明日香村へ
次に訪れた地は、すぐ近くにある上畑。ここでお会いできた昭和20年生まれの73歳。Yさんは、大和牛を育牛し、販売する畜産業を営んでいる。冬野の民俗取材に度々通っていたこの山道。通る度に見ていたサイロがそうだったんだ。牛が食べる飼料。乾し藁・…
田原本町の村屋坐弥冨都比売神社社家の餅搗きを拝見した次の目的地は、明日香村の畑(※はた)。 『飛鳥調査報告書(昭和62年3月発刊)』に記載していた“カラスのモチ”の調査である。 結論から言えば、報告書発刊前のもっと前までは、やっていた、というこ…
明日香村を訪れ、撮影していた写真家のKさんから電話をもらった。 遭遇した村の人が話してくれた村の行事。 詳しいことはわからないが、その人を訪ねてくださいと、いうことだった。 行事の場は、明日香村の栗原に鎮座する呉津彦神社。 行事は、八朔の風日…
4日前の17日。隣村の明日香村冬野でお会いした尾曽威徳院のご住職。 冬野の観音お会式を終えたI住職が話してくれた空海まつり。 威徳院は、談山神社から下ってきたところにある。 尤も、下った道は車が走りやすい舗装された新道。 明日香村の上(かむら…
明日香村に冬野(ふゆの)あり。 石舞台の地からおよそ7kmの片道距離。 そんなに遠くはないと思うが、到達時間は、20分以上もかかる。 いくつかの行事を取材させてもらった上(かむら)から見た対岸の山。 林に囲まれた山内にある冬野地区。 初めて冬野…
4日前の12日に立ち寄った明日香村豊浦・甘樫垣内大神宮。 近所の人ならご存じだろうと、思って隣家のおばあさんに尋ねたら、14日の夕方に提灯をかける竿を設える、と話してくれた。 提灯吊りの藁紐は毎年に新調して付け替え、古い竿は飛鳥川に流す、と…
本日訪れた明日香村の大字岡。 この地に産の宮とも呼ばれる八阪神社がある。 鎮座地は湯屋谷垣内(ゆやんたにかいと)。 狭い道を行った先に建つ神社は石垣を組んだ丘の上である。 前年の平成29年7月14日に訪れ「サンノミヤサン」行事を調べていた。 『…
ナワシロジマイ(※苗代終い)の“家さなぶり”をされたF子さん。 これから庚申さんに行きましょう、と声がかかったが、高齢のF子さんは杖を要する身体。 昨年も拝見した庚申さんのさなぶり参り。 そのときも杖をついて歩いていたF子さんであるが、この年は…
田植えの最後の田にアゼマツリ。 “”畦調え“をして苗代納めとするF家のナワシロジマイ。 充てる漢字は苗代仕舞いであろうか。 息子も応援するF家の田植え作業も、残す田はあと一枚。 いつもそうしているというお家の真ん前にある田は、田植えをするまでは苗…
かっぱ寿司の食事を済ませて急ぎ足でやってきた明日香村の大字上(かむら)。 車を停めて見上げたらFさんがおられた。 F家が苗代作りをされていたのはほぼ1カ月前。 5月12日にふらりと立ち寄り、白い幌被せをしていた苗代田の様相を拝見していた。 4…
昨年も訪れたことがある明日香村の上(かむら)の民家。 度々の民俗取材にいつもご協力をいただいているF家。 初めて訪問したのは平成28年の6月12日。 息子さんのFさんと出会いに話してくださったF家の民俗譚にすごく興味を惹かれた。 取材願いも承…
この日はお世話になった地域の取材地巡り。 尤も朝いちばんに伺った旧室生の下笠間は再現してもらった植え初め取材。 その流れによばれた行事食に舌鼓。 同行のカメラマンとはここで別れて宇陀市榛原の笠間に向かう。 地区の名称が同じ「笠間」というのも面…
明日香村豊浦。 向源寺より少し北。 狭い路地に侵入してしまった。 そこにあった水苗代にはイロバナもなかった。 付近を散歩している婦人にここから脱出するにはどの道を選択して良いのか尋ねた。 その結果、あちらにある大池の和田池堤に沿っていけば大丈夫…
飛鳥民俗調査会が調査され、昭和62年3月に発刊された報告書『飛鳥の民俗 調査研究報告第一輯(集)』がある。 明日香村を多方面に亘って調査した年中行事に目が釘付けになった行事があった。 「岡に産の宮と呼ぶ安産の神を祀る祠がある。岡本神社ともいい…
今年の3月12日。 明日香村上(かむら)の薬師堂で行われたハッコウサン行事に出仕されていた飛鳥坐神社の飛鳥宮司さんにお願いした。 その行事は大字飛鳥の飛鳥坐神社で行われる夏越し大祓いである。 茅の輪潜りに藁で作った舟があると知って、それを拝見…
