の御田植祭にたばった松苗を立てる苗代祭りも取材した神社行事であ…
境内にずらりと提灯を立てる。 灯りが点くころには村の人たちが大勢寄ってきて参拝する。 矢部は家の提灯をもってヨミヤ参りをすると話していた婦人がいる。 その人はいつも和装で出かけると云っていた。 そんな姿を見たくてやってきた田原本町矢部。 鎮守の…
8月7日に取材した田原本町・佐味のヤマモリで聞いた黒田のヤマモリ。 今でもしていると佐味の人たちが云っていた。 昭和59年に発刊された『田原本町の年中行事』に黒田のヤマモリの記事がある。 「以前のヤマモリは9月1日の早朝から村中の人が川の雑魚…
前月の7月7日に訪れた際にお家のお盆の在り方を教えてくださったN家婦人。 かつてはお茶作りをしていた。 その時代のお盆は新茶を飲んでいたという。 お盆に必ず要るのはカンピョウである。 そのカンピョウはご主人が栽培、皮を剥いて塀中で干している。 …
数日前までは毎日が夕立。 3日、4日、5日連続の夕立は県内の至る処、というか局所的にどこかで降っていた夕立の雨。 この日はどうかと心配していたが青空が広がったままだった。 夕立であっても境内で行われるヤマモリには食事を伴う村の行事。 境内がび…
「今年のヤマモリは8月7日の夕方。 午前中は朝から皆が集まってヤマモリ行事に食べるオニギリを作る。 35年ぶりに復活することになったシロゴハンのオニギリが・・」と、7月21日に架けてきた電話の主は田原本町佐味住民のFさんだった。 Fさんは平成…
7月16日は県内各地でゴウシンサン行事がある。 天理市庵治町の在り方を拝見して急いだ田原本町。 これまでにも取材した処に大字の法貴寺がある。 田原本町の大字法貴寺のゴウシンさんは2カ所で行われている。 前回の取材は3年前の平成25年7月16日…
ハツホ講のハツホサン参りに訪れた際に通る集落道に神社がある。 田原本町矢部に鎮座する杵都岐神社である。 この日は鳥居横に提灯を立てていた。 提灯があるということは祭りごとがある。 で、なければ提灯など立てるわけがない。 そう、思ってハツホ講の人…
ハツホサンの行事に直会をされていた矢部公民館を退室したときのことである。 ドアを開けて出たらそこは夕陽が迫っていた。 時間帯は午後6時50分だった。 空はまだ青い。 白い雲がこちらに向かって流れてくる。 流れは筋を引いて広がった。 気持ちのいい…
ハツホ講のハツホサン参りがあると教えてもらったのはカンピョウ干しを拝見した日だった。 干して居られたご主人に教えてもらって訪れた田原本町矢部。 ご主人が住まいする組にハツホ講が祀っているハツホサンの祠がある。 同組には他にも家中で祭っているハ…
矢部のさぶらき行事は前月の6月19日に行われた。 村全戸の田植えが終わって行われる村行事である。 その日から一週間後の26日に訪れたときに拝見した塀中のカンピョウ干しにはとても感動した。 さぶらき行事は来年に持ち越しとなったが、カンピョウ干し…
身体が元気になればどこへでも出かける。 そんな気分にいつしかなってきた。 この日は6月30日。 県内各地の至るところで行われる行事がある。 それは夏越し大祓い。 これまで拝見された地域に三郷町の龍田大社、斑鳩町の龍田神社、天理市の石上神宮、橿原…
昭和59年に発刊された『田原本町の年中行事』に興味をもったのはいつだったろうか。平成23年3月11日に訪れた橿原考古学研究所付属博物館。所属のY主任学芸員が田原本町図書館にあると聞いてからの2年後にようやく探し出した。この日の打合せはK主…
2月末にオンダ祭が行われた田原本町の八田。 松苗をたばって帰った氏子はGW後の日曜日辺りに数軒が苗代に立てていると話していた。 荒起こしの様相も拝見しておこうと思って立ち寄ったら「あった」のだ。 伊勢降神社の西方に畑が広がる。 一角にあった苗…
3月3日は桃の節句の雛祭り。 華やかなイベントは目もくれず出かけた先は田原本町の蔵堂。 毎年交替される須佐之男神社の祭祀をつとめるトーヤ(当屋)は4人。 年中行事は正月の元旦祭、3月のショウグンサン(将軍さん)、8月のオヒマッツアン(お日待ち…
田原本町八田に鎮座する伊勢降神社。 道路に面した処に建つ常夜燈がある。 左側に燈明講中の刻印。 右は二月吉日だ。 台座には「世話人 當村 安井源兵衛 合場村 山中惣三郎」に名が刻まれている。 つい先日に話してくださったSさんによれば、「安井源兵衛」…
もしかとすればこの日にされるとも聞いていた八田の御田植祭。 祭典に就く前に松苗や御供を唐櫃に納めて運ぶ村神主らのお渡りがある。 この日は雨降り。 お渡りはされることはないだろうと思いながらも出かけた田原本町の八田。 云うまでもなく、気配がなか…
田原本町法貴寺地区では7月から11月にかけて5カ所で御湯神事が行われている。 この日は南垣内のコンピラサンのマツリ。 コンピラサンこと金毘羅社に御供を供えて湯釜を設える。 里の巫女が到着するまでに湯を沸かしておく。 羽根付きに湯釜は三本脚。 古…