宇陀市(旧室生村)へ
7日も訪れた宇陀市室生小原の八幡神社。この日の行事は、亥の子座。かつてはこの日に、亥の子餅を各家でつくって食べていたそうだ。それはともかく、この日も参集されていた73歳のOさん。前期に務めた大頭屋の役は終わったが、神社会計も担っている関係…
4日前に斎行された宇陀市室生の小原八幡神社。当屋の座渡しを滞りなく終え、受け当屋に引き継ぎされた。当屋渡しを終え、ほっとされた昭和17年生まれのOさんがいった「今週末の亥の子座行事。かつては青豆曳いてくるみを作っていた」と。そのことは、8…
この日は、宇陀市室生小原の秋祭り。コロナ禍中に神輿巡行は中止。役員たちだけで行われた神事ごと。一年に一度の当屋渡しもされるが、例年と違って最小限に絞り込まれた作法。普段と違って酒盃の儀を取りやめ、シャンシャン手打ち締めをもって引き継がれた…
室生小原八幡神社上笠間在住の松本宮司が兼務する地域は染田、無山・多田・小原・毛原・深野・上笠間・下笠間に青葉。今朝は、はじめに上笠間。終わりに小原の7地域に出仕していた。11月3日のこの日の私は忙し、駆けずり回る一日だった。朝に自宅を出発…
村行事の取材に立ち寄っていた山添村の毛原。 八阪神社の年中行事の一つに御石(ごいし)洗いがある。 御石(ごいし)洗いを昼間に済ませたその日の夕刻にはじめられる十五夜籠りがある。 コロナ禍の今年は中止にされたが、秋の彩りを見たくて、谷の川を越え…
室生の小原で村の年中行事を教えてくださった。なにかと多い小原の年中行事にふつふつ興味がわいてくる。場を離れて、どこに車を走らせるか。とにかく県道に出て奈良市の旧都祁村辺りで民俗に出合ってみたい。なにも行事が民俗でなく、暮らし、生活の全般が…
宇陀市室生・下笠間のFさんから聞いた上笠間の鯉のぼりを見に行く。 上笠間は、道中の流れから下笠間よりも先に着く。 そのコースに見る新宮神社。 風が吹いていなかったから、立てた鯉のぼり姿は、釣り糸にたれ下がったような・・・ 渓流釣りされている人…
次の訪問地は、大宇陀市室生の下笠間。 天理の中山田から西名阪国道に出る。 福住ICから東へと向かう。 針ICを越えた次の小倉ICを出る。 そこから南下する道路は、室生の口に着く奥宇陀広域農道の「やまなみロード」。 京都・木津川から奈良を経由し、…
Fさんのお孫さんが中学3年生のときに纏めた論文、『奈良県東部の伝統行事と暮らし(※下笠間)』がある。写真家Kさんも撮影協力した執筆した章立ての民俗史。 両親の父母、そして祖父母とも暮らしてきたF家の年中行事。 村の年中行事に合わせて綴った暮ら…
午前中に訪問した宇陀市室生・下笠間・F家。 桃の節句に飾る蓬のひし餅つくりは、午後になる、という。 お昼も摂った食後の時間帯のある程度に来てもらったら、えーと云われた。 なるほどの段取り時間は、食後の何時になるか、はっきり言えないようだ。 午…
21日、所用で出かけた室生路。向渕のある県境。 自宅を出発する前、FB知人のNさんが報せていたバス亭。 名張の民俗取材に通るルート上に建つ木造建築物の停留所。 午後3時過ぎの室生路は、山影に入っていた。 (R2.11.21 SB805SH撮影)
行事日は、たしか海の日に移したと聞いていた夏神楽(なつかぐら)。 祭事の地は、宇陀市室生小原に鎮座する八幡神社。 日にちは聞いていたが、始まる時間は、存じていない。 三重県伊賀に代々が継承してきた室町期小領主の平城居館の調査帰りに立ち寄りであ…
宇陀市室生・無山の送り盆の様相を見届けて、帰路に向かう。 北に向かってすぐ近く。 隣村になる多田から左に折れて、都祁白石町に出るコースを走っていた。 無山、多田を経て笠間川に沿って下っていく。 染田、小倉、下笠間、上笠間は旧室生村圏内。 さらに…
やや腰痛ぎみだった身体を気分転換に出かけた行先は、奈良市都祁白石町。 食べたくなった塩っ辛い刺しさば買い。 思い立っての行動であるが、本日は盆の真っ盛りの15日。 夕刻では間に合わない売り切れを想定したが、気になれば、なるほどに気持ちを抑えら…
知人の写真家Kさんがメールで連絡してくださったウエゾメ(植え初め)。 田植え初めに行う農家さんが願う豊作の儀式。 儀式といっても神社のような儀式ではなく、その年の田植えを始めるにあたって、田んぼの一角にあるものを立てるだけのこと。 そのあるも…