ナワシロジマイと呼んでいる家さなぶりの在り方は、今年も無事に田植えが終わりましたので当家の豊作を願う家の祭りごとである。 住居を建て替えたことによってこれまであった竃から炊事場のコンロに移ったものの、今でもこうして祭りごとをしてきたのはFさ…
明日香村の上(かむら)に、今もなお家さなぶりをされている家がある。 そのお家であるとわかったのは2年前に訪れた平成28年の6月12日だった。 家さなぶりを探すキカッケは我が家にあった蔵書である。 昭和62年4月刊の『明日香風22号』の中に毎季…
この日は特に水口まつりを調査しに行ったわけではなかった。 目的地は吉野町の小名であったが、やはりというか、ずいぶん前に消滅していた卯月ヨウカのテントバナである。 何度か取材で世話になった総代の話しによれば、それなんやというぐらいだった。 代わ…
明日香村八釣の苗代作業を見始めてから1時間が経過した。 すぐ傍を走る旧道を南に走って山越えをしたら飛鳥らしい風景が現われる。 辺り一体を巡る観光客が目につく飛鳥の石舞台である。 そんな観光地と違って、ここ八釣は農村風景が一面に広がる。 ときど…
前日に訪れた明日香村の八釣。 以前もお願いしたが、あらためて苗代作りの取材願いをした八釣の総代家。 朝は9時前から作業をしていると云っていた。 長男、長女に次男も支援して苗代田作りの作業である。 種蒔は前日にしたという苗箱の枚数は700枚。 前…
明日香村の大字上(かむら)に「ハッコウサン」と呼ぶ行事があると知ったのは、上(かむら)に家さなぶり習俗を探しにきたときだ。祭事の場は長安寺の一堂とされる薬師堂である。本来は3月11日の行事日であったが、現在は村の人たちが集まりやすい第二日…
なにげない毎日を穏やかに迎える、なんて今日は気持ちの良い日なんだろうか。 そう思える明日香村の上(かむら)。 窓を開けると爽やかな風が通り抜ける。 この場は薬師堂に登っていく村の里道(りどう)。 平成21年12月に開通したアスファルト新道が里…
午後は明日香村を離れて北上する。少しの時間も調査に費やす。飛鳥民俗調査会が調査・編集し、昭和62年3月に財団法人飛鳥保存財団が発行した『飛鳥の民俗-調査研究報告第一輯(集)-』もあるが、その一部を掲載した昭和56年から62年にかけて発刊され…
飛鳥民俗調査会が調査・編集し、昭和62年3月に財団法人飛鳥保存財団が発行した『飛鳥の民俗-調査研究報告第一輯(集)-』に一文がある。「Ⅴ 年中行事」の「明日香村の年中行事」である。一年中、何がしかの年中行事がある明日香村。習俗は県内の他地域と…
飛鳥民俗調査会が調査・編集し、昭和62年3月に財団法人飛鳥保存財団が発行した『飛鳥の民俗-調査研究報告第一輯(※集)-』がある。その中に大字八釣の小正月の習俗を記録していた。トンド焼きの翌日に、燃え尽きた灰を「豊年、豊年」と云いながら、畑に…
飛鳥の弥勒さん行事が終わって帰路につく。 帰路の道は村の道を走る。 大道ではなく里道に近い道には村の史跡が見え隠れする。 視野に入ったのは太神宮の石塔である。 その場は飛鳥川袂に聖徳皇太子御誕生所橘寺へ向かう指標柱がある向かい側だ。 橋は甘樫橋…
飛鳥のミロクさんを知ったのは昭和61年7月に発刊された『季刊明日香風19号』に掲載されていた「明日香村の民俗点描-飛鳥のミロクさん-」記事だった。明日香村のどこにあるのか下見した平成28年6月19日。場所はわかったが、何時、行事をされるの…
祖母一人で先祖さんを送ると話していた息子さん。 在所は明日香村の上(かむら)。 6月12日に訪れた際に話された先祖さん迎えと送りの取材をさせていただきたくお願いをしていた。 迎えも送りも家の在り方、習俗である。 先祖迎えの法要には集落各戸を巡…
家さなぶりや村さなぶり行事がある明日香村の大字上(かむら)に住むFさんに聞いた当家の先祖迎え。 祖母は朝早くに大字に流れる冬野川に出かけて線香に火を点けて先祖さんを迎えると話していた。 83歳の祖母は杖をついてはいるもののいたってお元気だ。 …
明日香村の下平田で聞いた同村越(こし)の地蔵さん。 同じ日のほぼ同じ時間帯でしているらしいという。 大淀町の西増の場を見てきた帰りに立ち寄った。 午後6時半も過ぎていた。 お祭りはされているのか、それとも・・・。 下平田より近鉄電車線路を越えた…