民俗あれこれ(護符編)
目的地は旧都祁村の白石。東西を通り抜ける街道はよく通る道。白石に到着する一歩手前にあった御幣。石垣を組んだ家、その角地にあった幣。この地は白石の隣村になる南之庄。これって何。初めて拝見する小幣。不思議な光景に佇んでいたことがある。平成28…
この日は叔母さんの四十九日の満中陰法要。 料理屋でなくご自宅で行われる法要に大勢の親類縁者たちが参集された。 扉を開けて入った玄関口。 扉を閉めようと振り返ってときに思わず口にした、えっこれは・・。 そう、紛れもない「十二月十二日」の護符であ…
長年に亘り、私の部屋で活動してくれる三菱重工製ビーバーエアコンがある。購入した当時は夏場の冷房が中心のエアーコンディショナー。いつしか月日が過ぎて冬場も利用せざるを得ない年ごろになった。数週間前にビーバーエアコンを製造・販売する三菱重工の…
魔除けの紫陽花習俗取材に寄せてもらっていたS家である。ふと見上げたお部屋の天井である。仏壇を納めているその一角の天井に「空」の墨書を貼っていた。初めて見る、これは・・。新築した際に仏壇の位置を替えた。神さんは天に戻るとかいうが、仏さんもそ…
昭和5年生まれの母親の話しによれば葛城市の二上山登り口に行く近鉄電車の二上神社口駅から歩いたところにある神社にあったそうだ。 そうであれば神社は通称加守神社の名で呼ばれることが多い葛木倭文座天羽雷命神社であるが、果たしてそうだろうか。 加守…
奈良市須山町で行われている子供の涅槃講について廻っていた。村の戸数は13軒。お菓子を貰いに一軒、一軒を訪ねる子どもたちが立ち止った玄関に、である。ここにもあったと思わず指をさした「旧暦十二月十二日朝の水」と書いた護符である。用意していたお…
長居をするにつれ溜まってきたものが気にかかる。徐脈もちの関係で利尿剤を服用している。少なくとも1時間に一度は排尿しないと身体が膨満、浮腫みになる。トイレを貸してくださいとお願いして使用させていただく。それからしばらく経ったことだ。同行取材…
小山戸で行われた夏神楽のおせんどう取材を終えて同旧都祁村の上深川に向かう道中である。南之庄の国津神社あたりの田畑を眺めながら集落に入った。たぶんここだけであろうと思う茅葺民家があった。夏日であった日であるがアジサイ花が咲いていた。ここを通…
所用で立ち寄った天理市荒蒔町。 前當家の作業場に逆さのお札が貼ってあった。 お札の文字は「十二月十二日」。 12月12日の朝、こうして息子が貼っていたと再現してくれた。 建て替える前の母家には扉、窓などあらゆるところに貼っていたそうだ。 夫妻の…
奈良県立民俗博物館の玄関ホールでミニ・モノまんだら展「十二月十二日のお札」を展示されている。 泥棒除けのまじないだとされる十二月十二日の文字を書いたお札を玄関にはっておく。 民間における風習が各地で見られるが家の風習だけにその存在を見つける…
一週間ほど前に電話で聞き取りをしたN家を尋ねた。 「ここに貼っているのです」と示された玄関。 逆さにした「十二月十二日」の文字が見える。 30枚も書いたというお札は泥棒除けの札。 伏見稲荷大社から授かったカラフルな幣(志るしの杉)やしゃもじま…
「十二月十二日」の逆さ札を貼っている脇本の元一老。 3年ほど前に近所の方から教えてもらってお札貼りをしているという。 話を聞いた頃になる。泥棒に入られかけたことがあった丁度そのころだ。 「お札を貼れば二度と泥棒が入って来ないだろう。泥棒も退散…
奈良市の都祁の地。小倉と上深川境に小倉倉立と呼ばれる石碑がある。かつては東大寺荘園の一つにあった黒田荘から修理築造調達する木材を運ぶルートにあったとされる地でその名もずばりの「小倉倉立」の地名である。名阪国道インターで出たところにある小倉…
脇本に住むMさん。春日神社の一老を勤めていた人だ。 一旦は引退されたが氏神さんの総代になった。 そのMさんのお宅を訪ねた。 ふと玄関口を見上げればなにやらお札が貼ってある。 目をこらしてみれば「十二月十二日」と書いてある。それも逆さまからだ。 …
西名阪国道の小倉インターを出た直後の分岐点に「小倉倉立」の碑が立てられている。 傍らには風雨に耐えた神野寺のお札があった。 なんらかの祭事が行われている証拠だ。 当地はよく通過する道だけにお札の状況で実施時期が判断できるかもしれない。 形的に…