この日はおふくろの誕生日。 祝いに宇陀市大宇陀本郷にある椿寿荘に宿泊する。 目的は宿泊だけで済ますわけにはいかない。 遅咲きというか、時季的にだいたいが4月中旬。 場合によっては月末になるかもしれない桜見を兼ねた小旅行である。 宇陀市大宇陀本郷…
Ⅰ家の隣家になるT家も立ち寄ってみる。 T家もオンボサンを立てているが、奥さんはカドマツリと呼んでいた。 Ⅰ家もT家も伊勢講の講中。 平成21年の12月13日に訪れて、6軒で営みをされていた伊勢講を取材させてもらったことがある。 T家はそのとき…
正月行事の在り方もさまざま。県内各地を渡り歩いて調査していたが、午前中いっぱいの時間まで。 「うちの家の正月は何時になったら始めるんや」の声が取材地まで届きそうな気配がする。 できる限りのことだが、同行する写真家のKさんに観ていただきたい民…
2カ月前の平成28年9月17日。 室生染田の田んぼで偶然に出会った田主さんは野鍛冶師。 毎度ではないが、何かと出会うときがある。 この日は退院してから9カ月目。 久しぶりに顔を合わす話の弾みに写真家Kさんの願いを叶えたくてフイゴの祭りの再取材…
経過良好だがなんともいえない脈拍である。相も変わらず安静状態であれば40拍前後。身体を動かせば50拍を超える。超えることは良いのだが激しい運動はできない。民俗行事の取材は復活したものの動きが少ない行事を選んでいる。そうはいっても出かけて状…
我が家ではキリギリスが鳴き始めたこの日。 例年通り村の人たちは松明を持ってやってきた宇陀市室生小原。 集まる場は推定300年余りのエドヒガンの枝垂れ桜で名高い極楽寺だ。 明治32年に焼失した極楽寺は、のちに再建されたが無住寺。 それまでは住職…
室生の下笠間。 昨年の正月明けに訪れた民家の庭先に砂盛りが三つあった。 「これって何ですか」と尋ねれば「オンボサンや」と答えた婦人。 それは一体どういうものなのか。 確かめたくて、忙しい御主人と奥さんに無理を云ってお願いして撮らせてもらった。 …
6月ともなれば村の人がめいめいでこしらえたチマキを供えていた室生無山の九頭神社。 節句の習わしであったと思われる日は6月5日だった。 今はそれもしなくなったと話す氏子たちは1日に参るツイタチ参りは欠かせない。 ツイタチを充てる漢字は朔日であろ…
かつてはオソナエもあった。 田植えを終えれば村人が九頭神社に集まる行事である。 オソナエの形は細長いユキダルマのようなオニギリだったと話したのはN婦人である。 それを「ススキ」と呼んでいたような気がするがはっきりしない。 この日はサシナエの作…
甘くて美味しいカキモチをよばれた室生下笠間のⅠ家。 11日は耕作初めの日だそうだ。 出里の隣村である山添村の毛原でもそう呼ぶ。 下笠間ではする家は見当たらないが毛原で行われていた「なるかならんか」。 家のカキの木にアズキのおかいさんを供えた。 …
村の安全祈願を正月初めに願う初祈祷が行われる宇陀市室生の染田。 春日神社の社務所に寄り合う。 初祈祷を始める前はオソナエ作りの作業だ。 ランジョー作法において十輪寺で叩くウルシ棒を鉈で三つに割く人たち。 かたやその木に挟む牛玉宝印の書に文字を…
平成17年、19年に訪れた室生小原田の虫送り。 そのときの極楽寺の扉は閉められていた。 久しぶりに再訪した室生小原。 いつものように村の人たちは手製の松明を持ってやってくる。 以前は閉じられていた扉が開放されている。 信仰が厚くなったのだという…
小原の民俗行事を取材したおりに拝見した小原の阿弥陀石仏三尊。三体揃って立ち並んでいる姿だ。永仁六年(1298年)六月十六日に建之された立派なお顔の阿弥陀さん。「つちんど」と呼ばれる地にある三尊。「辻堂」が訛って「つちんど」と呼ばれる。そこ…
小原在住のK氏邸。 門に〆飾りを掛けられている。 その形といえばクギ煮のように90度曲げられた太い藁束で、下部にダイダイを取り付けている。 まるで杓子のような形だ。 その端に炊いたご飯が置かれている。 正月の三が日の毎朝どころか15日までの毎日…
1月7日には山間各地で山の神のマツリが行われている。室生笠間川流域沿いの各地で行われている山の神のカギヒキ。その一つに室生小原がある。朝日が昇るころに村の人たちが行者山(大文字鏡山とも)にやってきてカギヒキをしたそうだ。行者堂の後方にある…